[第三章:星系道中―2緑彩地区]その6
(これで、完成だね…)
モモナは画面越しに、格納庫で完成したものを見る。
そこには、以前より装甲が分厚くなった一体の[重級]の姿があった。
(これぐらいの重量増加なら、問題になる範囲じゃないはず…。適度に生存性が上がったはず…)
『…あのときは肝を冷やしたものですし。できればああならないようにしたかったですからね』
(…最善は戦わせないことでは、ある。けれど…彼女がやりたいと望む以上、わたくしにはそれをダメという権利は…ない。だからこれがわたくしにできる最善だ…)
モモナはそう思い、己の過去を一瞬振り返り、唇をかんだ。
▽ー▽
くらんのライブの提案。
歌姫を志望し、歌が上手く、自作の歌もある彼女のそれにより、動かないリーフルたちを元気づけるその計画は、他によい案もなかったことで採用された。
具体的にどうするかというと、あの大樹のある場所に照明をさく達が持ち込んで照明係をし、くらんが拡声器(マイクの形)を持って歌う、という形だ。
そして今、そのための準備や、カランによる元気づけるリーフルたちについての話がされていた。
場所は先刻の部屋(というには大きいが)から移り、カランたちの自宅(秘密基地にしか見えないが)別の区画にあるリビングのようなところだ。
キッチンが端に隣接したそこにいるのはくらんとカランのみで、クラッカは買い物袋を取り返されないようにか大樹の上の方に逃げていた。勿論買い物袋は髪で覆ったままである。
一方さくの方は、隣の物置でライブに必要な物資を取り出す作業を行っている。
そんな中、途中まで一緒にやっていたカランは、どうにかなりそうだと判断し、くらんに話をしに来ていた。
「どうしたんでしか?カランさん」
ひとまず発声練習をしていたくらんは、そう言ってカランを見る。
「いや、な。あの…動かないリーフルたちについて少しくらいは話しておこうと思ってな」
「なるほど…」
「まぁ、あまり詳しくは話せないがな。事情があってな。それでもいいか?」
カランのその言葉に、くらんはにっこりと笑う。
「大丈夫です。事情があるならしょうがないですよ。話せる範囲で大丈夫です。…それで、私なりに考えてライブに生かしてみます」
「…そうか。すまんな」
「いえ」
そう言うくらんに苦笑し、カランは彼女の近くに着地して短い話を始める。
「…あいつらはクラッカの…まぁ兄弟のようなものだ」
「兄弟のようなもの…」
「ああ。我とクラッカと同じでな、血の繋がりはない。だが、な」
カランは少し暗い表情をして、続ける。
「あいつらとクラッカはある事情で近い存在だ。だから、か。あまり喋った事はないだろうが、近い者として、クラッカはあいつらのことを想っている。家族愛に近いのかもしれん」
「…」
「…だから、クラッカはあいつらを元気にしてなどと言うのだろうさ。我達ができないから…」
「できない…」
くらんの言葉にカランは頷く。
「…あいつらは見ての通りだからな。ほとんど生きているだけの状態で、意識もないに等しい。外からの刺激に全く反応しない、というわけではないようだが…。話しかけても、揺さぶっても反射的に震えるとか、その程度の反応しかしない。どうやってもな」
「…」
「…だから我たちにはどうにもできなかった。色々やったが、ダメだった。歌はやったことないから分からんが、な…。それでも、あんな状態のあいつらに歌声がちゃんと届くかは未知数…効果があるかは分からんが…」
「…それでも、やります。とりあえず、できるだけのことを」
クラッカの縋るような目のことを思い返し、くらんはそう言う。
「そうか。まぁ、結果がどうなっても、クラッカにはなんとかして我が渡させる」
だから気を張りすぎずに頑張ってくれ。
そう言うカランに、くらんは頷く。
「分かりました。…それじゃぁ、ちょっと喉の調子を整えてきます。…えっと、水飲んでもいいですか?」
そう言ってリビングをちらりと見るくらんに、カランは言う。
「ああ、いいが…[緑彩地区]での水の飲み方は分かっているか?」
「あ、はい。大丈夫です」
[緑彩地区]は知っての通りの無重力環境だ。
そうなると、水の飲み方もその環境に沿った、重力のある[種子]内とは違ったものになり、それに従い[緑彩地区]の家屋の水道関連はその環境を前提とした、少々特異なものとなっている。
そして、[緑彩地区]に立ち寄る客というのは、大半が[種子]間を移動しているだけの、重力環境を主な生活圏とするリーフルだ。
そのため、[緑彩地区]の家の水道のことを良く知らず、どう使えばいいのか困るということがあり得る。
カランの言葉はそのことを、ライブ提案の後に二人が[緑彩地区]に寄っただけの旅行客のようなものだと聞いたことから考え、出た言葉であったようだ。
しかし、さく達にも話した通りに別の[緑彩地区]にいた時期のあるくらんは、水道関連のことは既に完全に理解している。
そのため、カランの心配は杞憂であった。
「…そうか。なら我は、さくを手伝ってこよう。勝手を知らない以上、手妻っているかもしれないからな」
「はい、わかりました。私は喉の調子整えたら、発声練習とか、またしておきます。準備が出来たら呼んでください」
「そうか、分かった。それでは、な」
「はい、行ってらっしゃい」
くらんは手を振ってカランを見送る。
そうして、通路を曲がって彼の姿が見えなくなった後、くらんは息を吸って吐く。
「ふぅ。…歌うものはもう決めてあります。後はそれを最高の形でやるために体を整えるだけです…」
(クラッカさんのために)
内心でそう呟き、くらんは彼とその下にいた動かないリーフルたちのことを思い浮かべる。
(…それにしても。あれってなんなんでしょうね)
ふと、くらんは考える。
冬虫夏草のようなリーフルたちの姿と、それに生える植物の一部分。
その奇妙な見た目と、明かされない背景事情のことを。
「…」
事情のために、話せないのは仕方がないことである。
それはくらんの偽らざる本音であり、わざわざカランに聞こうとも思わなかった。
(…けど、どうしてあんな…まるで植物に寄生されたような、苗床にされたような…そんな見た目に…)
なにが、あったのだろう。
(分かりません…私の立ち入っていい事でもないでしょう。…だけど、きっとそれは…)
何か悲しい事なのだと、カランとクラッカの様子から、くらんはそう考える。
(…私にはできるのは歌って元気づけられるか試してみる。それだけです)
そう思った後、くらんはライブのため、体を整えに動くのだった。
▽―▽
「…カラン」
「ん?なんださく?」
ライブのため、照明となる花を運ぶ中、さくはふと、カランに言ってきた。
「…あのリーフルたちの事」
「ああ、そのことか?」
「そう」
さくはゆっくりと進みながら頷く。
「さっきくらんにも話したんだがな、あいつらは見ての通りの状態だ。ずっと眠ったような見た目で、意識もないに等しい。そんな状態なわけだ…」
「…ずっと?」
「…?ああ、そうだな…。悔しいが、そうだ…」
自分の過ちを思い出し、カランは声を静めて言う。
それに、さくは小さな声で呟いた。
「…そう」
「…?」
若干暗い表情で呟くさく。だがその反応は、動かないリーフルたちを哀れんだり、同情したりするようなものではない。
何か嫌なことを思い出したような、そんな顔だった。
(なんだ、なにかあったのか…?)
先刻会ったばかりのさくのことを、カランは知らない。
だからこそ、彼女が何のためにそんな顔をするのかは分からなかった。
(なにかあったんだろうな…)
そう思いながら、カランはなんとなしにさくの横画を見つめる。
…そんなときだった。
(…ん?…)
カランはふと、奇妙な感覚に囚われる。
(…既視感…?さくの顔に…何故だ?)
今浮かべている表情もそうだが、彼女の輪郭、顔つき。
それらに、カランは妙な覚えがあった。
(おかしい。我はさくという名前のリーフルは知らない。我が知っているのは…家族、かつての仲間と…そしてあの子たちだけのはずだ…)
かつてのカランはよく喋るリーフルであったが、その傲岸不遜な態度も相まって交友関係はかなり狭く、家族を除いた知っている相手など、今は縁の切れた三人の仲間と、今自分と共にいる者でほとんどのはずであった。
さくはその誰と似ているわけでもない。
にも関わらず、妙な既視感が確かに存在した。
(直接的な見覚えがあるわけでは…ないようだが…)
少なくとも近年の面識は確実にない。
ならば、昔に会ったことがあるとでもいうのか。
カランはそんな疑問を内心で呟く。
(彼女は…)
一体何なのか。
そう考えたとき、さくがふと言った。
「…あのリーフルたちがああなのは、クラッカが荒く息してるのも、アンリミテッドシードのせいでしょ…?」
「…!」
瞬間、カランの顔が驚愕の色に染まった。
(…アンリミテッドシード…だと……)
その言葉は、カラン以外にはかつての仲間ぐらいしか基本的には知らないはずだ。
そこらのリーフルが知っているわけではない。
だからこそ、カランは動揺し、さくを見つめる。
(しかも、アンリミテッドシードのせいだと聞く…あれについて、知っている…?)
もしもそれが事実であるならば、まだ僅かに暗い表情を浮かべる彼女は知っている。
彼女は、自分たちの過去に少なからず関わっている。
カランは、驚きと共にそう思う。
「さく、お前は何故その単語を…」
「それはそう。だって…私は」
そうしてさくが言った言葉にカランは衝撃を受ける。
それと同時、カランの頭の中で何かのピースがはまる。
(まさか…さくは、あいつが共に連れて行った…)
思ったとき、カランの頭にある光景が蘇る。
とある場所にある施設…かつては自分たち四人が己の趣味のための活動拠点としていた場所。
もはや数年前になるあのとき、そこにいた多くの小さな者と、三人のトップが意図した破壊と共にそこを去った。
あのとき、普段関わっていないからこそ印象は薄かったものの、あの少女は確かにいて、あそこを去ったはずだ。
「…お前は…」
カランはさくを見る。
その反応に、なにか得心が言った様子を見せるさくは言う。
「…あんまりちゃんと覚えてないから確信なかったけど。カランは…」
さくは、ある集団…かつては同人サークルとでもいうべきものだった名を上げる。
カランはその言葉を聞き、さくが何者なのかを完全に理解する。
「…やはり、そうなのか。お前は…」
さくは頷く。
「…そうか。生きて、ここまで成長したか。…?なら、あいつは無事なのか?」
そう言うカランに対し、さくは頷いて答える。
「…一応、無事。今は[緑彩地区]の入り口のあたりにいる」
「…そうか」
かつて、共に好きなもののために笑いあい、協力し合い、様々なイベントにも共に足を運んだ仲間の一人…モモナのことをカランは思い出す。
「…無事か」
そのことに、彼は少し嬉しく思う。
「…しかし、あいつは我と同じ考えだったはずだ。何故隠れずこんなところを訪れている?」
「…それは、くらんと私のため」
「くらんとさくの…?」
「そう」
さくはライブ会場として決まった、最初の部屋への入り口へ立ち、背中を向けて言う。
「…きっと、負い目なんだと思う。だからくらんと私がやりたいことをさせてくれる…」
そのことに少し申し訳なさを感じているのか、若干俯くさくを見ながら、カランは言う。
「…ああ、そうか。我と同じ、か…。それがあいつの」
(…罪滅ぼし、みたないものか…)
そのことをさくに、決してマイナスの意味ではない形で語ってもらえるということは、それだけよく思ってもらえるぐらいに、必死に尽くしたということだろう。
カランはそう思い、
(それぐらいやることが上手くいったということでもある。クラッカ以外には何もできなかった我と違って)
羨ましい。ついそう思ってしまったカランだが、内心で首を振ってすぐに否定する。
(いや。このことで羨むのはおかしいだろう。全ては我の責任。だからそう思うのは違う)
カランはそう自分に理性から言い聞かせた。
「…カラン」
ふと、さくが聞いてくる。
「…なんだ?」
「カランも、クラッカにいろいろ言うのは…それにこんなところに隠れるのは、やっぱりそういうことなの?」
「…ああ。そうだな。同じだろうさ、彼女と。我たちは間違った。しかも、それに薄々気づきながらも、あのときまでずるずると来てしまった。だから、だ」
「…そう。分かった」
そう言い、もはやそれ以上何か言うことはなく、さくは再び照明を持って行こうと床を蹴る。
カランはその様子を見て、つい、尋ねた。
「…さく」
「…なに?」
さくは、普段通りの雰囲気で振り向く。
「お前はなぜ、このことを聞いたんだ…?」
責める気が合ったわけでもない。
それなのに、何故彼女は尋ねたのだと、カランは言う。
さくはそれに、ポツリと答える。
「…ただ。クラッカの種を見て、もしかしてと、そう思っただけ。ただ気になっただけ」
「気になった、だけ…。だが、言いたいことぐらいあるんじゃないのか?お前は我の担当ではなかったから、そこまで積極的に何かしたわけではなかったが…」
(それでも)
「主導したあいつ(・・・)の仲間だった我に、恨み言の一つでも言いたいんじゃないのか?」
「…」
カランの言葉に、さくはゆっくりと首を横に振る。
「…恨み言、か。もっと昔の私だったらそれくらいでたかもだけど…今は」
さくは言う。
「…反動で麻痺したまま、時間が経ってしまったから…こういう性格に、心になったから
…もうそういう激しいのは出ない」
「…さく」
表情をいつになく暗くして言うさくに、カランはかける言葉が見つからない。
…いや、言葉をかける権利などなかった。
「…そうか」
過ちを犯した自分にはそんなことは許されない。
そう思ったからこそ、彼はただ一言だけを発した。
「…すまんな」
「…別に。あいつと違って、カランはお母さんみたいに悔いてる…だからいい」
「…ああ」
「…それじゃぁ、準備続けようか」
さくは暗い表情を普段通りのものに戻し、カランに行こうと言う。
それに彼は静かに頷くしかなかった。
(だが、当然だ…我たちはそれだけのことをしたのだからな)
そう、自虐と後悔と反省の入り混じった呟きを内心でし、カランはさくと共に準備を進めに行くのだった。
▽―▽
「…」
さくとカランが準備で出入りする様子をぼんやりと見るクラッカは、買い物袋を髪で覆ったまま、大樹の上に浮いていた。
そして、二人がくらんを呼びに出て行った後、彼の視線は、その下で静かに浮かぶリーフルたちに注がれる。
「…」
ふと、彼の口が動く。
もちろん、声が出でることはない。しかし、その口の動きで、彼は独白を行う。
げんきになって。あそこにいるときから、ずっとこうだけど。むりなのかもしれないけど。それでもすこしくらい。
「…」
兄弟を想う彼の気持ちは、誰に聞かれることもなく、伝わることもなく虚空に消える。
「…」
もし、彼に声があったのなら。
もし、それが種のために失われたりしていなければ。彼が失敗作でなければ。
さらには他のリーフルたちも、そうでなければ。
彼はさくやくらんのように言葉を交わし、笑いあえたのかもしれない。
「……」
クラッカは思い返す。
その脳裏に浮かぶのは、まだ不遜な態度をとっていたかつてのカランと、それをやめたときの、己の行いを悔いる彼だ。
「…」
己の行為を、その罪を自覚した彼は、過去の自分を封印してクラッカ達と共にここに隠れ潜んだ。
そして、自分がクラッカ達にできることをやろうと、カランはこれまで様々なことをしていた。
クラッカは、たった一人意識がまともにあった彼は、その様子をよく覚えている。
被害者の中でたった一人、記憶に残している。
「……」
だからこそ、カランが幾ら手を尽くしても兄弟たちの現状に変化がなかったことは知っている。
もはや、自分たちでは死んだように生きているだけの兄弟には何もできないと、思理解している。
だが、見つけた彼女らは違うかもしれない。
「…」
自分や動かないリーフル達とは違う彼女らならば、あるいは。そうクラッカは考える。
冷静に考えれば、彼女らに動かないリーフルたちを目覚めさせることはできないだろう。
違うからといって、奇跡が起こせるわけでもない。そんな力があるわけでもない。そんな都合のいい事は、きっと起こらない。
それでも、クラッカは縋りたかった。
自分たちと同類でありながら元気で、何の不自由もなさそうな彼女らならと、無茶苦茶な考えと自覚しながら、僅かに期待したくなってしまった。
だから二人をここに招いた。買い物袋を盾に、動かないリーフルたちを元気づけることを迫ったのだ。
そして万が一、億が一にでも、望んだ通りになってくれればと、くらんが来、最後の準備をする中、彼は浮いていた。
「…」
クラッカの視線の先で三人が最後の準備を終える。
「…さく、カランさん、照明をお願いします」
「うん」
「ああ」
くらんの言葉に応え、さくとカランはそれぞれが照明係として移動する。
そして、大小の花がついたステッキのような拡声器を持ったくらんは、動かないリーフルたちを見据える位置につく。
「…」
クラッカは眼下のそれを静かに見守る。
無駄になるかもしれない。むしろその可能性の方が高い。
理性がそんな囁きをする。
確かに、それは正しいかもしれない。しかし、しかしである。
「…」
それでも、僅かでも期待したい、縋りたいそう思う彼の視線を受けたくらんは、彼に微笑みかける。
それは、頑張ってみますと言う、彼女の意思を示しているように思えた。
「…」
縁もなく、義務もなく、義理もない中で、無駄になる可能性が高いことをする。それなのに、そんな反応をしてくれるくらんを、クラッカはいい奴だと思った。
「…それでは、お願いします」
くらんの言葉と共に、淡い光で満ちていた空間に、暖かな照明の光が二つ生じる。
さくとカランが水を入れ、[付能]による機能を発揮した花のもたらす光が動き、くらんという一点に纏まる。
そうして、この場の誰よりも目立つ状態になった彼女は静かに言う。
「…皆さん、聞いてください。どうか…元気になってください。それがクラッカさんの願いです。だからどうか…」
元気に。
「…それでは、始めます」
そして、小さなライブが始まる。
一人の少年の思いに応えた時間が、その幕を開けた。




