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[第三章:星系道中―2緑彩地区]その4

「…はむはむ。盗み食いとは料理がある場所で食べるばかりじゃない。こうやって場所を変え、ひっそり食うのもまた盗み食いだ…。その場所、タイミング、盗み出す量の選定もまた重要となる」

 ミスリィはそんなことを言いつつ、自室で食事をしていた。

 しかし、それは一家で摂るような通常の食事ではなく、いわば間食だ。

 加えて彼女が食べているのは芋を乾燥させて塩味を付けたもので、本来は今日の昼ごはんに出るものはずであったものである。

 だがそれは、さく達が買い物にでかけたことにより昼食の時間を過ぎてなお、台所に保管されていた。

 ミスリィはそれを、やっちゃんがいないのを幸いと捉え、勝手に持ち出してきたのである。そして同じく持って来ていた塩の瓶から塩を少量塗るように付け、自室で漂いながら食べていた。

「…はむはむ。ぽりぽり。むしゃむしゃ。…この背徳感と独占の感覚。これこそ、移動した上で行う盗み食いの醍醐味だ。それが久しぶりにできたともなればより価値は上がるというもの」

 真顔で芋を咀嚼しつつ、ミスリィは言う。

「上手い。帰ってきたらうまかったと言っておこう」

 一応、ミスリィが持って来たのは芋の二割程である。その量にとどめたのは、全部食べた場合にやっちゃんに怒られるだけでなく、どんな仕打ちをされるか分からないからだ。

 最悪飯抜きにされる可能性もあるし、家の中での居心地が悪くなる可能性もある。

 ミスリィはそう言った、自分が極端に不利になるような度合いの行動は決していない(少なくとも意識的には)。

 露見した際に、やっちゃんに怒られて蹴られるぐらいにとどまる程度の、盗み食い、つまみ食い、拾い食いに抑えるのである。

 具体的には、盗み食いで盗むのは全体量の二割まで、つまみ食いはその場で一口。ついでに拾い食いは見つけて五秒以内に口いっぱいに、という風にだ。

 そうした自分ルールを設定し、それに従って行動することでミスリィは大きな罰を

回避していた。

 …だがそもそも、勝手に食うようなことを一切しなければ蹴られることさえない。しかし、過去の事から変に捻くれてしまったミスリィはそういう風には考えないし、考えたとしても、ありえないと内心ですぐに一蹴してしまう。

 あくまで面倒な主張と共に、一線を超えない範囲でそこそこ程度の迷惑をかける方向で動くという厄介極まりないリーフルなのである。

 だからこそ、本質的に善人のやっちゃんが一切の容赦も遠慮もなく蹴ったり殴ったりできるわけだが。

「…もしゃもしゃ。もしゃもしゃ。…襲撃があると困る。ミスリィは盗み食いを楽しむ。盗み食いの邪魔は問題ありだ。それは絶対。反論の余地?ない。だから誰も来るな。来たら守るために戦うが、それは望むところじゃない。以上の理由で、だから来るな。来たら盗み食いの問題について丁寧に語った上で潰してやる」

 誰に言うでもなく、ミスリィは喋り続ける。

 それは平穏な時間を望む、彼女なりの気持ちの発露なのかもしれないが、どうにも彼女の捻くれているところというか面倒くささが滲み出ており、あまり聞く者に好印象を与えるものではない。

 誰もが対面すれば煙たがり、距離を取るだろう。

 そんな彼女は、ひたすらに独り言を言いながら持って来た芋を次々と口に放り込み、咀嚼する。 

 作業中のモモナは忙しさからミスリィに言葉をかけることもなく、彼女は一人でお頼みの時間を満喫していた。

 …しかし。

「…ん。叩く音?」

 わざわざミスリィの部屋の窓を誰かが叩く。

 どうやら、明らかに関わったら面倒な彼女に、気づいてくれと言うメッセージを送るもの好きがいるらしい。

「…まさかミスリィの邪魔を?よろしい。あれほど言ったのに、だ。相手をしてやる。いろいろ喋ってやる。…それで誰?」

 言って、ミスリィは最後の芋を放り込み、窓の方へ近づく。

 そうして彼女の視界に入ったのは。

「…?」

『や』

 何故だか妙にそわそわし、笑みを浮かべた男であった。



▽ー▽


「…な、なんですか!?」

「…これは」

 二人は驚き、買い物袋を奪い取った相手を見る。

 両手に袋を掴んだそれは、静かにやや離れた足場に足をつく。

 そして、二人の方を見てニヤリと笑う。

「…だ、誰ですか!?というか、その袋どうするつもりなんです!?」

 今までにない状況に慌てて言うくらんに、奪ったリーフル…ツタのような髪をした少年は、返事をしない。

 ただニヤニヤとした表情を見せつけてくる。

「…それはやっちゃんに頼まれたものがあるんです…!返してもらえませんか…?」

「…」

 やはり返事はない。

 相変わらずの表情で、その短い腕で買い物袋を見せつけるように掲げて見せる。

 それを見たさくは、

「…泥棒?…嫌がらせ?悪戯…?…なんにしても、それを渡すわけにはいかない」

「…」

 相変わらずの少年。

「…もう買い直すお金もないし。絶対に返してもらう。大事なものだから…!」

 瞬間、さくは近くの足場を蹴り、一気に少年へと接近する。

 その動きと軌道は非常に正確だ。

 [大道]で長時間過ごしたことで、彼女は既に、無重力環境での最適な動き方の答えを出している。

 故に、地上時と遜色ないキレのある動きで、さくは少年へと迫る。

 聞き手は腰の木刀に。抜刀により一撃で無力化する準備はできている。

 後は、

(到達すれば…!)

 少年を、多少力を抜きつつも打ち据え、買い物袋を取り返すだけだ。

 そう直感的に考えたさくが、少年の目の前に躍り出ようとした、そのときであった。

「…」

 突如、少年の左鎖骨のあたりが僅かに輝く。同時、髪が一気に伸び、やや離れた足場に巻きつく。

 そして、距離を詰めたさくが木刀を振り抜くその刹那に、髪が急速に収縮。少年の身を足場の方へと一瞬で移動させる。

「!」

 さくは少年の見せたものに目を見開く。

「これは…」

「…」

 視線を、少年が利用した足場の方へ向けたさくの視線の先、少年は楽し気に笑う。

 だが、声は上がらない。

 口は動いているし、動作だけなら笑う声が聞こえてきそうなものだが、そういうものは不自然なほど一切上がらなかった。

 ただ、ひゅぅという擦れた音が微かになるだけだ。

「…」

「…これって」

 さくがそう呟いたところで、再び少年が動き出す。

 彼は先ほどと同じように髪を伸ばして別の足場に一気に移動するのを繰り返し始める。

「!…くらん、追うよ」

「あ、はい!」

 さくは少年から目を離さないようにしつつ、くらんの方へ行き、彼女を抱きかかえる。

「え!?」

 それに彼女は少し驚いて戸惑う。

 さくは視線を少年から離さず、くらんに軽く説明する。

「この方が速いし、くらんを置いてくのはない」

 くらんを置いていく選択肢はない。

 その方が少年を追うのには都合がいいかもしれないが、そもそもさくはくらんの護衛であるし、そう決めた。

 放置することなどない。だからこそ、彼女を抱えて少年への追跡をするのだ。

 それが分かったらしいくらんは、いきなりのさくの行為に対する戸惑いを僅かに残しつつも、納得の表情を浮かべる。

「はい」

「行くよ」

「はい!なんとしても買ったものを…!」

「取り戻す」

 そして、二人は少年の追跡を開始する。

「…逃がさない」

 さくは近くの足場を蹴り、町の中を進む。

「…」

 少年は髪による高速移動を行いつつ、町の奥の方へと進んでいく。

 町の構造を熟知しているのか、そのルート選択はかなり的確だ。

 何度かさくは彼を見失いそうになる。

 しかし、くらんも頑張って彼を目で追っていることにより、どうにか完全に見失うことはなく、追跡は続けられていた。

「…」

 五分程経ったところで、少年は街角から背後を振り返る。

 そして、距離を開けながらも二人がついてきているのを確認すると、安心したように息をつき、再び逃げ出す。

「待ってください…!」

 くらんの声が響く。

 少年はその言葉には反応しない。しかし、髪の奥では嬉し気な笑顔を浮かんでいた。

「…さく、あっち行きました!」

「分かった」

 さくが足場を蹴る。

 道の角を曲がり、直進。また別の足場を蹴って下へ。

 そうして進んだ先に、あるものが広がる。

「穴…」

 二人の目の前にあるのは、大き目の横穴だ。

 町の一部ではあり、その内部には明かりの点いた家もちらほら見えるが、先ほど買い物をしていたところと比べると、やや寂れた感じもある。

 その奥、やや薄暗い空間で、少年は振り向く。

「…」

 そうした彼は、今までに比べると妙に消耗しているように見えた。

 髪は元気をなくしたように広がり、鎖骨あたりの輝きもない。

 そして、息は何かに苦しむかのようにかなり荒い。

 走って逃げてきたのならその疲れようも妥当な範囲だろう。

 だが、ここは重力のない[大道]の中だ。

 足場を蹴りさえすれば進める以上、移動そのものの労力は小さい。

 勿論ここまでの逃避行での疲れはあるだろうが、それにしては異常な消耗具合に見えた。

 そんな彼は、二ヤつきながら再び二人に視線を送る。

 直後、彼はその場にあった小さな縦穴の中に消える。

「そろそろ、あの泥棒は捕まえられそう」

 言って、縦穴の前まで移動したさくは、くらんを抱えたまま穴に身を躍らせる。

「…薄暗いですね」

「…確かに」

 危なげなく穴の底へ降り立ったさくはあたりを見回す。

 周囲には照明はあったが、いずれも光度が低い。

 周りは見えるが遠くは見えないような状況であった。

「…撒かれた…?」

 さくはそう呟くが、くらんが否定の言葉を放つ。

「いえ、まだです。あっちにいます!」

「!」

 さくはくらんの指さす方を見る。

 そこには確かに、あの少年が肩で息をしながら浮いていた。

「…」

 もはや体力がないのか、あまり動く様子はない。

 そのため、追い詰めることができたと判断し、さくは少年を見て言う。

「さぁ。その袋と中身、返して。もう逃げ道はない」

「…」

「お願いです…。返していただけませんか?」

「…」

 少年は二人の言葉に反応しない。ただ沈黙したまま浮いている。

「…どうか、お願いです。返してください」

 くらんは少年を見て、訴えかけるようにそう言う。

 返答はない。

 再び無反応か。そう思われた瞬間だ。

「…ぃ」

 声にならない声と共に、少年が動いた。

 ここしばらく動いていなかった彼の髪が動き、彼を背後にある通路へ連れて行く。

(少しだけ呼吸が落ち着いてる…?今のは休んでたってこと…)

 よく考えれば問答無用で拘束すればよかったと若干の後悔をしつつ、さくはくらんに言う。

「追おう。消耗してるのは確かだし、ほとんど追い詰めたのは間違いない」

「そうですね…。行きましょう、さく!」

 くらんが頷いたのを見、さくは地面を蹴る。

 そうして二人は薄暗い空間を進んでいく。

「…なんか気味の悪いところですね」

「…まぁ、確かに」

 さくは少年を追いながら呟く。

 通路に光度の低い照明がならんで付いているだけのそこは、人気が無く、奇妙なほど静かだ。

 ときたま枝別れする道には、ところどころにツタなどが生えており、退廃感もでている。

 肝試しするにはもってこいと言える程、相当に不気味な場所である。

「…悪者でも巣くってそう」

「…それは、できればないといいですけど」

「万が一いたら私が守るから。怖がらなくてもいい」

「こ、心強いお言葉ありがとうございます…」

 場の空気感にやられたのか、くらんはやや不安げにそう返す。

 …と。

「…ん?」

 少年を追って曲がった道の先、妙な光が零れているのが見える。

 水色に近い、淡い光だ。

 それが、少し先に存在するなにかの出入り口から漏れていた。

「…」

 少年は、一度二人に視線を送った後、その出入り口を潜り抜ける。

「…あの光」

「なんでしょうか…」

 照明、にしては妙な色合いである。

 光量はそこそこあるが、あれでは本来的に暗いここで物を見るのは苦労するはずである。

 それに、そもそものここの妙な光の弱さを気になるところである。

「……ここは」

「…なんなんでしょうか」

 二人は揃って首を傾げる。

 だが、ここで答えの出ない疑問に首を傾げていてもどうしようもない。

 なによりも彼女らの目的は買い物袋、およびその中身の奪還だ。

 それを思い出した二人は、

「行こう」

「はい」

 頷き合い、他より狭くなった通路を直進する。

 そうして、十数秒程経ったところで光の漏れる出入り口を二人は通過する。

 直後である。

「…これは…?」

「な、なんですか…!?」

 二人は目の前に一気に眼下に広がった光景に息を呑む。

 今までの通路の狭さとは対照的に、圧倒的に広い空間。

 [チェリーヘヴィエスト]内のリビング、その五倍程度の広さのそこには、巨大な一本の木が立っている。

 木はその全体で淡い水色の光を発しており、漏れていた光はそこからであるということが分かった。

 …しかし、二人が息を呑んだのはその事実が判明したことではない。

 彼女らが思わずそうした理由は、その木の存在からではない。

 その周囲に浮いている者達の存在故だった。

「…リーフル?」

「ですよね?」

 二人の視線の先、大樹の下側には十数人の幼いリーフルが目を瞑り、蹲るように浮いていた。

 生きてはいる。

 だが、その様子と見た目はどこか奇妙だ。

 まず、彼らは蹲った状態から全く動かない。

 息はしているがそれだけだ。寝ているだけのようにも見えたが、それにしては態勢が奇怪に過ぎる。

 そして、彼らの体にはリーフルに元からある耳の葉っぱ以外にも、体のところどころに葉や茎のようなものが生えていた。

 例えるなら、冬虫夏草だ。

 実際は、菌類に寄生されたそれらより、見た目はそこまで酷くはなかったが、見た目の雰囲気は近い。

 そんなリーフルたちが浮かぶ空間を、例の少年は見下ろすように浮いている。

 その表情は今までのようなふざけたものではなく、どこか沈んだものに変わっていた。

「…あの、これは一体…」

 くらんが戸惑いを露わにしてそう呟く。

 …そのとき。

「なにをしている!」

『!』

 敵意に溢れた鋭い声が、今来た通路から響きわたった。

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