[第三章:星系道中―2緑彩地区]その3
「これが、[緑彩地区]の町…」
町の広場に降り立ち、目の前に広がる光景を見て、さくは呟いた。
その視線の先には、遠目にも分かった緑で彩られ、照明で照らされた街並みが広がっている。
しかし、その構造は重力のある[種子]にあるものとは大きく異なっていた。
(逆さの家がある…)
彼女らが見上げる、天井になるやや低めの[大道]の壁。そこには、いくつも家が生えるように立っていた。
三人の地点から見れば逆さになるような、ぶら下がっているようにも見える形で、である。
基本的には円柱型の[大道]。その内側の上部、下部、天井部含めたあらゆる場所に家が建てられることで、この町は全体で、横向きかつ奥行きのある巨大な輪を描く構造を持つこととなっていた。
重力のある[種子]とは違い、重力のない[大道]内であるからこそ、家や店を建てる方向に制限がないことで実現する特異な構造。
見覚えのある立て方に、逆さ、斜め、真横の立て方の建物が交差するような街並みは、さくとやっちゃんにかなりの衝撃を与えていた。
「さく、[緑彩地区]の町を見るのは、初めてですか?」
くらんの言葉に、衝撃から抜け出したさくは答える。
「…うん。ほとんどあそこの[準種子]にいたし。本の挿絵で見たことぐらいはあったけど…」
(なんというか、凄い。…実物は絵とは迫力が違う…)
以前勉強のために見た絵は、あくまでこういうものがあるとやや投げやりに示す程度の意図で描かれた、だいぶ簡略化されたものであった。
そのため、今見ているもの程の情報密度もなかったのである。
だからこそ、多量の緑、多数の家や道、全く別の向きで交差するそれらで構成される光景に、さくは少なからず圧倒されたのだ。
「…ウチも実物は初めてや。一応、前にどういう感じが結構勉強したけどな。実物はちゃうなぁ…」
傍らのやっちゃんもさくと同じ感想を持ったようであった。
そこでやっちゃんはふと気づいた様子で、くらんの方を見て言う。
「…そういえばやけど。くらん、あんまり驚いてないみたいやけど、見たことあったんか?」
「あ、はい。私、追手に追われる前は、コンテストのために地道に[大道]を進んでいたんですけど、食糧問題でお金を稼ぐ必要があったんです。元々[騎装樹]以外何もなかったわけですから。だから、[第九種子]を放浪した頃と同じように、食べ物代のためにこことは別の[緑彩地区]で、しばらく働いていたんです」
「なるほどな」
相槌を打つやっちゃんに、くらんは続けて言う。
「だからこういう[緑彩地区]に見られる、特徴的な横向き円柱の光景って見慣れるところあるんです」
「ふむふむ。それでウチら程驚いてなかったわけか」
「そういうこと」
さくはやっちゃんと共に納得して頷く。
「はい、まぁそういうわけなんです」
くらんはかつてのことを思い出してか苦笑いする。
「…まぁ、あのときは追っ手こそなかったですけど、それなりに苦労はしましたね」
「そか。…まぁ、それはあんまり深堀りせんとくわ」
さくはその言葉に軽く頷く。
わざわざくらんの古傷を抉る必要もないだろう。
「…さて。こうして町に着いたわけや。そろそろ、買い物行こか」
「ですね」
「確かに。あんまり話し込んでてもだし」
やっちゃんの言葉に二人は頷く。
「よしよしや。それじゃぁ、再集合場所はこの広場な。時間はどれくらいかかるかわからんし、あんまり決めんでええか」
「初めての場所だし。買うものを探すのも時間かかるかも」
「そうですね、買うものも多いですしぱっと終わらないかもです」
「…そういうわけやし、終わり次第集合ってことでええやろ。二人とも、異論はないか?」
「別に」
「ないです」
「そか。なら、ウチは行くで。二人二人で頑張ってや」
「うん」
「はい!」
二人の返事にやっちゃんはにっと笑い、
「ほな、また後でなー」
そう言って店の見える方へと向かって行った。
「…じゃ、私たちも行く?」
さくはやっちゃんを見送った後、くらんに言う。
すると、彼女は満面の笑みで、
「はい!行きましょう、買い物に!」
いつもよりテンション高めで言う。
「…なんか、興奮してる?」
首を傾げてのさくの言葉に、くらんははっとする。
「…か、かもしれません。なんだか、こういうことするのに、舞い上がっていたところがあるような気がします…モモナさんの言う通り、息が詰まっていたのかも」
「なるほど。まぁ、私もちょっと息詰まってたし、ちょっとはそうなる気持ち、わかるかも」
(くらん程、テンションは上げられないけど)
出来上がってしまった性格、あるいは精神の在り方のために。
(…それはいいとして)
「まぁ、興奮しててもいい。落ち込んでやるよりいいだろうし」
「そうですか?」
「うん」
「…分かりました!それじゃぁ、素直に!行きましょう、さく!」
「あ、うん…行こう」
さくに貰って興奮を剥き出しにするくらんに戸惑いつつ、同時にそれを少し楽しく感じつつ、二人は町を進み始めた。
▽―▽
「……」
まるでツタのような髪と、それと一体化して腰下までを覆う一張羅。
そんな妙なもので構成される見た目をしたそれは、建物の端に立ちながら、鼻をひくひくとさせる。
「…」
そして、髪の奥にある目を光らせ、にやりと笑った。
▽―▽
「すみません、これってどこにあるんですか?」
「ああ、ええと…ここだな」
「ありがとうございます!」
「うい。それじゃ会計だ」
(…やっちゃんと気が合うだけあってトークスキル、高い)
やっちゃんと別れて三十分程。
二人は、複数枚あるメモに従って順調に買い物を続けていた。
「まいどー」
「ありがとうございました!」
くらんは丁寧すぎるぐらいに丁寧にお辞儀し、目の前の店主から商品を受け取る。
それから彼女はすぐに自分の買い物袋に商品を入れ、再びお辞儀してからその店を離れる。
さくは、その後にすっとついていきつつ、思う。
(…くらんのおかげで随分順調に進んでる。買い物にある程度慣れてる私より早い)
店に入っても、初めて入店する店舗のために、目的の物があるのか、あるとしてもどこに置いてあるかは分からない。
そのため、自分たちで見つけられない場合もしばしばあり、その際は店員に聞く必要があった。そして、興奮気味で、行動が積極的になったくらんは、それを進んでやってくれている。
あまり口数が多くなく、会話をやっちゃん程得意としていないさくに対し、くらんの丁寧な物腰と態度はかなり良い方向に作用し、定員との円滑な会話が実現している。
その結果、二人は入店し、商品を手に取り、会計を済ませて退店するまで、それぞれ五分もかけないで、次々と店を回ることに成功しているのである。
かなりの効率で買い物が進んでいたため、見る見るうちに二人の買い物袋は膨れ上がっていく。
(…それにしても)
さくは、歌いながら次の店へ向かうくらんを追いながら思う。
(くらんって、どうしてこんな丁寧なんだろ。なんかやたらお礼したり、謝ったりするし)
礼儀は大事とのことだが、それにしてもである。
ある種の執着でもあるかのように、奇妙なまでの度合いで重視している。
歌姫としての振る舞いの心がけなのではと、さくは考えたこともあったが、そういうものではないらしい。
ならば素であるということになるし、さくがここまでの日々で感じ取っている範囲では素であるのだろうが、しかしどうしてくらんはそうなるのか。
それがさくには純粋に不思議であった。
(過去考えると、そうはならない気もするけど)
首を傾げながらも、詮索する気もないさくは、ひとまず置いておくことにし、買い物を続けることにする。
「…それで、次は何買うの?」
「はい。えっと、メモの三枚目の最後…」
袋が限界近くまで膨らんできた頃、二人は道の一角で止まる(正確には進むのをやめてそのあたりを漂う)。
「…あ、これが最後ですね。料理に沿えるのに使うものですね。以前見せてもらいました」
言ってくらんが指し出したメモを見て、さくは二秒程考えて思い出す。
「ああ、あの葉っぱ。確か香り付け用で食べれないんだっけ?」
「はい」
そう答えたところで、くらんはあっ、と声を漏らす。
「…そういえばこれ、三つぐらい前のお店で見たような」
「そうだっけ……」
さくは三軒前の店でのことを思い返す。
そこでは他のものを買ったのだが、退店する際、視界の端に目的のものがあったような記憶があった。
「…そうだったかも。棚の端で見たような」
「ですよね…。…うぅ、ちゃんとメモを隅々まで確認しておくんでした…」
「気にしなくても。戻ればいいだけだし」
「…そうですね」
くらんは軽く、自分にため息をつく。
しかし、すぐに気持ちを切り替えたのか、
「それじゃ、行きましょう。最後ですし」
「うん」
さくは頷き、くらんと共に来た道を戻る。
「…それにしても、不思議な構造」
道を往く中、さくはあたりを見回して呟く。
周囲には店や住宅、その他施設が並んでいる。二人の周りの狭い範囲ともなれば上空以外は[種子]内とほぼ景色のそこではあるが、そこにおいても一つだけ、特異なものが存在する。
それというのは、
「こういう棒があちこちに立ってるなんて」
「無重力前提の場所ですからね。こういう足場って大事なんですよ」
「まあ確かに。実際便利で助かってるし」
町の中には、いたるところに細めの円柱型をした構造物が存在する。
それは、無重力環境において、蹴って方向転換をする、と言う風に自由に移動をするための足場だ。
これが通行の妨げにならない範囲で多数あることにより、動きの自由が利きにくいこの場所において、その不自由はかなりの度合いで軽減されることとなっている。
[緑彩地区]の町においては、必須のものであった。
「…あ、見えてきましたよ!」
「確かに」
目の前の路地を曲がったところで、目的の店が少し奥の方に見える。
後は一直線に行けば、すぐに辿り着けるだろう。
「さぁ、行こ」
「はい!」
さくはくらんを促し、手近な足場に足を付ける。
そうして店へと一息で向かおうとする、そのときであった。
「!」
いきなり、手前の建物の影から、よそ見をしながら談笑する男女が現れる。
それにいち早く気づいたさくは、足場を蹴るのを踏みとどまる。
だが、
「あ…!」
店の方に気を取られていたのか、発見が一瞬遅れたくらんは足場を強めに蹴ってしまい、男女の方へと一気に進んでいってしまう。
そして一秒としないうちに、
『あいた!?』
三人は思い切り頭をぶつけあった。
「…だいじょぶ?」
さくは突撃にならないよう、かなり弱めに足場を蹴り、三人に近づく。
「…いててて。な、なんだったんだ?」
「…ど、どうやらぶつかっちゃったみたい」
衝突の衝撃で少し奥に行ってしまった男女は、頭を押さえながら顔をあげる。
「ぶつかった?なにに?」
「リーフルよ。ほら」
女が指さす先を男は見る。
そこにはくらんが若干目を回して漂っている。
さくはそんなくらんの肩を軽くつつく。
「くらん?」
「…うぅ…」
少し遅れてくらんは目をぱちくりさせつつ、顔を上げる。
「あれ、えっと…」
どうやら頭をぶつけあったために記憶が多少混濁しているらしかった。
「くらん、だいじょぶ?一応無事に見えるけど」
「え、あ、さく?えっと、はい。大丈夫ですけど…」
半ば反射的に答えたくらんは、そのあたりで思考がはっきりとしてきたのか、考える素振りを見せる。
何があったのかを思い出そうとしているらしい。
「…えっと…?私、確か……ぶつかって…?」
そう呟いたところで、女が近づいてくる。
そして、くらんに向かって心配げに口を開いた。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「…え、あ…」
「私たちがよそ見してたせいね。つい彼と話し込んじゃって、周りが見えてなかったわ。それであなたに迷惑かけちゃったわ。ごめんなさ」
「ごめんなさい!」
「!?」
半ば女の言葉を遮るように、くらんは慌てて謝る。
「すみません。私が悪かったです。近くに別の道があったのは気づいてたのに、店の方に気を取られて。それでお二人を痛い目に…ほんとに、ほんとにごめんなさい!」
「え、いや、そんなに謝らないでも…私たちの方も悪かったわけだし」
女はくらんの態度に慌て、戸惑いつつ言う。
「…でも、私も悪かったのは事実です…誠心誠意の謝罪はしないと」
「そ、そこまででも…」
「…これが礼儀ですから。迷惑かけた私の、せめてもの」
くらんはそう言って、深く頭を下げる。
その様子に、女は戸惑って数秒言葉を発せなかった。
しかし、そこに男が言う。
「ああ、分かった。分かった。謝罪は受け入れるさ。だから顔を上げてくれ」
「…そうですか?」
「そうだ。それにこっちもちゃんと謝らせてくれ。…よそ見して悪かった」
「…はい。こちらこそ」
それから三人は軽くお互いが無事か確かめあった後、笑いあって別れる。
さくはその一連の流れを、無言で見ていた。
「…すみません、さく。時間取らせてしまって」
「…いや、別にいいけど」
「そうですか?それじゃぁ、最後の買い物に行きましょうか」
「…う、うん」
さくはくらんに促され、目的の店に行く。
以降は、これといった問題は起こることなく、すぐに欲しいものは見つかり、無事会計は終了し、退店することとなった。
「…さて。これで無事、買い物は終わりましたね」
「…うん」
店を出たくらんは、達成感のためか笑顔で言う。
「この通り買い物袋もぱんぱんになりましたし。買った者には印をつけておきましたし。買い忘れはないはずです」
くらんは限界まで膨れ上がった袋を見せてそう言う。
それに、さくは自分の買い物袋と印で埋まったメモ用紙を見る。
購入済みであることを示す赤色の印は、全てのものについている。くらんの言ったとおり、買い忘れはなさそうであった。
「うん。…まぁ、私の方もないと思う」
「はい」
くらんは袖の奥には入らなくなった袋を持ち直す。
「それじゃぁ、無事買い物も終わった事ですし、やっちゃんとの合流場所に行きましょう?」
合流地点のある方を指し、くらんはそう言う。
それに、さくはすぐには返答できなかった。
「……」
「…?あれ、どうかしましたか?何か気になる事でも?」
さくはその言葉に反応する。
「気になる事…か。確かにあるかも」
「…それって…?」
不思議そうに首を傾げるくらん。
そんな彼女に、さくは言うか少し迷ったが、黙っていても仕方ないので言うことにした。
「…くらん。どうしてくらんは、さっきみたいにそんなに礼儀とかを重視するの?」
「え?」
「…前々からちょっと気になってた。別に悪いってわけじゃないけど、なんか。なにかあると、私に過剰に気を遣ったりするし。それがなんでかなって」
「…なるほど。そういうことですか」
くらんはそう言って、一度目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開け、静かに語る。
「…私、実験体じゃないですか」
「……」
「それで、施設にいたときは結構散々な扱いを受けてました。苦しくて、苦しくて、仕方なくて。私の心は、体は、私という全ては蔑ろにされていて。誰も顧みもしないし、優しくもしないし、思いやってもくれない。…だから、だと思います」
「…だから」
「はい。そうやって蔑ろにされ、散々な扱いを受けた反動なんです、きっと」
(…反動、か…)
さくがそう思う中、くらんは己の胸に触れる。
「私が礼儀とかを大切にするのは、自分がそうされなかったら。だからこそ、他人を尊重し、大切にしようする。なにかきっとそういうことなんです」
くらんは続ける。
「明確にそうしようって、思ったわけじゃないんですけど。…たぶんそう言う気持ちがあって、今の私になってるんだと思います」
「…」
さくは無言。
「とまぁ、そういうことなんです。…えっと、今の説明でよかった…ですかね?」
「…うん。分かった」
「そうですか。ならよかったです。さくの日ごろの閊えも取れたようですし」
「閊えってほどじゃないけど。まぁ、少しすっきりしたのは確か。ありがと、説明してくれて」
さくは先ほどよりすっきりした顔でそう言う。
くらんはそんな策の様子を見て、
「いえ、たいしたことはないですよ」
笑って言う。
それから彼女は、一応の確認をする。
「さく?もう気になってることはないですか?」
それにさくは頷く。
「だいじょぶ。もうない。合流場所に行って問題ない。買い忘れもないし。買った者はちゃんとここにあるし」
さくは買い物袋を掲げて見せる。
「はい。私もあります」
くらんも買い物袋を呼応するように掲げて見せる。
「完璧ですね。それじゃあ行ってもいいですかね?」
「うん。そうしよう」
「ですね」
そうして、二人は近くの足場を蹴り、やっちゃんとの合流地点へと向かい始める。
さくはその中で思う。
(さっきので、くらんのこともっと分かったかも)
もはや姉妹か何かのような距離になっている彼女のことをより知れた。
そのことにさくは少しの満足感を覚えつつ、一緒に街を進んでいく。
…そんなときだった。
「え!?」
「あ…!?」
一切の前触れなく現れた何か。
それは二人に一瞬で接近し、
『!』
その手の買い物袋を奪い取った。




