[第二章:星系道中ー1]その7
「…さく!」
くらんは格納庫を映した画面を見て、悲鳴を上げた。
そこでは、[チェリーヘヴィ]の胸部に、真紅の[重級]の武器が突き刺さっている。
[装甲葉]は裂け砕け、武器はおそらく操縦席に届いている。
さくの血が見えることはなかったが、無傷に住んでいるとはとても見えなかった。
そしてそれを示すように、[チェリーヘヴィ]は胸部に武器を刺された状態で沈黙している。
(さく……そんな)
自分を二度にわたって守り、今も守ろうとしてくれた彼女が、自分のために死んでしまったのではないか。
画面上の光景からそんな想像をしてしまい、くらんは血の気が引く感覚がする。
(…私を守ろうとして…。私の、ために…)
そう思うくらんの傍らで、やっちゃんが呟く。
「さく……」
彼女の言葉には、強い不安が含まれている。
どうやらくらんと同じ想像をしてしまったようである。
そのためか、彼女の表情も血の気の引いたようなものとなっている。
「…」
二人は不安が露骨に現れた表情で、半ば呆然と画面を見る。
その瞬間、それまで固まっていたらしいモモナが叫んだ。
『…さく!さく!?生きてる!?返事して!』
いつものような落ち着いた雰囲気はない。
画面に映っていないため顔は見えないものの、その声から彼女が取り乱しているのは容易に想像できる。
そんな状態で、彼女は自身の娘の生死を必死に確かめようとする。
『さく!さく!さく!』
「…、モモナさん…」
その尋常ではない反応に、くらんは自身もさらなる不安を抱えながら呟く。
「…さく。生きとるんか…?どうなんや…」
自分たち以上に取り乱すモモナの声を聞いたからか、少しだけ落ち着いた様子でやっちゃんは言う。
「…こんなわけわからんので死ぬのなんて、ないで…」
「…」
くらんとやっちゃんはそれ以上言葉も出ず、ただ画面を見つめるしかない。
その間もモモナが必死に呼びかけを続ける。
だが、中々返事は帰ってこない。
そのことに、最悪な事態になった可能性が、三人の頭にちらつき始めた時だった。
『…お母さん。さく死んでないし』
『!』
突如、ミスリィの声が聞こえたかと思うと、格納庫の端から何かが飛び上がる。
それを画面越しに見たやっちゃんとモモナは、同時声を上げる。
『[チェリーライト]!?』
二人の言葉と共に、画面中央に姿を現したのは、人型の[騎装樹]だ。
だが、基本がその形になる[重級]ではない。
平均的な大きさのそれらよりも、現れたのは半分程度の大きさしかない。
加えて、無骨な両腕のクレーンアームに不釣り合いな大きさの棍棒を担いだそれは、
「[軽級]ですか…!?」
明らかに、移動用がその主な用途となる[騎装樹]であった。
そして、半ば剥き出しのその操縦席には、いつのまにかリビングから姿を消していたミスリィの姿がある。
『行く』
[保護衣葉]を纏い、ヘルメットを被った彼女は、[チェリーライト]に棍棒を振り上げさせる。
『!』
真紅は[チェリーライト]の動きに反応しようとするが、前者の方が速かった。
[チェリーライト]の背中の推進装備が空気を勢いよく吐き出し、加速。
『壊すのは簡単。教えてやる』
直後、ミスリィの言葉と共に、振り下ろされた棍棒が真紅の武器の側面を思い切り叩き、粉砕した。
『…!』
驚きか一瞬怯む様子を見せる真紅に、[チェリーライト]はその場で急激な横回転を行いつつ、思い切り棍棒を投げつける。
『…っ』
真紅は床を蹴り、推進器を使って入り口側へと棍棒を回避。
それが終わって真紅が床に足をつくまでの間に、[チェリーライト]は[チェリーヘヴィ]に刺さっていた武器を引き抜き、捨てる。
『…生きてるのは知ってる。さく。抜いたから返事。無事?』
ミスリィは[チェリーライト]を[チェリーヘヴィ]の胸部横に浮かばせ、鋭くそう言う。
すると、その傍らにある[チェリーヘヴィ]の装甲の奥から、声が聞こえてきた。
『…ああ、うん。ヘルメットは割れたけど、私はなんとか』
さくのものだ。
少し元気がないようにも聞こえたが、苦しそうなものではない。
言葉からして無傷とはいかないかもしれないが、少なくとも重症なわけではないようであった。真紅の武器の刺さった角度の関係か、致命傷は裂けられたようであった。
それにくらん達は安心し、ほっと息をつく。
『よかった…』
そう、モモナが心底安心した様子で呟いた直後、格納庫で再び動きがあった。
『…』
真紅は、半ばから折れた武器を逆手にし、[チェリーヘヴィ]が先ほど手放していた木刀も手に取り、両手で構える。
それに対し、内蔵型の[特殊樹能]を除けば唯一の武装を奪われた[チェリーヘヴィ]は、[チェリーライト]と共にその場に立ち直す。
『…さぁ。まだ、終わってない』
さくは真紅に対し静かに言う。
そこには、戦おうとする意思が感じ取れる。
状況は不利だろう。だが、それでも彼女は逃げる気などないようであった。
『…ミスリィもやる。さく殺されるのは困る』
ミスリィはそう言って、[チェリーライト]の腰後ろから二つ目の棍棒を取り出す。
やはりサイズは大きく、[重級]用の装備に見えた。
それを両手で握り、[チェリーライト]、ひいてはミスリィは真紅を見つめる。
『さぁ来ると言い。本来じゃないとはいえ、ミスリィはそれなり以上に強いと教えてやる』
『……』
ミスリィの言葉に、真紅の[重級]の操縦者は反応しない。
ただ、両手の武器を握り直し、攻撃を仕掛けようとし、
『…!』
その瞬間、その動きをいきなり止めた。
▽―▽
『…え、なに?』
『どゆこと』
唐突な相手の停止に、さくはミスリィと共に困惑した。
大穴の開いた操縦席からは、停止している敵[騎装樹]の姿がある。
攻撃の予備動作をした時点で動きを止めたそれの姿勢は、実に中途半端である。
まるで、なにか衝撃的なものを見たかのように、そんな姿勢のままで動かない。
(…一体何が…)
割れたヘルメットの隙間から、扉が壊されたことで流入した[危空気]が入ってくるのを感じつつ、さくは眉を顰める。
(なんで急に動きを…。誘い?)
普段のさくなら、そこは大胆に動こうとするかもしれない。
だが、今しがた大胆な行動選択で返り討ちされたさくには、この相手には限っては迂闊に動くのは悪手であると、直感と理性的判断から分かっていた。
故に、露骨な隙があってもさくはすぐには動けない。
ただ相手の意図を測り兼ねた状態で、そのままいるしかなかった。
(けど、このまま膠着は不味い)
既に[危空気]を多少吸い込んでしまっている。時間が経てば経つほど徐々に体への影響は出始めるだろう。そうなれば命に関わる。
このままの状況は絶対に不味いのだ。
『……』
それでも主武器の喪失と、相手の強さから対応に迷ってしまい、さくはすぐに動けない。
そんなとき、
『…!』
真紅が少し頭部を動かす。
何かする気かとさくは警戒する。
だが、相手はそれ以上のことはしない。ただ覗き見るように頭部を動かしただけで他には何もしなかった。
…いや、厳密には違う。
(…ここの、私を見てる?)
さくは敵[騎装樹]、ひいてはその操縦者からの視線のようなものを感じる。
そしてそれは、厭らしいものではなければ、害意も、悪意も感じられない。
静寂の視線は奇妙なほど無害に、さくに突き刺さっていた。
(…なんで…)
さくは何とも言えない気持ちになり、ただ内心で呟く。
そんな時間が十数秒程続いた、ふとした瞬間、
『…隙が多い!』
前触れなくミスリィが叫び、[チェリーライト]が真紅に向けて急加速。
さくを見つめるその頭部を粉砕しようと試みる。
『…っ!』
ミスリィのその行動に、我に返ったのか真紅の操縦者は僅かな息を漏らし、[騎装樹]を動かし、後方…つまりは格納庫の外へと跳躍させる。
ギリギリで空を切った棍棒を構え直した[チェリーライト]とミスリィは、遠ざかった真紅を見つめる。
その先で数秒の間真紅は佇んでいたが、[チェリーヘヴィ]がにらみを利かせるように格納庫の入り口に立ったところで、
『…さく』
男のものと思しき声を漏らす。
そしてその声には、何かを懐かしむような感じが含まれていた。
先ほどまで無言で襲い掛かった敵としては、到底あり得ないような雰囲気が、そこにはある。
『…なに…?』
さくはそれを感じ取り、怪訝な表情でそう呟く。
(一体、何…。この真紅の[騎装樹]もだけど…、この雰囲気は…)
奇妙で。不思議で。不明で。
感情が大きく揺れないさくとしても、戸惑いを感じざるを得ない。
『…なん、なの…』
思わず、相手に対してさくはそう呟く。
それに、真紅が反応しようとした、その時。
『潰れるんですよぉ!』
突如、真紅の背後に姿を現した[スペリオ・テュポーン]が、その拳を突き出す。
『!』
それに一瞬遅れて気づいた真紅は回避を試みる。が、反応が僅かに遅く、木刀を持っていた方の手が一瞬で粉砕される。
『く…っ』
比較的小さめの手の木片が舞い、純奈が言う中、真紅は推進装置から空気を吐き出し、一気に[大道]の彼方へと飛んでいく。
そして、[スペリオ・テュポーン]が背後から奇襲を試みた最後の[シルバレル]を一撃で殴り潰したところで、真紅は完全に姿を消すこととなった。
『一体…どういうこと…』
さくは呟く。
彼女の胸には、真紅が残して言った奇妙な雰囲気の余韻があった。
『…一体…なに?』
さくは格納庫へと[騎装樹]を下がらせながら眉を顰める。
『あれの操縦者は、私を見ていた…。私に、興味がある?どうして…』
そうは言っても、情報の極端な少なさから、その問いに答えが出ることは決してなかった。
▽―▽
『あはっはっは!分かった?理解した?思い知った?そうよねそうよねそうよねぇ!』
真紅が撤退して十数分後。
[大道]での戦いは完全に収束していた。
[ソリード]の[シルバレル]はもれなく大破し、[プリプ]も全て破壊されている。
死者は一切出ていなかったが、それは狙ってのことであり、[騎装樹]を壊されたリーフルたちは皆[漣湖面]に拘束され、縄で巻き上げられ、[騎装樹]に吊るされていた。
ゆり達の完全勝利である。
そのため彼女は嬉しそうな大笑いを、[スペリオ・テュポーン]の上であげているのだった。
『…それにぃ、よかったわね。あんたち無事で。さっきの赤い奴、先輩が追い払わなかったら危険だったんじゃない?なんか只者っぽくなかったし』
『はい。確かにそうかもしれません。あの時点では[チェリーヘヴィエスト]も動けず、抵抗はほとんどできない状態でしたから』
満足げに笑い、画面越しに視線を寄こしつつ言ってくるゆりに、モモナが返答する。
『あはは!よかったわね?ラッキーね?幸せね?先輩と[スペリオ・テュポーン]がいてよかったわね!』
『…はい。その通りにございます…』
「…まぁ、そうやな」
リビング。
やっちゃんはそこで、ゆりの言葉にモモナと共に返答する。
「確かにあの六枚羽の[重級]がおらんかったらいろんな意味で危なかったわ。[第九種子]の連中も、あの真紅の[重級]のこともな」
(ほんと、助かったで)
さくがミスリィに助けられた後、そのまま不利な状況で再戦せずに済んだのは、[スペリオ・テュポーン]の存在はやはり大きい。
アレがいなければ、未知の相手を、家族や何よりも守るといったくらんのために撃退しようとするさくは、今度こそやられていたかもしれない。
あそこで敵を撤退に追い込んでくれたおかげで、さくが命拾いした面は少なからずあった。
(…にしても、お母さん肝冷えたやろな……)
やっちゃんは、さくが[騎装樹]の胸部に武器を刺された際の、モモナの反応を思い出す。
あることからさくのことを、複数の意味で大事にしているモモナだ。
さくが死んだかもしれないと一瞬でも思えば取り乱すことは無理のない事だと言えた。
それに、もしさくが実際に死んだということになれば自分たち以上のショックを受けるだろうと、やっちゃんは思う。
(だって、お母さんはな…)
そうしてかつてのあることを一瞬振り返ったところで、リビングの画面上でゆりが笑う。
『ま、とにかく。これにて[大道]を荒らす不届き者は撃退か拘束を完了したわ。これにて、ここでの事件は完全収束よ』
『だよねぇ』
『そうですね。あまり大きな被害が出ず収束して幸いです』
ここまでの小競り合いにおいて、明確に出たさく達や[漣湖面]の方の被害といえば、さくの軽い怪我と、[チェリーヘヴィ]の軽い損傷、それに[大道]の破片の投擲で出た数名の怪我人ぐらいだ。
重い傷を負った者は幸いにも一人もいない。
その上で、さく達と[漣湖面]以外の脅威足り得るものは完全に排除されている。
収束の仕方としては上々であろう。
『…さてと。私たちはこれから捕まえたこいつらをシメたりして反省させるわけだけど。あんたたちはどうするの?』
ゆりは[スペリオ・テュポーン]の下にいる拘束されたリーフルたちを指しながら言う。
『はい。わたくし達は予定通りに[第八種子]に向かおうと思います。追手を撒ききることは必要なことですし、早く動こうと』
『へぇ、そう?ま、好きにするといいわ。もともとあの歌を聞いた後は、そう言う流れだったしね』
『そうですね』
「…そやな。…お母さん、[チェリーヘヴィエスト]の関節は大丈夫になったん?」
『はい。そちらに関しては、[チェリーライト]などを使ってどうにか。既に問題なく進んでいけるでしょう』
「そか。なら、行こうや」
やっちゃんの言葉に、画面の端に映っていたモモナは浅く頷く。
それからゆりに向かって、
『ここまでのこと感謝いたします。通行の許可、驚異の撃退。それらのおかげで、わたくし達はこうして無事、目的の場所へ進んでいくことができます』
『そう?あはは、嬉しいじゃない。世辞かもだけど、今は悪い気分じゃないわ。これから折檻もできるわけだし、…ふふ』
(…こいつ、暴走して人の話聞かんくなるのもやけど、やっぱなんかヤバい奴やな)
やっちゃんは画面上で笑うゆりを見て、そんなことを思う。
(…くらんがいてくれなかったら、こいつともっと悪い形で長時間関わるか、やられたわけか。くらん様様やな)
何気なくそう思ったところで、やっちゃんは部屋の隅でさくの手当てをしているくらんを見る。
彼女は、自分を守ろうと不利な戦いを挑み、結果怪我をすることにさくに申し訳なさを感じ、自ら進んでさくの手当てをしていた。
ただ、怪我と言ってもヘルメットが割れたことによる額の切り傷のみだ。
そのため、そこまで重く見るようなものではなかったが、くらんは危ない橋を渡ったくれたのだからこれぐらいはと、戦ってくれたことへの感謝と労いを兼ねかなり丁寧に手当てをしていた。
(結果軽症やったし、そんなに気にせんでもとは思うけど…まぁ、ウチが口出すことでもないな)
やっちゃんは、自分のためにすみませんと謝りもするくらんを横目に見つつそう思う。
…と、そこでゆりが別れの言葉を発する。
『それじゃぁ、ね』
やっちゃんが視線を戻した先で、ゆりは言葉を続ける。
『さよなら。歌姫の揺り篭さん。もしくらんが、私の心を変えさせたあの子がいい感じになるの、一応期待してるわ』
『はい。ありがとうございました』
その言葉と共に、画面は切り替わり、果ての見えない程の大きさの[大道]が見えるようになる。
[第八種子]へと繋がる、大いなる道が。
『…それでは。進みます。目的の場所へ』
「…そやな」
二人の言葉、それにリビングの天井を漂いながら、進むと呟くミスリィの言葉と共に、[チェリーヘヴィエスト]は歩き出す。
巨大な揺り篭は、その歩みを再び確かに進めだした。
▽―▽
ゆり達が喜んで[シルバレル]の操縦者たちに折檻をしている頃。[大道]をひっそりと逃げていくものが一つあった。
それは、[スペリオ・テュポーン]の無双の最中に逃げ出した、一体の[プル・プリプ]だ。
『…』
四肢を失いながらも、背中の推進装置一つだけは死守したそれは、誰にも気づかれず、ある場所へと向かっていく。
事前に与えられた命令を忠実に、操縦者は実行する。
得られた、重要な情報をその胸に抱き、静かに、しかし早く、[大道]の中を突き進む。
いち早く、報告をするために。
その姿を見止める者はもはや誰もいなかった。
そして、同じ時。
『名前…声…それに、あの顔……まさかと思うが』
[大道]の、照明のない暗闇の中で、彼は一人、[騎装樹]の中で呟いた。
その様子は、無気力そうな普段とは打って変わって、非常に嬉しそうであった。
▽―▽
『…さく。危ないことはしてほしくないのだけど、ね…』
モモナは一人、呟く。
『でも、どれだけ危ないとしても。さくがそうと望む限り、わたくしには止めることはできない。いや、できない。そんな権利は…』
途中から消え入るように言って、モモナは画面越しに見ていた、くらんに謝られ、彼女を宥めるさくから目線を外す。
『…』
体中に水が浸透し、肩辺りから何かを吸われる感覚。
もはや慣れてしまったそれと共に、モモナはその視線を、ある場所へ向ける。
彼女を閉じ込め、同時にその役割を果たさせる水の外。そこには、二つの歪な塊があった。
黒ずんだそれらは、もはや動かない。
大破した[レッドバレル]の残骸の回収時に見つけたときはまだ、少しは動いており、元気にしようとモモナは手を尽くした。
だが、明らかに歪な生命活動を行うそれらは、既に短い寿命を迎える寸前だったのだろう。
まもなく一切動かなくなり、その生命活動を完全に停止していた。
『……』
モモナはそれをただ無言で見続け、そしてぽつりと呟いた。
『……ごめんなさい』
その言葉は、干からびたようにも見える死した塊達には、当然届きはしなかった。




