[第二章:星系道中ー1]その6
『…これって』
さくは[チェリーヘヴィ]の中、ヘルメットの奥から格納庫の画面を、操縦席の画面越しに見て息を飲む。
『…大きい、[重級]…』
ゆりの召喚の叫びに応え、[チェリーヘヴィエスト]の格納庫前に飛来したのは、並みの[重級]より二回り程大きい[重級]の[騎装樹]であった。
『……』
その巨体の中で最も太い部位である腕は角ばっており、その厚みから見る者に非常に力強い印象を与える。
腕の大きさに対してもやや大きい手には無骨な五本指の付いており、力強く握りこまれている。
それらの付け根のある胴体はやや細めでこそあるが左右の肩が怒り肩の肩となっていることもあり、弱さは感じさせず、むしろ引き締まった印象を見る者に与える。
その下にある足は下に向かうにつれて太くなっていき、膝上から足首辺りには分厚い木材と[装甲葉]を幾層にも重ねた装甲があり、つま先はそれらに対してやや細い。
さらに、それら全て上にある頭部は二本の大きな角を持ち、その下にある横一文字に切れ目の入った顔面の[装甲葉]の奥からは、赤い二つ目が力強く光る。
そして、以上の全てを押しのける程の存在感を持って、その巨体の背には、左右に三枚、計六枚の巨大に過ぎる翼が生えていた。
『な、なんだこれは…!』
剛腕の巨鳥人とでもいうべきその威容を目にし、[シルバレル]の搭乗者たちは狼狽える。
その理由は、現れた巨体の迫力だけではなく、飛来時に巨大な腕の一撃で粉砕された二体の[シルバレル]の残骸が周囲に漂っている事にもあった。
狙ったのか偶然なのか、操縦席は粉砕されてこそいなかったが、どちらの胸部もそれなりに折れ砕け、そこについていた貯水タンクも四肢も頭部もただの木片と葉っぱの塊となり果てていた。
それらの残骸の奥で、その巨体…[スペリオ・テュポーン]は両目の目を怪しく光らせる。
『…い、一体なんだと言うのだ…』
角突きの操縦者は目の前の巨体に気圧される様子を見せる。
だが、すぐに我に返った様子で、
『…っ!貴様!いったい何者だ!』
[シルバレル]に己の得物であるハルバードを構えさせ、鋭く叫ぶ。
その言葉に、部下の[シルバレル]たちも我に返ってそれぞれの武器を構え、[スペリオ・テュポーン]を取り囲むように扇状に展開する。
(…何もせずに見てる…余裕がある?)
ずっしりと構えたまま動かない巨体を見てさくが思ったとき、角突きの操縦者が叫ぶ。
『さぁ!答えろ!』
答えなければ問答無用で攻撃する。
[シルバレル]の並びにより、言外にそう主張しながらの問いに、[スペリオ・テュポーン]の操縦者は、少し笑って答える。
『…んふ☆私はぁ、純奈。見ての通り、この大いなる[重級]、[スペリオ・テュポーン]の操縦者ですよぉ』
流れてくるのは緊張感のないのほほんとした少女の声だ。
それだけを聞いたならば、誰であろうと油断してしまうだろう。
だが、そう言う彼女の[騎装樹]の前には[ソリード]新種の[重級]がいとも簡単に砕かれ、漂っているのだ。
その事実が、一見間抜けそうな少女が、決してその印象通りの相手ではないことを強く物語っていた。
(…間違いなく強い…)
少なくともサクシドのようなガワだけの雑魚では決してない。
さくと同じように、純奈の間の抜けた雰囲気の奥に隠された強さを理解しているのか、角突きは警戒心を露わにし、問う。
『…貴様は我々の敵か?』
その問いは、[シルバレル]の残骸を見ればわざわざ純奈に聞かなくとも察することのできることではある。
だが、角突きはその行動方針を、[スペリオ・テュポーン]を自分たちの敵として排除するそれを明確にするために、事実確認として行った。
それへの純奈の答えは肯定以外にあり得ないだろう。
さくがそう思ったときに、純奈はゆっくりと分かり切った答えを…発さなかった。
『敵?あっはっはっは、そんなまさかぁ』
(え…?)
さくは驚いて目を見開く。
一体どういうことなのか。
状況から判断するに、純奈と[スペリオ・テュポーン]が角突き達の敵であることは、疑いようがない。
にも関わらず、何故純奈は否と言うのか。
それにさくが困惑する中で、一体の[シルバレル]の操縦者が純奈の言葉に気を緩めたのか、
『なら、そこを譲ってくれ。僕たちはわざわざ君と戦うつもりは…』
説得しようと言った瞬間であった。
『ふんっ!』
『!?』
突如、[スペリオ・テュポーン]が近くを漂っていた貯水タンクの残骸を掴み、説得を試みた[シルバレル]に思い切り投げつける。
『ぐがぁ!?』
操縦者の悲鳴が上がると同時に、タンクを叩きつけられた[シルバレル]の胸部[装甲葉]が砕け、破れ、操縦席が半ば露出する。
それに、角突きが武器を向けて非難の声を上げようとした瞬間、純奈は言う。
『…ダメだよぉ。敵じゃないっていうのは、味方・中立・部外者・そのいずれの意味でもないんだよぉ?』
『…なら、どういう意味だと…』
『決まってるよぉ?』
その瞬間、さくは純奈が操縦席で笑うのを、彼女の放つ雰囲気から感じ取った。
『私はあなたたちのような[大道]に被害を出すような邪悪を砕くために、この子と共に存在する。この子は、あなたたちのような相手を叩き潰すための、問答無用の、正義・怒り・断罪の最強剣。そして、その前に立った時点であなたたちと私達は敵同士なんて高尚な関係じゃない』
[スペリオ・テュポーン]は腕を組む。
その役割を、力を示すように、鋭い視線で[シルバレル]達を射抜く。
『あなたたちはただ、裁かれる対象。そしてこっちは裁く側。それ以下でも以上でもない。ただそれだけの関係なんだよ?ねぇこぅはぁい!』
『ええ、そうよ』
純奈の言葉に、そもそも彼女を呼んだゆりは、この場全ての者の頭上に陣取りなおして頷く。
そして、勢いづいて次々と言葉を発し始める。
『いい?あんたたちの罪は重い!分かる?理解できる?だからこそって察せられる?だからあんたたちは裁かれる。報いを受ける!制裁を受ける!今すぐ!徹底的に!絶対的に!』
『そう。私とこの子はそのために来たんだよぉ?』
そう言うと、[スペリオ・テュポーン]は拳を握りこむ。
ゆりはそれを見、宣言を行う。
『さぁ。始めるわよ!執行よ!あんたたちの都合なんて関係なく問答無用で叩き潰す!何の話も聞きはしない。使う誰ものためにある[大道]を、無責任に壊すお前たちを…』
[スペリオ・テュポーン]の両目が今までよりもより一層強く光る。
『徹底的にね!さぁ、行きなさい[スペリオ・テュポーン]!この愚者共を叩き潰すのよ!』
『はぁい!』
その直後、[スペリオ・テュポーン]は翼を力強く羽ばたかせ、[シルバレル]達の中へと拳を振りかざして突撃を開始。
角突きの指示で後方に散開し、[シルバレル]たちは結果的に[チェリーヘヴィエスト]から離れて[スペリオ・テュポーン]との戦闘を開始する。
さくは、そうして[騎装樹]達が離れていくのを見て、
(……くらんがやってくれなかったら、アレが襲い掛かってきてた…)
有り余るパワーと圧倒的な機動力で、[プリプ]達とそれらを捕まえに行った[シルバレル]さえも巻き込んで、しかし有利な戦いを展開し始める[スペリオ・テュポーン]を見て、彼女は息を飲む。
もしくらんが先刻ゆりを説得していなかったなら。
おそらく彼女は[スペリオ・テュポーン]を召喚し、今しがた[シルバレル]達に言ったのと同じようなことをさく達に言い、[チェリーヘヴィエスト]を潰しにかかっただろう。
そうなれば、今[大道]内を漂う[シルバレル]の残骸と同じようにさく達は粉々であったに違いない。
さくはそうなった可能性を改めて意識し、それを説得で回避してくれたくらんに感謝した。
(…くらんのおかげで、私も、やっちゃんも、ミスリィも、お母さんも助かった)
そう思ったところで、ゆりが自身の[中級]を移動させ、モモナあたりに語り掛ける。
『まぁ落ち着いて見てなさいよ。今回はあんたらただの被害者みたいだし。あの連中片づけるついでに先輩が守るから』
モモナが気を利かせたのか格納庫の拡声器越しに流れた声を聞き、さくは今考えたことを振り返って微妙な気分になる。
(味方なら心強いけど…)
そんなことを思いつつも、画面上で[スペリオ・テュポーン]が一方的に暴れまわる様を見て、さくは少し気が緩んでいた。
…そんなとき、それは突如として。
『…!さく!』
『…?』
急に放たれたモモナの焦りの声に、さくが眉を動かしたその瞬間。
『…………………………………………』
それ(・・)は、格納庫の扉を蹴破って現れた。
『!』
さくは咄嗟に、[チェリーヘヴィ]を動かす。
待機状態であっても、生物と同じように動こうと思えばいつでも動けるそれは、目を光らせて彼女の命令に応える。
(右へ…!)
水と栄養の通う足が、[神経茎]が力み、その身を右側へ三歩分程動かす。
その直後に、それ(・・)の手に持っていた得物が、壁へと思い切り突き刺さる。
刺さったのは、薄く(といっても[重級]基準でだが)縦に長い長方形型の形をもった武器だ。
長短の板を並べ、間に持ち手を挟みこんだだけのものに見えるが、それなりの大きさを持つそれは、扱いようによっては[重級]の四肢を一撃でへし折りうる力を持つ。
そしてそれは、それなり以上の硬さを持つ格納庫の壁の木材を、割り、武器が刺さったことからも明白だ。
もしさくが咄嗟に回避を行っていなかったならば、鋭い一撃は先ほどまで刺さった壁の真ん前にいた、[チェリーヘヴィ]の胸部に突き刺さっていたに違いない。
『…』
油断ならない相手である。
そう判断したさくは、不意打ちを警戒しつつも、まずは狭い格納庫内でできるだけ距離を取り、相手を観察する。
(…見たことのない、[重級]…)
先ほどの[スペリオ・テュポーン]も初見のものではあったが、こちらはまた別だ。
この世界の各勢力で使われているとして有名な[重級]のどれとも、目の前の相手は微妙に違う。
かなり細身で角ばった体躯に、膝、腰、肘、二の腕、肩、首周りには小さな箱にも見えるものがあり、それらには全て穴が開いている。
まるで、何かを打ち出すための装置のように見える。
そんなものを全身に取り付けた[重級]の頭は四肢と同じように細く小さい。
形としては、少し陥没した両目部位の間に、斧を思わせるでっぱりを持っているというものである。
妙な箱を除けば、マントを付けた細いその身は、他の[重級]と比べるとひ弱で脆そうに見えてしまう。
…だが。
(なんだろう…色のせい?あまり弱そうには、思えない…)
謎の[重級]の色は真紅。
非常に目立つだけでしかないように思えるその色合いはしかし、ひ弱そうな本体の雰囲気を強そうに補強していた。
(……なんにしても、油断はできない…)
そう思ったところで、モモナが拡声器越しに声を寄こす。
『お気を付けください![チェリーヘヴィ]は無重力用装備がまだです!地上のようには…!』
(…っ、そうだった。どうりで避けた後の動きが変に感じた…)
重力下での感覚が、[大道]に入って間もない状態ではまだ強く残っていたせいだろう。
咄嗟の行動とその後の感覚が、つい[種子]にいたとき意図せず同じになってしまっていたのだ。
そのことに気づいたさくは、[チェリーヘヴィ]がそのままでは満足に戦闘できないこともモモナの言葉から思い出し、緊張感を強くする。
『…くっ』
一応、いつでも得意の居合切りができるよう、予備動作を行っておきつつ、さくは真紅の[騎装樹]を見つめる。
(何が目的?こんな状況で襲い掛かってくるなんて…)
そう、さくが思ったところで、真紅の操縦者が口を開いた。
『……くらん…』
『…!』
どこか投げやりで、後ろすぼみの声ではあった。
だが、聞き取り理解するには十分であり、さくがその目的を察するのにもまた、その言葉は十分であった。
『…例の、追手。なるほど』
『…』
相手から返事はない。
ただ、壁から己の得物を引き抜く。
そこまでの動きには攻撃をする隙が無い。
もしさくが、抜いている間に迂闊に攻撃しに近づけば、抜く勢いのままに鋭い一撃を受けていたかもしれない。そう予感させる動作だった。
間抜けで読みやすいサクシドとは違い、明らかにやり手の追手である。
『…くらん。欲しいの?』
さくは目つきを鋭くし、問う。
『……』
返答はやはりない。だが、真紅はその意思を示すように得物を腰だめに構える。
攻撃の意志。
それはくらんを寄こせという解釈で間違いはないだろう。
そのために、邪魔者を排除するのだと。
『なら…』
ならば、さくがやることなど、一つに決まっている。
だからこそ、彼女は相手を油断なく見据える。
そして、
『私は、くらんを守る…!』
相手の動きを予測しつつ、さくは大胆に勝負を仕掛けた。
(上手く動けない以上、一撃で行く…!)
今踏み出す一歩からの一撃で勝負を決めなければ、さくは圧倒的に不利だ。
無重力装備も、射撃武器もない[チェリーヘヴィ]では一度床から一体以上浮いてしまえば何もできなくなる。
そしてその状況は、無重力空間の戦闘ではいつ陥ってもおかしくないものだ。
対して相手は、背中にある袋から分かるようにどうやら無重力用装備を付けてきている。
あちらはこの空間を縦横無尽に動ける。そのアドバンテージは圧倒的であり、努力でどうにかなるものではない。
だからこそ、さくは最初の一撃での決着を望む。
不意打ち気味に相手の反応できない速度で突っ込み、得意とする鋭い一凪ぎを上半身と下半身のつなぎ目に叩き込み、撃破するしか道はない。
それが、彼女の中で最も確実な一手である。
(これで、終わりに…!)
そして、さくは、[チェリーヘヴィ]は不意を突くように前触れなく床を蹴った。
一秒にも満たない時間。
踏み出しから腰の木刀を掴んだ[チェリーヘヴィ]は、真紅への接近の中で鋭く、己の得物を一気に振り抜こうとし…。
『ぁ…』
次の瞬間。その胸部に、真紅の得物が決して浅くはない度合いで、間を縫うようにして突き刺された。




