[第二章:星系道中ー1]その5
(これは…!)
モモナは画面越しに[チェリーヘヴィエスト]の背後の状況を見る。
『…』
砕かれた[大道]の壁、その破片が舞う中でそれらを払うように姿を現したのは、多数の[騎装樹]だ。
その中でも、モモナが見る中で最初に姿を現したのは、先ほどまで宇宙空間を移動していた細身の[重級]、[プル・プリプ]の一体だ。
既に両腕を失ったそれは、ほとんど吹き飛ばされるような形で[大道]の中を舞い、近くの壁へ激突。
その動きを止める。
直後、大破した[プル・プリプ]の出てきた[大道]の穴から、別の三体の[プリプ]と共に、どことなく色づいた空気が流入してくる。
(不味い、[危空気]が入ってくる!)
モモナは水中で焦りの表情を浮かべる。
そんな風に彼女が反応し、今なお空いた穴から流れ込んでくる[危空気]とは一体何なのか。
その答えは単純で、[星系樹]が日々生きるなかで体外へ排出する気体、である。
この宇宙には空気が満ちているが、[星系樹]はそれを自身の新陳代謝のために呼吸と言う形で取り込み、必要な成分のみを使った後、不要なものを排出する。
そして、その排出された空気に含まれる成分は、リーフルにとって有害なものだ。
基本的に[星系樹]の体内と言う閉鎖空間にいたリーフルにとっては、そこにはなかった物質には耐性がほとんどない。
そこに、[危空気]はかなり効いてしまうのだ。
一応、吸引したからと言ってすぐ死ぬわけではないし、短時間なら体内器官で有害成分を分解することで問題なく生きていることができる。
しかし、吸引するような状況が二十分以上続くと体には明確な害が出てくる。
具体的には重度の倦怠感、不快感、めまい、吐き気、関節痛などである。
しかもそれは二十分きっかりというわけではなく、十五分を超えて来れば、あるいはそれに相当する分の[危空気]を吸引し、分解しきれていない状況なら徐々に表れ始める。
さらにはリーフルの体内器官では分解速度がお世辞にも早いとは言えないため、有害成分の蓄積もされやすくなってしまう。
そうなれば安全時間内に一度吸わなくなっても、一日立たないうちに吸えば溜まっていた分と合わせて、[危空気]の有害成分はリーフルに牙をむいてくる。
なんにしろ、リーフルにとっては排出口のある[星系樹]の茎部分に最も多い[危空気]など、吸わないに越したことはない。
だからこそ、ゆり達は慌てて[騎装樹]にその備えつけられていたヘルメットを被る。
こういうときのことを想定し、常備していたのだろう。
…ちなみに、[重級]の[保護衣葉]にヘルメットが含まれるのは、ゆり達と同じように[危空気]対策であり、いずれのものも後頭部で繋がっている[騎装樹]側に[危空気]を浄化して無害な空気にする機構によって、安全を確保するという方法をとっていた。地上ではただの衝撃保護の意味しかないが。
『…浄化機構、全力で稼働を…!』
モモナはゆりがヘルメットを被るのとほぼ同時に[チェリーヘヴィエスト]全体に通っている茎を通じて指令を送る。
それにより、浄化用に取り付けられた装置内にある植物が活性化し、周囲に満ち始める[危空気]の浄化を開始。巨体内に[危空気]が侵入するのを防ぐ。
それで一旦危機は避ける。
だが、モモナはそれで安心することはできない。
(…大きな穴が開いている以上、いずれ浄化が間に合わなくなる…)
もしそうなれば自分の手足であり体となった[チェリーヘヴィエスト]の中で子供たちが苦しんで死ぬことになる。
それはなんとしてでも阻止しなければならない。
(…なら、ここから即離脱する!)
ゆり達から通行許可も受けている。
ここに留まる理由などない。すぐにここを離れて[危空気]がない場所に移動する以外に、自分がやることはないのだ。
穴に関してはゆり達か、あるいは別の[漣湖面]のリーフルたちが後に塞ぐだろう。
そう判断したからこそ、モモナは[チェリーヘヴィエスト]を再び歩き出させようとする。
…そのときだった。
『…動きを封じろ!』
『…!』
突如、鋭い声が[大道]内に響く。
それと同時、[プリプ]に続いて[大道]内に入ってきた[騎装樹]の集団から、多数の白い塊が打ち出される。
『…銃!?…これは…!』
銃。それは[付能]によって度を越した伸縮速度と力を与えられた茎を縮ませ、超高速で弾丸を打ち出すものだ。
他の[付能]と同じで水で濡らす起点を必要とするそれは、その性質上濡らす一動作を合間に挟むために引き金を引いてから発射までに二、三秒の遅れがある上、一度打てば水が乾くまでは再発射ができない。
だからこそ、銃は遅れを実質的になくす技量を必要とし、その上で攻撃の場合は一発の威力はできるだけ上げられ、そうでない場合の弾の選択は目的と照らし合わせて最も合う上で効果的なものが選択される。
そして、今回のそれは。
『…拘束用の、トリモチ!』
相手の[騎装樹]の関節部に打ち込むことでその動きを封じ、捕縛に繋げるそれが、[チェリーヘヴィエスト]の巨体に飛来する。
発射の遅れ込みでも回避は間に合わない。
そもそもに[超重級]という巨体では的が大き過ぎること、それに銃の性質から極限まで高められた弾速に、反応することはできない。
…いや、反応する頃には、既に着弾している。
『…くぅ!?』
計六つのトリモチ付きの弾が、[チェリーヘヴィエスト]の脚と腕の関節に叩きこまれる。
それらは着弾の勢いで[装甲葉]の隙間から内部の[神経茎]と[骨格樹]にまでまとわりつき、その動きを致命的なまでに鈍くする。
『…なんという、的確な…!』
正確無比なその狙いに、モモナは驚愕する。
しかし、それを行った者達の姿を見、彼女はすぐに得心する。
([シルバレル]…[ソリード]の正式部隊…!)
[プリプ]を追って現れた計十二の[重級]の種類は[シルバレル]である。
それに加え、先ほどの正確な攻撃という、的の大きさを差し引いても分かるその実力の高さは、彼らが[ソリード]の正式な軍隊に属するものであることの何よりの証明である。
そんな彼らは、現れるや否や、目についた[チェリーヘヴィエスト]の動きを封じた。
当然だろう。[超重級]というただ暴れるだけでも[重級]を粉砕できるパワーと質量を持つ相手を、野放しにするわけにはいかない。
適切かつ迅速な判断である。
(…これは、厄介なことに…)
そうモモナが思った時、[シルバレル]の集団の中心にいる角突きの一体から声が発せられる。
『…[第二種子]の先兵ども。貴様らのとっておきだった[超重級]は封じた。むりやり[大道]の壁を破壊してまで続けた無様な逃走劇はもう終わりだ』
あまり感情の起伏は感じないが、だからこそ威圧的なその言葉に、[プリプ]達は操縦者の委縮を表すかのように身を固くする。
『…貴様らを拘束する。そして、洗いざらい吐いてもらおう。外で一体何をしていたのかを』
『…断りですわ!どうしてあなたたちのような相手に…!』
[スライド・プリプ]の搭乗者がそう声高く言う。
言葉の端々にプライドの高さを感じるのは、その搭乗者が[第二種子]の者である証明だろうか。
そうモモナがちらりと思ってところで、
『まだあたしたちは負けてないっ…!いえ、これから勝って任務を終わらせる!』
自身を鼓舞するような操縦者の言葉と共に、[スライド・プリプ]は両腕の武器を構える。
それを見た角突きはただ静かに他の[シルバレル]に指示を出す。
いたって冷静に、冷徹に、行動するために、言葉を放つ。
『命令だ。1~7は残りの[重級]の拘束を。そして他は羽虫は無視し、私と共に、そこの[超重級]を動けないうちに…破壊しろ』
『…!』
トリモチをどうにかしようと策を模索していたモモナは、角突きの言葉に表情を険しくする。
(予想できなくはなかったけれど、本当にそうなるか…!)
思った直後、[シルバレル]の集団の約半数が小さな返事と共に一斉に[チェリーヘヴィエスト]の方を向く。
完全に、モモナ達のことを[第二種子]の者たちの仲間かなにかなど捉えてきている。
そうでないにしろ、脅威足りえる以上、破壊しに来るのは当然である。
(…く。私の体とアレの都合、仕方なかったとはいえ、[チェリーヘヴィエスト]を移動手段としてしまったのがここまで…!)
モモナは顔に内心の焦りを浮かべ、どうするかを全力で考える。
(どうする?[チェリーヘヴィエスト]はほとんど動けない。さくとミスリィ出てもらう?…けれど、時間不足で宇宙用の推進装備までつけられていない…)
ゆり達のことがなければ、万が一に備えて[チェリーヘヴィ]と格納庫にあるもう一体の[重級]に対し、無重力空間用の推進装置をつける作業は完了していた。だが、残念ながら未完了であり、[チェリーヘヴィ]に関しては装備の用意の段階に留まっていた。
(…どうすれば…!)
こういう状況の経験がないわけでもなかったが、お世辞にも慣れているわけではなかったモモナは手詰まりを感じ、内心で叫ぶ。
そんなときだった。
『なにを、なにを勝手なことをやってるのよぉぉぉぉぉぉ!!』
ゆりだ。
[漣湖面]の面々を従えた彼女は、ヘルメットを被った状態で眼下に[シルバレル]達に怒鳴る。
『私たちのことを羽虫呼ばわりもして!それに[大道]に大穴開けて[危空気]も大量に入れて!なにを、なにをしてくれてるのよぉおぉ!!』
『…』
『いい?あんたらは迷惑なの!分かる?理解できる?自己の振り返りできてる?分かってる?分かってるの?』
『…』
『無視すんじゃないわよ!いい!?あんたたちのせいで大事な[大道]は台無しなのよ!?修復も相当に手間のかかることになるわ!なのに何!?さらにここで戦おうっていうの!?被害を出そうっていうの!?』
ゆりは操縦席で強く叩く。
『ふざけんじゃないわよ!私たちが日々どんな思いでここを維持してるか分かってるの!?分かってないでしょ!?理解しようとしてないでしょ!?だからやるんでしょ!?』
『…』
相変わらず無視は続く。
『ああ、ああ、もう!無視すんじゃないわよ!この迷惑野郎ど…』
その瞬間だった。
[シルバレル]の一体が、手に持っていた[プル・プリプ]の腕の残骸をゆりに投げる。
『!?』
そう距離もなく、空気抵抗もないことにより、折れているとはいえそれなり以上の大きさを持つそれはゆりの乗る[騎装樹]に一瞬でぶつかる。
『きゃうん!』
そんな悲鳴と共に、戦闘用ではないために装甲のない彼女の[中級]は半壊し、宙を回る。
ゆりはその中でなんとか体勢を立て直し、さらなる文句を言おうとする。
が。
『羽虫は黙らせておけ』
角突きの命令と共に、[漣湖面]の[騎装樹]が密集していたところに、辺りを漂っていた[大道]の壁の欠片が投げつけられる。
欠片とは言いつつも、巨大な壁の一部だ。
その大きさは、[漣湖面]の面々を羽虫のごとく吹き飛ばすには十分すぎた。
『な…』
その様子を見たゆりが絶句する中、[シルバレル]達はもはやゆり達に構うことなく
[チェリーヘヴィエスト]へと近づいてくる。
(…っ。今の時間だけではなにもできなかった…)
実際の時間にして一分となかった状態では[騎装樹]に推進器をとりつけることも、関節部の問題を解決するのも間に合わなかった。
故に、状況は変わらない。
他のものと違い、移動要塞としての武装を持たない[チェリーヘヴィエスト]は動けなくなってしまえばただの巨大な木の塊に過ぎない。
そこへ、処刑人たちが確実に近づいてくる。
『…っ!』
内部でさくが[チェリーヘヴィエスト]で出ようとしてくれているが、推進器のない[騎装樹]では無重力環境で十全に戦うことは難しい。
[シルバレル]が全て推進器を装備している以上、戦っても翻弄されるだけでさくは実力を発揮することなく殺されるだけになる可能性がある。
無駄死にすることになりかねない。
(それは、ダメ…それだけは、それだけは…!)
しかし、残された時間ではもはやモモナにできることは残されていなかった。
『…さく、出るのはよしてください!』
家内部に拡声器で以て言うと同時、[チェリーヘヴィエスト]の上へと、[シルバレル]の推進器が圧縮した空気を吹き出し、銀の身を進める。
対抗しようのない脅威が、目前へと迫る。
『…どうすれば…!』
思わず外に零れた叫びに、[シルバレル]の操縦者は冷たく言い放つ。
『諦めて、やられるがいい』
『!』
そして、来る。
複数の[シルバレル]が、各々の得物を持って、[チェリーヘヴィエスト]を、モモナ達の家を、[危空気]から子どもたちを守る聖域を、破壊しに来る。
『やめ』
『やめない。お前たち不快な[第二種子]に慈悲はない!』
『やめて…やめてぇぇぇえぇぇぇ!』
そう、追い詰められたモモナが叫んだその瞬間に、それは起きた。
『来なさい!』
言葉が響く。ゆりの怒りに満ちた言葉が、見えない[大道]の彼方へと、力強く響き渡る。
『今が制裁の時よ!スペリオ・テュポォォォォォォォォォン!』
そして、それは。
『はぁい、後輩!』
気の抜けるような返事の声とは裏腹に、史上類を見ない程の速度で彼方より飛来し、
『!』
[チェリーヘヴィエスト]に最も近かった[シルバレル]二体を粉砕した。




