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[第二章:星系道中ー1]その3

『くらんさん。いいですか?』

 [チェリーヘヴィエスト]が[大道]への移動を開始して十数分経った頃、モモナの言葉にくらんは顔を上げた。

 既に、[準種子]の重力圏はほとんど抜けており、無重力の状態に近くなっている。

 そのため、仮の自室を、即時出発したことへのモモナの謝罪と共に貰っていたくらんは、物が固定されたその中で、ふわふわと浮いていた。

「…はい、なんですか?モモナさん」

『はい。お伝えしたいことが計二つ、ございまして。今、よろしいでしょうか』

「はい。無重力もまぁ、慣れてないという程じゃぁ、ないですし」

 [準種子]に落ちてくる前、くらんは例の施設から逃げた後、[大道]を[シルバレル]で進んでいた時期がある。

 そこでは路銀を稼ぐための労働や休息を、[大道]にある施設で行っていたこともあるため、無重力での動き方と言うものは、ある程度くらんの身に染み込んではいた。

 とはいっても、最近は[準種子]の重力下にいたので、そちらへの慣れが強くいこと、昨夜のこともあり、以前ほど十全には動けない状態ではある。しかし、落ち着けない程ではなかった。

「私は大丈夫です。…それで、伝えたいことって、なんでしょうか?」

 画面を見、首を傾げて言うくらんに、モモナは頷いて答える。

『はい。一つはこちらなのですが』

「?」

 モモナが言った直後、彼女の入った水槽を映していた画面が滲むように映すものを変える。

 画面と繋がり、モモナのことを映していた器官が同機能の、別の場所のものに切り替わったのだ。

 そうして映し出されたのは、[チェリーヘヴィ]他二体ほどの[騎装樹]がある格納庫だ。

 さくが昨夜[チェリーヘヴィ]で扉を蹴り飛ばしたそこは、倒れた扉が戻され、仮固定されていた。

 そしてそこには、今まではなかったものが一つ、新たに存在している。

「…あ、これって」

 くらんは、見覚えのあるそれを見て、呟く。

『はい。[重級]…[シルバレル]です。以前くらんさんが話してくださった』

「…確かに、私のです」

 画面に映っているのは、確かにくらんの[騎装樹]、[シルバレル]である。

 彼女の過去の象徴ではあるが、長い時間を共にした結果、それなり以上に愛着を持っているそれは、多少破損した状態ではあるが、一応五体満足で保管されている。

『昨日の夕方あたりに、ミスリィが街はずれでやっと見つけたのです。本来は朝食時に伝える予定だったのですが…』

 朝食は早々に出発したこともあって、やっちゃんから配られたパンだけであった。

 それに加え、それぞれが部屋の固定に行ってしまったこともあり、ここ数日行っていた全員での食事と言うものは行われていなかった。

『遅れてしまって申し訳ございません』

 画面が切り替わっていなため、顔の見えないモモナの言葉に、くらんはわざわざ首を左右に振って答える。

「いえ…。回収していただけでも嬉しいです」

(頼んでいないのに、善意でやっていただいたわけですし…)

 くらんは[シルバレル]の存在は話していたが、その回収を頼んでいたわけではなかった。

 そもそも放棄した場所がはっきりとは分からなかったし、名残惜しくともわざわざ捜索を頼もうとまでは考えなかったからである(ないと移動に困るとはいえ)。

 だからこそ、善意で回収してくれたことはかなり嬉しい事であった。

『破損部の修復は、後々くらんさんの指示を受けた上で行う予定ですが、よろしいでしょうか?』

「え、そこまで…そんな、悪いですよ」

 そのあたりで、画面が元のモモナを映すものに戻る。

『いえ、問題ありません。そもそも[騎装樹]を破損状態で放置すること自体、不味いですし………』

 そこでモモナは一瞬呟きを漏らす。

『…放置するのヤダ』

「え?」

 今までに過剰にも思える丁寧な口調とは違うモモナの言葉に、くらんは思わず聞き返す。

 が、モモナはそこではっとした様子で、

『…い、いえ、お気になさらないでください』

 少し気まずそうに誤魔化す。

『とにかく、[騎装樹]の修復は、必要ですし。大したことでは、ございませんから。遠慮なさらず』

「…あ、は、はい。分かりました…」

 やや押され気味に頷くことになったくらんだが、すぐにお礼を言っていないことに気づき、慌てて頭を下げる。

「あ、ありがとうございます!本当に、いろいろと!」

『はい。ですが、くらんさん』

くらんが頭を下げている間に調子を取り戻したのか、落ち着いた声音でモモナは言ってくる。

「?なんでしょうか?」

『まだ、一つお伝えすることが残っています。お礼はそこで』

「あ、はい…そうでしたね」

 [シルバレル]関連の話の流れでもう一つの伝達事項のことを失念していたくらんははっとしてそう返す。

「…それで、もう一つのことって一体」

『はい。くらんさんの服の事です』

「あ…」

 そこでくらんは思い出す。

数日前、サクシドの魔の手からさくによって救い出された後、治療のためにくらんがそれまで着ていた服は脱がされていた。

 さらに、サクシドの攻撃によって切り裂かれ、くらんの流した血で汚れていたそれは、そのままでは再び着ることはできない代物と化していたのだ。

 なにせ、血自体が衣装の大半に染み込んで取れない汚れとなった上、生地自体なくなった箇所が多く、服としての体裁をあまりなしていない状態だったのである。

 多少の修復や選択でどうにかなる範囲を優に超えていた。

 そのため、モモナは手持ちの生地などを使い、くらんの衣装兼普段着を修復することを提案し、彼女はそれを受け入れていた。

(それが、ですか)

『こちらも仕上がったので、お渡ししたいと思います』

「あ、ありがとうございます」

 思わずまた頭を下げるくらんにモモナは首を振る。

『いえ。それに、それは彼女に…さくに言ってあげてください』

「え?」

 急に出てきた名に、くらんが軽く驚くと同時、部屋の扉がノックされる。

『いい?くらん。服持って来たんだけど』

 扉越しの声に反応するくらんに、モモナは言う。

『申し訳ありません。わたくしは[チェリーヘヴィエスト]の制御に意識を割かなければいけない事情もございまして。後はさくとお願いします』

「…あ、そうなんですか。すいません、私に時間を割いてもらって」

『お気になさらず。それでは』

 その言葉と共に、モモナの映像は波が引くようにすっと消えていった。

「あ、すみません、さく。今開けます」

『ああ、うん』

 少し待たされたことに対し、特に気にした様子のない声でさくは返事をする。

 その間に、くらんは近場の壁を軽く蹴って入り口の扉に移動し、取っ手に手をかけてあける。

 すると、その先にある廊下には畳まれた服を片手に持ったさくが軽く浮いていた。

「ありがと」

「はい」

 軽い感謝の言葉にくらんが頷くと、さくはつま先で床を僅かに蹴り、くらんの方へ来る。

「それで、これがお母さんの話の奴」

 言って、さくは服を指し出して来る。

 それを見て、くらんははっとする。

(この色って…)

 目の前の服の色は、以前の衣装のメインカラーとかなり近いものだ。

 以前の生地の大半は血で汚れて変色していたことを考えると、無事だった僅かな生地を参考に、色が合うようわざわざ生地を選んできてくれたのだろう。

 くらんはその細かな気づかいに気づき、心が温かくなる。

(…こんなに、私のことを考えてくれて…)

 そう思ったことをきっかけに、ここまでの数日の日々が蘇ってくる。

 サクシドから救い、守ると言ったさく。

 笑いかけ、楽しく話してくれるやっちゃん。

 いろいろと便宜を図ってくれるモモナ。

 [シルバレル]を見つけてきてくれたミスリィ。

 見ず知らずの自分を救い、迎え入れ、守り、[第八種子]への道のりへと同行してくれるどころか連れて行ってくれる彼女らの善意と気遣いを改めて意識し、くらんは胸が熱くなる。

(…嬉しいです。幸せです。誰かにこんなに、してもらえるなんて)

 それは、実験体であった頃は決してなかったこと。

 決して、ありえなかったことだ。

 それが、心地の良い温かさと安心感が、今のくらんにはある。

(本当に、嬉しいです…)

 自然と、笑みが零れる。

 まだ服がどうなったのかを確認もしていないのにそうするくらんに、さくは首を傾げる。

「どうかした?」

「…あ、いえ」

 我に返ってくらんは首を振る。

「大丈夫です、さく」

「そう?なら別にいいけど」

 特に気にした様子もなく、さらりと言うさくに、くらんは言う。

「それじゃぁ、見ます」

 そして、くらんはゆっくりと、丁寧に畳まれた服を広げる。

「わぁ…!」

 くらんは思わず声を上げる。

 無重力の中、部屋に広がった衣装は、非常にきれいなものだった。

 できるだけ以前の形を残しつつも、ややさくの服に近いデザインになったそれは、舞台衣装の煌びやかな感じこそ多少なくなってしまったが、それでも十分によいものだ。

 大まかな形としては、以前と同じように花を端にあしらった、赤よりの桃色をした透けたドレスと着物の、ドレス比重多めの折衷。

 袖は長く、途中から切れ込みがあり、そこにはレース素材が使われ、白く薄い布地が顔を覗かせる。

 胴体部は着物と同じように途中まで見えるが、腹の下あたりからは以前と同じようにフリルのあるスカート状になり、左右に別れていた。

 花に関しては両腰のあたりに大きな一凛がそれぞれつけてあった。

「…その様子だと、気に入った?」

 さくは嬉しそうな声を上げたくらんを見て言う。

「はい!とってもです!」

「そう…けど、そこまで喜ばれるとは…」

「だって、これすっごくいいものですし!」

「そ、そう…」

 少し押され気味に言ったさくはぽつりと、

「…手伝っただけとはいえ、こんなに…」

「え、これ、さくも?」

 目をぱちくりさせて、くらんは言う。

「…あ、うん。私も暇してた時手伝った。そういうのもあるから、私が持って来たってところもあるけど」

「そうなんですね…」

 言って、くらんは再び、新生した衣装を見る。

 その出来は、最高品質の衣装と同等、とは流石に行かないが、やはり十分以上によいものだ。

 それを再確認したくらんは、

「さく」

「…ん?何?」

「ありがとうございます。本当に、本当に…嬉しいです!」

 そう、満面の笑みで言った。

 それにさくは、慣れない様子ではあったが、

「あぁ、うん。まぁ、私メインってわけじゃないけど…そんなに喜んでくれるなら、まぁ、よかった」

 珍しく、少し笑ってそう言った。

「ふふ」

「…嬉しい?」

 笑顔で笑うくらんに、さくは聞く。

 それにくらんは、はいと頷く。

「そ」

 また、さくは少し笑う。

 そんな、柔らかな時間がゆったりと流れていく…そんなときであった。

『…とまれ、とまれ、とまれぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 そんな声と共に、大量の[騎装樹]が[チェリーヘヴィエスト]の周囲を取り囲むのだった。

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