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[第二章:星系道中ー1]その2

 長らくいた[準種子]の町を出た[チェリーヘヴィエスト]は、[準種子]の出口へと向かって歩を進めていた。

 見上げる空の一点には、相当に大きな穴のようなものがある。

 そここそ、この[準種子]と[星系樹]本体とを繋ぐ茎の一部分だ。

 端も奥もほとんど見えないほど大きいが、一方で接続部の茎全体にしてみれば一割程度の空間しか占めていないそこは、茎内部にある道管の一つである。

 まだ真新しかった時期を知る者がいない程、圧倒的な年齢を持つその部位は、現在水を通していない。

 長い年月のうちに新たにできた道管にその役目を譲った後なのである。

 そのため、[星系樹]側にしてみればただの大きな空洞とはなっている。しかし、リーフルたちにとっては、それは違う。

 [星系樹]にしてみれば本当に微細な空間でしかないそこも、リーフルたちにとっては巨大な道足り得る。

 だからこそ、他でも同じように、リーフルたちはそれぞれの[種子]、[準種子]にある古い道管を改造し、[星系樹]本体と行き来するための道として使っていたのである。

 そして今、[チェリーヘヴィエスト]はその道に入るため、設置された巨大な上向きの坂を、ゆくゆくは[星系樹]本体へと至るために進んでいるのだった。

 そうするのは、本体にもまた存在する古い道管を再利用した道、[大道]を通って初めて、別の[種子]…つまりは目的地のある[第八種子]に至ることができるからである。

 一応、[星系樹]外の道もないではなかったが、そちらは[第二種子]関連で小競り合いが起きていることや、宇宙と言う無重力空間故に特殊な装備なしでは進むのが難しいこと、さらにはある気体の存在等の事情によって、選択されてはいなかった。

「…自分らで決めたとはいえ、なんだか緊張するなぁ」

 [超重級]の自宅がゆっくりと、しかしそのサイズからくる大きな一歩で結果的に早く進む中、やっちゃんは呟く。

 彼女は今、自室で皿を片付けている。

 しかしそれは、ただの片づけではない。

 棚に入れた上で、使わないものは間に緩衝材となる専用の葉っぱを噛ませてしっかりと封をし、棚の扉のような開くものは全て鍵をかけて行く。

 まるで何かに備えるかのように、部屋のもの全てを固定、あるいは容器に入れて言っているのだ。

 そしてそれは、今彼女らが向かう場所に関連している。

「…久しぶりやなぁ。あのときぶりやろか。[大道]に行くのは」

 言って、やっちゃんは思う。

([大道]は重力ないからなぁ。面倒やけど、しっかり固定しとかんと、えらいことなるからなぁ)

 彼女の言う通り、[大道]に重力はない。一方で、[種子]・[準種子]には、後に本体から分離するための回転に影響で、内部の特定方向に向かって引力が発生するようになっている。

 だからこそ、リーフルたちは空という果実内の開いた空間を見上げながら、地上で過ごせるわけだが、[星系樹]本体たる[大道]には、回転もなく、当然重力もない。

 基本的には、[星系樹]の外側たる宇宙と同じように無重力の空間だ。

 放っておけば、大抵のものは勝手に浮き上がり、固定や収納をしっかりしていなければ相当に面倒なこととなる。

 そのことをしっかりと分かっているからこそ、やっちゃんは自室で作業をしているし、一家の他の者も自室で固定作業をしていた。

 ただ、重力下の生活が長らく普通であった以上、部屋はそれ前提の状態となっている。当然、作業はかなりの時間を消費することとなっていた。

「…まぁでも、[チェリーヘヴィエスト]が動いてすぐからやっとるし、時期終わりやな」

 実は、くらんに[第八種子]への道程を共にしていいかの質問をする前に、やっちゃんたちは許可がもらえた場合、すぐに[大道]に至るための準備することを決めていた。

 これは、モモナも言及したように、逃げたサクシドなどの追手が次なる手を打ってくる前に動く、そのために時間を無駄にしないためのもので、[チェリーヘヴィエスト]内部での準備で時間を取らないためである。

 これのおかげで[騎装樹]の移動と内部の準備はほぼ同時に進行し、今終わりを迎えようとしていた。

「…よし、これで終わりやな」

 やっちゃんは、移動中は使わない[屋台骨]の固定を終え、ほっと息をつく。

 それと同時、彼女は先ほどより体がかなり軽くなっているの気づく。

 だがそれは、彼女の体重が急に減少した、などということではない。

「…お、そろそろやな」

 やっちゃんは、軽くステップを踏んで移動し、自室の窓から外を見る。

 そこからは、[準種子]の穴の入り口に、[チェリーヘヴィエスト]が到達しているのを、周囲の光景から知ることができる。

 少し下の方を見れば、見慣れた街並みが、いつもより小さく見える。

「…。ここともお別れになるんかぁ。ちょっと残念やなぁ」

 やっちゃんの屋台は町でもそこそこ有名なところとなっていた。

 勿論、その分住人とも仲良くなっていたし、町への愛着もあった。

(さくとミスリィはそうでもないかもやけど…うちはなぁ)

 少しだけ、やっちゃんは寂しさで涙を流す。

 眼下の町での日々は、やっちゃんにとってはかけがえのないものだ。

 もう二度と帰ってくるというわけでは必ずしもないが、それでもそれなりの期間は離れてしまう。

 そのことが、彼女にはどうしても寂しく思えてしまうのだった。

「…けど、みんなで決めたことやしなぁ。それに、さくが初めて、まともにやりたいっていうたことやし」

 だから、寂しくて恋しいけれども、だだをこねる気も、いまさら戻る気も、やっちゃんにはなかった。

「…いきなりやったし、せいぜい謝罪文を置いていくしか、できなかったのは残念やけど。しゃぁないわな」

 常連となっていた住人たちにお別れが言えなかったことは心残りではあるが、追手のことがあるため、できれば急ぐべきであったことも、やっちゃんは十分承知している。

 だから、そのことも過度に引きずる気はなかった。

「…さて、や」

 切り替えるように言い、やっちゃんは窓から上の方を見上げる。

 そこには、途方もなく巨大な穴がぱっくりと口を開けている。

 ほとんど真上に空いているそれは、見た限り細かなでっぱり等はあっても、足を着く場所は見えない。

 そして、[チェリーヘヴィエスト]が登ってきた坂も、今いるあたりに大きな円状のスペースを取って、終わっていた。

 これでは、上がっていくことはできなさそうに思える。

 …しかし、これで問題ない。

「…お」

 やっちゃんは、[チェリーヘヴィエスト]が力むように揺れるのを感じる。

 その中で、体がいつもより大きく揺れる彼女は、その四つの腕で窓の近くにある柱を掴み、体を固定する。

「…来るな」

 同時、[チェリーヘヴィエスト]内にモモナの声が響き渡る。

『…これより、[チェリーヘヴィエスト]は[大道]へ向かってジャンプを行います。皆さん、身近なものにお掴まりください。くらんさんは丁度よいものが部屋にございます。それを』

 モモナの言葉で、やっちゃんは思い出す。

(そや、くらんが仮でいる部屋、掴まっておくにはちょうどいい柱があったもんな。それに、一応お母さんがツタで固定もするやろうし)

 他、さくやミスリィも心配はないだろう。

 そうやっちゃんが思ったところで、モモナの続きの言葉が流される。

『…はい。皆さんの固定を確認いたしました。それでは…行きます』

 モモナが言うと同時、力んでいた[チェリーヘヴィエスト]は少し上を向く。

 そして、行く先をしっかりと見据えたその直後、

「…!」

 [超重級]の[騎装樹]は思い切り、空へ、穴へ向かって飛び上がった。

 [準種子]の完全な内部なら、それではただ落下するだけになる。

 が、[準種子]の端の端たるここともなれば、そうはならない。

 引力は内部で強く発生するものなのだが、ここでは飛び上がれば落ちずに浮かぶぐらいには、軽いものしかなかった。

 それ故に、[チェリーヘヴィエスト]は、その超重量を持ち上げるだけの力を持って、地を蹴り、その勢いで穴へと突入する。

 [星系樹]本体へ至るための移動が、開始される。

 その中で、いよいよ見えなくなるほど遠ざかる街を見、やっちゃんは呟く。

「…さよなら。けど、永遠やない。またいつか、会おうな、みんな!」

 そんな別れのセリフと共に、[チェリーヘヴィエスト]は穴を勢いのまま飛んでいく。

 巨大な箱舟となり、旅を本格的に始める。

「またなぁ!!」

 箱舟は往く。

 やりたいことを見つけた者を、やりたいことを持つ者を乗せ、旅の第一歩を、そうして踏み出した。


 ▽―▽


『……』

 宇宙。

 [第八種子]と[第九種子]の間には、それと[準種子]以外にも[星系樹]の茎が広がり、遠目には手狭な印象も受ける。

 だが、それは相当に遠く見た場合の話だ。

 至近距離から見てみれば、多数ある茎の間にかなりの空間が広がっていることが確認できる。

 そして、危険な気体が[星系樹]から離れたところよりも遥かに高密度に満ちるそこで、今進むものがあった。

『…』

『…』

 [重級]の[騎装樹]だ。

 種類は、宇宙空間での移動速度を重視した[プリプ系]。それが、二体で一組となり、[陽華]の光でそれなり程度に明るい空間を、進んでいく。

 一組の片割れは、変に細く、正八面体を思わせる尖った形状で、背中に宇宙空間を進むための、圧縮空気噴射系の推進部位を背中に付けた、[プル・プリプ]だ。

 偵察用に調整されたそれは、視界を広くし、より観察しやすいよう画面を見る操縦席も広くしてある。そして、両腕には逃走時の敵の攪乱のため、着弾時に花粉をまき散らす、一発限りの弾の発射機構を備えている。

 一方、[プル・プリプ]を守るように並行して進むのは[スライド・プリプ]だ。

 ほとんど[プル・プリプ]と同じ形状のそれは、偵察用ではないことから操縦席を広くする必要がないため、少し胸部が小さい。そして腕には、[プル・プリプ]とは違い、長い木剣を装備している。[付能]による改造がなされたそれは、水を通すことで高熱を発し、相手を溶断する武器となる。

 そこから分かるように[スライド・プリプ]は戦闘用で、戦闘能力がないに等しい[プル・プリプ]の護衛であった。

『…』

 そんな[騎装樹]の三組は、何かを探すように進んでいく。

 静かに、他勢力に感づかれることがないように、目的を果たそうと進んでいく。

 見た限り、それは成功しているかのように見えた。

 …だが。

『怪しい敵を、発見しました…』

 その姿は、一体の銀の[騎装樹]に、確かに見られていた。

『…追跡、開始します』

 そして、彼らは動き出す。

 銀の[騎装樹]…[シルバレル]は、仲間を引き連れ、静かに[プリプ]達の後を追っていった。

 


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