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[第二章:星系道中ー1]その1

 [星系樹]の内部であるこの世界に、夜天に輝くものはない。

 なぜなら、[種子]・[準種子]を照らす者は[陽華]、ただ一つだからだ。

 そしてそれは、一日の中で天上を動き、十二時間前後で沈んで見えなくなる。

 だがその動作は、[陽華]それ自体が直接的に動くことで実現しているわけではない。

 あくまでも[陽華]は[星系樹]の中心で動かず光り続けている。

 ならば、何故空の光は移動して見えるのか。そして沈んだ後と言う見えないときがあるのか。

 その答えは、[種子]・[準種子]が長年行う動きに理由がある。

 [種子]・[準種子]はいずれ、親である[星系樹]から分離しなければならないのだが、そのために付け根から回転を繰り返して徐々に捻じれて行っている。

 それによって長い時間の後(実の成長のための時間をつくるために時間をかける)、[星系樹]との繋がりを断って新たな親として独立するのだ。

 その一連の流れを実行するために[種子]・[準種子]は回転する。それによって表皮が伸びて薄くなることで[陽華]の光は届くようになり、[星系樹]に繋がる部分の捻じれによって[種子]・[準種子]の回転に角度がつくことで、陽が上り、沈むという動きがこの世界では実現していた。そしてそれは、[星系樹]が一定の大きさ以上になった時点からずっと繰り返されている。

 以上のことにより、夜の空に光源はなく、薄っすらと[陽華]の光が広がったものが届くのみだった。

 …そして、そんな夜の[第九種子]のある場所に、その施設は存在した。 

「ふん、ふふふふふ~ん」

 外観は、黒く塗られた木材によって形作られる、巨大な建物だ。

 地上部分は二階建てで、地下はその三倍の深さを持つそれは、周囲に深い森を持つ。

 一本一本が非常に背の高いそれらは、まるでその建物を秘匿しているように見え、 

 実際、木々の葉が建物と同色であることもあって、カモフラージュは成功していた。

 そんな場所の、三角柱型の二階にあるベランダで、その女性は夕食を楽しんでいた。

 明かりとなるのは傍に置かれた、夜になると光る蓄光系の植物のみだ。オレンジに光るそれらは大量に一つの箱に詰められ、温かな光を周囲に振りまいている。

 女性はその明かりの下で、静かに食事を進める。

 内容は肉と野菜を半々ぐらいにしたもので、どれも質が良いのか傍から見ているとよだれが垂れそうなものである。

 彼女はそれを、少し雑な動きで食べている。

 どうやら、幼少期からそういうものを食べて育ったという風ではないらしい。

 それでも動作にどこか慣れた感じがあるのは、しばらくは同じぐらいか近い質の食べ物を食べていた、ということであろう。

「…ん、おいしい。最高ねぇ。趣味の延長の延長で、こんな食事ができるんだから」

 嬉し気に言い、肉を頬張る女性の恰好は、あまり飾り気はない。

 作業着にも似た機能性重視の無地の半そでシャツとひだのないスカートで、長い黒髪を纏める髪飾りだけはやたらと豪奢で、水棲の花をあしらってあるのが確認できる。

 食べているもののの質と彼女の恰好は、どうにもちぐはぐなところがあった。

 とはいっても、本人にとってはそんなことは非常にどうでもよい事であったが。

「…馬鹿よねぇ。三人とも途中で怖気づいたり、格好つけた正義感なんかで抜けるんだから…」

 ふと、女性は呟く。

 そこには昔を懐かしむ気持ち、誰かへの情と同時に、見下し、侮蔑するような響きがある。

「…[チェリアール]を何のためにつくったのかも忘れちゃって。…ふん」

 寂しさとなつかしさと嘲笑の混ぜった言葉の後、女性は緑の野菜を口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。

 質が良く、瑞々しくてシャキッとした触感が、口の中に広がるのを感じる。

 そうして彼女が食事を楽しんでいると、

「…ミィジット。随分と楽しそうにしていますね?」

 ふと、皮肉めいた言葉が聞こえてくる。

 それに顔をしかめ、女性…ミィジットは声のした部屋の奥へと視線を寄こす。

「…ソリッドジュール」

「ええ、そうです」

 ミィジットの言葉に答えるのは、、黒く、薄っすらと縫い目に葉脈が見えるスーツを着た男だ。背は高めで、ミィジットと同じくらいである。

 そんな、呼ばれたとおりにソリッドジュールという名前を持つ彼は、

「…進んでいるのですか?例のことは。…私には、あなたが何もしていないように見えるのですが?」

「…何もしてないことないわよ。あなたが今見ているのが、たまたま休みの時間というだけ。今日やることはやったし、指示もちゃんと出してあるわ」

「そうですか。だと、いいんですけど…ね?」

(…ふん。冷静ぶってるけど、嫌味が漏れ出てるのよ)

 ミィジットはソリッドジュールを横目で見ながらそんなことを思う。

 二人はそれなりの付き合い(仕事上でだが)ではあるのだが、ミィジットは正直ソリッドジュールのことが好きではない。というか嫌いである。

 理由は勿論、彼の性格と厭味ったらしい口調である。些細な確認事項でも一々嫌味な言い方で話をしてき、それでいて彼はいたって冷静にやっているつもりなのだ。

 その純粋な厭らしさと厄介さが、ミィジットは心底嫌いである。

 しかし、それでも彼女がソリッドジュールと関係を持っているのには、ある理由があった。

「…我々、[ソリード]はあなた方[チェリアール]に多額の研究資金を出していますが、その分働いていただかないと、困りますよ?」

「…だからしてるってのに」

 つまりはそういうことである。

 ミィジットが属する、というか仕切っている研究組織[チェリアール]は、[ソリード]がその戦力を強化するためのお抱えの組織だ。

 新たな[騎装樹]の開発や専用の武器の製作、その他武力強化を行うための様々な業務を行っている彼女らは、その費用・対価として多額の資金を[ソリード]より受け取っている。

 それはミィジットの懐を十分に潤わせ、今のような食事を日々することさえできるようになっている。

 特に最近は、[ソリード]の現在の主力たる[シルバレル]を、[レッドバレル]を元に開発したという大きな成果による報酬で、より豊かな生活ができていた。

 …しかし、ミィジットが金を欲しがるのは、必ずしも豊かな生活が理由ではない。

 彼女にとってそれは、あくまでもおまけだ。

 ならば、本命とは何かといえば。

([騎装樹]の改造は楽しいけど…)

 そう。ミィジットが潤沢な資金を持ってやりたいこととは、[騎装樹]の改造、開発である。そもそも[チェリアール]自体が、趣味で[騎装樹]用のパーツや装備をつくる同人集団をその原点としている。

 今となっては初期のメンバーはミィジットだけになってしまったが、その彼女は今でもその原点を忘れずに活動を続けている。

 とはいっても、豪華になった生活には、それはそれで魅了されているところもあったが。

「…まぁ、やっているのならいいですか。しかし、あまり悠長にやられるのも、こちらとしては困るのです。分かりますか、これは?」

「…分かってるわよ」

(全く、せっついてきて…)

 やたらと言ってくるソリッドジュールにミィジットは辟易する。

(…事情は分かるけど、こいつの言い方ほんと厭らしい)

 ミィジットはソリッドジュールを半ば睨みつけながらそう思う。

 それを受けた彼は、どこかバカにしたかのように鼻を鳴らす。

「…」

 彼がそうしてくるのは、別に[チェリアール]が十分な成果をあげていないからではない。彼女らは前述のとおり[シルバレル]の開発など成果は十分挙げていた。

 それでも、やたらとソリッドジュールが現れ、ミィジット達をせっつくのには、ある理由がある。

(…ふん。[第二種子]のことがあるっていっても…)

 そうミィジットが思う、名前の通りに[星系樹]の第二の種子である[第二種子]こそが、この状況の元凶だ。

 リーフル発祥の地であり、今はすっかり衰退した[第一種子]と同じく、最も古い[種子]であるそこは、今現在とある計画を企てている。

 それは、他[種子]への移民である。

 [第二種子]は非常に古い[種子]であるため、分離のためのねじれが限界に近くなるほど繰り返されており、数年以内に[星系樹]から分離し、種を遠方に飛ばすために内側から弾けると言われている。

 そうなれば勿論、そこに住むリーフルたちは住処を失うにとどまらず、どことも知れぬ場所へ諸共に飛ばされ、死ぬことになってしまう。

 それを避けるために[第二種子]の住人たちは移民を試み、他[種子]に受け入れてもらおうと試みている。

 だが、それは上手くいっていない。

(…連中が面倒な思想なんてもってるから…)

 そう。[第二種子]は発祥地の[第一種子]からの最初の移民地であり、経済と文化がまともな状態にある[種子]の中で(第六・第七の[種子]は荒れた内情のせいで混乱気味)最も歴史がある。

 そのために[第二種子]のリーフルたちは思い上がり、自分たちは優れ、優先されるべき存在であるという思想を持っていた。そんな考えを、細部こそ違うが持つ勢力が幾らか纏まって運営されるのが[第二種子]であり、そんな背景がある故に彼らは移民に際して他者への高圧態度を崩さない。

 それによって他[種子]の反感を招き、交渉は遅々として進まず、移民は成功していない。

 だが、だからといって時間のない彼らは移民をしないわけにはいかない。その結果、一部(とはいうが実際は大多数である)の過激勢力などは他[種子]の一角を武力制圧することで移民を実現しようとしていた。

(…そのせいでソリッドジュールがやかましい)

 世間的には[第二種子]の者たちは最も近い[第三種子]を侵略するつもりだとされ、そこの防衛力も強化されている。

 だが実際は、彼らは移民全ての受け入れに十分な大きさと周囲の[準種子]も多量に持つ[第五・八・九種子]を狙っていた。…そう、[ソリード]が統べる[第九種子]も、である。

 そういった事情から、[ソリード]は[第二種子]の者たちを退けるための兵器を望んでいる。それは、既に小規模な侵攻、襲撃が起こりつつある今となっては顕著で、だからこそソリッドジュールは何度も急かしに来ていた(嫌味な言い方は彼元来の性格で世情とはまた別らしい)。

(より金が入るのはいろいろできていいけど。…やっぱりソリッドジュールが…)

 どれだけ懐が潤おうとも、やはり彼のことは嫌なミィジットである。

 …と。

「…それと、ミィジット」

「なに?」

 噛んでいた肉を飲み込み、ミィジットは聞き返す。

「…あちらに関しては、あまり進展がないように思えますが。大丈夫なんでしょうね?」

「…ええ。既に、尻尾は掴んだ。追跡もしっかりとできている」

(…そういえば、どうしてもっていうから、彼に加えてサクシドも行かしたけど)

 ミィジットは少し前に、サクシドが必死に自分にやらせてくれと頼んだことを思い出す。自分を成功作と言い張る彼は、成果を見せてそれを本当に証明しようと、くらんを追う役目を負ったのだ。

(まぁ、所詮いろんな意味で失敗作だし期待はしてないけど。…あの性格は面白いから、気に入ってるけど)

 ミィジットは、有能とは絶対に言えないが、それなり以上に気に入っているサクシドのことを一瞬考える。

(…ま、どうにしろサクシドはなんかしょうもないことでしくじりそう。それでも、彼がいれば…最終的に上手くいくでしょ)

 内心でそう言い、ミィジットがサクシドに続いて思い浮かべるのは、彼とは別の男だ。

 サクシドと違って能力は確かである彼は、元からくらんを追う役目を負った正式な追手だ。彼ならばやることはしっかりやるだろう。

(…若干やる気や態度に怪しいところがあるけど。それでも、やるわね。彼なら…)

 そう思い、ミィジットはソリッドジュールへと言葉を投げかける。

 今度は見すらもしない。これ以上彼の顔を視界の端であっても見ていると履きそうであるからだ。

「そう遠くないうちに持ってくるわ。アレは。そして、必ず役に立つと約束するわ。圧倒的な力として」

(…あの子のなのは、気にくわないけど)

「…必ず、ね?」

「…だといいですけどね?ミィジット」

 やはり嫌味たっらしいソリッドジュールの言葉に毒づきそうになりながらも、ミィジットはさらに一口、肉をかじった。


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