[第一章:旅の始まり]その9
翌朝、くらんは、さくに連れられて廊下を歩いていた。
「…さく、一体どこへ?」
「ちょっと、広い部屋に。話があるから」
「そうなんですか…」
首を傾げてくらんは歩く。
数分前、潰された部屋とは別の部屋で起きた彼女は、そこで待機していたさくに、付いてくるように言われたのである。
長時間寝ていたせいか、[グレイカリバー]に締め付けられた際の痛みや疲れもある程度引いており、歩くぐらいは問題なかった。
そのため、今こうして二人で歩いている。
(話って何でしょう…)
くらんは、特にこれといって話題を振らないさくのことを見ながら思う。
(…思い当たるとすれば、昨晩の事でしょうか)
昨日の夜に襲撃したサクシドたちによって、さく達の家は確実に被害を受けた。
そしてそれは、くらんがここに留まっていたせいでもある。
(…そうですね。私のせいで迷惑かけちゃったわけですか…)
そのことでモモナたちは怒っているのかもしれない。
優しい彼女らでも、実害が出たとなるとくらんを置いておくのは嫌に思う可能性は否定できない。
(…私はもう、十分のことをしてもらいました)
傷だらけのところを救われ、数日間介抱され、[重級]の脅威からも守ってもらった。
これ以上のことを望むのはあまりに厚かましい。
(さくは守ると言ってくれましたけど。…でもこれ以上は、ダメでしょう。きっとこれからも追手は来るでしょうし。これ以上迷惑はかけられません。ここでおとなしく去るのが、せめてものお礼で、礼儀でしょう)
くらんはそう考え、去る決意を固める。
(…でも、その前に)
そこで、くらんはさくの顔を今一度見る。
「さく、いいでしょうか?」
「…ん?何?」
さくは足を止め、振り返る。
「…あの、昨晩のことです」
「…ああ、サクシドたちの」
「はい。そのことなんですが、一言ちゃんと言っておきたいことがあります」
「…うん」
くらんの今までの行動から何をしようとしているのか察した様子のさくは、ただ頷く。
それを見たくらんは呼吸を整え、
「さく。昨晩はあんまりちゃんと言えてなかったので言います」
一度ならず二度までも、弱い自分の前に立ってくれた彼女に、くらんは言う。
「守ってくれてありがとうございます。本当に、ありがたくて、嬉しかったです」
「そ。まぁ、別にいいけど。前と同じで気にしないで」
「…はい」
相変わらず、恩を売ることもなく、誇ることもなく、ただ自然に言ってくれるさくに、くらんは自然と笑みを浮かべる。
それから、
「…本当にありがとうございました。今まで」
「…?今まで?」
くらんの言葉にひっかかりを覚えたらしいさくは、聞き返す。
「どういう意味?」
「?私、これから出ていくことになるんですよね?私がいるせいで迷惑かけてしまいましたし」
「迷惑?…ああ、あそこ」
少しだけ考え、部屋のことを思い出したらしいさくは、
「別に。あそこ、ここのごく一部でしかないし、問題ない」
「え、そうなんですか?」
「うん。それに、誰もくらんを追い出す気はないけど」
「…へ?」
さくの言葉にくらんは混乱する。
(へ、変ですね…。私が思ってるほどではないにしても実害が出てて、私がいてもいいことなんかないはずなのに、どうして?…それに)
さくの言うことが本当なら、自分は一体どういう理由で呼ばれているのだろうとさくは思う。
「…あの、さく。私への話って一体…」
「それは、部屋に行ったらすぐに分かる。それに、部屋はすぐそこだから」
さくの指さす先には、両開きの大きい扉がある。
「…は、はい」
「さ、行こ」
「分かりました…」
再び首を傾げながら、くらんはさくに続き扉の前まで行く。
そして、さくは扉をゆっくりと開ける。
「連れてきたよ、くらんのこと」
「はい、来ました。くらんです」
くらんはさくの後から部屋に入る。
後ろ手で扉を優しく閉めた後、くらんが目にしたのは、
「あ、これって…」
例の、モモナと水が入った円柱だった。
それを中心とし、少し暗いそこはかなり広いらしく、天井や奥が見えない。
ただ、中心部分は光源があり、そこだけは明るい。
そしてそこには、水中のモモナ以外にも[屋台骨]に乗ったやっちゃんと、お菓子を真顔で食べているミスリィの姿があった。
「…皆さん、お揃いで…」
くらんは目の前の光景に、余計に首を傾げる。
(全員集まって、一体何を…?)
さく達の意図が分からず、くらんは困惑する。
そんな中、モモナは目を開き、拡声器越しに言葉を発する。
『朝早く、失礼いたしました。お越しいただきありがとうございます。これでようやく、お話しできます』
「話?」
『はい』
モモナは水中で頷く。
「それって一体…」
くらんの問いに、モモナはすぐに答えをくれる。
『…これからのことについて。くらんさんがどうするのかについて、です』
「私の…?」
『そうです』
「そ。そのために、こういうことすることになったから」
「そういうことや」
「…モシャモシャ…」
食べているミスリィ以外の全員が頷く。
『くらんさん。わたくしたちに教えてください。あなたは、やはり、[第八種子]へ、コンテストに参加するために向かいますか?』
「…それは、はい。歌いたい、歌姫になりたいって気持ちは変わらないので、そうです」
『そうですか。その意思に変わりがないというのなら、こちらから提案があります』
「提案?」
『はい。…わたくし達にその旅路の同行を、許していただけませんか?』
「…え?」
(同行?)
それは、モモナ達が開催地までの長く、追手などの危険の或る道のりを、一緒に行ってくれるということか。
そう思うくらんに、さくは言う。
「…というか、護衛とか、してもいい?」
「護衛…」
「そ。…昨日、私、くらんのこと守るって言ったでしょ?それを、これからも続けてもいいかってこと」
「私を、今後も守る…。でも、それは…皆さんに危険が」
くらんは戸惑う。
「私よりさくが強いのは分かりますけど、でも…」
「別に、気にしない。それに、くらん」
「…はい?」
「私はそういうのは置いておいて、くらんを守りたいと思った。お母さんもそう思って、やっちゃんとミスリィも、同意してくれた」
「…さく」
「守る。私が、お母さんが。くらんがやりたいことをできるように守っていく。見返りは求めないし、恩も売らない。私たちがただそうしたいから、そうする。…それは、ダメ?」
「…それは」
くらんは思う。
自分は彼女らに危険を運ぶ存在で、いない方がよいとも思える。
彼女らが自分のために傷つく可能性があるのもよく思えない。
しかし、ここまでの意思を見せられて、拒否するのもどうなのかと、くらんは思う。
(…ありがたい申し出なのは間違いないです。それに、こうして集まって、わざわざ私の気持ちをしっかり汲もうとしてくれている。それだけのことをしてくれるのなら)
ありがたく、申し出を受けるのがいいだろう。
くらんはそう思う。
「…、分かりました」
くらんは数舜の思考の後、観念したように息を吐き、答える。
「その提案、受け入れさせていただきます」
そして、くらんは全員を見回した後、
「ありがとうございます。そして…」
笑う。
「これからも、よろしくお願いします!」
『はい』
「そやな!」
「うん」
「…もぐもぐ…」
くらんの言葉にモモナ、やっちゃん、さく、それに一応ミスリィも頷いた。
『…さて。了承が得られたので、すぐにでも動くことといたしましょう。追手のこともあります』
そう言うモモナに、くらんはふと思い、呟く。
「…そういえば、護衛と言ってもどうするんでしょうか?モモナさんは動けなさそうですけど…」
考えてみれば、明らかにこの場を離れられないモモナは一体どうやって[第八種子]までついていくというのだろう。
その疑問を口にしたところで、回答はすぐに帰ってくる。
「くらん、そこは問題ないで?」
「問題ない、とは?」
「まぁ、ちょっと窓のあるとこ行こか」
やっちゃんの言葉で、くらんは彼女と共に部屋を出て少し歩き、廊下にある窓のところへいく。
その窓枠には透過性の葉がはまっており、外を見ることができた。
「…あの、これでどういうことが?」
「まぁ見とき。すぐに来るで」
そう、やっちゃんが言った時だった。
「え!?」
突如として家全体が大きく揺れる。
それに驚き、バランスを崩しそうになるくらんを、やっちゃんは左後ろの腕で支える。
「な、なにが…」
戸惑うくらんを余所に振動は拡大し、そしてついに、
「…え、景色が」
今まで見えていた景色が急に下の方へ動き出す。
地面が陥没している…わけではない。
そもそも、周囲の光景には何の変化もない。
「一体何が…どうして地面が遠く」
「それは、な。くらん」
やっちゃんは笑って言う。
「この家が…いや、この[騎装樹]が立ち上がったからなんよ?」
「[騎装樹]…!?」
その言葉にくらんが驚く中、家はその真の姿を現す。
自然と一体化していた四つの脚が姿を現し、小さな丘となっていた両腕が伸びる。
そして、昨晩の戦闘があったところが左右に分かれ、二つに割れた格納庫の奥に隠れた四角い頭が現れる。
そうして、あまりに巨大な[騎装樹]は、その威容を周囲にさらす。
「これこそ、うちらの家にして要塞。[超重級]の[騎装樹]、[チェリーヘヴィエスト]や!」
[超重級]。それは、[重級]を遥かに凌ぐ大きさと機能を持つ規格外の[騎装樹]だ。
尋常ではない維持コストを要求するそれは、大きな戦いの際にのみ使い捨ての移動要塞として建造される。
その一つたる[チェリーヘヴィエスト]は、家へと改装され、こうして自然の中に隠れえていたのだ。
「これで、向かうで。コンテストの会場にな」
「……」
くらんは圧倒され、言葉も出ない。
(こんなものを…持っているなんて)
そんな中、[チェリーヘヴィエスト]はこの[準種子]と、[星系樹]本体を繋ぐ場所へ向かって歩き出す。
「…まぁ、そういうことだから」
さくもそこに来て、くらんに言う。
『そういうことですので。それでは…』
廊下についた拡声器越しに、モモナは宣言する。
『私たちの旅を始めることにいたしましょう!』
それに娘たちは頷き、遅れてくらんも、
「そうですね、行きましょう!」
『おー!』
やる気の薄そうなミスリィの声を含め、全員の声が響く中、規格外の巨体は進みだす。
こうして、彼女らの長いようで短い旅の日々は始まった。
▽―▽
「…?なんだサクシドか」
徐々に明け方が近づく時間帯、さく達がいるものと同じ[準種子]のどこかで、男は顔を上げた。
彼の恰好はサクシドと似ているが、体格が彼よりしっかりとしているせいか、身長に大差がないわりには、妙に迫力がある。
そんな彼は、どこか無気力な視線を、目の前に寄こす。
その先には、男の前を去った時と違い、服があちこち破れ、目を当てられない恰好になったサクシドが、顔を歪めて立っていた。
どうやら相当無様な敗走をしてきたらしい。
それを彼の様子から理解した男は、行く前にサクシドが言っていたことと今の散々な様子を見て、思わず吹き出してしまう。
「やっぱりか」
「な、なぜ笑う!成功…作の、僕を馬鹿にしてるのか!」
笑いに目ざとく反応し、端から機嫌が悪かったサクシドはすぐに激高して叫ぶ。
だが、男はまともに取り合うことはしない。
こうなればどう誤魔化しやフォローを入れたところで、サクシドが激昂しかしないことは知っている。加えて、それをするのが自分であればその反応しか返さないと、男はよく理解している。
自分はどういうものであるかを、お互いにしてい入るからこそ、だ。
「しかし、成功、作か…」
(お前はそれを求めるが、そんなものであっても、な…どうにも)
サクシドのコンプレックスに由来する普段からの口癖に対し、男は内心で言う。
成功作であったとしても、別によいことはない。
特に、自分は何も得られない。だからこそ、こんな気持ちのままなのだと。
(だがまぁ、言っても無駄だろうな。言葉でどうにかなる程じゃないし)
そこで意味のない思考を打ち切り、男は顔を真っ赤にしているサクシドを見ていう。
「それで?俺になんの用だ?わざわざ俺には手出しするなって、あいつら連れて行ったくせに」
そこまで言って、男はあたりを見回す。
だが、見ようとしたものの姿は見えない。
サクシドが行く前、彼についていった黒く変色した茎の塊二つはどこにもいなかった。
「あいつらは?…それに[レッドバレル]が見えないが」
サクシドの様子と彼が単身で帰ってきたことから、薄っすらと何があったのかを察しつつ、男は問う。
それにサクシドは、苦虫を嚙み潰したような顔で答える。
「…あの二つはやられた…[レッドバレル]ごとな」
「そうか」
男はただそれだけ返す。サクシドも、塊のことについてはそれ以上触れない。
感傷ではない。
触れても何の意味もないからである。
彼らにとって、あの塊は所詮[重級]を動かさせる人形に過ぎない。
(それは、彼女にとっても、だがな…)
男は一瞬、見慣れた女性の姿を思い浮かべる。
しかし、そうする彼の表情は決して明るくない。妙に冷めていて、諦観を感じさせるものであった。
(…ふん。彼女はどうせ、な…)
どこか諦めを含んだ呟きを内心で漏らしてから、男はサクシドに問う。
「それで、何の用だ?まぁ、おおよそ分かるがな」
「…ふん。分かった気になってムカつく」
とは言いつつも、再度怒るわけにもいかないと思ったのか、サクシドは無駄に大きく息を吸い、心を落ち着かせる。
それから男に向かって続きを言う。
「僕も[騎装樹]も壊された。動けるのはお前だけ…だからだ。行くんだよ」
サクシドは言いながら握った両の手を震わせる。
どうやら彼のプライドの高さ故に、男に頼るのが我慢ならないらしい。
「…いいか?僕は認めないぞ。僕こそが成功作だ。お前はそう…じゃない…ああ、そうじゃない!」
「…」
「…お前が僕の次に行くのは、僕より上だからじゃ、ないんだからな…」
「…そうかよ。まぁ、お前なんかよりはできてる自信ぐらいは、一応あるがな」
「そうだ!さぁ、行くんだよ!」
「…分かってる。分かってるさ。お前程度に言われんでも行くさ。元々そういう話だったしな」
「程度ってなんだ!僕は成功作だ!ガワだけじゃなく中身もついているんだ!そうなんだ!そうに違いないんだ!」
「……そうかよ」
サクシドの面倒な主張を雑に流し、男は立ち上がる。
「…さて。行くとするかい」
サクシドはそれを、自分で頼んだのにもかかわらず、不満げに見る。
よほどこうなるのが嫌であるらしいが、男は当然のごとく無視する。
そして、彼はその背後の巨木の下に存在するものに振り向く。
「…楽しくもない。これで得られるわけでもない。無価値で、空虚で、どうしようもないことだがな」
空しさの籠った言葉と共に放たれる、男の視線の先。
そこには一体の[重級]が静かに佇んでいた。
「…まぁ、やるさ。俺には今のところ、それしかないからな」
その言葉と共に、彼はそれへと向かって歩いていった。




