第五章 イクシルと鎧
割れた窓から夜風が入り込む。
風は冷たく、リノアはコートを着込みたい衝動に駆られたが、気にしていられなかった。
「――敷地内には結界を張ってあったのですけど」
緊張を孕んだ声を向けるのは、Yr-03――アキト・ユル・アイデ。
その人形が着るのはスーツでなく、黒いベストにズボン、そして同色のロングコートだ。
無論、ただの衣服ではないだろう。
ベストは防弾性のもの。ポケットには刃物のグリップが見え、膝まであるロングコートにも、なにか入っていると予想できた。
じっと観察していると、アキトは親指を弾いてなにかを飛ばしてくる。
キャッチしたリノアは、手の平を開いて頬を歪めた。
亀裂の入ったサファイヤ。アキトを襲う際に使った、マネキンの中核だった。
「手形複製をさせてもらいました。即席結界だったので、思いのほか簡単でしたよ」
「……送迎車がムダになりましたわね。用意しておりましたのに」
「……ムダに律儀よね、あんた」
場違いな美咲のコメントは無視して、リノアは右手を揺らした。
すると倒れていたハンターが二体、壁側に並んでいた三体のハンターが動き出す。
美咲を抱き寄せながら、アキトはポツリと呟く。
「右手五指で狩人型五体を操りますか。二指で一体はデマですね」
「ご名答ですわ。一指一体がわたくしの実力。どうです、操られてみませんこと?」
「ごめんなさい。ボク、ミサネェとミコネェ以外に、体を許すつもりはないんです」
事態の推移を見守っていた美咲の顔が赤くなる。リノアは目を細めた。
「ミス・クドウはあなたを必要ないと言ったのよ?」
「ボクの型式名称は『騎士』ですよ。この忠誠は、なんと言われても捨てません」
「健気ね、なら実力で捕らえさせてもらいますわ!」
口頭が終わると切られる火蓋。リノアの指が宙を踊る。
「行きなさい、わたくしの人形たち!!」
ハンターは腕から隠しブレードを出すと走りだした。
片手に一本、両手に二本が全五体。計一〇本のブレードが弧を描きアキトへと迫り――耳を擘く轟音と閃光が部屋に満ちた。
迫り来る刃。その太刀筋は直線的で速くもない。しかし、数が多かった。
一〇本にもなるブレードは往なしきれないし、防ぎきれない。瞬時に悟ったアキトは、片手で美咲を己の背後に押し込めると、残った手をロングコートの懐に入れソレを掴んだ。
「なっ!」
リノアの目は良いらしい。アキトの取り出したソレを見たリノアは、顔をぎょっとさせると、フレースヴェルグの影に飛び込んだ。
すると始まるのは、音と光と衝撃の三重奏。
音はアキトの聴覚を壊さんとばかりに騒ぎ立て、光は視覚を潰す激しい明滅を繰り返す。そして衝撃は人形たちのブレードを砕き、体を守る薄っぺらの金属板を貫いた。
「5.7mm×28弾の直撃は、さすがに効きますね」
硝煙が立ち込める部屋の中、アキトが片手で持っていたのは特異な形をした銃。
P-90――FN社製短機関銃だ。
「人形は銃器を使わない、とは限りませんよ」
兆弾を恐れてフレースヴェルグの背に隠れていたリノアは、怒りに頬を歪めた。
「やってくれましたわね……! フレースヴェルグ!!」
左手が揺れると、今度はフレースヴェルグが突っ込んでくる。
アキトは銃弾を叩き込むが、黒人の人形は意にも介さない。一気に迫り、拳を持ち上げた。
「ミサネェ、少し揺れますから、舌を噛まないように」
「へ?」
発砲音とマズルフラッシュの衝撃にふらつく美咲の返事を待たず、アキトは片手でその体を脇に抱えると、巨人の一撃をサイドステップで避け――直撃。
軌道を変え、バックナックルとなった拳がP-90を砕いてアキトの腹部に叩き込まれた。
「ッ!」
アキトは壁際へと飛ばされる。が、ただで吹き飛ばされたわけではなかった。
「それ――なら!」
グリップしか残っていないP-90を捨てると、腰から同社製の拳銃――FNファイブセブンを抜き、巨人に向けて全弾発射。弾丸は頭部に吸い込まれ、火花を散す。
互いに攻撃をあてたアキトとフレースヴェルグは、同時に床へと落ちた。
「大丈夫、アキト!」
「立ちなさい、フレースヴェルグ!」
それぞれ主に名を呼ばれ、矮躯と巨躯の人形は、震えながらも立ち上がった。
「あ――は……そういうこと、ですか……」
美咲に支えられるよう、体を起こしたアキトの理解の入った呟き。巨人の正体に、美咲が声を漏らした。
「なによ、あれ……」
美咲とアキトの視線の先、ゆっくりと立ち上がった巨人は異形だ。
丸太のように太かった腕は左右共々(ともども)二つに別れ、禿げた頭の中から現れたのは鷲の頭部。
四本の腕と鷲の頭を持つ人形。それが四つ腕の巨人の名の由来だった。
「人形の腕は二本、とも限りませんわ」
フレースヴェルグの傍に立ったリノアは微笑むと、指輪を嵌めた両手を躍らす。すると、弾丸に貫かれたハンター五体が異音を発しながらも立ち上がった。
「……ウソ、あんなに穴だらけなのに……」
「これが人形とロボットの違いですわ」
リノアは優越感を隠さずに言う。
「駆動装置が壊れようとも、腕が捥げようとも、頭が砕かれようとも、契約した中核と内部骨格、そしてそのコントローラたる装飾具さえあれば、人形は動きますの」
「ズルい!」
「それが人形ですわ。――もっとも、Yr-03は違うみたいですけど」
急に肩が軽くなる。掴んでいた手がずり落ちたことを悟った美咲は振り返った。
「アキト!?」
「……大丈夫、です」
四つん這いになっていたアキトが立ち上がる。しかし、それが精一杯だった。
次の瞬間にも崩れ落ちそうなアキトを見て、リノアは笑みを深めた。
「契約を知らない傀儡師に、契約を求めない人形。ミス・クドウの体にそれらしい装飾具も彫物も見当たらないのでヘンだとは思っていたのですが、やはりそうでしたのね。Yr-03、あなたはもう――」
「まだ――持ちます!」
アキトは叫ぶと走りだす。ふらつきながらも、リノアへの突撃を敢行した。
「フレースヴェルグ!」
アキトとリノアとの間に巨人が割り込む。アキトは弾切れのファイブセブンを捨てると、懐から黒曜石の埋め込まれたナタ状のチェーンソー、シュバイセンを抜いた。
「邪魔です!」
真正面から斬りかかる。が、漆黒の刃に力はなく、厚い装甲の前にあっさり弾かれた。
「いまですわ、フレースヴェルグ!」
真後ろに引かれる四つの腕。
拳を握り、高い静音性を誇る駆動装置が音を漏らすほど出力を上げると、
「『破城四槌』!!」
放たれる鉄拳。返された衝撃によろめくアキトの腹部を、四つの拳が襲った。
「が――」
たった一つでも致命的な拳が四つ直撃。アキトの体はボールのように飛ばされ、美咲の頭上を通過するとヒビだらけの壁に激突し――易々(やすやす)と突き破ってとなりの部屋まで飛んだ。
「アキト!!」
アキトの作った大穴からと部屋へと入り込んだ美咲は、痙攣するアキトの体を揺すった。
「アキト、大丈夫! ねぇ!?」
「ダイ…ジョ――ぶ」
狂った発声で答えたアキトは立ち上がろうとし、失敗。顔から絨毯に落ちて埃を巻き上げながら、銀色の血塊を吐き出す。
――二撃目を耐えるには、その体はあまりに細過ぎたのだ。
「――流石にもう、動けないようですわね」
フレースヴェルグと共に入ってきたリノアは、感心した様子で呟いた。
「それにしても、大した人形。AIだけじゃなくて、強度もケタ外れですわね」
曇った窓から差し込む月光だけが光源の部屋の中、銀の吐瀉物を床に広げるアキト。ただの人形ならば、腰を境に真っ二つに折れているはずなのに、その人形は形を保っていた。
「どうですか? そろそろわたくしのものになりませんか?」
「冗っ談! 誰があんたにやるもんですか!!」
動けないアキトに代わり、美咲が気勢良く答えるとリノアは意地の悪い笑みを向けた。
「あら? Yr-03はもうあなたの人形ではありませんのよ、ミス・クドウ」
うっと身を反らした美咲に、リノアは優越感溢れる笑顔を見せつけた。
「今のYr-03は野良犬ならぬ野良人形。だったら、わたくしが拾ってもかまいませんわね」
「くっ……」
悔しそうに唇を噛み締める美咲。益々(ますます)もって笑みを深めたリノアは、巨人にふたりを捕らえようと近づかせる。
「チェックメイト、ですわ」
「そうは……いきませんよ」
アキトが顔を上げた。美咲を護るために、立ち上がろうとする。
まあ……とリノアが感嘆の息をついた。
「本当に、大した人形。まだ動けるのですか」
「この程度の……損傷がなんですか……」
両手で体を起こし、膝に力を入れながら、アキトは言う。
「お母さんは……もっと酷い状態でも……立ち続けました……」
立てるはずがない。フレースヴェルグの一撃は、鉄骨をもへし折るのだ。
並の人形なら一発でスクラップ。たとえ重量級人形であっても、無傷ではいられない。
最低でも内部骨格は歪み、内部機構は破損し、駆動装置は停止する。
だから、それでも動こうとするなら傀儡師が操作するしかないのに、目の前の主のいない人形は、自力で立ち上がろうとしていた。
「ボクを作るため……ふたりのために……立ち続けました……」
「アキト……」
「ボクは……約束したんです……」
片足が床を踏む。崩れ落ちそうな膝を手で無理やり押さえつけ、狂ったバランサーをものともせず、歯を食い縛って故障だらけの足腰に力を込め、
「お母さんの代わりに……ミサネェたちを護るって――約束したんです!!」
叫んで立ち上がる。震える手でシュバイセンを構え、よろめきながらも美咲の前に出る。
不屈の精神だ。この程度で倒れるのは名折れだと。この程度で動けなくなるのは母への冒涜だと。実に妙な気はするが、目の前の人形は、プライドのみで立ち上がったのだ。
「素晴らしい――実に素晴らしい人形ですわ」
リノアは熱の篭った吐息を吐く。
「ミキエ・クドウは、まさに天才でしたのね。万能型でありながら、この戦闘力の高さ。これほどの人形、わたくし見たことがありません」
ただ、とリノア。美咲を見る。
「惜しむべきは傀儡師のレベルの低さ。同じ天才の作品ですのに、ずいぶんと見劣りしますのね」
本当に惜しいとリノアは思う。あの美咲さえマトモなら――契約さえしていれば、もっとマシに戦えただろう。天才の作り出した人形に、自分の持つ全ての技術を注いだフレースヴェルグがどこまで迫れるか、試してみたかった。
そこまで思考が進むと、リノアはハっとなって頭を振った。
――なにを考えてるのです、わたくしは。
正々堂々(せいせいどうどう)と闘うなどというのは、愚者のすることだ。大なり小なり自分の人形も壊れるし、得るはずのYr-03も壊れる。修理費だって、バカにはならないのだ。
物事はスマートに行かなければならない。だからこうして、Yr-03が全力を出せないうちに、捕獲しようとしているのだ。不必要なリスク――ギャンブル行為など、するべきではない。
「まあ、あれほどの天才が続いて生まれるなど、ありえませんものね」
左手を動かし命じる。
「フレースヴェルグ、Yr-03を捕らえなさい。ガス欠寸前ですが、油断しないように」
「……ガス欠寸前?」
美咲のまったく理解していない言葉に、リノアの頬が歪む。
まったく、どこまで無知な傀儡師なのでしょう。
自分でも驚くほど苛立ったリノアは、フレースヴェルグを止めると美咲に言った。
「世界のどこにエネルギーを消費せずに動く機械があるのですか。電気にせよ石油にせよ水素にせよ蒸気にせよ、稼働するにはそれ相応のエネルギーが必要ですわ」
そこでアキトに視線を移す。
「Yr-03とてその例外ではありません。たぶん、【探求者】から受けた力の残滓で動いていたのでしょうが――それがもう尽きかけている。それだけのことですわ」
説明し終えて、己に怒鳴った。
いったいなにをやっているのですか、わたくしは。こんな説明、必要がありませんのに。
リノアは舌打ちをすると、フレースヴェルグの操作に戻る。
立つのがやっとのYr-03に近づけ、握り潰さぬよう注意しながら、その満身創痍の体を掴もうとし、
「――なんのつもりですか、ミス・クドウ?」
「ミサ、ネェ……?」
アキトの前に出る美咲。彼女は両手を広げて、リノアを睨んでいた。
「おどきなさい。あなたに興味はありませんの」
「イヤよ」
「……死にたいのですか?」
フレースヴェルグが拳を握る。
巨人の一撃の前には、人間など紙切れ同然だ。その威力を目の当たりにしているのに、美咲はどかない。
「わたくしがあなたを殺せないとでも思って?」
「殺せるでしょうね。あんた、そういう目をしてるもの」
「ならおどきなさい。その若さで死にたくはないでしょう」
「イヤよ」
イライラする。なぜわざわざ殺されに出てくるのか。
「あなたが死んだところで、結果は変わりませんのよ。Yr-03はわたくしが手に入れる。決定事項ですの。なら、おとなしく見過ごすほうが得策ですわ」
リノアは辛抱強く、説得する。彼女は目的のためなら殺すが、殺人鬼ではないのだ。人死にはでないほうが良いに決まっている。
だというのに。
「イヤよ」
バカの一つ覚えのように繰り返す言葉。クレアはギシリと歯を噛み締めた。
「あなた、なにを考えているの? Yr-03はあなたの大嫌いなミキエ・クドウの作り出したものですのよ!? 命をかける価値など、どこにもないでしょう!!」
「あるわ」
即答する美咲。少女は、一片の迷いもない顔のまま、言った。
「ここで見て見ぬふりしたら、あたしが腹立つのよ」
「―――は?」
「自分が許せなくなる。そう言ってんのよ。こいつがどうなろうと知ったこっちゃないけど、自己嫌悪だけはまっぴらごめんよ」
「なにをいきなり……」
「あんたに無償でくれてやるなら、死んだほうがマシってことよ! あたしはね、人のモンに手を出すヤツって、あの女より大っ嫌いなの!」
「な……」
美咲は一歩踏み込み、断言した。
「アキトは、あたしの人形よ!」
†
そのときの面々(めんめん)の反応は、それぞれ独特だった。
話の展開についてこられず硬直するリノア。巨人もまた主にならってフリーズ。
そんなリノアとフレースヴェルグの反応に、美咲はハッと我に帰った。
あ、あたしいま、なんてことを……。
カァ〰〰〰、と熱くなる顔。その場の勢いに流されて、なんかとんでもないことを言ってしまった。
どうしよう、どうしよう!! 両手を広げたまま、混乱の極致に立たされていると、背後から声が上がる。
「ミサネェ……」
感銘のあまり、涙ぐんだ声。
恐る恐る振り返ると、そこには半泣きになったアキトの顔があった。
「ミサネェ〰〰〰!」
まるで子供だ。迷子の子供が母親を見つけたときみたいなアキトの様子に、美咲の顔の赤みが増す。
恥ずかしくて直視できない。美咲はプイっとそっぽを向くと、ぶっきらぼうに言った。
「ま、まあ、そーいうことよ。精々(せいぜい)働きなさい」
はい……はい! とアキトは涙ぐんだ声で答え――悲鳴を上げた。
「……アキト?」
振り返った美咲は目を見開く。つい数秒前まで泣き笑いを浮かべていたアキトが、胸を押さえて苦しんでいたのだ。
「アキト!?」
「う――グ、ガ――」
苦痛に歪むアキトの顔。美咲は慌てて尋ねる。
「アキト! どうしたの、アキト!?」
「ま――ず、こんな――とき、に」
呻いたアキトは、有らん限りの声で叫んだ。
「逃げて――ください!! 早、く、一刻も――早く逃げて――ください!! 死にたくは――ないでしょう!!」
「――は、なにを」
ここで、急変する事態に対処できず、半ば固まっていたリノアが再起動。コホンと咳をひとつつくと、余裕の笑みを浮かべた。
「強がりを。そんなこけおどしにわたくしが――」
「は――早く逃げてください……! もう時間がないん――です!」
「あら、とうとう動けなくなるんですの? それは結構ですわ」
「違います! その逆、です! ボクの中核には動力炉が搭載されてて、それは」
そこで途切れるアキトの言葉。顔から感情が消え、胸を押さえていた両手が、だらりと垂れ下がる。
最初に声をあげたのは誰だったのか。
ヒッ、と裏返った悲鳴が上がる。それがリノアのか自分のか、美咲にはわからない。いや、わかろうとする余裕がなかった。
アキトの体には、血液の代わりに水銀がながれている。
これは間違いない。殴られて吐いたのは水銀で、それ以前にも見せてもらった。
――なら、これはなに?
ドロリ、とあふれ出すのはゲル状の液体。黒い、どこまでも黒い闇色の液体が、袖口から漏れ出す。
液体は、それそのものが生物なのか。ズボンの裾やジャケットの袖だけでは足りないと言うかのように、万有引力に逆らい、襟からもあふれ出す。
際限なく、間断なく。液体は加速度的に漏れ出す量を増やし――やがてアキトの体をすっぽりと包むとその質量を安定させた。
繭、と美咲は思った。
黒い繭。巨大な黒曜石の繭。不思議と、その見解が間違っているとは思えなかった。
そこで、気づいたことがふたつあった。
ひとつは、イクシルに似ていること。透明度のない黒い繭は、イクシルを巨大化させたら、こんな感じになる。
そしてもうひとつが、これが幼虫から成虫へと変わるための繭ならば、アキトはいったいなにになるのだろう?
考えていると、重い音が美咲を現実へと呼び戻した。
「フレースヴェルグ……?」
振り返った美咲が見たのは、鷲頭の巨人。それまで美咲同様に硬直していたはずの巨人は、その巨体からは想像もつかないほどの速さで美咲の横を駆け抜けると、
「やりなさい、フレースヴェルグ!」
轟音と衝撃が大気を奔る。装甲車をも吹き飛ばすフレースヴェルグの拳が、黒い繭を打った。
「ッ! 無傷ですって……!?」
「な、なんなの……?」
「ならば砕けるまで繰り返すまでですわ!」
リノアが指を躍らせると、フレースヴェルグの瞳が赤く輝く。そして、四本の腕を存分に使い、強く、重く、速く、拳の連撃を打ち出した。
「ちょ、ちょっとなにを――!!」
「急ぎなさい、フレースヴェルグ! 早くそれを破壊しなさい!!」
「やめなさい!! あんたアキトが欲しいんじゃないの!?」
「それどころではありません!!」
駆け寄って非難してきた美咲に、リノアは凄まじい形相で怒鳴り返した。
「あなた、あれを見てよくも「やめろ」なんてことが言えますわね!!」
「あんた、あれがなんなのか知ってるの?」
「知りませんわよ!!」
は? なに言ってんの、このオバハン。という美咲の心の感想が届いたのか、リノアは怒り顔のまま叫んだ。
「あなたも傀儡師の端くれ――異能力者なら感じているでしょう!! この毛が逆立つほどの威圧感とあの結晶の中で膨れ上がるものを!!」
「そ、それは……」
今更ながら、産毛を逆立たせるピリピリとした感覚に気づき、美咲は言葉に詰まった。
その隙をついて、リノアは美咲を黙らせる。
「だったら邪魔しないでくださいな! こんな恐怖初めてです!!」
大量の冷や汗に顔を濡らしながら、リノアは左手の指の動きを加速させた。比例して、フレースヴェルグの速度が上がり、音と衝撃の間隔が短くなる。
空気を震わす衝撃はその質を上げ、轟音はもはや砲撃のよう。
黒い繭がどれほど堅牢でも、あれでは中にいるアキトがもたない。
――アキト。そうだ、アキトだ。あの繭の中にはアキトがいるのだ。
思い出した美咲は慌ててやめさせようとリノアに腕を伸ばすが――もう遅かった。
「とどめですわ!!」
止めるより早く繰り出される傀儡の術。呼応して巨人が渾身の一撃を放ち、黒い繭に亀裂が入り、砕けたのである。
「そんな……」
床に膝をつく美咲。砕けた繭の中は見えない。繭が砕けると同時に、大量の黒い靄を作り出していたのだ。
だが、結果は予測できる。あんな一撃を受けて無傷なほど、アキトは硬くない。硬くないのだ。
二種類の汗で顔を濡らしたリノアが、安堵の息をついた。
「どうにか間に合いましたわね……それにしても、あれはいったいなんですの?」
「――間に合う、間に合うですって……!!」
「ちょ、ミス・クドウ! いきなりなにを――!!」
「よくも、よくもアキトを――!!」
立ち上がった美咲がリノアの胸倉を掴んだ。激情に駆られ殴ろうとして――耳をつんざく音に動きを止めた。
「……なに、この音?」
「これは……複合装甲が歪む音?」
眉を寄せる美咲とリノア。二人が、音のする方角――砕けた繭とフレースヴェルグがある場所を見る。
途端、黒い煙の一部が盛り上がり、二人目掛けてなにかが飛んできた。
「フレース――」
「――ヴェルグ!?」
慌てて互いを突き飛ばす美咲とリノア。その数瞬後に巨人の体が二人のいた場所を通過し、壁に大穴を空けて外に落ちて行った。
「あ、あっぶなかった……」
「あ、危うく一トンのタックルを受けるところでしたわ……」
間一髪で逃れた二人は、ふう、と胸を撫で下ろす。
そして、硬直。
ズシン……ズシン……、と部屋に響くのはやたらと重い音。部屋が小刻みに揺れ、天井からパラパラと石膏の塵が落ちてくる。
「――ねえ。この足音、あんたの人形の?」
「――生憎ですわ。わたくしのトロプスたちは優雅且つ静かに動きますの」
と、なれば答えは決まっている。
二人が黒い靄の方へと顔を向けると、突風が吹いた。
今宵は風が強いらしい。壁に空いた大穴より吹き込んできた風は靄を奪い、隣の部屋へと去って行く。
残されたのは、美咲とリノア。そして、バケモノだった。
†
カブトガニ、という生き物がいる。
生きた化石と言われる海中生物で、なんとも味のある形をしている。
ソレの第一印象は、まさに黒いカブトガニだった。
「あれが……Yr-03ですの?」
その質問に、美咲は答えることができなかった。
足は二本、腕は二本。胴体があって頭もある。指もちゃんと五本あり、八頭身の体は人間の形をしていた。
けれど、それだけ。
新雪のように白かった肌は黒一色。赤ん坊のような瑞々(みずみず)しさは面影も残さず消え失せ、その身を包むのはただただ硬く冷たい鋼のみ。体は二周り以上も大きくなり、いびつに歪んだレドームのような楕円形の頭には、もはや顔と呼べるものさえなかった。
カブトガニを頭にする人型のバケモノ。それが美咲の感想の全てだ。
「アキト……なの?」
呆然と呟く美咲。岩のように荒々しい鋼を纏う布が、アキトの着ていた服と同じであることに気づいた美咲は、もう一度尋ねる。
「あんた、アキトなんでしょ?」
「―――――――」
「答えなさいよ……ムシしてんじゃないわよ――ねぇッ!!」
叫ぶと、初めて反応があった。
カブトガニ――アキトはなにもない顔を美咲に向けると、
「ッ!?」
息を呑んだのは美咲とリノア。二人の目に映るアキトの顔が変化する。
奏でられる音は鋼のひしゃける音。本来なら口のある箇所に亀裂が入り、横に裂けると、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
可聴域を遙かに超えた咆哮。
そう、咆哮。それはまさに咆哮と言えた。
亀裂の入っていた窓ガラスが一斉に砕け、美咲とリノアの体が吹き飛ぶ。
人間さえ吹き飛ばす咆哮は、到底、この世のものとは思えなかった。
「ッ〰〰〰!! ハ、ハンター1から5! その人形を破壊しなさい!!」
恐怖に負けたのか防衛本能が復活したのか。立ち上がったリノアは叫ぶと右手を揺らす。
隣の部屋からハンター五体が体を軋ませ現れ、折れ、欠け、亀裂の入ったブレードを頭上に掲げてアキトへと迫る。
「やめてッ!!」
アキトが壊される。思った美咲が叫ぶが、それに意味などなかった。
美咲の言葉は人形たちを止めることはできず、アキトもまた、壊れることを好しとしなかったのだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
大気を揺らす咆哮に、持ち上がる右腕。
最初のスクラップは、アキトの真正面から走ってきたハンター3だった。
近距離で咆哮を受けたハンター3が動きを止めると、アキトは右腕を振り下ろし、破壊。頭上よりボーリングの玉を鷲掴みできる平手を落されたハンター3は、東部を胸の半ばまでめりこまされた。
次は右から周りこんできたハンター5だ。ハンター3が潰されても躊躇せずにアキトへと突っ込み、首を刎ねようとして、中核を破壊された。
ハンター3を潰した右手を、ハンター5の胸に突き刺したのである。
三番目と四番目の大破は同時だった。ハンター5とは反対側から同時に攻め込んだハンター1と2は、そのブレードを振り下ろす間もなく、胸元から上と下に切り裂かれた。
アキトの左手の五指から伸びる爪は、恐ろしく鋭く、硬かったのだ。
そして残ったハンター4だけが、唯一、アキトに攻撃ができた。
ハンター4は、蜂の巣にされた五体のハンターの中でも、一番損傷の低い人形だった。ブレードも奇跡的に傷がなく、駆動装置も無事。唯一、完全な性能を発揮できる人形だ。
背後から迫ったハンター4は、主の命令に従い全力でブレードを叩きつけた。車のエンジンをも叩き切れる一閃である。
しかし、無駄だった。
破壊できたのは自身の腕とブレードのみ。アキトには傷ひとつつけられず、その後の彼の拳を受けて、機能を停止させた。
クルシイ。クウフク。ミトメロ。
それがアキトのAIを占める情報だった。
酷い飢餓。全ての物事に飢えている。たまらなく欲しい。
しかし、望むものがわからない。自分を構成する上で、それは絶対必要不可欠なのに、それがなんなのかわからない。
故にアキトは探す。苦しみながら、飢えながら、探す。
手始めに、こちらに向かってきた人形はどうかと思い触れてみたが、壊れてしまった。
チガッタ。コワレタ。モロスギル。コレジャナイ。
チガウ。ドコダ。ドコニアル。ホシイ。ホシイ。ホシイ。
「……ハンター5体が一瞬で大破? ――なんの冗談ですの、これは?」
声が聞えたのでそちらを見た。
女がいた。生命力溢れる女だ。
コレカ。ソウナノカ。ドウナノダ。ワカラナイ。シカシチカイ。
アキトは次に女を調べてみようと考えた。体を向け、足を動かし、女に近づく。
「ヒッ!!」
女は声を上げる。一歩、二歩と後退りすると、つけていた指輪を別のものと交換した。
光が見えた。女の指より伸びる五つの赤い光線。
コレダ。コレダ。コレダ。チカイ。チカイ。チカイ。
喜んだアキトは女に向かって駆け出すと、女は裏返った声で叫んだ。
「ガンナー1から5! わたくしを護りなさい!」
横からの衝撃。あとちょっとで捕まえられる、というところで邪魔が入った。
ダレダ。ダレダ。ダレダ。ジャマヲスルノハダレダ。
苛立ちながらアキトは横を見る。そこに突撃銃――M16A2を持った人形がいた。
銃撃型。主に銃撃戦をベース作られたグレイン社製の第6世代人形だ。
データベースを管理するエージェントAIのひとつが詳細なデータを提示するが、アキトはそれを認識しない。必要としなかった。
アキトはガンナーを無視して飛びかかるが、間一髪避けられた。
「ッ! 銃弾をものともしないなんて――なんて装甲ですの!?」
オシイ。オシイ。オシイ。ツギコソ。ツギコソ。ツギコソ。
興奮しながらアキトは女を追おうとし、すぐ目の前に別の女がいることに気づいた。
「やめなさい、アキト!!」
怒鳴ってくる女。あの女より若い女。
ダレダ。ダレダ。ダレダ。
「やめなさいって言ってるでしょ! 聞いてンの!?」
倫理AIが行動の停止を強制してくる。
ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。シバルナ。シバルナ。シバルナ。
胸を締め付けられる感覚。体を鎖で縛られる感覚。それらに、アキトは苛立つ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
「きゃっ!」
咆哮を上げると、女は尻餅をついた。
ザマアミロ。ザマアミロ。ザマアミロ。
「アキト……あんた、あたしがわからないの?」
女が言う。
「あたしの顔、忘れたの?」
シラナイ。シラナイ。シラナイ。
「あたし、あんたの主なんでしょ!」
シラナイ。シラナイ。シラナイ。
「ねぇ、答えなさいよ!!」
ここにきて、アキトは気づいた。この女はあの女より生命力に溢れてる。
コイツカ。コイツモカ。ソウナノカ。シラベヨウ。シラベヨウ。シラベヨウ。
決めたアキトは調べるために手を伸ばす。
「アキトッ!!」
掴もうとして体勢が崩れる。また邪魔された。
ダレダ。ダレダ。ダレダ。コンドハダレダ。
「ウォルフ、ファルケ!?」
見ると、女の前に灰色のイヌが立っていた。
他にもいる。空中にはトリだ。邪魔が増えた。
「ちょ、ちょっとなにすんのよウォルフ!!」
イヌが女を銜えると逃げ出す。
ニガサナイ。ニガサナイ。ニガサナイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。
アキトは追おうと走り出し、
「Chnnce! Gunner one to five! Fire!!」
熱と衝撃と唐突な浮遊感。ジャイロがデタラメに動き、高度計の数値が0へと落ちる。
遅れてアキトは、足元を崩されたことに気づいた。
†
明かりも生活感もない喫茶店内で、リノアは安堵の息を漏らした。
「これで少しは時間が稼げますわね」
色褪せ破れたカーテンの隙間から廃墟の方角を見る。
燃え盛る炎に崩れ落ちる建材。どうやら持ち込んでいた銃火器に火がついたらしく、断続的に爆音まで聞えてくる。
「これで壊れるなら苦労はしないのですけど――儚い希望ですわね」
ふっ、と疲れ切った笑みを浮かべるリノア。それもそのはず、アキト捕獲のために用意しておいた人形や武器、トラップなどはすべて先ほどまでいた廃墟――目下爆発炎上倒壊中のホテルの一階に保管してあったのだ。
被害は数百万ドル。あのアキトから逃げるためとは言え、出費が痛い。
「残ったのはガンナー五体にフレースヴェルグ一体。あとは小道具ばかりですわ」
不幸中の幸いは結界が壊されてはいないこと。この惨状が外に漏れず、『八神』に気づかれることもないことだ。これ以上のハプニングは御免だったが、やはり出費が痛すぎる。
はぁ……と大きなため息をつくと、隣でうずくまる美咲に視線を向けた。
「ミス・クドウ。大丈夫ですか?」
「……まーね」
暗い声で答える美咲。その傍らでは、ウォルフとファルケが心配そうに彼女を見ていた。
「……あんがと。助かったわ」
美咲はウォルフとファルケを同時に抱きしめ、礼を言う。
「あんたたちのおかげで、アキトから逃げれたわ。ホント、ありがと。感謝してる」
ぽんぽん、と二匹を撫でる美咲の姿を見て、リノアは軽く驚いた。
意外と芯は強いのですね。自分の人形に殺されかけたのに、冷静ですわ。
「けどね――」
一オクターブ下がる美咲の声。
「――なんでもっと早くこんのか、この駄犬にバカ鳥ッ!!」
叫ぶとこめかみに浮かぶのは青筋。腕に力が入り、ウォルフとファルケがもがきだす。
「アキトが乱入したとき――っていうか、あたしが捕まったときに助けなさい! あんたら、なんのためにいるのよ!!」
追い出しておきながら酷なことを言う美咲。ギリギリと首を絞められる二匹は「ギブ、ギブ!!」と言うかのように前足と翼でタップする。
「み、ミス・クドウ……?」
「あん!? なによ、なんか文句あンの!?」
血走った目で睨まれ、リノアは「い、いえ……なにもですわ」と退却。しかし美咲は事の張本人の撤退を許さなかった。
「あんたもあんたよ! あたしが交渉の最中に飛び出したからって、勝手に家電を盗聴するんじゃないわよ!! しかもなに? あたしが「契約する」って言う前に回線を切るってなに!? あんたはね、タイミングが悪すぎるのよ! このヘッポコボインオンナ!!」
「へ、ヘッポコ!? ここ――このわたくしがヘッポコ!?」
「ヘッポコよ、ヘッポコ! ほかにもあるわよ、あんたのヘッポコ要素! 一つ、用意周到な割には間が抜けてる! 二つ、自分の好きな話になると相手を置いてきぼりにする! 三つ、余裕を見せすぎて窮鼠猫にかまれる! 最後っ! そんなキレイ系の顔でのヘッポコは萌えないのよ! 歳を考えなさい、この爆乳年増ヘッポコオンナ!!」
「ま、また言った! こんどは年増まで付けましたわねッ!!」
「ああん!? 文句あンの!?」
「く、屈辱ですわ! この合衆国にその家ありと畏怖されるフィーラム家の次期頭首たるこのわたくしを、極東の田舎の没落旧家の娘ごときが、侮辱するなんて……!!」
リノアはわなわなと肩を震わし、美咲曰く爆乳な胸を見せつけるよう身体を反らして、怒鳴った。
「決闘ですわ! どれでも好きな人形をお選びなさい! 泣いて謝るまでボコボコにしてさしあげますわ!!」
「上っ等! さっきの続きといこうじゃないの!!」
犬歯を剥きながら言い争う二人。人形での取っ組み合いにまで発展しそうになると、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
建物を震わすアキトの咆哮。二人は慌てて相手の口を塞いだ。
どうやら復活したらしい。ズシン、ズシンと足音が近づき――遠ざかって行った。
「――もう、大丈夫?」
「――たぶん」
二人はお互いの手をどける大きく息をつく。
「……とりあえず、お互いのイザコザは置いとかない?」
「……そうですわね。これではYr-03を得る前に共倒れになりますわ」
「あんた、まだアキト狙ってるの?」
「当然です。やられっぱなしは性に合いませんの。ミス・クドウこそ、シッポを巻いて逃げ出さないのですか」
「誰が逃げ出すよ。あたしゃアキトを元に戻して連れ帰るのよ」
ここで視線の剣戟が入り、
「休戦協定、などはどうですか?」
「乗った」
シェイクハンド。協定を結んだ二人はとりあえず、互いの疑問を埋めることにした。
「じゃ、あたしから」
どうぞ、とリノア。美咲は根本的な疑問をぶつけた。
「あのさ、ここどこ? えらく廃れた建物が多いけど、どっかの遊園地?」
「放棄されたアミューズメントパークです。名前はたしか――ミノ・ワールドでしたわ」
「ああ。美濃遊園地ね。じゃあ、あの廃墟は園内ホテルだったんだ」
「ちなみに、あの部屋のドアには、鳳凰の間、と書かれていましたわ。――では、次ぎはわたくしです」
どーぞ、美咲。リノアも根本的な疑問をぶつけた。
「Yr-03はなんですか?」
「なん、って言われても……曖昧過ぎるわよ」
「では質問を変えます。Yr-03について知ってる情報を教えてください。全部」
「あたしが知ってるのは、あの女がアキトを作った、ってことくらいよ」
「ほかに――ほかになにか知らないのですの? 性能や使用術式、中核など」
それで美咲は思い出した。
「そういえばたしか、中核にはイクシル、ってのを使ってるって――」
「イ、イクシルですって!?」
立ち上がって叫んだリノアを、美咲は慌てて座らせる。
「しっ! 声が大きいわよバカ!」
「バカはあなたのほうですわ! なんでそんな大事なことを忘れているんですの!?」
「誰がバカよ――って、あんた、イクシルを知ってるの?」
疑問に、リノアはまた驚いた。
「あ、あなた。イクシルも知らないのですか?」
「全然。なにそれ」
「イクシルはアルカナの複製品! 『宇宙の卵』なんて言われるほどの、天文学レベルのエネルギーを発するもののコピーですのよ!?」
「……えー、と。それって、原子炉よりすごいの?」
「ええ、それはもう。質問そのものに殺意を覚えるくらい」
ギロリと睨まれ、美咲はうっ、と体を後ろに引いた。
「わ、悪かったわね」
「ええ。本当に。ですが、納得しましたわ。イクシルなら、物質の変質と増殖くらい、わけないですものね」
言うとリノアは立ち上がり、自分の額をコツコツと人差し指でたたく。
「とりあえず、残ったものを纏めませんと。小道具類は放棄するとしても、もしものために持ってきたアレだけは、回収しなければなりませんね。パーキングエリアに待機させておいたのは正解でした。あとは……」
ぶつぶつと呟きながら踵を返すリノア。美咲は向けられた背中が動き出すと、尋ねる。
「どこいくの?」
「パーキングエリアです。ハマーがありますので、それで逃げます」
「はあっ!?」
それまでの意思を一八〇度回転させるリノアに、美咲は怒鳴った。
「逃げるって、どうしてよ! あんた、アキトが欲しいんじゃないの!?」
「欲しいですわ。それはもう、喉から手が出るほどに」
「じゃあなんで!」
「だって、もう無理ですもの」
「……ムリ?」
そうですわ、とリノアはうなずいた。
「もう間もなく、Yr-03は消滅しますの」
†
「消滅、する? どういうこと?」
「あなた、本当になにも知りませんのね」
呆れたようにため息をつくリノア。彼女は説明した。
「先ほども言った通り、イクシルはアルカナの複製品。『宇宙の卵』の複製品ですの」
アルカナ。『宇宙の卵』の異名を持つ通り、宇宙創造に必要な要素が全て入っているといわれる伝説の物質。それを複製したのがイクシルだ。
「わたくしも多くは知りません。アルカナには及びませんが、イクシルも極めて貴重なものであると同時に、文献があまりに少なすぎますの。――それでもわかるたしかなことは、イクシルは極めて不安的な存在だということですわ」
「不安定な存在?」
「イクシルはアルカナの複製品と言われおりますけど、正確には違います。アルカナから送られるエネルギーを受ける受信機、というのが正しいですの」
「?」
「蛇口です。アルカナを貯水槽としたら、そこから水を出す蛇口。それがイクシルですの」
それで美咲は理解できた。
つまり、イクシルとは『出口』。アルカナという宇宙の『出口』なのだ。
「ふ〰〰ん。なんとなくわかったけど、不安定ってのはどういうことなの?」
「……あなた、本当におバカさんですのね」
「な、なにがよ」
「考えてもごらんなさい。どこの世界に、宇宙の元になるエネルギー――ビックバンに耐えられる物質が存在するのですの?」
「あっ」
「理解したようですわね。どれだけ昔にどんな人が作ったのか知りませんけど、イクシルは完全な失敗作ですわ。放出するエネルギー量の調整が難しくて、一度でもしくじったらそこでアウト。大爆発までのカウントダウンのスタート。――あなたももう諦めなさいな」
「なるほど。わかったわ。でもイヤ」
「イヤ――って、あなた。本当にわかってらっしゃるの……!?」
「わかってるわよ。つまり安全装置のない爆弾なんでしょ」
「頭に『核』が付くタイプの、ですわ。わかっているのでしたらなぜ?」
「だってあたし、あいつの主人だもん」
美咲はニコ、っと笑う。
「主人だったら、ちゃんとめんどう見ないとね」
「――正気ですの?」
「もちろん」
「……狂ってますわよ! あなたもミキエも! 流石は人形にイクシルを取り付けた傀儡師の娘ですわね! まったく、なにが第7世代人形の騎士型ですか。あれでは狂戦士かゴーレムじゃありませんの!」
堪らずリノアが吐き捨てると、美咲の顔から笑みが消えた。
「――あんた、いまなんて言ったの?」
「ですから、あなたたちは狂って――」
「そこじゃない! あとよあと! ベルセルクとかなんとかのとこ!!」
肩を掴まれたリノアは、押され気味にもう一度言った。
「べ、狂戦士かゴーレムじゃありませんの、ですわ……」
「人形――そうよ、人形よ」
美咲は頭を掻き毟る。
「ああ! もう、なんで気がつかなかったのよ、あたしは!!」
「な、なんですの、急に?」
「アキトは人形なの! 自分で動くゴーレムやロボットじゃなくて、操る糸が必要な人形なのよ!!」
「簡易掌握のことを言ってらっしゃるの? 操って元に戻すと? でしたら、無理ですわ。エネルギー量が違い過ぎますもの」
「掌握じゃなくて契約よ、契約! やりかたを教えて!」
「え、契約ですの……? いまさらどうして……」
「契約しないなら壊す。恭子さんはそう言ったの! 危険だから壊すって言ったの!」
「きょ、恭子さん?」
「あんた、頭いいんでしょ!? なんで気づかいのよ!!」
「な、なにがですの?」
「つまり契約さえすれば危険じゃない! 契約がイクシルを安定化させるのよ!!」
まさか、とリノアは否定するより早く、美咲は押さえ込む。
「アキトはあの女の作品なのよ! 完璧主義の傀儡師で、廃人クラスの人形マニアのあの女が対応策もなしに、そんな物騒なモン積むわけないでしょ!!」
「それは……たしかに、ですわ」
「でしょ! だから教えて、契約のやりかた!!」
†
それをアキトが見つけたのは、見失ってから一時間ほどたったころだ。
いくぶんか炎の沈静化したホテル。そこであのイヌを見つけ、気づかれると走り出した。
チャンスだ、とアキトは思った。あのイヌを追えば、女のところにいける。
そう思い、アキトは追いかけた。
飢えは極限まできていた。これ以上飢えれば消える。根拠のない――けれど起こるであろう結果に焦りながら、イヌを追う。
イケ。イケ。イケ。オンナノトコロヘアンナイシロ。
追いつきも引き離されもしない速度で走る。
そして辿り着いたのは、とある建物の前。アキトはよろこんだ。
イタ。イタ。イタ。オンナガイタ。
女はアキトの存在に気づくと、建物の中へと逃げ込む。
アキトは躊躇することなくあとを追った。
「いいですか、ミス・クドウ。契約には二種類ありますの」
リノアはそう言って口火を切った。
「ひとつが装飾。血を滲ました一個の宝石を二つないし複数に割り、片割れを人形の中核として、残りを装飾品として身に付ける、真っ当な傀儡師なら誰もが知る、常識的な方法ですわ」
「――なんか、あたしがまともじゃないって言われてる気がして腹立つけど、続けて」
「もうひとつが昔ながらの彫物。己の血を人形の中核に流し込み、同調させる方法ですの」
「となると、あたしは彫物式契約か」
「そうですわね。イクシルを二つに割るわけにいきませんので、そうなりますわ」
「で、方法は?」
「ミス・クドウの血をイクシルに付着させ、簡易掌握をする。――以上ですわ」
「……それだけ?」
それだけですわ、とリノア。美咲は拍子抜けした。
「なんだ、簡単じゃないの」
「ええ。簡単ですわ。傀儡師が死ぬか、人形の中核が壊れるかしなければ、解約できないことを除けば」
「……へ?」
「ですから、一度契約してしまったら最後、ミス・クドウが死ぬか、Yr-03の中核が砕けるまで、解除ができないのですわ。しかも契約できるのは一人につき人形一体だけで、傀儡中に人形が受けたダメージは、主人たるミス・クドウにも反動として伝わりますの」
「……もしかして、アキトが壊れたらあたしも死ぬ、ってこと?」
「まさか。そこまで酷いものではありませんわ。あくまで擬似的なものですので、痛みを感じるだけですの。もしも傀儡中にYr-03が首を落されたとしたら、実際にミス・クドウが首を落されたような痛みを感じる。それだけですわ」
「それだけでもすっごいヤなんだけど……」
「まあ、Yr-03は完全自立型人形なので、傀儡する機会など滅多にないと思いますけど。ですが、他の人形はそうもいきませんから、この契約方式は廃れたのですわ」
なるほど、そりゃ廃れるわ。美咲は納得した。契約が人形一体としかできなくて、しかも人形の痛みが自分に伝わる。そしてさらに、どっちかが死ぬまで解約不能の状態に陥って得るメリットが、ちょっと上手く操れるようになるだけなんて、あんまりだ。
思っていると、リノアが訊いてきた。
「それで、ミス・クドウ。あなたはどのようにして、Yr-03と契約するのですか?」
「う〰〰ん、そうねぇ。さっき話した方法でどうにかしようと思うんだけど」
チラリと、逃げる際にガンナーの一体がホテルから持ち出した爆薬を見る。
「ゼロ距離で一ポンド弱のTNTを爆発させ、胸部装甲を吹き飛ばす。それから馬乗りになって力づくで契約――そんな作戦が成功するとお思いですの?」
「う、言わないでよ。なんか立場が逆っぽいし――あ、でもあんたが協力してくれるなら」
「お断りですわ」
即答するリノア。彼女はこの戦いに加わらない。誰の目から見ても成功率が低く、それでイクシルが安定するという確証もないのだから、当然だった。
「イクシルの消滅に巻き込まれて死ぬなんて、まっぴらですもの」
「わかってるわよ。第一、これはあたしら家族の問題だからね。昨日今日にあったばかりのあんたに手伝ってもらうのが、どうにかしてるわ」
「――家族の問題、ですか」
「そーよ。あたしはあの女の娘で、あいつはあの女の作品。家族みたいなもんでしょ」
なにか思うところがあるのか、リノアは膝をつくフレースヴェルグをちらりと見ると、吐き捨てた。
「……バカげてますわ。人形を家族と言い、止めるために命をかけるなんて」
「そう? あたしゃわりと好きよ。生きるか死ぬか(デッド オア アライブ)って。上等じゃないの」
「やはり狂ってますわ、あなた」
「ま、あたしはアキトみたいなロボットを本気で作ろうとしてる国の人間だからね。憑くも神を信奉してる――その時点でキリスト圏のあんたにゃわからないわよ」
「つくも――なんですの、それ?」
「どんなものにも魂が宿るってこと。おもちゃにも道具にも、人形にもね」
そんじゃーね、と手を振って、美咲はリノアと別れたのだ。
「なーんて、カッコつけたけどさ。やっぱ怖いわねぇ」
室内アトラクションの屋根裏にて、美咲は少し後悔する。
「あー、ガンナーの一体でもパクっときゃよかった」
と、呟いていると破砕音。石膏ボードの亀裂から、そ〰〰、と下を覗き込む。
「おー、やってるやってる。良い感じに引っかかってるわね」
ニヤリ、と美咲は笑う。暴走状態のアキトが入ったのは、ずばりミラーハウス。無数の鏡で作られた迷路にアキトは戸惑い、鏡に映った自分を敵と間違え攻撃していた。
「やっぱ熱感知センサが働いてないみたい。これならいけるわ」
呟きながら、美咲は前もって簡易掌握をしておいた人形を操作する。『ジャングル探検』というアトラクションから拝借してきた、アナコンダの人形だ。
アナコンダはヘビさながらの動きで柱をつたり、鏡の壁の上に乗ると進みだす。
ここからが正念場だ。無線より容易な有線傀儡とはいえ、未熟な美咲では、操作可能距離は五〇メートル。時間は一〇分が限界。それまでにアキトに近づかなければならない。
「いくわよ……」
早くも額に汗を浮かべながら、美咲はアナコンダに繋がったケーブルを強く握り締める。無線より容易な有線で傀儡しているとはいえ、慣れない獣型人形の操作は思いのほか神経を削り、頭痛が現れだした。
「ッ……あと、少し」
静かに、静かに。焦ってもミスらないように。
慎重に美咲はアナコンダを操作し、暴れまわるアキトの近くへと忍び寄らせ――唐突にアキトが顔をこちらに向けた。
「バレた! でも――」
両手十指を力強く動かす。アナコンダは鏡の壁からジャンプすると、アキトの体に巻きついた。
「成功! ンでもって脱出!!」
立ち上がった美咲はコードの繋がった発電機を掴むと、天窓に向かって走りだす。あらかじめ開けてあった窓から跳躍し、着地。すぐに最寄の建物の陰に身を滑らせ、発電機のハンドルを握る。
「まさかお父さん直伝の、武器の扱いのイロハが役に立つ日がくるなんて――ね!」
苦笑と共に回転。電流がコードを走る。コードは美咲の割った天窓へと続いており、そこからアトラクション内に入ってアナコンダの腹の中のTNT火薬を爆発させた。
†
吹き飛んだミラーハウス。辺り一面に鏡の破片が突き刺さり、コンクリートや木片が散ばっていた。
「……やり過ぎ、た?」
跡形もないミラーハウスを見て硬直する。
これは、バラバラになっているのではなかろーか。思って顔を蒼くしていると、煙の中で動く気配があった。
「あ、アキト……?」
恐る恐る尋ねるが返事はない。しかし、たしかになにかが蠢いていた。
「アキト、なの?」
美咲が一歩踏み出すと、ミラーハウスからソレは飛び出した。
鏡の破片を吹き飛ばし、崩れそうな壁を突き破って美咲の前に着地する。
「……ウソ」
美咲は愕然とした。それはたしかにアキトだった。あのままのアキトだった。
「そんな……あれで動けるなんて……」
ゼロ距離での爆発は、アキトの全身にへこみや亀裂を作ったものの、外装が砕けるにはほど遠いものだった。
アキトが一歩進む。美咲は動けない。
アキトが二歩目。美咲は動けない。
アキトが三歩四歩と進んでも美咲は、衝撃のあまり動けなかった。
そしてアキトが美咲に向けて腕を伸ばすと、左右の建物から五人の人影が飛び出し、それぞれ握った五本の鎖をアキトに絡ませ縛った。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
夜空に響く咆哮。人間なら、誰もが身を竦ませてしまう可聴域外の雄叫びを上げて、アキトは鎖を千切ろうと暴れる。
しかし、彼らは動じなかった。無言で無表情のまま、アキトを拘束する。
それもそのはずだ。彼らは人間ではない。人間の形をした道具だった。
「――ガンナー? どうして……」
「その調子ですわ、そのまま拘束なさい!」
声の出所へと美咲は目を向ける。
そこには月を背に、赤のスーツが似合う女性――リノアがいた。
「あんた、逃げたんじゃなかったの!?」
それが美咲の言葉だった。
なんて失礼なのでしょう。せっかく準備までして助けたのに『逃げた』とは。
思いつつもリノアは微笑む。
「わたくし、まだあの人形を諦めていませんのよ」
なっ、と美咲が絶句した。
その顔が気分を良くする。続いて美咲はなにか喚いていたが、リノアは聞かないことにした。否、聞いている余裕がなかった。
「ッ……なんて怪力ですの……!」
ガンナー五体が全力で鎖を引いているのに均衡状態。アキトの膂力は最新型のガンナーをも越えている。
「バカげた装甲にバカげた中核。さらにはバカげたパワーですか」
やってられないと思う。そして同時に、好奇心が擽られる。
「是非とも、解明したいですわ。天才の技術を」
だが、その前にどうにかしてアキトを無力化しなければならない。ここで爆発でもしたら、それ以前の問題だ。
「……無駄にはなりませんでしたね」
クス、と笑うリノア。右手にはガンナーを操るサファイヤの指輪がそれぞれ五つ。そして左手の五指に嵌っているいるのは、フレースヴェルグのダイヤの指輪ではない。
「出番ですわよ、スナイパー!」
左手の五指が嵌めるはルビーの指輪。リノアが指揮棒を振るように指を躍らせると、三〇〇メートルの後方――中央広場で、人形が動いた。
一見すれば、ハンターやガンナーとの違いはない。白人男性をベースにしたソレは、欧州や米国にあれば、誰も目をとめないほど、精巧な人形。
が、その背丈ほどもある長大な銃が、あまりに物々(ものもの)しかった。
――狙撃型。つい先月、組みあがったばかりの試作人形だ。
人形が銃器を使えるようになったのは、近年のこと。それまで人形は銃を使わなかった。
理由は単純である。あたらないからだ。
戦闘になった場合、常に敵も自分も動いている。相手どころか、自分もやられないために動き回る必要があり――その状態での射撃が、人形にとって致命的なまでに難しいのだ。
故にこれまでハルベルトやハンマーなどといった、シンプルな動作で攻撃でき、尚且つあたれば致命傷にできる武器が使われていた。
近年の機械工学、AI、プログラム、術式の進歩のおかげで銃を使うことが可能となりガンナーが作られ――最も実用化の難しいとされてきたスナイパーができあがった。
「とは言いましても、まだまだ問題点も多いですわね」
玉のような汗を浮かべながら、リノアは呟く。
なにせ三〇〇メートルも離れた状態での精密操作。しかもスナイパーの視覚を利用しての狙撃は負荷が高く、本日はおまけにガンナーも同時に操っている。
「来年あたり、一指で二体操れるようになっているかもしれませんわ」
過負荷による頭痛に苛まれながら、狙いを定める。照準は(しょうじゅん)アキトの胸部――イクシルだ。
スナイパーの武装はバレットM82A1。装甲車をも撃破する対物狙撃銃。威力が強すぎるが――これでなくては装甲を破壊できない。
「万が一、イクシルに亀裂でも入れば新たなビックバン――までは行かなくとも、水爆レベルの爆発は確実ですね」
この一発で決まる。成功すれば逆転のチャンス。失敗すれば爆死。
「生きるか死ぬか(デッド オア アライブ)。賭け事も、たまにはよろしいですわね」
スナイパーが、引き金を引いた。
†
閃光。轟音。衝撃。静寂。
アキトは、なにが起こったのかよくわからなかった。
鎖で縛られ、それを千切ろうとしていたら胸に衝撃が奔った。
そこでノイズが現れ強制終了。再起動を果たすと、目の前に女がいた。
「あんた……なにしてんのよ」
なに、とは?
「勝手に押しかけてきて、勝手に割り込んで、勝手に助けにきたら、勝手に暴走して……終いにゃ勝手に死にかけてるじゃないの」
死にかけてる……。
アキトはアイボールセンサを動かし胸元を見る。外部装甲が抉れ、胸部表面に盛り上がった中核――イクシルが剥き出しになっていた。
ああ、とアキトは思う。自分はもう壊れるのか。
そういえば思考がクリアだ。あれだけ演算処理能力を奪っていた飢えはない。
ただあるのは寒さ。スペック上、問題のない気温なのに、酷く寒い。擬似的なもののはずなのに寒い。機能を停止させるほど、寒い。
――なるほど。これが『死』の概念か。
「あんた、まさかもう死にたいとか言うんじゃないわよね?」
死にたくはない。けど死ぬ。停止する。あの光が手に入らないなら、それでもいい。
「ざけんじゃないわよ! まだ落とし前、つけてもらってないのよ!」
そこで胸に宿る温もり。女――よく見れば少女は落ちていたガラス片で両手を斬ると、イクシルを掴んだのだ。
「我は謳う、模造なる偶像の声を」
温かい。イクシル(ココロ)が温かい。
「模した汝れ、創りし主の願いを聴け」
包まれる。ヒビだらけのイクシル(ココロ)が包まれる。
「偶された汝れ、望みし主の願いを聴け」
満たされる。餓えたイクシル(ココロ)が満たされる。
「強化接続浸透認識」
うれしい。
「増命幻糸網羅認知」
認められてる。
「我が言の葉に応じよ」
繋がってる。
「和が異の波に応えよ!!」
ひとりじゃない。
「死ぬんじゃないわよ! あんたは、あんたは――」
――ああ、そうか。
「あんたはあたしのしもべでしょッ!!」
ボクは、これが欲しかったんだ。