リンと鳴り後悔告げる
[わたす愛を間違えた]
大きく晴れた空の下一つの墓の前に人影が見える。花束を持って前に座ったそして小さくつぶやいた。
「本当にごめんな」と。
その墓には彼の恋人……元恋人が眠っている。
数日前の事、俺の恋人は死んだ。他殺だ。凶悪なストーカーにより腹を刺されて死んだ。その報告を聞いた途端俺はものすごく後悔した。
喉に上がってきた息が吐けないほどに目の前が白く曇るほどには。何故かってそれはアイツに最後に言った言葉が、
「お前は本当に俺のことが好きなのか?」だったからだ。アイツのことを信じられたなかったらだ。
一軒家の俺の家。リビングのカーテンを大きく開き、外の光が中へと入り込む。
そんな中、俺は最後の言葉を口にした。
何でそんなことを言ってしまったのか理由は明確に浮き彫りになっていた。アイツが俺と住むことをやけに嫌がっていたからだ。
数年長い間付き合ってきていた。
慣れ親しんだ顔。聞き飽きた声。
だからもっと互いのことを知るために少しでも一緒に住みたかった。恋人は俺のものだと確証がきっと欲しかった。だから理由も聞かずに聞いてしまった。
アイツは一度目を見開き瞳を大きくみせた。ダンっと立ち上がった椅子は乱雑に放り出され玄関のドアを大きく音が鳴るように開けた。そしてバタンと空気を斬りながら閉まる音。置いていかれたのが俺のような心の虚無感が拭えない。
誰もいない部屋は驚くほど静かだった。
なのにあの時アイツが家を出た時追いかけなかった。椅子から立ち上がりもしなかった。
あの時追いかけていれば状況は違ったのか? そんなどうしようもない後悔が頭に巡る。
その時の状況をしっかり覚えてはいない。ただ覚えていることは、
月明かりが恐ろしく綺麗な夜だった。
それだけだ。
今覚えば俺はアイツに守られていた。俺が一緒に家に住んだらきっと俺まで殺されていた、と思う。俺はそんな簡単な事にすら気づかなかった。
「大丈夫か?」の一言もかけられなかった。
どんな思いで俺のそばにいてくれていたのだろう? そんな事は分かるはずもない。何一つとして俺には分からない。
だけど俺はアイツを本当に愛していた。心の底から何よりも。
独占したいと思うほどには。
だけど全て言い訳にしかならないだろう。
太陽のような笑顔が、腑抜けた声が寝起きで眼鏡を探すあの姿が俺は大好きだった。
俺はアイツを守っているつもりだった。だけど俺は守られていた。あの笑顔の奥にはきっと不安や恐怖が眠っていだろう。なのに気づけなかった。いや気づかせてはくれなかった。
アイツはいつも通り完璧だった。
いや完璧だったと思う。言葉に出してくれないと分からない事だって山ほどあるのだ。どんなに愛していようと、好きでいようと分からなかった。
俺は安堵していたのだ。
慣れ親しんだ日常がこんな簡単に壊れてしまう物だと、少しの傾きによってすぐに割れてしまう物だと何故忘れいたのだろう?
俺は元々コンタクトだった。だけど今は眼鏡をつけている。それは何でかって?
アイツが好きだった眼鏡だからだ。金縁の眼鏡。大きな丸いレンズがはめ込まれている。
俺は元々キーホルダーが嫌いだった。だけど今はスマホに鈴のキーホルダーをつけている。何でって?
アイツとお揃いにしていたからだ。赤い紐が俺で青い紐がアイツ。青い紐の鈴は墓の前に添えた。花束と一緒に。
形が壊れた日常を忘れないように必死になって掴んでいる。
だがどんどん忘れていく。何が好きだったか? どんな約束をしたか? 忘れていくそんな日常を何気ない物で、繋ぎ止めている。だけどその力も時間が経つにつれ弱くなる。それに恐怖を感じる。頼むから、頼むから、
頼むから俺を一人にしないでくれ。
まだ思うんだ。家に帰ったらアイツが出迎えてくれないかと。あの温かい笑顔で。
まだ何処かで生きているのではないかと。ヘラっと笑いながら。
そんなあり得ないことを、まだ何処かでは考えている。
死んだ人間にあいたいければ、死そのものに一番近い存在にならなければならない。そんなフレーズを聞いたことがある。
死んではいけない、だけど死に近づがなければいけない。難しいことだな。
そんな時風が吹いていないのに、青い紐の鈴はリンと音を立てた。小さいけど芯のある音。まるでアイツのような音。
冷たい風が空を駆ける。緑の葉が揺れる。僕の目に水の膜が張る。眼鏡にしずくが落ちる。視界が濁り前が見えない。
そして、背中に手を当てられる。温かい大きな手だ。後ろを向いたら誰もいない。だけど置いてあった鈴が無くなっていた。
「君がいない世界でどうやって息をしろというんだ」
こちらで『リンと鳴り後悔告げる』は終了しました。
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