欲望の日常
催眠術。
他人にかけられた暗示によって、精神変化・肉体変化が引き起こされた状態のことである。バイ・ウィキペディア。
全ての男の子なら一度は考えたことがあるだろう夢、いや妄想といったところか。
街中で見かける超かわいい女の子や学校で有名な超美人な女の子を催眠術で自分の支配下においてぐへへなことをしてみたいなと。
そんなものがあったのなら………
ならばどれだけ良かっただろう。
「はっはっは!!ついに、ついにやったぞおれはぁぁあああ!!」
学校の教室、ソファーに座りながらバンザイポーズをして天井を、否、天を仰ぐ少年は歓喜に満ちあふれていた。今なら神でさえも殺すことが可能かもしれないと思えるほどに全能感が全身の中を血のように流れゆく。
それもそのはず、今催城 コハクの目の前には学校で五本の指には入る美少女達三人がおめ目にハートマークを浮かべてこちらを熟れた顔で見つめているのだから。
「こはくぅ」
「ご主人様」
「だーりん」
一人は艶やかなしっとりとした水気を帯びた黒髪を腰元までに垂らした少女。パッチリと上を向いたまつ毛、高い鼻筋、処女雪のような白さを体現した優肌。均等な凹凸の帯びた箱入りお嬢様のような見た目。
一人は普段からやる気のなさそうな、つまらない顔をしているがキャラメイクしたような顔立ちが目を引く少女。決して誰かと群れることはなく、いつもブレザーのポッケに手をしまう鈍色の髪を肩よりも上の位置で切り揃えた狼のよう。
一人は明るい色素の強い金色の髪を肩に降ろしたいつもニコニコ笑みを浮かべているキラキラしたお星さまのような少女。ドンッと大きく突出した上半身に目を奪われる男子生徒は多数。誰にでも分け隔てなく話しかけ、人との距離を近付かせるそれはあらゆる生徒のアイドル。
そんな一人でも彼女にしたらアオハルライフを満喫出来るような天の上が如き存在が、スマホをかざしただけであっという間にとろけた瞳になって何でも言うことを聞いてくれる。
黒髪の少女は催城の右に、狼系の少女は左に、そしてお星さまの少女は足を開いた催城の真ん中に座ってこちらにもたれかかっている。
まさに肉林。
三方向から伝わる柔らかい感触。世の中にある高級クッションをどれだけかき集めても再現なんて出来ないであろう至福の喜び。たったスマホの画面を見せるだけでこんな夢を叶えられるなんて。
頬を緩めて幸せそうな息を吐く催城。
だが少年は気付いていなかった。
彼女たちの真意に。
(ふふ、催眠にかかったフリをしてるのは気付いてなさそうね良かったわ)
(催城、幸せそう。わたしの名演技にうっとりしてる)
(やった!こはく君ってばもうワタシの芝居力が高すぎてニヤニヤしてる)
彼女たちは決して催眠術なんかにかかってるわけではない。
そもそもの前提として、この世に催眠術なんてものはない。スマホの画面をかざすだけであら不思議、何でも言うことを聞いてくれる?なわけがない。
現実をよく見てほしいものだ。妄想は妄想の中でしか生きられない。
だったら今彼女たちはなぜかかったフリなんてしているのだ?
一人の少年に肌を密着させて瞳の中にハートを作ってこちらも幸せそうな表情をしている。素の状態のままなのに。
答えは一つ。彼女たちの真意は最初から一つしかない。
(手早く催城クンをメロメロにしてこの女二人から彼を引きはがさなければっ!)
(催城から告白される前にこの二匹の泥棒猫を棺桶に入れないと)
(こはく君を堕とす前にこの二体のケダモノを遠ざけないといけないなぁ)
皆それぞれ自分一人だけが催城のパートナーとなる前に他二人を蹴落としたかったのだ。
これは好機であった。催眠術にかけられたフリをすることで合法的にイチャイチャ出来るし、その上他二人を難癖付けて催城から遠ざける。そうして、改めて催城と結ばれれば良い。
そして当の本人は気付いていないところで噓と恋に満ちた正妻争奪戦―――恋奪戦役が始まろうとしていた。