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仮の婚約者、やめました


「ランデル」


クロエ嬢を送ってあげてと言おうとした私の言葉に被せるように、リオンがランデル卿を呼んだ。


「フローデン嬢を送って差し上げろ。

もう妖精はいなくなったから魅了の心配もないからな」

「わかりました。

カート・ランデル、クロエ・フローデン嬢を経営科の教室までお送りして参ります」


上官にするように敬礼すると、ランデル卿はクロエ嬢を促した。


「行きますよ、フローデン嬢」

「ではリリス様もいっしょに…」

「さあ」

「でも………」


戸惑うように振り返るクロエ嬢に申し訳なくて、私はもう大丈夫だからとリオンに言ったのだけど返事はないし、支える手を放してもくれない。

しかもなんだかすごく不機嫌な様子だ。


(そんな顔するくらいなら、自分が送っていけばよかったのに)


なんか後ろ向きな考えに陥りそうで、嫌になる。

先生も帰ってきたことだし、いい機会かもしれない。


「先生、あとで相談があるんですが……」

「ん?構わないよ。

けど、その前に」


先生が腕を組んで私とリオンの前に立つ。リオンが説教するときとよく似た、いい笑顔で。

あ、これ、絶対怒られるやつだ。


「さて、アマリリス。

やたらめったら魔法を切るなと言っておいたはずだけど?」

「う……ごめんなさい」

「まあ、状況が状況だったから仕方ないか。返信を送らなかった私にも非はある。

出来るだけ早くイズファリエン様を連れ帰ろうと思ってエルフの郷まで行ったのでね。

よく頑張ったね。

でも、基本的には魔法の切断はこれまでどおり禁止だ。いいね?」

「……はい」

「公爵家の坊主もよくやったな」

「……………ですが、私は何もできておりません。リリスを危険に晒してしまった」

「確かに、まだまだ修行は必要だろう。

だが、坊主が組んだ防御結界の術式はしっかりと機能した。おかげで周りへの影響はなかったのだから。

それになにより、最後までアマリリスの傍に張り付いて護ったのは誉めてやらんとな。

よくやったぞ」

「………はい。」


あんまり怒られない上に褒めてもらったのに、リオンは全然嬉しそうじゃない。

特に何もできなかったのは私だって同じだから気持ちはわかる。もっといろいろ学んでいかないと、と思う。


「ところで」

「はい?」


ぽん、と先生の手が私の両肩に乗る。

そして、前から横から斜めからと、何かを探すかのようにまじまじと見られた。


「石は?持ってないじゃないか」

「はい?」

「婚約したんだろう?」

「しました、けど?」

「石の付いた証はどこなんだい?」

「証…?」

「婚約の証だよ。

坊主が呪われていた時の欠片だ。

証に使うからと、いくつか渡しておいただろう?

婚約したのなら、私と旅に出るのは無理になるんだろうと思ったから、いろいろ旅先で見つけた書物を持ち帰ったんだけどね」


書物と聞いて心が躍る。

でも、石がどうとかということと、旅に出るのが無理という言葉には首を傾げるしかない。

リオンはといえば、無言で先生を睨むようにしている。おまけに私の腰に回して支えてくれてた腕に力を入れて自分の方へとグイッと引き寄せてきた。

さっきからずっと不機嫌オーラを出しまくったままだし。

しかめっ面のリオンを見ながら、リーデンス先生が困ったように笑う。


「どうやら、お前たちはちゃんと話をしたほうがいいようだね。

そうだろう?ガレリィの小童よ」

「………」

「アマリリス相手には、言葉を惜しむなと言わなかったかな?

しっかり、話すといい。

『攫われた』などと言われたくはないからな、私は」

「……わかっています」


ぽむ、と私の頭をひと撫でしてリーデンス先生は学舎へと去っていった。

後を追いたかったけど、リオンが放してくれないせいで動けない。

どうしたんだろうと見上げれば、不機嫌というよりは苦しそうに眉を顰めたリオンが私を真っすぐ見つめていた。

ようやく放してくれたと思ったら、今度は向かい合って両手を握られた。


「リオン……?」

「旅に出るって、どういうこと?」

「あ……」


ひっかかっていたのはそれか。


「リリは、学院に残って研究を続けるんじゃなかったのか?」

「あー……まぁ、それも考えたんだけどね。

あちこち旅をしながらいろんな呪物やら魔法やらを直接見るのもいいかなって」

「師匠と一緒にか?」

「うん、まぁ……そう」

「……王都を、離れるってこと?」

「そう、なるね」


卒業後、正確に言えばリオンが私との仮婚約を解消して誰かとちゃんと婚約すると決まったら、リーデンス先生の研究の旅に同行させてほしいとお願いしていたのだ。

それをまだ、リオンに話せずじまいだったのは私の失敗だ。

リオンなら気にせず今まで通りの付き合いを続けようって言ってくれる気がして。

でも、正式な婚約が決まったのなら今までみたいに友達付き合いはできないもの。仮とはいえ婚約者だったんだから、なおさらだ。

だから卒業を待たず、すぐにでも旅立ちたいと先生にお願いしてみようと考えた。もちろん両親も説得しなきゃいけないけど。

その前に、ずっと言い出せずにいたリオンにも、ちゃんと話をしなきゃ。

リオンの濃い青の瞳が真っすぐ私を見つめてくるから、苦しくて目を逸らしてしまいそうになるけど。


(この手も、放さないと)


手を伸ばせば、いつでも当たり前のように握り返してくれていた、この人の手を。


「リオン、私………」

「………なら、俺も行く」

「……え?」

「リリが旅に出るなら、いっしょに行く」


絞り出すようにリオンが零した言葉に動揺した。


「なにを………それは、駄目でしょう?」

「なんで?」

「だって、リオンは学院を出たら王立騎士団に入るのが内定してるでしょ?

今だって予備役登録してて……」

「辞退する、内定。予備役も降りる」

「何言ってんのよ、せっかく頑張ってきたのが認められたのに……それに公爵家はどうするのよ?」

「俺は次男だ。

もともと、卒業して騎士団に入って、そんでリリと結婚したら公爵家から籍を抜いてもらうつもりだった」

「いや、それはもっと駄目でしょ!?

第一、ガレリィ公爵ご夫妻が許すはずがない…」

「許可はもう貰ってる」

「そんなわけ……」

「リリが王都にいて研究を続けると思ったから、王立騎士団の王都勤めの部署に希望を出してた。

でも、リリが王都を離れるなら、夫兼護衛として俺もついてく」

「だからなんでよ?婚約について話があるって言ったじゃない。

仮のじゃない、本物の『運命』を見つけたんでしょう?

だったら……」

「………ふざけんなっ!!!」


大きな声に自分の身体がびくっと跳ね上がったのが分かった。

今までさんざん怒られたし小言だって聞いてきたけど、こんな大声で怒鳴られたのは初めてだったから。


「リ…オ…?」

「…………『運命』なら、10年も前に見つけてる。

本当に、一目見て『運命』だと思ったんだ。今だって思ってる」

「え…いや、だからそれは……」

「10年前、呪いに閉じ込められてたとき、痛くて寒くて怖くて、そんな真っ暗な世界から救い出してくれた、星空みたいな色の瞳の女の子。

この子だ!って思った。絶対に、離れずに傍に居ようって。

なのに……誰も信じない。父も、母も、何よりお前も……っ!

当の本人の俺が『運命』だって言ってるんだから間違いないだろ!?

仮ってなんだよ!なんで信じないんだよ!

なんでそんな簡単に、俺から離れて行こうとするんだよ……!」


ひと息にしゃべったせいか、リオンは真っ赤な顔で、肩で息をしている。

なんだかちょっと涙目なのは、たぶん気のせいじゃない。

逃げるなと言わんばかりに掴まれた手がちょっとだけ痛い。

でも必死に言葉を吐き出すリオンの辛そうな顔に、心臓の方が痛い気がした。

ああ、そういえばあの時も、そんな顔して必死で私の手を掴んでたね。


あれはそう、宝石化の呪いが解けてすぐ、彼が私に結婚を申し込んだとき。

隣にはご両親の公爵様と公爵夫人、お兄様も見守っていたのに。

家族に声を掛けるより前に、私の両手を握りしめて叫んだの。


「きみはボクの『うんめい』だ!けっこんしてくれ!」


宝石の中から宝石よりもっと綺麗な男の子が出てきて、そんな子に結婚してくれだなんて言われたら、私だって驚きながらも嬉しかった。

でもあの状況なら、呪いが解けた反動で錯乱してるんだって、思うでしょ?

落ち着きなさいってみんなで宥めて、それでも言い募るリオンに、公爵夫人が「なによりまず仲良くなってからでしょう?」って言ってくれたのにようやく納得してくれて。


10年経った今でも、変わらずに?

じゃあクロエ嬢は?

混乱して思わず涙ぐみかけた私の目の前で、少し落ち着いてきた様子のリオンがふっと呟いた。


「……じゃあ、もう監禁するしかないか。」

「………………ふぇ?」


かんきん…カンキン……換金…?……………監禁!?


「リオン!?いやいや、それ一番駄目なヤツ!」

「リリがどうしても俺から離れるってんなら……」

「リオンっ!」


ほの昏い笑いを浮かべる彼にさっきとは違う意味で涙が出そうになった。

慌てる私を冗談だよと宥めながら、今度は優しいけどすごく真剣な眼差しで言う。


「俺から離れていかないでほしいのは本当だ。ずっと、リリが俺の『運命』だと思ってるのも」

「『運命』なんて……あの時以来、少しもそんな素振りなかったじゃない」

「なくはないぞ?

これでもいろいろと伝える努力はしてたんだからな!?」

「そう……なの?」

「そうだよ。

母に、いきなり結婚してくれは順序がまるっきり違うだろうって説教されて、まずは男として見てもらって、好きになってもらうところからだなって。

そこまでまず辿り着かなきゃって、リリを護れる男になるよう騎士の訓練だってすっげぇ頑張った。

結局今日まで伝えきれてなかったわけだけど………それでも諦める気はこれっぽっちもなかったからさ。

出会ってから10年間、全然伝わらなくて焦って、空回りして。

リリを縛りつけたいわけじゃないんだ。でも、俺以上に仲がいい友達ができるのも嫌でずっと隣に居座り続けた……リリの隣は、誰にも譲りたくなかったから」

「でも、クロエ嬢は?すごく仲良かったじゃない。

そうしてって頼んだのは私だけど………二人で、すごく楽しそうに話してたし」

「それは本当に、完っ璧な誤解だから。

あいつ、俺とお前の婚約のこと知ってた。

知ってた上で、自分の兄貴をお前に会わせようとしてたんだぞ?

何かっていうと、兄貴と直接会ってくれって言われてたろ?」

「あ…確かに」

「俺抜きでリリと王都のカフェに行こうとしたこともあっただろ?

流れで王都にあるフローデン商会の店に連れてって、あわよくば兄貴に会わせるつもりだったんだぞ!?

学院から出る前に人に囲まれて断念したから未遂で済んだけど。

ほんと油断も隙も無くて、牽制しながらずっと目を光らせてただけだ」


あの妖精も、クロエ嬢が一番関心を寄せてるのは私だと言っていた。

じゃあ、そういう意味で?


「婚約式のとき、リオン、ものすごく不本意そうな顔してたし……」

「そりゃ不本意だったさ。

本来なら折を見て俺がリリ本人に求婚して、ちゃんと受け入れてもらってから婚約するはずだったのに、すぐにでも婚約を結ばなきゃいけなくなったんだから。

しかも“仮”だなんて言われるし」

「う……ごめんて。

けどそもそも、どうしてそんなに急いで婚約することになったわけ?」

「それは……今は言いたくない。

今、一番大事なのは、俺がリリが好きで結婚したいと思ってるから婚約を申し込んだんだって、お前にちゃんとわかってもらうことだから」

「好きで………」


そんなことを真っ直ぐ目を見て言われたら、どんな顔していいかわかんないじゃない。

面と向かって“好き”なんて言われたこと、今まであったっけ、と記憶を辿ってみたけれど………

………あれ、言われたことある、かもしれない、と思い至る。いつだっけ?最近ではなく、学院入学前くらいに、だったかな。

私はそれに、なんて答えたっけ?………だめだ、覚えてない。


「リリ?」


いつもより甘さを含んだ声で、リオンが私を呼ぶ。

だからどんな顔したらいいかわかんなくなるんだってば。


「わ、私は、クロエ嬢が貴方の『運命』なんだと、思って……

さっき言ってた、お父様と話がしたいってのは、たぶん婚約を解消したいってことなんだと……」

「その誤解だけは、お前にだけは、してほしくなかった。

その点に関しては、俺はすごく悲しいし、怒ってる。

黙って旅に出るつもりでいたことも」

「……ごめん、なさい」


私以外の人と婚約することになったとき、さすがに今まで通り接するわけにはいかないもの。

けれどもしも、気にするなって、友達だろって、彼の方から引き留められたりしたら?

自惚れだと思いながらも、優しいリオンならあり得るんじゃないかと思って、怖かった。

リオンにそう言われたらきっと、私は断れない。

でも、リオンが誰かの隣に立っているのを見るのなんて―――無理だもの。


「最近の学院内での噂も気にしてないみたいだし、あんまりにも伝わらないから、リリは俺に興味ないんじゃないかって、へこみまくったよ」

「そんなこと………ないよ…」


俯きがちに呟くと、リオンの目が驚きに見開かれた。


「…………ほんと?」

「…………うん」


もやもやしてたことも、こうなったら全部、認めてしまおう。

思い返せば、出会って数年は、ただただいっしょにいて楽しかった。

ひとつ歳が違うだけの、リオンとリリスでいた頃は。

でも、リオンが学院に入ってなかなか会う時間がとれない間に何回か同じ年頃の女の子達といっしょにお茶会に参加して、貴族の序列ってものに気づいてしまった。

公爵家のカーネリオンと上級官吏の娘アマリリスは、見守る大人達がお目こぼししてくれたから、屈託なく一緒にいられたんだなぁって。


「貴方は優しくて素敵な人だと、思ってたよ。

でも、一年遅れて入った学院で、他の女の子達がリオンは手の届くはずがない遠い人だと話すのを聞いて。

公爵家のリオンとほぼ平民な自分とが並んでいられるのは、あと数年、学生の間の友人関係に限定してだけなんだって、貴方との間に無意識に線を引いて……

リオンは幼馴染として一緒にいてくれるんだと思ってたし、私も自分で引いた線から先には踏み込まないようにしてた。

だから、公爵家からの申し入れも仮の婚約だと思った。ほんとに結婚する気なわけないよねって。

でもリオンとクロエ嬢が並んでるのを見たら……」

「………嫉妬、した?」

「………たぶん。

私には超えられなかった線も、互いに気持ちのある二人なら簡単に超えられるんだなって。

その上で、最初から覚悟できてたから大丈夫って、自己暗示してた……」


俯く私の頬に手を添えて、目線を合わせてくれた。

さっきよりさらに優しい声で、リオンがまた私を呼ぶ。


「俺は最初から、ただのリオンのまま、ずっとリリだけ見てたよ。

公爵家を継ぐわけでもないんだし、卒業して騎士団入りできたら、公爵家から抜けるつもりだったし。

でも確かに、学院でいろいろ認識を改めたってのは、俺にもあるよ。

俺だけのリリが、みんなが注目するエルベ嬢になっちゃったからな」

「……なによ、それ」


『奇行令嬢』のせいかと訊いたら、無言のままふるふると首を横に振って否定された。

頬に添えた手を滑らせ、リオンがいつものように髪を寄せて私の耳元を覗きこむ。


「カッコ悪いけど、俺の嫉妬と独占欲だよ。

あの結界のイヤリングだって、魔道具の素体となる装飾品は俺が選んだ。銀と濃い青の、俺の色で」

「リオンの、色………」


言われてみればその通りだった。

銀の台座に、濃い青の石。目の前にいるリオンの髪と、瞳の色そのもの。


「でも私、あれ投げちゃった………」

「いいんだ、お前を護るためにリーデンス師に魔道具として細工してもらった物なんだし。

それに、リリが学院内で俺の色を身に着けてるの、嬉しかったし。

今度はちゃんと、俺から直接贈るから」


薄らと頬や目元を赤くして困ったように笑う幼馴染を見上げる。事ある毎に耳にあるイヤリングを確認しながら、リオンはいつもそんな風に思ってたんだ。

自分がこんなにも鈍感だったとは、思いもしなかった。

イヤリング以外にも、好きって言われた記憶みたいに忘れたり気づかずに過ごしたりして来たサインがたくさんあったに違いない。


「ごめんね、ずっと鈍いままで……」

「10年かけても伝えきれなかった、俺も悪い。

仲間内じゃ、俺が周りを牽制しながらお前を独占してるのなんて、有名な話だけどな」

「もしかして、騎士科のランデル卿が私たちの婚約の事を知ってたのは…」

「………」


リオンの仲間、つまり騎士課に進学した友人達の間では彼の想い人が誰なのかはすっかり知れ渡っていて、下級生のランデル卿達にも伝わったということらしい。

なんか、すごく、恥ずかしい気がする。

じわじわっと、首から上が赤くなる感覚がした。


「婚約を考え直したいっていうのは、卒業まで待ってられなくて、今すぐに結婚させてもらえないかをユーリウス殿に願い出ようと思って。

仮だなんて、思っていない。

その前に、お前と話してちゃんと想いを告げて、頷いてもらって、これを渡そうと思ってた」


ところどころ裂けた制服の内ポケットから、リオンが取り出した小さな箱。

その中には、中庭に降り注ぐ光を反射し様々に色を変える石が据えられた、銀色の指輪があった。


「10年前に、リリが解呪してくれたあのときの石。

研究用にって師匠が保管してたものを、婚約の証に使いたいからって分けてもらって、加工した。

エルベ夫人に教えていただいたから、サイズはぴったりなはずだ」

「リオン…」

「呪われるのは勘弁してほしいけど、あのおかげでリリに会えたから」


そう言うと、リオンは私の前に跪いた。

イヤリングに嵌っていた石と同じ色の瞳が、優しく笑んで私を見上げている。


「俺は、いずれは公爵家を出る身だ。

贅沢はさせてやれないけど、それでも俺は―――リリとずっと一緒にいたい」


真っ直ぐ見つめてくれるリオンの顔がなんだか滲んでよく見えない。

淑女らしさなんてほとんど持ち合わせてない私は、手の甲でぐいっと雫を拭って精一杯笑顔を浮かべた。


「贅沢なんて………私が望んでると思う?」

「思わない…けど」

「研究は、続けてもいいの?」

「もちろんだ」

「旅にも、出るかもしれないよ?」

「そのときは俺が護衛についていけばいい。

あちこち旅して、今日みたいなすっごい光景、いっしょに見よう」

「ずっと、リオンの隣にいてもいいの?

(仮)のじゃなく、本当の運命が、私でいいの?」

「アマリリス・エルベ嬢―――――俺のリリ。俺の『運命』。

……愛してる。この先もずっと、傍にいてほしい。

俺と、結婚してください」


こくん、こくん、と頷いたけど、足りなかったらしいリオンに言葉での返事を要求されて。


「はい………」


鼻水と涙にまみれながら応えた私の指に、婚約の証が嵌められた。

立ち上がって私を抱き寄せながら、ようやく伝わったな、とリオンが笑う。

その目には、鈍い私が待たせた10年分の苦労を集めた涙が光っていた。


こうして、私は婚約者(仮)から彼の本当の運命になったのだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

一応これで本編完結ですが、続けていくつかリオンくんサイドの話を上げる予定です。

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