森の妖精とエルフの魔法
それは優しい声音のはずなのに、ざわりと肌が粟立つような恐ろしさを含んでいた。
(これは妖精の…声…?)
私は、妖精の姿は見えても声を聴くことまではできない。
それなのにその声が聴こえているということは、私に接触するという強い意志が妖精側にあるか、あるいは妖精が自らの理から外れてしまうほど、理性を失っているか。
(落ち着け。
慌てるな。
まだ振り向いては、だめ)
―――お前は、だぁれ?
「私は、クロエ嬢の友人です」
―――嘘よ。オマエには私の枝がついてないじゃない。
「それでも、私たちは確かに友人なの。
ねえ、クロエ嬢の周りの人間に術をかけているのは、あなた?」
―――そうよ。あの子は大地と水の、両方の匂いがするの。私は一目で気に入ったわ。
「だから、森から離れて彼女について来たの?」
―――ええ。しばらく森のチカクの人間の街にいたからこのままそこにいるのかと思ったのに。でも離れがたかったからここまで一緒にキタのよ。
くすくすと、笑う気配がする。
一応会話は、成り立っている。
私は意を決してゆっくりと振り返った。目は合わせないようにして相手を確かめる。
少し透けている、人と同じ背丈くらいのすらりとした女性の姿。
薄緑の光をまとった妖精が、陽炎のように揺らぎながらそこに居た。
揺れる髪は皆に絡みついていたしなやかな柳の枝。
森の梢に隠れ遊ぶような小妖精じゃない。
あれはおそらく、柳の古木の森の妖精だ。
力の弱い小妖精ならこれほど多数の魅了はかけられないし、そもそも森から離れた王都にまでついてはこられない。
だからある程度は力ある妖精だろうとは踏んでいたけど。
(思った以上に大物だった)
森の妖精から放たれる魔力は肌にビリビリと刺さって、怯んでしまいそうなほど強い。
これでよく今まで姿を隠していられたものだと感心する。学院の木々を仮初の居所にしていたのか。
それにしても、こうして向こうから接触してくるとは思っていなかった。
人に感知されるのを良しとしない妖精が自分から姿を現すなんて尋常じゃない。押し寄せてくるような強い魔力の流れにもどこか危うさが滲み出て、正直恐ろしい。
想像していたよりも状況が悪いのかもしれない。
でも、こうして対話できるなら、一か八か説得できないだろうか。
「クロエ嬢の周りの人間に術をかけるのを、やめてもらえない?」
―――ダメよぅ。
「どうして?」
―――トモダチが欲しいと願ったのは、あの子自身なのよ?私はそれのお手伝いをしているの。
「魅了の術がなくても、クロエ嬢なら友達はたくさん作れるわ。
現に私だってこうして……」
―――私の枝があった方が、ずっとラクにみんなと仲良くなれるわ。そうでショウ?
「でも、こんな風に他人に術をかけていると、クロエ嬢が偉い人間たちから咎められちゃうのよ」
―――なら、そのエライ人間も枝を絡めてともだちになっちゃえばいいのよ。そしたら誰もあの子を咎めないわよネ?
「それは、クロエ嬢が望んでることじゃないわ」
―――これまでは細い枝しかのばしていなかった。これカラはもっとたくさんの太い枝をのばしていこうかしら。そうね、ソレがいいわ。
「ちょっと待って、話を聞いて…」
―――最初はそうね、あの子が一番、仲良くなりたいと思っているニンゲンからよね。
「!?」
すうっと森の妖精がその嫋やかな腕を伸ばす―――私の背後、クロエ嬢や、彼がいる方に向けて。
冷静にと自分自身に言い聞かせ続けていたのも忘れて後ろを振り返れば、とっくに歩き去ったと思っていたリオンがまだそこに居るのが見えた。
「リリス?」
怪訝な表情を浮かべて私の名を呼ぶリオンと目が合う。
クロエ嬢が一番仲良くなりたいと思っている人間は、やっぱり……
森の妖精の腕から今まで解呪してきたのより太い枝がリオンに向かってするすると伸びていく。
「…駄目っ!」
身体が勝手に動いて私の右手は脇をすり抜けようとする枝を掴んでいた。
それと同時に左手でイヤリングを外して地面に投げつける。組み込まれていた魔法が発動し、投げた場所を中心にして円形に防御結界が張られた。
物理攻撃も魔法も弾く結界だから、外へと妖精が枝を伸ばすのは止められるはず。音や視界も遮断するので他の学生も巻き込まずに済む。
代わりに、自力で何とかするしかなくなったってことだけど。
「痛ぁ…」
枝を掴んだだけ、切ったわけでもないのに強い反動をもらったようで、右手の激しい痛みに顔を顰める。今まで対処してきた細っこい枝とは格が違うってわけね。
余裕の笑みを浮かべる森の妖精と、がっつり目は合わせないよう注意しながら向かい合う。
結界に閉じ込められたことで一旦諦めたのか、伸びた枝がするすると戻っていった。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
精神に影響を及ぼしてくる術を使う相手だ。
最初の細い枝は、絡められるときも切ったときもクロエ嬢に対する心象がちょっとだけ変化したかなって程度だった。私以外の人もそうだったからこそ、結構な数いた魅了被害者を解呪してまわっていても特に学院内に混乱が起きることがなかったんだろう。
でも今回はおそらくそうはいかない。気を引き締めて集中してなければ、思考を取り込まれるかもしれない。
さあこれからどうする―――?
「やっべぇ、間一髪間に合ったな」
私と妖精だけのはずの結界内で声を聴いて思わず振り向けば、ちょうど結界のギリギリ内側辺りの場所でこちらに向かってリオンが歩いてくるのが見えた。
驚いて声も出ない私の目の前で、彼は平然と手首のブレスレットに触れて魔法剣を解放している。
「ちょっ、リオン!??
なんで居るの!??」
「なんでって、お前が結界張る直前に領域に飛び込んだから」
「飛び込んできてどうすんのよ!!」
「そうしないとお前を護れないだろ?」
「護るって……」
「それより今は、アレをどうするかが先決じゃないか?」
アレ、と言ってリオンが指し示したのはもちろん森の妖精だ。
だから狙われてんのはアンタなんだってと言ったところで手遅れだ。防御結界で外部と切り離してしまったから、その効果が切れるまでの間は外からのあらゆる干渉を跳ね返す代わりに内側からも結界外に出られない。
「あれがフローデン嬢についてきたっていう妖精か?
こんな大物なんて聞いてないぞ」
「私も同じこと思ったよ……」
普段なら妖精が見えないリオンにも、今は森の妖精の姿が見えているらしい。実体化までできる妖精となれば、その力は相当なものだ。
風もないのに揺らめいて見える森の妖精は、目を細め、心優しい森の精らしからぬ表情で憎々しげにこちらを睨んでいる。
―――ホントに、邪魔な人間だこと。でもまあいいわ。姿を現した今なら、隠れている時よりも強い術が使えるものね。
太い枝が今度は複数、こちらへと勢いよく伸びてきた。
(結界でくるんでしまえばリオンを危険に晒さずに済むと思ったのにっ!)
狙われているリオンを庇って前に出る。
リオンを絡めとろうとする枝へと手を伸ばしながら、掌に魔力を集めた。
かなりの反動が予想されるけど、切るしかない。
だがその瞬間―――
「痛っ………!」
「リリス!」
柳の枝が伸びる方向をぐるんと変え、掴んでいた私の手から腕に強く絡みついてきた。
―――ツカまえタぁ。
えたりと笑う森の妖精に、背筋を悪寒が這い上がるような恐怖を感じた。
そうするうちにもどんどん太い枝が私に絡みつき、胴体まで締め上げられて肋骨が軋んだ。反動の痛みに耐えながら必死に何本かは枝を切ったのだけど、呪いを切る私の魔力が通じない枝がある。
(もしかしなくてもこれ、魅了の枝に交じって実体の枝も絡まってない!?)
ギリギリと締め上げてくる枝をまた数本、解呪魔法で切った。
切れない方の枝を掴んで外そうにも、一層食い込むように締め付けられる。実体の枝の方は腕力はもちろん、私が辛うじて使える程度のショボい風魔法なんかではどうにかするのは到底無理そうだ。
リオンが剣で実体の枝を切ってくれているが、次から次へと新しい枝が伸びてくる。そのすべてが、彼ではなく私を狙ってきているのが解せない。
「なんで…私っ!?」
―――だって、あのコが一番興味を持ってイルのはオマエだもの。
「!? リオンっ、離れてっ!」
枝を払うリオンの足の地面から強い妖精の魔力を感じて叫んだ。
リオンが後ろに飛び退った途端、さっきまで彼がいた場所から噴き出すように何本もの太い木の根が伸びるのが見えた。
払いきれなかった根の一本が彼の頬を掠めて浅く切り裂いていき、鮮血が散る。
「くっ…!」
「リオンっ!
やめてっっ!クロエが仲良くなりたいのは、彼なんじゃないのっ…!?」
―――違うわヨォ。あんなに火の魔力が強いニンゲンなんて、本当なら近くに寄るのもゴメンだわ。ずっとあの人間がお前の傍にいるものだから、もう一度枝を結ぶことができなかった。
「もう、一度…!?」
一度枝を外したからもう魅了にはかからないとばかり思っていたが甘かったようだ。呪具がもたらす画一的な呪いの効果と違って、意志ある妖精の仕業なんだから当たり前か。
森の妖精が心優しい森の精らしからぬ顔で嘲笑う。
―――それにあの子も、あの人間には全~然興味ナイもの。
「な…っ」
クロエ嬢がリオンに興味無い!?
並んで歩く二人は絵になるって学院中の噂になるほどなのに!?
じゃあリオンの片想いってこと??
妖精の言葉通りに二回目の魅了魔法をかけられているらしく、締め付けてくる枝からじわじわと精神を支配される感触がある。気を抜くと意識を飛ばしそうで、必死に抵抗する。
こうしている間も、リオンはひっきりなしに伸びてくる根と格闘中だ。さすがに騎士科首席、剣に炎の魔法を纏わせて巧みに扱い根を払っていた。
だが、森の妖精は攻撃の手を休める様子がなく、じわじわと消耗して行っているように見える。
また一本、私に絡む枝が増えてさらに苦しさが増した。
「私……は、もうクロエの友達、よ!?
こんなこと、しなくても…!」
―――だって、人はココロ変わりするイキモノでしょう?こうして縛って、絡めとって、心を失くすほど魅了しておけば、離れていかない。ずっとあの子の傍にいてクレルわよネ?
紡ぎ出される言葉に、ねっとりとまとわりついてくるような魅了の魔力に、森の妖精の狂気を感じた。
締め上げられ、とうとう地面から身体が浮き上がる。
恐ろしさに歯の根が合わないほど震える私の顎を半透明の手が捉えて、無理やり正面から向き合わせようとしてきた。
―――サア、こちらを向いて?ワタシを見て?
(これは、駄目だ。目を合わせたら……持っていかれる!)
固く目を閉じて、振り向くまいと歯を食いしばって抵抗する。
口内に血の味が拡がるのを感じた。
「リリ!!!」
叫ぶように私を呼ぶリオンの声がする。
襲い来る根を切り払って傷だらけになりながらも、私を助けようとしてくれてるんだろう。
(焦りすぎて『リリ』になってるじゃない)
絡まる枝を切る魔力ももうあまり残っていない。
必死に振り返らないように体をこわばらせているのも、限界が近い。
閉じた目を少しずつ開く。
霞む視界の中、必死に剣を振るっている幼馴染の美しい銀髪が揺れていた。
暴れ狂う根や枝に内壁を叩かれて、ミシリと結界に亀裂が入る嫌な音がした。
外からの攻撃にはめっぽう強いはずの防御結界も、中からの圧力に対してはさほど強度がないんだろうか。
「リオン……たぶんもうすぐ、結界が消えるから、
そしたらここから離れて………」
「嫌…だっ…!」
返事をする間にも、リオンは妖精の攻撃を躱しながら私の元へと近づこうと、剣と風魔法まで繰り出して戦っていた。制服のあちこちが滲んだ血に染まっていく。
―――意地を張らないデ?ネ?
森の妖精が優しく囁く。だから怖いってば!
おそらく結界ももう保たない。いや、その方がいいかもしれない。
狙われているのが本当に私なら、ここを離れたらリオンはもう傷つかなくてすむから。
「リオ……お願いだから」
「お前だけっ、置いていけるわけないだろッ!?
お前は俺のっ………!!」
リオンが何かを言おうとしたけれど聞こえなかった。
結界が割れて消え去ると同時に、直上から眩い光がどっと降り注いだからだ。
―――ああぁあぁーーーーっ!!
光に触れたところから、森の妖精の枝や根がぼろぼろと崩れ落ちていく。
まるで寿命を迎えた草木が朽ちて大地に還るように。
降り注ぐ光はどんどん広がって今は光の柱のようになり、辺りを包み込む。
私を締め上げていた枝も朽ち、身体がずるりと抜け落ちたのをリオンが両手で受け止めてくれた。
ぎゅうっと抱きしめてくれた彼が震える声で「リリ」と私の名前を呼んだ。
その声を掻き消すほど強く耳に届くのは、朗々と響き渡る歌声―――
老いた葉は枯れ落ちよ
病んだ枝根は朽ちよ
新しき芽吹きのため
我ら命巡らせながら生きるもの
落ちたその身は土に還れ
新しき芽吹きのため
いつの間にか私達を、というか光の柱を囲むように数体の森の妖精が姿を現していた。
歌声は彼らの、そして森の妖精と一緒に現れた美しいひと―――エルフの声だ。
目の前で繰り広げられる光景をリオンの腕の中から息をするのも忘れて見つめる。
私を抱きしめているリオンも驚きのあまりその青い目を見開いていた。
「これは………歌か…?」
「………森のエルフによる、浄化の魔法だね」
「浄化…?これも魔法なのか?」
「森に集まった澱んだ魔素を木々はその身に取り込むの。
その穢れを祓い清めるのが森の妖精の役目。
たまに、邪な心を持って森に踏み込んだ不埒者や、妖精と感応力が強い人間を迷わせて森に留める悪戯をすることもあるけれど。」
「それって数年とか数十年単位で迷子になるやつだろ?もう悪戯ってレベルじゃねぇよ…」
「まぁね。そちらの話の方が印象深くて民間にはよく伝わってるけど、本来は森を浄化してくれる大切な役割を担ってくれる心優しい妖精たちなの。
そしてそれを取りまとめているのが、森のエルフというわけ」
歌が終わると、光の柱も消え去った。
魅了の術を暴発させていた森の妖精の魔力は小さくなり、仲間たちに囲まれぐったりとしていた。
その向こうには、クロエ嬢とランデル卿の姿もあった。騒ぎを聞きつけて戻ってきてくれたのね。
リオンの腕に支えられながら立ち上がり、二人の美しいエルフに首を垂れて礼をとる。
「ご無沙汰しております。リーデンス先生」
「何とか間に合ったかな」
「おかげさまで」
エルフの内、ひとりは私たちの師匠、手紙の返事を待っていたリーデンス・フェロウ魔法学科長だった。
返事だけじゃなく、まさかのご本人帰還でちょっとびっくりした。入学式にすら学院にいなかったのにね。
「遅れてすまなかったな。
この方にお会いするのに、少し時間がかかってね」
先生がもうひとりのエルフに視線を送る。
銀髪の先生と違い、その方は艶やかな漆黒の髪をしていた。
新緑色に銀の星を散りばめたような不思議な色の瞳を細めふわりと笑うその方の美しさは、まさに至宝という感じ。見惚れてしまって、魅了魔法を掛けられてるんじゃないかと思ったほどだ。
「森のエルフの長、イズファリエンと申す。
森から離れた若い森の妖精がいると聞いて、皆が行方を捜しておったのだ。
無事迎えに来れて良かった。
済まなかったの、リーデンスの弟子たちよ。
そして其方も。迷惑をかけたな」
イズファリエン様の視線の先には、クロエ嬢が。
森の妖精に気に入られちゃったのは彼女だからね。
「あの、その妖精さんは、どうなるのですか?」
「森から離れたことにより、浄化できずにいた魔素により少々気を病んでおるが、もう大丈夫であろう。
これは森の妖精として目覚めて間もないのだ。外の世界に惹かれ、迷ってしまったのだろう。
連れ帰れば、森で癒され元の心優しき妖精に戻るであろう」
「よかったです…」
心底ほっとしたようにクロエ嬢が微笑んだ。優しいひとだ。
隣のリオンを見上げるように視線を送るも、表情はよくわからない。
そっと彼から離れようとしたけど、腰を支える腕にぐっと力を入れられ動けなかった。ぬぅ。
―――では、我らは森に還ります。
森の妖精のひとりがそう言うと、大地からするすると蔦のような植物が伸びて輪を作り上げた。輪の内側が光り、森の景色が映る。たぶん、妖精の道と呼ばれるもの。妖精の世を通って別の場所に転移する魔法だ。
「あのっ……」
仲間に連れられて妖精の道へと入ろうとする森の妖精に、クロエ嬢が駆け寄った。
「自分の力で、お友達を作っていけるよう、頑張りますから。
私を心配してくれて、ついてきてくれて、ありがとうございました。
また、森に挨拶に行きますね」
項垂れていた森の妖精が、優しい顔で微笑んだ。
そしてそのまま、仲間と共に妖精の道に姿を消した。
「では私も去るとしよう。
人間の娘、其方の魔力は実に心地よい。そこはかとなく美味そうな匂いまでする。あの若い森の妖精が惹かれたのも頷けるというもの。
これからは妖精との関わり方を、そこな“根無し草”のエルフによく習うがいい」
「酷い言われようだ」
さも愉しそうに笑うイズファリエン様に対し、揶揄われた方のリーデンス先生は珍しくむっとした顔をしていた。
イズファリエン様は先生よりずっと年長のエルフなのかもしれない。エルフは長命で、外見では年齢はわからないからね。
「リーデンスの弟子よ、其方は妖精の魔法に興味があるのであったか?」
イズファリエン様の新緑の瞳が今度は私を興味深そうに見つめていてどきっとした。
「妖精の魔法といいますか、呪いや祝福に興味があるのです」
「よいであろ。旅の途中、リーデンスと共に森に立ち寄るがよい」
「ありがとう、ございますっ」
どきどきする胸を抑えて深々とお辞儀した。森のエルフの長に直々に妖精の魔法について話を聞けるなんて願ってもない。こんな機会はめったにない。
ではな、と言いおいて、イズファリエン様は森の妖精たちの潜った妖精の道に入っていった。ほどなくして、輪を作っていた蔦は出たとき同様するすると大地に消えた。
同時に、いつの間にか私たちの周りに張られていた結界が消失していくのを感じた。たぶん張ったのは、リーデンス先生。私がイヤリングで作った結界より、さらに大規模で強い隠蔽効果があるものだろう。
そりゃあれだけの妖精が大挙して学院に現れたら大騒ぎになるもの、隠すよね。
「なんとか大事になる前に収められたかな」
「結構大事になってた気がしますけど……」
「まぁ、収拾がついたのだから良しとしよう」
晴れ晴れとした顔で先生が笑う。
いいのかなホントにとは思うけど、確かに魅了魔法が大っぴらになるのは防げたから、いいのかな。
「クロエ・フローデンといったな?」
「あっ、はい」
「イズファリエン様にも言われたが、今後の為にも妖精との関わり方を手解きするほうがよさそうだ。
経営学科長を通じ、追ってまた連絡をするから待つように」
「はい…」
クロエ嬢は一瞬表情が硬くなったけど、なんとか返答していた。妖精が去って一段落かと思ったのに、彼女はまだ平穏な学生生活とはいかないらしい。いろんなことが一気に起きすぎて動揺は隠せてない。当たり前だよね。
ちょっと休ませてあげた方がよそさうだ。
私もいつまでもリオンにくっ付いてるわけにいかない。
「リオン、クロエ嬢を教室まで……」
リオンの隣はもう、私の場所じゃない。




