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覚悟はできてた、つもりでした

「で、エルベ嬢はこのままでいいわけ?」

「なにが?」

「噂だよ、噂。」


いつもお昼を食べている中庭の机。その上に拡げた実験資料をめくる手を止めて、尋ねてきた相手をちらっと見た。例の騎士科生徒のひとり、カート・ランデル卿だ。

今回、意図的にではないものの魅了魔法が発動されていることを教えている数少ない人のひとりで、リオンがクロエ嬢の傍にいるようになってからもう一人のコークス卿と二人でよく私に声を掛けてくれるようになった。

二人とも子爵家の三男坊で、領地も近いことから幼馴染のような間柄らしい。

話をしてみるととても気のいい若者たちだった。

解呪はしたもののクロエ嬢には淡い想いを向けているのか、うっすら頬を染めて緊張気味に言葉を掛けたりして可愛らしいところもある。

いろいろ話をしてだいぶ打ち解けてきたから『リリスって呼んでいいよ』と提案したのに、頑なに『エルベ嬢』呼びを改めてくれない。敬語はなんとか止めてくれたのだけど。

だから私からも未だにランデル卿、コークス卿と呼んでいる。

学院内の噂では、リオンとクロエ嬢はよく“二人”でいっしょに居るってことになっている。でも実際には、リオンはクロエ嬢と並ぶときにはなんでか私を間に挟んでくるし、事情を知っている騎士科の二人も加わって五人で行動をしていることも多いはずなんだけど。

たまには女の子だけでとクロエ嬢に誘われて二人でお茶しようとしたこともあるけど、二人きりになった段階ですぐにたくさんの人に声をかけられて諦めた。当たり前だけど、リオンに比べたら私には人避け効果はなかったみたい。

ちなみに今ここにはリオンはいない。今頃、授業が終わったクロエ嬢を教室まで迎えに行っているはずだから。いつもなら私を先に迎えに来たリオンと二人で経営科に向かうんだけど、午前に行う予定の実験が長引きそうで一緒に行くのは無理だと事前に伝えておいたから、今日は一人で行ってもらっている。

同じく、コークス卿もいない。なんでも教練中に上の空だったのを見咎められて、居残りで鍛錬場を20周走り込み中だそうだ。


実験の方は、案外さくっと終わった。

リオンに頼まれて私を迎えに来たランデル卿を研究室の前にずっと立たせておくのもどうかと思って、リオンたちを待ってる間は中にどうぞと促したのだけど。

「室内に二人きりはダメだ、絶対まずいことになるから!」と言って断られた。なんでよ?

リオンから私がやばい実験をしてるとでも吹き込まれてんのかな。

しかたなく、『いつもの机のとこにいる』と張り紙を残して、資料を抱えて中庭の机のところまで移動をしてきたのだった。


「噂って、二人で歩いてる姿が素敵だっていう、あれでしょ?

私やランデル卿たちもいっしょにいるのに、不思議よねぇ」

「そうそう、俺いつから透明化の魔法が使えるようになったんだろ、…って言いたいのはそこじゃねぇよ」

「じゃあなにさ?」

「…だって、婚約者なんだろ?」


婚約者という単語に、再び私の手が止まった。


「私がリオンの婚約者だって、知ってたんだ?

まだどこにも発表していないのに。」

「そりゃあ、騎士科だからな」

「騎士科、関係ある?」


聞き返したけど、答えてはくれないらしい。

「で、どうなの?」と重ねて質問で返された。


「婚約者っていっても、(仮)だから」

「仮?」

「そう。相手がどーしても見つからないんならあぶれた者同士まとめとけっていう、親たちの思惑。

令嬢がいる家から釣書がいっぱい届くってめんどくさそうな顔してたし、かといって公爵家令息がいつまでも結婚しないわけにもいかないから、お見合い避けじゃないかな。

あとはどうしてもってなったときの保険、的な?

だから、相手が見つかったなら、すーぐ解消できちゃう」

「は!?だって、ガレリィ監督生殿の運命の人は君だって話で……」

「運命よ?

呪いから解放するっていう運命」

「え?いや、でも……」


まだ何か言いたげなランデル卿の目をじーっと見る。

運命の人で婚約者なはずの私を、本気で心配してくれてる様子だった。


「いい子だね、ランデル卿は」

「子供扱いすんな、同い年だろ?」

「じゃあ聞くけど、ランデル卿の魅了を解いたのも私だよね。

貴方は私のことを『運命の人』だと思う?」

「へ…?」

「結婚や交際を申し込んだり、する?」

「は!?いやいやいやいや滅相もない!!」

「……そこまで拒絶するほど?

思った以上の拒否反応だな、ちょっと傷ついた」

「あ!ちが…別に嫌とかって意味じゃなくて…」

「『いや』ってもう言っちゃってるよね?」

「だから違うって!」

「くすっ……冗談よ。

でも、ランデル卿の反応の方が普通なんだと思う。

結婚だの婚約だのっていう方がちょっとどうかしてるよね。

呪いを解いたのがそういう意味で『運命の人』になるんだったら、私はこの研究を続ける限り、解呪した相手と順番に結婚や交際をし続けることになっちゃうでしょ?」

「それは、そう、なのか……?」


慌てたり困ったりするランデル卿に思わず笑みがこぼれてしまう。素直ないい人だと、本当に思う。

ふー、と息を吐いて、さっきから一向に作業が進まない資料をぱたんと閉じた。


「私の力は、中途半端でね。

妖精は見えても話せはしないし、複雑な呪いの魔法術式は高度すぎて解析はできても解呪する魔力が足りないこともあるし。

そもそも、呪い全般がまだ理解が及ばない部分だらけで勉強と研究をもっと頑張らないとだしね。

だから、今回のクロエ嬢の件についても根本的な解決はできなくて『先生』に頼ってるんだから」

「フェロウ魔法学科長、だっけ」

「そう。私と、リオンも一時期、一緒に魔法の手解きを受けてたわ」


私に魔法と解呪の基礎を教えてくれたのは、王立学院魔法科学科長のリーデンス・フェロウ先生だ。

基礎から応用まで様々な魔法理論に通じ、著書や編纂書は学院の教本にもなっている。建国王の弟にして初代宰相でもあった大魔法使いアーネスト・シルヴェスターの一番弟子だったというハーフエルフ。

10年前に初めて会った時から、なんだかすごく気に入られて可愛がってもらっているのよね。

予想したとおり、まだ先生からの返信はない。学科長でありながら世界中を回って研究を続けているから。今はいったい何処にいるのやら。


「けど、呪いの強制解除なんて誰にでもできるもんじゃないだろ?」


先生のことを思い出して飛んでいた私の思考を、ランデル卿の声が引き戻した。

確かに、初めてやった解呪は本当に思いつきでやったらできたって感じで、やろうと思っても普通できるものじゃないと先生達を感心させた。ただ、できるからと言って思いつくままになんの検証もしないままの魔法を使うのは大変危険な行為だと、褒められた以上に叱られたんだよね。


「まぐれというか、うまくいったから良かったってだけよ。

それに、ちゃんと勉強したら、解呪できるようになる人はいる。

私のやり方はすごく乱暴な方法だから、解呪時に反動も来ちゃうし。

だからちゃんと魔法を学んで、術式を無理に切るんじゃなく中和してから解呪できるようになるために研究をしてるわけ。

それに、確かに10年前にリオンにかかった石化の呪いを解いたのは私だけど、石化の呪物そのものを解析・解呪したのは私じゃない。石化を引き起こしていた呪物なんて、6歳のちびっ子には手に負えないもの。

本当の意味でリオンを呪いから救った運命の人は、呪物を解析して解体したリーデンス先生よ。

私はリオンに絡みついてた石化の呪いを無理矢理引きちぎっただけ」

「だけ、って……」


初めて訪れた公爵邸で、リーデンス先生は屋敷内にあった呪物を探しあてて解析に取り掛かった。とりあえずは組み込まれているのがどういう術式なのかを見極めるのが先だと。

でも私は、宝石化の痛みに苦しむリオンを見て居ても立っても居られなくて、絡まり合ったものをとにかく外してあげたいと涙ながらに訴えた。

先生の解析と並行してリオンに絡みつく呪いを切っていったのだけど、呪いのすべてを外し終えるころには私の手は受けた反動で傷だらけになっていた。

先生からはよく耐えたと褒められると同時に、乱暴なやり方だから無理に呪いを切るようなことは極力するなと叱られた。


「無理やり解呪した時の反動って、痛いのよ。

魔力のない人にはなんともないようにしか見えないし血が出たりすることもないけど、ちぎった術式の魔力が、目に見えない破片みたいなものになって刺さる感じで。

先生には駄目って言われてるけど呪いとみると私は思わず手を出してはしょっちゅう反動をもらっちゃうから。

その度、リオンが先生仕込みのやり方で破片を魔素に変換して取り除いてくれるの。

いっぱい小言も言われるけど、いつも丁寧に処置してくれる―――ほんと、優しい人だから」


今回の魅了の枝は細くてそれほど反動はなく傷もたいしたことはなかった。

でもそれは一本だけならの話。複数の人に絡まった枝を立て続けに切っていけば、当然反動も凝縮されて傷は大きくなっていく。

対象者との面談が終わるたび、リオンは何も言わずに私の手を取ってくれた。

自分まで痛そうな顔をしながら。


「……ガレリィ殿のことがすごく好きだって、言っているように聞こえるぞ?」


ランデル卿の言葉に、ふふっと笑みを零した。


「もちろん、好きよ。

リオンみたいに優しくて素敵な人、他にいないでしょう?」


リオンは、優しい。

出会った子供の頃からずっと。

ちょっと大人になっちゃってキリッとした顔がカッコいいなんて女の子達に言われたりしてるけど。

2人でいるときは今でもときどき『リリ』って呼んで笑ってくれる。

小さかった頃と同じ笑顔で。

あの笑顔がもうすぐ私だけが見られるものじゃなくなるのは、淋しいけれど。

リオンには魅了の魔法はかかってない。それでもクロエ嬢を見るリオンの顔は他の人に向けるものとは違うように思う。これってそういうことでしょ?


「私はリオンが好き。だから、ちゃんと想いを寄せる相手ができたなら、幸せになってほしい」

「なんでだよ…だったらそのまま結婚しちゃえばいいじゃないか」

「だからリオンにとっては(仮)なんだってば」

「その()って認識がそもそもおかしいんだって。

求婚されて、それに頷いたんだろ!?」

「ん?」

「婚約してるんなら、ガレリィ監督生殿からの求婚を受け入れたってことじゃねぇの?」

「リオンから直接求婚は、されてないよ?」

「………………は?」

「親の思惑って、言ったでしょ?ガレリィ公爵家からの申し入れで婚約を結んだの。

家同士の結びつきによる結婚って、貴族ならよくあることなんだよね?」

「政略ってこと?んなバカな……」

「ね、公爵家が爵位なしのエルベ家と縁付いてもメリットはないと思うんだけど」

「いや、言いたいのはそういう意味じゃねぇ」

「それに、リオンったら女っ気ゼロじゃん」

「なに言ってんの、ゼロじゃないだろ?

キミがいるじゃん」

「私はノーカウントでしょ。

たしかに、出会ったその場で『けっこんしてくれ!』とは言われたけど、それからはそういったことは言われてないもの。

当時リオンは7歳、私も6歳だったのよ?さすがにあれは『求婚された』には該当しないんじゃないかな」


ランデル卿は、あがーっという効果音が聞こえそうなくらいに大口を開けたまましばらく固まっていた。

その数秒後には再起動して、ぐしゃぐしゃと両手で頭をかきむしって呟く。


「…………なにやってんだ、あの人は」

「子供の言ったことだもの、それこそ罪はないんじゃない?」

「……つっこみたいのはそこじゃねぇ。あとコイツ鈍すぎる」

「コイツ言うな。」


そのとき、ちょうどリオンとクロエ嬢がこちらに歩いてくるのが見えた。

二人で話していたのに、私と目が合った途端にしかめっ面になったリオンが足早に駆けてくる。


「なんで、二人なんだ?コークスはどうした?」

「コークス卿は居残りらしいよ?鍛錬場20周」

「なにやってんだ、アイツは」

「………ついさっき同じセリフ言ったなぁ、俺」

「なんか言ったか?ランデル」

「何でもないでーす。

フローデン嬢、昼食いきましょう。今日の定食、南部名物の魚料理でしたよ」

「本当ですか?それは是非食べたいです!

コークス様の分も何か買っておきましょうか」

「ですね」


クロエ嬢とランデル卿が食堂に向かう足音を聞きながら閉じたままになっていた資料を重ねトントンとまとめる。

南部名物か、私もそれにしようかな。


「リリ」


2人きりの時だけ使う愛称で、リオンが私を呼んだ。


「ん?リオン、まだ行ってなかったの?」

「いや……お前に話があって。」

「なぁに?」

「その……今度の休み、時間、あるかな?」

「今度の、お休み?」


資料を抱えて立ち上がれば、いつになく真剣な顔でリオンが私を見ていた。


「………俺たちの婚約について、話し合いたいことがある、から。

御父上、ユーリウス様にもご報告とお願いがあるから、ご都合を聞いておいてもらえるか?」

「……」


とうとう来たかという思いと、まだ数日しか経っていないのにもうリオンと彼女の仲がそこまで深まったのかという驚きとで、思わず抱えた資料を強く握り締めてしまう。

何か言うべきなのに、いや返事なんて「わかった」の一言で済むのに、喉が絞まって言葉が出てこない。


「あぁ…いややっぱり、ユーリウス殿には日程も含めて今度正式にエルベ家に手紙を送らせていただく。

その前にお前と2人でちゃんと話したいから、次の休みに、時間作ってくれ」


返事をしない私に焦れたのか、リオンがそう言って歩き去って行く。

その後ろ姿を見送りながら、婚約者(仮)の私は、馬鹿みたいにただただその場に立ち尽くしていた。


(私、今、どんな顔してる?)


すごく間抜けな、半笑いとかになっている気がする。

しっかりしなきゃと、リオンに追いつこうと重い足を一歩踏み出そうとした時だった。


―――お前ね?あちこちで私が伸ばした枝を切ったのは。


背後?いや、もっと間近なところで、囁きよりもはっきりと声を聴いた。


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