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妖精の祝福

校舎と木々の間を抜け、魔法科研究棟の私に与えられた一室へと移動した。

魔法科では、研究内容を申告して認められれば学生でも研究室を持たせてもらえるのだ。


「……あいかわらずごちゃごちゃしてるな、この部屋は」

「リオンはついてこなくてもよかったのに。」

「お前への小言があれで終わったと思うのか?」

「おっと。……お茶淹れるから、二人とも適当に座ってて~」


奥の簡易台所でお茶を準備している間も、背後から二人が談笑しているのが聞こえてきた。

茶器を載せた盆を持って戻ると、長椅子に座ったフローデン嬢と窓際の壁にもたれかかるように立ったリオンが愉しそうに話していた。


「その辺のものに触るなよ。

全身に毛が生える呪いとか、かかってるかもしれない」

「えぇっ!?冗談ですよね?」



(……おお、判り易く距離が縮まってる)


もともと面識はあったようだけど久しぶりだと言っていたし。

予期せぬ再会で互いに意識し始める、なんて、友人が愉しく読んでいる恋愛小説のよう。

このまま成り行きを見守りたいところだがそうもいかない。

確認しなければいけないことがあったから、わざわざ彼女に来てもらったのだから。

卓上に茶器を並べ、研究時に使っている椅子を持ってきて自分も座った。


「二人は互いの自己紹介は必要なさそうですね。

私は魔法科のアマリリス・エルベです」

「あ、あなたがあの、アマリリス・エルベ様なのですか!?」

「さま?」

「……あの(・・)?」


リオンの顔が強張って目つきが鋭くなった。

ここでも奇行令嬢の噂の影響がと思ったのだけど、フローデン嬢は目をキラキラとさせて前のめり気味に私の手を握ってきた。


「エルベ嬢と呼ばれていらっしゃったからもしやと思っていましたが、やはり…!

お会いできて光栄です!」

「えっと、私をご存じで…?」

「もちろんです!

アマリリス様が開発された魔物除けの魔道具!あれのおかげで、我が家の商隊が陸路でも海路でも魔物に出会うことなく安全に交易できているんです!

いつかアマリリス様にお目にかかれたらと思っておりましたが、まさかこんなところでお会いできるなんてっ、ああ本当に夢のようです!

父と、特に兄が!一度直接お礼を伝えたいと思うので、彼らが王都に来た際には是非!是非ご挨拶させてくださいませ!」

「えーーっと……」


感極まるという感じでフローデン嬢が滔々と言い募る。

思ったのと違う反応とその勢いに私もリオンもちょっと面食らってしまった。

私は研究の過程で見つけた理論を活用して、いくつか魔道具を開発して商品化しているのだけど、その一つが彼女の家の商売に役立っているようね。

ちょっと引き気味だったのが伝わったのか、フローデン嬢は握っていた私の手を放してこほんと咳払いをした。


「失礼いたしました、わたくしとしたことが……あまりにも嬉しくて取り乱しまして。

兄は率いていた商隊が魔獣に襲われそうになったところを、アマリリス様の魔道具のおかげで幾度となく難を逃れたと申しておりました。

本当に感謝してもしきれません。

いつか直接お会いして感謝をお伝えしたいものだと、兄は常日頃から申しておりましたの。

アマリリス様、お忙しいとは存じますが、兄が王都に来る際に是非お時間をくださいませっ!」

「感謝していただくことはなにも。

私の研究成果が少しでもお役に立てているなら幸いです。

あらためて、私のことはリリスと呼んでください」

「はい!リリス様!

高等部経営科に入学してきました、クロエ・フローデンです。

是非、クロエと呼んでくださいませ。

先ほどは匿っていただきありがとうございました」

「よろしく、クロエ嬢」


様はいらないんだけどな。

まあ、変な人だと思われてるよりは話が進めやすいからいいかな。

隣のリオンはまだどこか不機嫌なままだけど。なんでだろ。まぁ今はいっか。


「私は、『呪い』に関連する研究をしています。

そういった物品も研究資料として集めてるので、その辺の棚にあるものとかはむやみに触らないことをお勧めします。

ちなみに、全身に毛が生える呪物はここにはありませんからご安心を」

「よかった、安心いたしま…」

「全身の毛が抜ける呪物なら、ちょうど取り寄せ中ですけれど。」

「………え?」

「そっちのほうがエグくないか?」


早く本題に入りたいので、リオンのツッコミはとりあえず無視しておこう。


「クロエ嬢は、先ほどの騎士科の方達とはお知り合いですか?」


私の問いかけに、先ほどまで興奮気味だったクロエ嬢の表情が一気に曇った。


「高等部の入学式の際、初めてお会いしました。

以来よく話しかけられて、というか…行く先々でよくお見掛けするというか……」

「付きまとわれてる?」

「いえ、そこまでは……でも、まあ、それに近いかと」

「もしかしなくても、彼ら以外にもそういう風に関わってくる学生がいたりしますか?」

「……はい…。」


聞けば、入学式直後から、大量に手紙が届くのはもちろんのこと、教室移動の際に待ち伏せされていたり、出会っていきなり一緒に王都へ出かけようと強引に誘ってきたり、様々なアプローチを受けているらしい。

誘ってくるのは男性だけではなく、女生徒からもお茶会の誘いなどが頻繁に届いているとか。

彼女は地方都市出身なので学院に併設された学生寮住まいなのだそうだが、帰りに寮までついてきたり、朝の登校時に寮の前で待っていたりする者も居るという。

美人は大変だな。

でもそれだけなら、こうしてわざわざ話を聞いたりしない。


「面識のほとんどない方ばかりで……

常に人の視線を感じるような気もしますし……自意識過剰だとお笑いになるかもしれませんが、正直、怖くて……」

「こういうことは、学院に来る前からよくありました?」

「いえ、そんなことは……ただ…」

「ただ?」

「学院入学前、実家のある南方から王都まで来る途中で、テクロスという街に立ち寄ったのです」

「『妖精の森』の(ほとり)の街ですね」

「はい。何日か逗留した後、いざ出発しようとした朝に、一度に三人から求婚されてしまって……」

「その3人の方は?」

「その日たまたま、同じ宿に泊まっていた方たちです。

宿の食堂でお見掛けしたような気はしますが、特に会話をしたりはしていません」

「ふむ……

ところで、クロエ嬢は妖精が見えたり話が出来たりしますか?」

「妖精ですか?

いえ、私は…なんとなく気配を感じることはありますが、姿を見たことはありません」

「なるほど……」

「あの…リリス様?」


自己紹介からの矢継ぎ早の質問に困惑している彼女に、にっこりと笑いかける。


「私の研究は、『呪い』の術式検証とその解除方法について。

世界には妖精たちが居て、彼らによって魔素の流れができ、そこに魔力が生じるとされています。

魔法使いたちは、自分の身体の内外の魔素を意図的に動かすことで魔力を生み出して魔法を使い、なにもないところから火や水を生み出す。それは生活を便利にする程度の小さなものから、破壊をもたらすような劇的なものまで規模に違いはあれど、この世界に一時的な事象の変化を引き起こす。これが一般的な魔法です。

対して『呪い』とは、対象に持続的に効果をもたらし続ける魔法の事です」

「……え、っと?」

「難解ですよね。

てことで、リオン、ちょっと火ぃ出して」

「……お前、俺を着火の魔道具扱いする気か?」

「なら、リオンは大陸一美麗な着火魔道具ね」


満面の笑みで幼馴染に重ねてお願いすると、渋面を作りながらも掌の上に小さな炎を創り出してくれた。

その小さな炎に、私は脇の机にあった燭台を取り、ろうそくに火を移した。


「このように火炎系の魔法は火を生み出します。

大火力を制御できる者はこれを攻撃にも用いますね。

生物に向ければその身体に熱傷を引き起こして長く苦しめることになりますし、建物などに向ければ炎による非可逆的な破壊をもたらします。

でも、魔法使いがやっているのはあくまで火を作り出すところまで。

その炎によって引き起こされた熱傷や破壊など、後々まで影響が残る被害は、火炎魔法の副次的な効果に過ぎません」

「う、うーん……?」

「………つまりだ。

俺は魔法で火を出せる。

その火をこうやって別のものに移すこともできる。

だが」


リオンが手を握り込むようにすると、途端に手の中の炎は音もなく消え去った。

だが、燭台の炎はともったままだ。


「魔法を消滅させれば、魔法で生み出した炎は消えるが、それでつけられた蝋燭の炎は消えはしない。

大火力の魔法で何か別の物に火をつけることはできても、燃え盛る炎の動き全てを魔法使いが制御するわけじゃない。魔法使いがするのは、あくまで炎を創り出すとこまでってことだ」


優秀な魔道具、ならぬ助手のカーネリオン君が補足説明してくれた。えらいえらい。


「炎や水を出す魔法がもたらすのは、一時的な事象の変化の創造。

それとは違い、対象に継続して影響を及ぼし続ける魔法が『呪い』と呼ばれるものです。

石化魔法や睡眠や昏倒の魔法、運動能力を制限する魔法などがそうですね。それらは対象を術の影響下に置き続け、継続した状態異常をもたらすのです。

炎の魔法であっても、ずっと燃え続けて消すことができない、とかだと『呪い』に分類される場合もあります」

「…なるほど」

「人の心理や精神に影響を及ぼす『呪い』もあります。

そして、『呪い』には妖精が関わっている場合もあるんです」


説明しながら、私は壁際の薬戸棚の抽斗(ひきだし)から棒状の物を取り出して、先ほど火魔法で付けた燭台にそれを近づけ火を移した。

程なく棒の先から白い煙が一筋立ち昇る。


「クロエ嬢は、妖精は見えないんでしたね?」

「はい……」

「なら、こうしたらどうですか?」


空いている方の手で扇ぐようにすれば、煙は揺らぎ、薄まりながら室内に広がっていく。

そして――――


「あっ………!」

「リリ!?それ…!」


煙を扇いでいた方の私の手に、リオンとクロエの視線が集まる。

私の手、正確にいうなら手首に、先ほど中庭で遭遇した男子学生と同じに植物のつるのようなものが巻き付いているのが見えているはずだ。


「このつるみたいなものは、妖精による魔法の痕跡です。

私が調合したこの香はある種の薬草を混ぜ合わせて練って棒状にして乾かしたもので、この煙の中だとある程度感応力が備わってる人なら妖精やその痕跡が見えるようになります。

基本的に妖精たちは自分たちの意思に関係なく姿や痕跡を見つけられるのを嫌うので、あまり多用はしたくないモノなんですけどね」


言葉を失ったままのリオンにまだ煙っているお香を手渡すと、私はつるの絡まる手首を上げたり下げたり左右に振ったりして、どこかに繋がったりしてないことを確認した。


(つる、じゃないな。柳の枝かな?)


そして、指先に魔力を集め、それで手首の枝をなぞった。

プツ、とおそらくこの場では私にしか聞こえない小さな音を立て、絡まった枝はちぎれて徐々に霧状になって散っていった。


「消えてく……」

「消えましたね。

クロエ嬢、何か体調に変化は?

どこか痛かったり、気分が悪くなったりはしていませんか?」

「いえ、特に問題ありません」

「お前は大丈夫なのか!?」

「私もなんともないよ、リオン」


お怒り気味のリオンの手からまだ燻っている棒を抜き取り、お茶を数滴落として消すと窓を全開にして風を通した。

爽やかな春風のおかげで室内の煙はすぐに薄まって消えていった。

そして、長椅子に座ったまま驚きに空色の目を見開くクロエ嬢を見つめる。

愛らしい方だ、と思う。その一方で、中庭にいたときに感じた、どうにかして親しくなれないかという焦燥感のようなものが消えているのも感じた。

間違いなく、あの枝が絡まることによって精神への干渉を受けていた。


「私には、さっきの煙なしでも妖精やその痕跡が見えています。

といっても、王族や一部の魔法使いのように妖精と話せるまではいかないんですけどね。

実は、先ほどクロエ嬢を追ってきた騎士科の一年生達にも、私の手にあったのと同じ柳の枝っぽいものが絡まっていました。

たぶんこれは、妖精による『魅了』の術だと思われます」

「み、魅了…?」

「王城や学院内には実はけっこう妖精がいるんですが、見たところこの場には居ませんね。ただ、クロエ嬢の周囲には色濃く妖精の気配が残っています。

クロエ嬢の周囲の人の様子が変わったのがテクロスの街。

そこに逗留中、そうですね、おそらくは出立の前夜です。

そこで、妖精に出会いませんでしたか?」

「テクロスの出立、前夜………?……………あっ!」


フローデン嬢が声を上げた。

思い当たるフシがあったらしい。


「会ったといいますか、その……ちょっと恥ずかしいのですけど……

部屋の窓辺で、夜空を見上げながら、王都でたくさん友人に恵まれますようにと、お祈りをしました。

今思えば、その際に祈りの言葉に対する応えがあったような……気がします」

「それですね」


テクロスというのは、ザクト南方辺境伯領の外れにある少し大きめの街で、妖精たちがこちらの世界に降り立つ出入り口があると言い伝えられる『妖精の森』の(ほとり)に位置している。

つまり、他の土地よりも妖精たちがたくさん居る場所なのだ。


「たぶんですが、クロエ嬢の純粋な願いに、森の妖精が応えたんじゃないかと。

それで、テクロスからそのままクロエ嬢に王都までついてきてしまって、あなたの周りにいる者たちに魅了の術を掛けている可能性があります」

「では、私は妖精に呪われている、ということでしょうか?」

「いえ…これは『呪い』というよりは、妖精による『祝福』ということになるのでしょう。

『呪い』と違って、良い効果を得られるものは『祝福』と呼ばれることもありますが、どちらも継続的に影響を及ぼし続ける魔法という点では同じなのです。

そもそも、この手の魔法による効果を『呪い』ととるか『祝福』ととるかは、その人次第。

今、クロエ嬢が陥ってる状況を、モッテモテで最高!って考える人もいるでしょうし」

「私は困ってます!すごく!!」

「みたいですね。

じゃあ、解呪する方向で考えるということで?」

「もちろんです!」


拳を握って食い気味にクロエ嬢が答えた。

うん、文句なしに可愛らしい。

これなら、妖精の魔法が無くても友達も恋人もできるんじゃないかな。

それに―――


「そうですね。

クロエ嬢本人が意図的にやっているんじゃないにしても、魅了魔法はちょっとマズイですから」

「マズイ、といいますと?」

「肉体や精神に影響を及ぼす魔法は、基本的に使用を避けるべきと言われていますので。

意図的じゃなくとも、王族や高位貴族に対して使うと、下手すれば不敬罪に問われて即刻牢獄行きですね」

「ひっ…!」

「俺の兄貴の代でなくてよかったよ。

あの世代は王族も高位貴族も学院内にゴロゴロいたから」

「望んだのが『友人』だったのも幸いしましたね。

私にも効いていたのを見ると、対象は男性限定ではないようですから。

願ったのが『恋人がほしい』とかだったら、今よりもっと状況は悪かったかもしれません」

「だな……」


私とリオンが淡々と話す内容を聞きながら、クロエ嬢がだんだん蒼褪めていく。

入学早々不敬罪で投獄されるとか、シャレにならないものね。


「今期の学院唯一の高位貴族子息がここにいますけど、とりあえずリオンには魅了は効いてないようです。

調べてみないと判りませんが、入学から幾日も経ってないですし、まだそれほど影響は拡がってないのかもしれない。ただ、これからいろんな人と関わる機会が増えて行けば、影響を受ける人は男女ともどんどん増えるでしょうね。

魔法使いが火魔法を発動するように、『呪い』にも術を施し続ける術者か、呪いの核となる呪物が必要です。

今回の場合は、テクロスで声を掛けてついてきたと思われる妖精でしょう。

本来なら術者である妖精に話をつけて魅了をかけるのをやめてもらうのが一番ですが、先ほども言いましたように私は妖精と意思疎通が出来るほどの力はありません。

さっきの煙の中でならあるいはと思ったのですが、妖精の姿そのものを確認することはできませんでした。たしかに気配はあるのですが、常にクロエ嬢といっしょにいるわけではないようですね。

それに、本来いる場所から違う環境に離れた妖精は気を病むことがあると聞いたことがあります。妖精の森から王都はかなり離れていますから、あまり放置しておくと理性を失った妖精が暴走する可能性も、無くはありません」

「そんな……」

「ですから、専門的な知識をお持ちの方に、助力を頼もうと思います」


私は先ほどとは別の抽斗(ひきだし)から便箋を一枚取り出して、さらさらと短い手紙を認めた。

その様子を見守っていたリオンが眉間にぎゅうっと皺を寄せて小声で尋ねてくる。


「リリス、それ、もしかしなくても…誰宛?」

「決まってるじゃない、『先生』よ」

「やっぱりか……」

「この手の事を聞くなら、『先生』以上に適任の人はいないでしょ?」

「そりゃそうだけどさ……」


珍しくリオンの歯切れが悪い。

まあ、『先生』に師事して一緒に学んでいた頃から、リオンは彼がどことなく苦手らしかったけど。

手紙を書き終え、棚の上に置いていた子犬のぬいぐるみを手に取ると、その首輪についた筒に小さく折り畳んだ便箋を入れて魔法で封をした。

そして、机の上に置いたぬいぐるみの頭にぽんと手を乗せて告げる。


「アマリリス・エルベより、リーデンス・フェロウ師へ。

急ぎ返信を送られたし」


僅かに魔力を流し込んでやる。すると、ぬいぐるみの犬がぱちぱちと瞬きをして、水滴を飛ばすかのようにぷるるるっと身体全体を振るわせ「わんっ」と元気よく吠えた。


「さっきまで確かにぬいぐるみでしたのに……

これは、魔道具ですか?」


机の上をとてとてと歩くその様子は本当に生きている子犬のようだ。

もふもふしたその子が動く様子に、フローデン嬢が「はわぁ」と声を洩らす。


「私とリオンが幼い頃に師事していた方に、何かあれば使えと渡されていた文通用の魔道具です。

あらかじめ記録している先生の固有魔力を頼りに、地脈の流れに乗って手紙を届けてくれるはずです。

魔法や呪いの権威でもありますし、ハーフエルフですから妖精についても詳しいので。

研究やらいろいろで世界中を旅していらっしゃる方なので、今現在何処にいらっしゃるかはわかりませんが」

「すごいですね…」


そうする間に子犬(のぬいぐるみ)はふんふんと鼻を利かせ、もう一度「わん!」と一声吠えると開け放ったままの窓へと駆け寄りぴょーんと飛び出して行く。

そしてそのまま掻き消えるように見えなくなった。


「消えちゃいました……」


子犬型魔道具の愛らしさに目をキラキラさせていたところから一転、子犬が消えて寂しそうなクロエ嬢。うん、可愛いな。


「無事に先生の魔力を辿っていったようです。

ただ、ほんとに何処にいらっしゃるかわからないので……返事が来るまでどのくらい時間がかかるか予測できません。

ですから、先生からの返事でなにかしら対応策を教えてもらえるまで、私達でできる対処方法を見つけなければいけません。

闇雲に枝が絡まった人を見つけるたびに解呪してくのはあまりにも非効率ですし、今後、クロエ嬢が王族や高位貴族と謁見する可能性なくはないですし」

「私はどうすれば……」

「とりあえずは調査と実態把握、ですね。」


途方に暮れるクロエ嬢と、もの言いたげなリオンに向かい、私は今後の行動について説明をし始めた。



その後、私たちはすぐに調査を開始した。

まずは、クロエ嬢の属する高等部経営科一年の教室にお邪魔してみたのだが、男女とも結構な数の生徒に魅了の痕跡が見つかった。

『研究のため保有魔力量と出身地域などを教えてほしい』とお願いする形で、魅了のことは伏せたまま経営科の生徒たちと面談する。そのうえで、魅了されていた場合には解呪を行おうという寸法だ。

私一人でだと怪しまれて協力してもらえたかはわからなかったが、『クロエ嬢の友人』だと紹介してもらったことで警戒心はある程度薄くできたようで。

あとは、一緒についてくると言ってきかなかったリオンのおかげもあった。突然教室に現れた銀髪の公爵家令息に、女子たちが喜んで協力してくれたからね。

経営科の次は、クロエ嬢の体感で魅了の被害者が多いという騎士科へ。こちらも、鬼先輩リオンの一声で、全員と面談することができた。


ここまでの調査で分かったことがいくつかある。

まずは、魅了の術はクロエ嬢と物理的に近づいた人にかけられているということ。

調べてみたら、学院内での異変が起き始めた入学式で、騎士科はクロエ嬢の所属する経営科と並んで参式していたことがわかった。

それならばと、騎士科とは反対側で経営科と並んでいた魔法科でも同じ面談を行ってみたのだが、騎士科生徒に比べると魔法科生徒にはさほど魅了にかかった者はいないことがわかった。

どうやら保有魔力量が多い者は今回の魅了の術には掛かりにくいらしい。公爵家出身のリオンは、騎士科ではあるけど保有魔力量は高いからね。

リオン並とまではいかなくとも、魔法騎士を志しているような騎士科生徒は魅了に掛かっていなかった。逆に、魔法科に属していても一定量以上魔力を持っていない生徒は術の影響が出ていた。

それと、一度術にかかった者は再度魅了されることはないようだ。私と例の騎士科の二人の男子生徒は解呪後にクロエ嬢と接触しても影響を受けることはなかったし、解呪済みの他の生徒も今のところ再度魅了された者はいなかった。


経営科、騎士科、魔法科以外にも数名、枝のくっついた生徒がいたので彼等には個々に『抜き打ち調査』と称して声を掛け、こっそり解呪を行っていった。

そうして1週間ほどかけてようやく学院内で見かける範囲のほとんどの生徒の解呪を終えることができた。


クロエ嬢と机を並べる経営科生徒は解呪が終わっているから、授業を受ける間は安全だろう。

問題は、教室移動や寮からの登下校、昼休みなどの時間に、新たに魅了される恐れがある生徒との接触をどう避けるかだったのだが、これについてもリオン大先輩に活躍してもらうことにした。

学院内の一番の高位貴族令息であるリオンにクロエ嬢の隣に張り付いてもらう。そうすることで、彼女に軽い気持ちで近づいてくる生徒が格段に減ることがわかったからだ。

普通に考えて、親し気に歩く男女二人の間に割って入るにはそれなりの覚悟が要るし、しかも相手は公爵家の子息だ。

貴族階級は気にせず交流できるという学院内ではあれど、そこは暗黙のうちに忖度(そんたく)が生まれているのだろう。


リオンに訳を話して、先生からの返事が来るまでの間は極力クロエ嬢と一緒にいてほしいとお願いした。

リオンがちょっとだけ睨んできたけど、それでも協力を約束してくれた。

その後は、教室までの送り迎えをしたり昼食を一緒に摂ったり、できる限り二人にはいっしょに行動してもらっている。

だからだろう。注目の才女の心を公爵家令息が射止めたらしいという噂が流れ始めるまで、そう時間はかからなかった。




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