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向日葵が繋ぐ命

作者: 織部 雪華

 8月11日。うだるような暑さの中、瀬田桜葵(さき)は高校から家までの坂を自転車を駆け上っていた。漕いでも漕いでも終わりの見えない山道。まるで、高校でのイジメに疲れて生きる希望を見失った今の桜葵を表しているようだ。桜葵は自転車を漕ぎながらいつ自殺しようかと考えていた。

「桜葵ちゃん、おかえり。暑かったのねえ。」家に着いて、祖母の春花が迎えてくれた頃には桜葵は止まらない汗を拭うのに必死だった。「向かいで貰ってきたお魚置いておくね。」桜葵は台所に寄って魚を置くと風呂場へダッシュした。

「はぁー。いいお湯だった。」風呂上がりに風にあたりながらスイカを頬張っていると、奥の和室から春花が顔を覗かせた。「桜葵ちゃん。用意はできそうかい?」今日は母の咲桜(さくら)の命日なのだ。咲桜は桜葵を産んで3年後に亡くなった。だから、桜葵は咲桜を知らないに等しかった。桜葵と春花は咲桜の好きな向日葵の花を持って家の裏の墓地へと向かった。「咲桜なんて名前なのに何で向日葵が好きなのよ。」桜葵は誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、隣にいた春花が反応した。「そろそろ桜葵ちゃんに話さないといけないねえ。」咲桜のお墓に手を合わせ終えると、春花は「一緒に来てほしい所がある。」と言った。御年77になるとは思えない春花の足取りに付いていくと、桜葵の想像とは裏腹に1輪の向日葵が供えられた墓石が1つ立っていた、墓石には「奥村陽葵(ひまり)之墓」と彫られていた。奥村は咲桜の旧姓だ。「陽葵はね、咲桜の妹なの。咲桜が23歳でちょうど桜葵ちゃんを産んだ年の今日、17歳で亡くなったの。」かつて見たことのないほど春花は真剣な表情をしていた。「陽葵はね、終戦の直前に空襲で亡くなったのよ、身重の咲桜を庇って崩れた家の下敷きになったの。咲桜はね、自分とお腹の中の桜葵ちゃんを守るために、体を張って命を落とした陽葵に対してずっと罪悪感を抱いていたわ。だから、自分が死ぬまで向日葵の花を大切にしてきて毎年8月11日になるとここに手を合わせに来てた。奇遇にも陽葵が亡くなった3年後の同じ日に病気で咲桜も亡くなったけれどね…。でも、ある時ね、咲桜が変わったことを言っていたわ。『陽葵が死ぬ直前に不思議な女の子に会った』って。その時の咲桜の顔があまりにも真剣でね…。」突如春花の声が遠のいていった。あまりの眩しさに目が開けられなくなった。

 しばらくして目を開けると見たことのない景色が広がっていた。「何これ…。ここはどこ?」桜葵はパニックになった。「お祖母ちゃん?どこに隠れているの?何のドッキリ?」いくら叫んでも何の応答もない。桜葵はしばらく茫然としていたが、よく見ていると向こうの方に見慣れた建物を見つけて、駆け出した。実家の目の前の魚屋「ハチ」だ。ハチに着いて、向かいの家を見ると「奥村」の表札がかかっていた。「どういうこと…?瀬田の表札がない…?」桜葵が住む家は2世帯住宅だから奥村と瀬田の2つの表札がかかっている。それにさっきまでハチを見つけた喜びで気付かなかったが、目の前にある家と桜葵が住む家は別物だ。桜葵が混乱しつつも玄関の引き戸に手をかけようとしたその時、けたたましくサイレンが鳴った。「空襲警報だ!逃げろ!」近所の誰かが叫んで皆が一斉に逃げ始めた。桜葵が戸惑っていると目の前の戸が凄い勢いで開いた。「うわ、びっくりした。誰?」中から同い年くらいの女の子が出てきた。瀬田桜葵です、と答える前に「そんなこと後で良いわ。空襲よ、あなたも逃げなきゃ。」と女の子に遮られた。「咲桜姉さん、大丈夫?逃げられそう?」女の子が家の中に向かって叫んでいるのを聞いて桜葵はハッとした。ここはもしかして1945年なのではないか?さっきの女の子は陽葵さんで、家の中には自分を身籠っている咲桜がいるのではないか?そう気付いた途端、体が動くより先に口が開いていた。「陽葵さんですよね?手伝います。」女の子は唖然としていたが桜葵は構わず中へ入っていった。「ちょっと、勝手に家の中入らないでよ。というかあんたは逃げなくて大丈夫なわけ?」女の子の語気が強くなった。「中に身重の咲桜さんがいるんでしょ?手伝わなきゃ。」桜葵がそこまで言うと陽葵さんは観念したようで、「じゃあ手伝ってちょうだい。」と桜葵が家の中に入るのを許してくれた。家の奥には美しい女性が壁に掴まって立っていた。「お母さん…。」桜葵は思わず呟いてしまったが咲桜のキョトンとした顔を見てすぐ我に返った。「逃げるの手伝いに来ました。私の肩に掴まってください。」咲桜も陽葵さんと同じようにびっくりした顔をしていたが、今はそれどころではないということを思い出したらしく「ありがとう」と言って桜葵の補助を受けた。途中で陽葵さんも合流して何とか3人が家の外に出たと思った時家が崩れ落ちてきた。「危ない!」そう叫んで咲桜と桜葵を押し飛ばすと陽葵さんは家の下敷きになった。「陽葵!」「陽葵さん!」2人は同時に叫んだが陽葵さんは「行って!お腹の中の子を守って!」と叫んで力尽きた。その場で泣き崩れる咲桜に「陽葵さんの分も生きましょう。今諦めてしまったら陽葵さんが悲しみます。とりあえず逃げましょう。」と桜葵は声をかけて咲桜を立たせた。2人は何とか川の方に逃げて落ち着くことができた。そこで春花に落ち合うことができた。桜葵が「じゃあ私はこれで。」と言って去ろうとした時、咲桜が声をかけてきた。「待って!あなた、名前は?」桜葵は振り返って「サキです。またすぐお会いできると思います。」とニッコリした。咲桜が更に何か言おうとしたが、また眩しい光に包まれて桜葵は目を開けられなくなった。

 またしばらく経って目を開けるとそこは病室だった。横にいた春花が安堵した様子で「良かった…。桜葵ちゃん目を覚ましたわ。」と涙を流していた。「陽葵の話をしていたら桜葵ちゃん急に倒れたのよ。」「お祖母ちゃん、私ね。お母さんと陽葵さんに会った。」すると春花は馬鹿にすることなくびっくりした顔で言った。「咲桜が会った不思議なサキちゃんは桜葵ちゃんだったのかしらね。」春花が言うには、咲桜は空襲で陽葵さんを失った時、自分を救ってくれたサキという女の子に会ったらしい。咲桜は素性も知らないそのサキという女の子にとても恩を感じて生まれてきた女の子をサキと名付け、自分と陽葵さんから一字ずつ取って桜葵と漢字を当てたそうだ。「咲桜が言っていたことはどうやらこんな所で繋がっていたみたいね…。」しみじみと春花が言う横で、桜葵は自分と母を救ってくれた陽葵さんの分まで強く生きようと誓った。

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