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月夜愛美 ③


 学園の玄関付近で愛美はモジモジ身悶えしながらとある少年が学校に到着するのを今か今かと待っていた。


 うう~…何だか今の私って少しストーカーじみてない? 早く来なさいよ金木龍太~……。


 彼女がいつもよりも早く登校して学園前に佇んでいる理由、それは昨日自分を助けてくれた少年、金木龍太とコンタクトを取る為であった。

 自分を助けてくれた金木龍太に一目惚れをした彼女であるが未だ自分が本当に本心から彼に恋愛感情を抱いているのか疑問が残っていた。もしかしたら一時的なただの吊り橋効果かもしれない。自らの胸の真意を確かめる為に彼女はどうにかして彼と接触を図ろうと考えた。


 とりあえずまずは朝一の挨拶から始める。その際に昨日の助けてもらったお礼を言いつつ彼と仲良くなれるように笑顔で話し掛ける。


 昨日の夜に弟からの極力素直な態度で接するようにと言う助言を頭の中で反芻しているとついに待ち望んでいた人物が校門の方から歩いてきた。


 「き、来たわね。よ、よし…とにかくまずは自然な感じで朝の挨拶から……」


 視界の先に居る龍太が玄関へとゆっくり歩み寄って来ている姿を確認すると心臓の鼓動が速まり顔が熱くなる。

 そして遂に自分のすぐ近くまでやって来た彼に挨拶をしようと一歩踏み出そうとする。だがここにきて臆病風に吹かれ踏み出そうとした足は止まり、更には挨拶しようと開いた口からは声が詰まって引っ込んだ。当然だが龍太はそのまま自分の横を通り過ぎて行き玄関へと向かって行く。


 な、何やってるのよ私は! ただ普通に『おはよう』の一言すらも言えない訳!?


 自分のチキンぷりに思わず内心で自責しつつも深呼吸を一度すると今度こそ目的の彼へ挨拶をする。


 「あ、あら奇遇ね金木龍太」


 今か今かとやって来るのを待ち望んでいた相手に声を掛けながら愛美は内心で自分のじゃじゃ馬ぶりに嫌気がさしてしまう。声を掛ける直前まで高圧的な態度を取らないようにと心掛けていたくせにこの始末だ。どうしてこんなツンケンした口調でしか自分は会話がこなせないのだろうか?

 表情にこそ出していないが自分のへそ曲がりぶりに嘆いていると相手の少年が挨拶を返してくれた。


 「えっと確か月夜愛美さんだったよね? おはよう」


 お、おおおお憶えていてくれた!? 私の名前をちゃんと憶えていてくれた!?


 鉄仮面のように冷めた表情が喜びのあまり一気に緩んでしまう。そのだらしない顔を意中の人に見られる事を恐れてまたしても棘のある言葉が飛び出てきてしまう。


 「ふん少し疑問形で私の名前を呼ぶなんて記憶力が低いのかしら。人の名前はちゃんと憶えておきなさい」


 もうバカバカバカ!!! どうして私はこんなにもひねくれているのよ~!!!


 自分の愚かしさに嘆きながらも小さな声で本来伝えるはずだった挨拶をしてその場を立ち去っていく。


 こ、このままでは私の印象は最悪だわ。名前を憶えてくれていた事は嬉しいけど今のやり取りだけでも私の評価は最底辺に落ちている可能性だって……!!


 彼と言う人間をもっと知りたいと思っていながら矛盾する行動を取っている自分の間抜けさを呪いたい気分だった。だが自分の名前が彼の記憶に留まっていた事を思い返すと口角がまた緩んでしまう。


 ただそんな嬉しい気分に1人のクラスメイトが水を差してきた。


 「おいおい何だよ愛美。今日は随分とご機嫌だな」


 ……マジで最悪なんだけど。何でコイツはいつもいつも親し気に声を掛けて来るのよ……。


 声を掛けてきた人物はこのクラスでもっとも苦手な男子生徒である安藤大知であった。

 

 「いやーそれにしても~~~~」


 うわっ、馴れ馴れしく話し掛けて来た。もう嫌、こういう男に何度も絡まれているから男性不信になりかけているのに……。


 しかも会話の最中にまたしてもこの男は自分の胸などを盗み見ている。不快で不快しかたがなく無視をしていると何やら近くの席から女子達の不穏な会話が耳に入って来た。


 「えー本当、安藤君って新しい彼女さんできたの?」


 「そうらしいよ。何でも別クラスの女の子だとか」


 「うわちょっと残念。私も狙っていたのになぁ」


 いやいや嘘でしょ? アンタ達は本気で言ってるのソレ?


 耳に入って来た同性のクラスメイトの会話に内心でツッコミを入れてしまう。

 もし今の話が本当なら恋人が居るにも関わらずこんなベタベタと他の女子に絡んで来るなんておかしいと思わないの? それにコイツもコイツよ、よくもまぁ彼女がいながら他の女の体を舐め回すかのように見れるわね。はあ…マジで気持ち悪いわ……。


 今なおも無視し続けているのに気を引こうとしている安藤が心底汚らわしく視線を逸らして自分から離れるのを待つ。結局は朝のホームルームが始まるまで絡んできてウザかった。


 この安藤と言う勘違い馬鹿のアプローチは放っておいて愛美はその後も昼休みになると金木龍太の居るクラスに向かい、今度こそ彼と接点を持とうと奮闘する。その行動の甲斐もあり昼食を一緒に食べれる事となり、しかもかなり貴重な情報も入手できた。


 ふーんそっか……彼は基本は購買や学食で昼食を済ませているのね。じゃ、じゃあ私が手作りお弁当とか作ってあげれば好感度も上がるんじゃ……てっ、何で私がそこまでしなきゃならないのよ!? ああ違う違うもうっ、どうして素直になれないんだわたし~!?


 龍太と一緒に昼食を取っている最中は今までにないほどに心が乱れていた。普段はあの安藤をはじめ男子相手に心を乱される事はないのにこの龍太と言う少年の前だと感情が上手くコントロールできず、ついつい高圧的かつ否定的な口調になってしまう。だが逆に言えばそれだけ彼を意識していると言う事なのだろう。


 その後一日の授業も終わり放課後となると彼のクラスに再度様子を見に向かう。


 彼の所属しているクラスの近くまで来ると偶然にも龍太がプリントを落として困っているクラスメイトを手助けしている場面が目に入った。


 他の人は見て見ぬふりしている中でクラスメイトを助けている。まるであの時の私の時みたいだ……。


 その思いやりに溢れている姿を見ると胸の奥底がじわーっと熱くなり痛みが生じる。だがその痛みは手放したいとは思わなかった。


 そうか……私はやっぱり彼の事が本気で好きになったんだ。


 プリントを拾い終わって教室を出ていく彼の背中を慌てて追って今度こそ彼と仲良くなるきっかけ作りをしようと自身を奮起させる。


 だが玄関先で彼が自分と同じクラスの安藤に絡まれている光景が目に映り慌てて物陰に隠れ様子を伺う。


 うわ最悪なんだけど。何でこんな時まで安藤の馬鹿の顔を見ないといけないのよ……。


 何やら安藤は黒髪長髪の女子生徒と分かりやすくイチャイチャしており、その光景を龍太に見せびらかすかのように振るまっている。

 そして聞き耳を立てて彼等の会話内容を詳しく聞いてみれば怒りが込み上げた。何と安藤と一緒に居るあの女子生徒は彼の幼馴染らしい。その幼馴染は信じがたい暴言を連発して龍太を今もなお追い詰めている。


 言葉だけで相手を殺さんとせんばかりの勢いで龍太を苦しめる幼馴染の少女に対して愛美は歯ぎしりをしながら怒気を籠めて睨みつける。


 さっきから何を的外れの事を言っているのよあの女は!? 彼が〝負け犬〟ですって!? 誰にでも優しく振る舞える心根の持ち主である彼はお前の100倍は立派な人間に決まってるじゃない!!


 未だに汚い言葉を浴びせ続ける幼馴染の少女と一緒になって嘲笑う安藤の馬鹿。そして嘲笑と暴言の嵐から心を砕かれそうになった彼の目元からは透明な雫が一筋頬を伝い落下した。

 

 その光景を目の当たりにした愛美は自分の中の激情を抑えきれずに大声を出しながら物陰から飛び出していた。


 「黙って聞いていれば彼に何の恨みがあってそんな卑しめるのよ!!」


 もうこれ以上自分を助けてくれた恩人を――大好きな人を傷付けさせはしない。その固い信念の元、愛美は盾となる様に金木龍太の前へと飛び出したのだった。



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