月夜愛美 ②
ツンデレって現実では難儀な性格ですよね。
「ふ~ん、つまり姉ちゃんはその人に恋をしたって事なのね」
「ちちち違うわよ! 何を早とちりな妄言を吐いてんのよ!?」
「人が親切に話を聞いてあげたのに妄言ってアンタ……」
顔を羞恥心で真っ赤にしながら分かりやすく慌てふためく自らの姉を見つめながら弟である中学2年生の月夜徹は呆れ顔で溜息を吐いていた。
家に帰って来てからずっと顔を赤くしてそわそわ部屋の中をウロウロしていた姉の様子に流石に異変を感じてそれとなく探りを入れてみたのだが、どうやら姉は下校中にチンピラに絡まれていたところを同じ高校の男子に助けてもらったらしい。その話を聞いて今時ベタな展開だと思いはしたが、まあそれはさておき本人は口では否定しているがその際に助けてくれたその男子に一目惚れをしてしまったそうだ。
それにしてもまさか姉ちゃんが〝男性〟を好きになるだなんてな。明日は雪でも降るんじゃねぇのかな……。
これまで数多の男から告白をされても一蹴していたあの姉が気になって仕方がない相手とやらを少し見てみたい気もする。
だが同時に弟として姉の初恋が成就する可能性は極めて低いのではないかと言う心配もあった。その主な理由としては――
「た、確かに助けてもらって感謝はしてるわ。で、でも別にそれで惚れるなんてあり得ないんだからね!」
これだ、この典型的な〝ツンデレ〟属性を持つ姉が果たして素直に『あなたが好きです』などと告白できるだろうか? いざ意中の人を前にしてもこのようにツンツンした態度を取ってしまうのではないかと不安になる。
姉ちゃんの態度は下手をしたら相手を不快な気分にさせてしまう危険性があるからなぁ。
もう長年家族をやっている自分は姉の照れ隠しなど簡単に見抜ける。だが知り合って間もない相手からしたら下手をすれば失礼な態度の娘だと誤解されかねない。
「そ、それでさ徹…もしも、もしも何だけど…その…別のクラスの男子と距離を縮めるにはどんな方法が一番適切だと思う? 参考までにあんたの意見も聞いておきたいんだけど」
「その質問している時点でやっぱりその男子に恋してるんじゃん」
「だ、だから違うって言ってるでしょ! ただ、何となく、それとなく、ほんのわずかに気になる程度のことなんだから勘違いするんじゃないわよ!! ほ、ほら一応助けてもらった恩もあるし多少はさぁ!!」
この期に及んでまだバレバレの本心を偽ろうと照れ隠しで自分の頭部目掛けてチョップを落としてくるツンデレ姉。
「はあ~……あのな姉ちゃん。もうこの際だから言っとくけど今のままだと姉ちゃんの恋は絶対に成就しないからな」
「だ、だから恋なんてして……」
「ふ~ん、じゃあそうやって本心を偽っている間にその気になる男子が別の女子に盗られても何の問題もないんだな? 折角好きになれた男子に告白もできないまま哀れで悲しい青春の1ページを作ってもいいんだな?」
半目で見つめながらそう厳しい現実を指摘してやると天邪鬼の姉も流石に言葉を詰まらせてしまう。恐らくは今のセリフで自分が意中の相手に告白もできないまま失恋を迎え涙する悲惨な光景を想像してしまったのだろう。
普段は勝気な態度を取り続ける姉もこの時ばかりは分かりやすくしょげてしまう。
「いいか姉ちゃん、もしも本気でその人が好きになったのならアドバイスしておくぞ。いきなりその天邪鬼な性格を完全に直せとは言わないが好きな人にはここぞと言う場面ではハッキリ好きと言わないと恋は実らないぞ」
「だ、だから私は……」
「もし本人に対して否定的な事ばかり言い続けると最悪『ああ、自分は彼女に嫌われてるんだな』なんてすれ違いが発生して嫌われる可能性もある」
漫画と違って現実世界ではツンデレと言う性格は恋愛をするにあたってかなり難儀するだろう。人間は他の人間の心の声を読み取るエスパーの様な能力は備わってはいない。都合よく相手が本心と逆の事を言っているなんて見抜いてくれる相手は極稀だろう。
姉としても自分の性格に難がある事は自覚しているのだろう。先程までとは打って変わってしおらしくなった愛美が改めて数少なく素直になれる弟に自分の恋についての悩みの相談に乗ってもらった。
「その……正直な話をするなら私を助けてくれたその男子に興味を惹かれたのは事実よ。でも危ないところを助けてくれた、それだけの理由で私は本心から彼を……金木龍太と言う人物に恋をしたのか分からないところもあるのよ」
これまで愛美は多くの男性から愛を囁かれてきた。だがそのどれもが自分の外見だけに目を奪われた安っぽい告白であり、そんな上辺しか見てない恋愛なんて時間の無駄と思っていた。だがそれを言うなら今回の自分のこの胸に抱いた恋心だって真実の愛と言えるか疑問だった。
窮地を助けてくれた事は感謝している。だが今の自分の気持ちは単に感謝からくる吊り橋効果なのではないかと考えてしまう。だとするならこれまで多くの告白を断って来た自分も同じ穴の狢なのではないかと嫌悪感すら抱いてしまう。
そんな自分に対して弟は淡々とこう言って来た。
「それならまずはその金木って人と〝友達〟になることから始めたらどうだ? その過程でその金木って人間を見極めてみればいいじゃん」
「そ、そうね。まずは友達からはじめ……べ、別にあいつと仲良くなりたいと思っている訳じゃないんだからね!!」
こりゃだめかもしれないなぁ。そう思いながら遠い目をして今日の夕飯の事を考え現実逃避を始める徹なのであった。




