最終話 ありがとう
今回のお話で遂にこの作品は完結となります。龍太と愛美の最後の物語をご覧ください。
仕事終わりに夜の雑踏に包まれる街中を横目に龍太は自宅へと速足気味に向かっていた。
電車へと乗り込むと席に腰を落ち着けて一度急かす気持ちを落ち着かせようとする。一定の速度で進む電車内でどれだけ急いでいても意味が無いからだ。
窓の外に映るビル群から漏れる人口の光を眺めながらふと自分の過去を思い返していた。
学生時代も終わって今では僕もすっかり社会人かぁ……。
時間の経過とは本当に早いものだとしみじみ思う。あの青春時代が本当に少し前の出来事の様に錯覚するほど成人してから時間の流れる感覚が早く感じるから不思議だ。高校生活、そして大学生活を終えて今では有名な大企業へと就職してすっかり大人の仲間入りだ。
まだ二十代前半と言う若者だと言うのにまるで高齢者の様な考えを持つ自分に内心で苦笑していると目的の駅に到着した。
そこから電車を降りるとまた龍太は速足で自分の帰りを待つ家、そしてそこで待ってくれている〝大事な家族〟の元へと向かう。
そこそこの長距離移動を終えて自宅へと到着した龍太は玄関の前で一度深呼吸する。そして玄関の扉を開けると奥から1人の女性がエプロン姿で迎えてくれた。
「ただいま愛美」
自分の帰りを待ってくれていた〝妻〟へと帰宅を伝える挨拶をすると彼女も微笑と共に返事をした。
「おかえりなさいあなた」
高校1年生の交際から始まった二人の関係は無事にゴールインを果たしていた。今から1年以上前に二人は無事に結婚と言うゴールテープを切って恋人から〝夫婦〟となったのだ。
今でもあの結婚式の日の思い出は鮮明に憶えている。特に愛美のお義父さんに至ってはまるで滝のような涙を流して大号泣していたのは印象的だった。
結婚してからの生活もまさに順風満帆だったと言えるだろう。龍太も一流企業と名高い会社に就職し生活面でも特に大きな問題も起きていない。
そして何より……自分と愛美の二人の夫婦の中に新たな家族も出来た。
「ただいま優子、早く君に逢いたいよ」
そう言いながら龍太は膨らんだ愛美のお腹にそっと手を添えながらお腹の子へと語り掛ける。今の彼女のお腹には龍太と愛美の愛の象徴が誕生を待っている。
この優子と言う名前は二人で必死に考えて決めた名前だ。心の優しい娘に育って欲しいと言う願いを込めて……。
「あっ、今お腹がポコッて……」
「ええお腹を蹴ったわね。ふふ、この子も早く私達に逢いたいみたいね」
軽い衝撃の走った自分の腹部を愛しむ様に撫でながら愛美が優しく微笑む。
彼女の妊娠が発覚した時は喜びのあまり思わず涙すら流してしまった。その際にはまだ産まれた訳でもないのに気が早いと愛美からは呆れられたぐらいだ。ちなみにだがお義父さんへと子宝に恵まれた報告をした時には自分の倍以上に大号泣していた。
「ああそうだ実は今日ね、産婦人科の方に顔を出すと彼女と出会ったわ。あなたの幼馴染だった高華天音にね」
「そう……なんだ……」
久しぶりに聞いたその名前に一瞬だが龍太の表情が固まった。
もう幼馴染としての縁を切ってから随分と時間も経った。高校卒業後にはもう一度も顔を合わせていない。勿論だが連絡の類も取っておらず一体どうしていたのかも知らない。だがそれでもやはり心の片隅では彼女の近況が全く気にならなかったと言えば嘘になるだろう。
恋人と結ばれ夫婦となりそして子供にも恵まれ幸福だった。だからこそ高校時代から孤立した彼女がどうしているのかどうしてもふとした拍子に考えていた。
「実は少し彼女と会話したのよ。何しろ遭遇した場所が場所だからね。それで向こうもどうやら結婚していたらしいわ。妊娠もつい最近にしたって……」
どうやら愛美の話では天音も幸せを手にしていたらしい。どうやら高校時代の先輩と結婚して今では専業主婦として自分達夫婦に負けず劣らず安定した幸福を得たらしい。
愛美からのその報告に何故だか龍太の心は少し軽くなった気がした。
そっかぁ……天音もちゃんと〝幸せ〟を得られたんだなぁ……。
この瞬間に龍太の心の片隅にあった彼女に対しての〝不安〟は取り除かれた。
彼女が自分に働いた裏切りの数々は決して許せるものではないだろう。それでも……長い時間を一緒に過ごした相手が永遠に苦しむ事も正しいとは思えなかった。
「良かったわね」
「え…?」
「元幼馴染が元気にやっているって知って嬉しいんでしょ? 顔に出ているわよ」
流石は長い時間自分の隣にいてくれた愛美には僅かな表情の機微すらも見抜かれてしまう。
「そうだね……正直ほっとしている自分が居るよ。何だか胸のつっかえが取れた気がするよ」
「あっ、そう言えばもう1つ報告があるわ。確か来週には涼美ちゃんの誕生よね。実はうちのバカ、その誕生日に合わせて涼美ちゃんにプロポーズするらしいわよ」
「えっ、本当! は~ようやく二人の関係にもゴールが見えて来たんだ」
二人の弟と妹である徹と涼美の関係も少しずつ前進していた。
自分達の姉と兄が結婚した事を機にこの二人も遅れながら交際がスタートしたのだ。そして来週に待ち構える涼美の誕生日に合わせて徹も覚悟を固めプロポーズをしようと心に決めているらしい。
その後は仕事の疲れを入浴で取り、用意された夕食を終えると二人は居間のソファーに並んで座ってまったりとしていた。
自分の隣でお腹を撫でながら優しい表情を浮かべる妻を見ていると何故だか龍太の瞳から一滴の涙が落ちる。
「もういきなりどうしたの?」
「あはは、いやごめんね。さっきの玄関で聞いた涼美と徹君の進展の話、それに隣に居る愛美とお腹の子を見ていると幸せだなぁって急に感慨深くなってね」
「もう……すっかり成人しても泣き虫な部分は変わらないわね。産まれて来る子供の為にももっとシャッキとしなさいよ」
そう言うと彼女は苦笑と共に軽いチョップを頭にトンっとしてきた。まるでまだ付き合いたての高校時代の時の様に。
「もうすぐパパになるんだから」
「ごめんごめん。そうだね……僕、もうすぐ〝父親〟になるんだよね……」
近い未来に自分が親となる事を改めて口にすると喜びで胸が張り裂けそうだった。勿論不安の気持ちだってある。こんな自分がしっかりと親としてやっていけるのかと言う疑念、だがその点に付いては大丈夫だとも思っていた。だって自分の隣にはこんなにも優しく、そして頼りになる妻が、いや母が居るのだから。
「愛美……」
「ん……?」
「愛してるよ……」
「私もよあなた……」
そう言うと二人はそっと唇を合わせて優しいキスを交わす。
この先の長い人生、きっと困難な事など大勢あるのだろう。だが隣で自分を支えて来れる最愛の人が居る限りは乗り越えられる。
そしてこれより少し先の未来、無事に出産を終え二人の元には新しい家族が産まれてくれた。
大声で泣きじゃくる我が子へと二人は涙交じりの満面の笑みで歓迎の言葉を贈る。
「「ありがとう。僕(私)達の元に産まれてくれて」」
ここまでこの作品にお付き合いしてくださって本当にありがとうございます。何気に自分の連載作品の中で初めて完結までもってこれた作品となりました。
さて、第二部に関しては少し駆け足気味で終了したなと思われている読者様もおられるでしょうから最後のその部分の説明だけさせてください。実はこの作品、自分の書きたい部分は第一部でほとんど書き終えていました。流れとしては幼馴染である天音の裏切り⇨ヒロインである愛美との交際⇨幼馴染への制裁⇨そして愛美と交際スタート、この一連の流れが全て第一部で終了していたので当初はもう終了させようかと思っていました。ですがまだ元幼馴染である天音のその後、そして龍太と愛美の関係の後日談的な意味で第二部を書こうと最終的にはここまで物語を繋げました。
第二部があっさりと終了した理由は無駄にダラダラと続けるべきでないと思ったからです。基本的な物語は第一部の方で終了しており、今後に新たなヒロインが出る訳でもなく、特に大きなイベントが発生する訳でもなかったので書くべきことだけ書いてスパッと終わらせるべきと判断しました。最終話で時間が一気に飛んだ理由については龍太と愛美が恋人から無事に夫婦と言う地点に到着した事を読者の皆様へのご報告と言う意味で文章として残しておこうと思ったからです。
長々と語ってしまいましたがこれにてこの作品は完結となります。最初にも言ったことなのですが自分の連載作品で初の最後まで走り切って完結した作品と思うと少し胸にくるものがあります。実はこの完結を機に新たな連載作品を始動させようと思いただいま物語を作成中です。今後も自分の書いた作品に少しでも興味があればご覧ください。それでは最後に、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!!