彼氏が彼女を夏祭りに誘いました
夏休み期間に入ってから龍太と愛美の二人は多くの思い出を作っていった。二人で海水浴に行き、動物園、遊園地など様々な場所で心のアルバムに1ページ1ページ大切な思い出を作っては共有させていった。こうしてこの夏休みの間に龍太と愛美の距離はどんどん親密となりお互いの恋慕の想いは益々強まって行った。
そして夏を満喫している多くの学生が思う事だろうが楽しい時間と言うものは体感的には本当に過ぎるのが早い。夏休みに突入してから既に8月の半ばまで時間は過ぎて行きもう間も無く始まる新学期が顔を覗かせていた。とは言え龍太と愛美は毎日真面目に宿題にも手を付けていたので慌てる必要は無かった。だが慌てずとも落ち着いたところで夏休みの終わる名残惜しさはある。
「もう夏も終りね~」
「うんそうだね~」
気の抜けた声で同じソーダ味のアイスを齧りながら二人は龍太の部屋でのんびりとしていた。
まだ付き合ったばかりの頃には恋人の部屋で二人っきりとなればお互いに初々しい反応を見せていたが今ではこの程度のことはすっかり慣れたようにくつろいでいる。まあ夏休み期間に何度もお互いの自室に訪れていたのだから慣れて来るのも当然だろう。
だが呑気そうな顔でアイスを齧りつつも愛美はこの状態に一抹の不安を感じていた。
「(う~ん……何だかこの夏休み中に思った以上に龍太との関係が進まなかったなぁ……)」
ちらっと横目で自分の彼氏君を見つめながら愛美はそんな事を心の中で呟いていた。
もう正式に結婚を前提とした交際がスタートしているのに関係が進まなかったと言う表現は矛盾しているかもしれないが、ぶっちゃけるのならこの夏で愛美はもう少し進んだ所謂大人の関係を正直期待していた。感覚的には交際してはいるが特に生活に変化が無いと言うのが本音だ。
まあ龍太が私を大事にしてくれることはちゃんと伝わっているし私の我儘なんだろうけどさぁ……。
そう考えつつ彼女の頭の中では龍太と自分がキス以上に進んだ関係に至る画が連想される。
できればこの夏の間に1度は龍太に強引に迫られたかった……なんて考えるのは少し我儘、と言うよりも破廉恥かしら?
このまま特に大きなステップアップもなく夏休みも終わるかと考えていると龍太がここで予想外の提案をしてきた。
「そう言えば愛美は知っている? もうすぐこの付近で夏祭りが開催されること」
そう言って彼がポケットから取り出したのは商店街が配っていた1枚のチラシだった。
「ああ~……確か商店街で毎年開催されるイベントだっけ? 一応耳にはしてるけど……」
この近くの商店街では毎年夏祭りイベントが開催されている。それぞれの店から屋台が出展され毎年商店街が一番賑わう日でもある。しかも今年は花火大会とも重なり例年以上に人が集まる事が推測された。
今までは愛美も開催されている事実は知っていたが足を運んだ事は無かった。正直あの手の場所は独りよりも恋人や仲の良い友人と一緒に行って楽しむ場だと思っていたからだ。まあこの考えは少々偏見に偏っているかもだが、とにかく去年まではわざわざ足を運ぶことも無いと思っていたのも事実だ。
だが今年は一緒にこのイベントを楽しんでくれる相手が自分の隣にいる。
龍太は少し照れくさそうにしつつ一緒に見て回らないかと誘ってくる。
「僕は毎年妹と一緒に回っていたんだけどさ、今年は愛美と一緒に回りたいと考えていたんだ。夏休みで大きなイベントと言えばこれが最後だろうし……もちろん面倒だと言うなら断ってくれてもいいけど……」
少し不安気な顔で見つめて来る彼氏に対して愛美は呆れ顔でこう返す。
「あのねぇ、ここで私が『嫌だ』なんて言うと思う? 私だって1つでも多くあんたと思い出をつくりたいわよ」
そう言うと彼女は隣に座っている彼氏の肩に自分の頭を乗せて寄り添う。
こうすると必ず龍太が優しい手つきで頭を撫でてくれるから最近では人目が無ければよくこうやってもたれかかっている。
「あっ、そう言えば訊いておきたい事があったんだわ。最近何だかウチの弟と涼美ちゃんが一緒にデートしたって本当なの?」
龍太の妹である金木涼美と愛美の弟である月夜徹は同じ中学校のクラスメイトである事が交際が始まってから判明した。この二人は学校で顔を合わせば喧嘩が絶えない犬猿の仲だったらしいが自分の兄と姉がカップルとなった事でこの二人の距離も自然と近付いていった。
この夏休み中に愛美が龍太の家に食事を招待された際に徹も同行した事があり、その際には二人は身内のカップルの前でもガミガミ言い争っていたが兄と姉の目から口喧嘩こそしているが息も合っており仲睦まじげにすら見えていた。
そしてつい先日の事だ。何やら相当におめかしをしていた妹と徹が街中を二人で歩いている現場を龍太は目撃している。しかも二人は視線を逸らしてはいたがしっかりと手を繋いでいたのだ。
「正直僕も気になって涼美にそれとなく訊いて見たんだ。その時に涼美は『暇つぶしの相手をしてもらっただけ』なんて言い訳していたけど……あの分かりやすい焦り方……多分だけど涼美は徹君の事が……」
まさか自分の兄に目撃されてるとは知らず軽く追及されて焦る涼美の姿は今でも鮮明に憶えている。何しろいつもは自分をからかう妹があんなドギマギした姿を自分に見せた事なんてもう何年ぶりなのだから。
その話を聞いて愛美も小さく笑いながら自分の弟の事も話した。
「ウチのバカも同じような反応よ。涼美ちゃんの話題を出すと興味ありませんってセリフを吐く割にはかなり気になりますって矛盾が顔に出てるから」
こうして互いの身内の近況を話し合いつつも龍太と愛美の夏の最後の思い出作りとなる夏祭り参加が決まったのだった。