高華天音のその後 ①孤独
大半の学生にとっては憂鬱なイベントたる期末考査も終了し、学校内の生徒達の気分はすっかり浮かれ気味となっていた。その理由に関しては言うまでも無くもう間も無く控えている学生にとって最長である長期休暇の〝夏休み〟が始まるからだろう。
どのクラスの生徒達も一ヶ月以上与えられる休日の間にどのような素敵な思い出を作ろうかと胸を弾ませているのだ。しかしとある1年生のクラスに居る1人の女子だけはもうすぐ迎える夏休みに対して何の感情も抱いておらず無表情のまま自席で頬杖をついていた。
その女子生徒の名前は高華天音。かつては金木龍太の〝幼馴染〟だった少女だ。
彼女は現在クラス内では完全なる孤立状態となっていた。だがそうなった理由としては話を聞けば同情の余地のない完全な自業自得と皆が思うだろう。何しろ彼女は心優しい幼馴染に酷い裏切り方をした挙句、更には何の罪も無いその幼馴染をお門違いに逆恨みし挙句は窃盗行為まで働いて苦しめたのだ。停学処分を受けた彼女の蛮行についての噂はすぐに拡散しクラス内の人間は高華天音と言う存在から完全に距離を置いた。そして幼馴染であった龍太からも正式に幼馴染としての縁を切られ今の彼女にはもう味方はいない孤立無援の状態がクラス内では出来上がってしまっていた。
だが天音は今の自分の境遇は当然の報いだと思い甘んじて受け入れていた。勿論同じクラスの龍太にも助けだって求める事もしなかった。
これは……私が受けるべき当然の報いなんだ……。
何もかもが手遅れとなった段階でようやく彼女は己の罪を自覚する事ができた。だからこそ龍太から幼馴染の関係を断つ事も宣言されても素直に受け入れた。
本音を晒すのであればあれだけ非道を働いておきながらも龍太からこれまでの関係についての縁切りを申し出された時は正直悲しかった。どの口が言うのだろうとは思うかもしれないがあの瞬間に自分の中から何かが欠落した気分を味わった。だが自分はこれまでずっと心優しい幼馴染に〝依存〟していた。決して自分の過ちに正統性を持たせる訳ではないがここでまた龍太の優しさに縋ればもう自分はこの先に人生で更生も反省もできない人間となると悟った。それに龍太も自分と言う足枷に縛られ続けたままだとも思ったのだ。
もう自分は金木龍太とは別々の道を歩かなければならない。それがお互いの為である事を天音は遅れながら自覚したのだ。
当然だが龍太との関係を清算してからその後の彼女の学校生活は一変した。
まず仲の良かったクラスの友人達は全員自分から離れて行った。そもそもクラス内ではもう自分に好き好んで話しかけて来る相手すらいない。停学処分を明けてからの学校生活では基本はクラスで独りぼっちの孤独な時間を過ごす事がもはや日課となっている。
ちなみに午前の授業時間が終わり昼休みの時間が彼女にとって一番辛い時間帯だった。
この時間帯は生徒達はそれぞれが仲の良いグループと一緒に楽しく過ごす時間であり、今のボッチ状態の彼女には寂しさを一際強調させる酷な時間帯なのだ。
ああ……また今日も1人でお昼休みを適当に潰さないと……。
午前の授業終了を報せるチャイムが校内に鳴り響く。
生徒達にとって待ちに待った昼休みとなり教室内ではクラスメイト達は席をくっつけ談笑しながら昼食を取り始める。その仲睦まじげな光景を横目で見ながら天音は1人寂しく持参した弁当箱を持って教室を出る。
クラス内での信頼を損失して以降はこうして人の居ない場所を探してはそこで次の授業スタートまで虚しい時を過ごす事がすっかり日課となってしまっていた。
喧噪の溢れる教室を出てからわざわざ校舎裏まで足を運ぶと彼女は持参の弁当箱を開き、そのまま寂しく昼食を開始する。周囲には誰もおらず、また彼女自身も何の感慨も無くただ手に持っている容器の中身を口の中へと流し作業の様に放り込む。
あはは……もし今の私を龍太が見たらどう思うのかしら……。
元幼馴染の龍太は今頃は恋人である月夜愛美とお弁当のおかずでも分け合いっこしているのだろうか? この現状の自分と彼を比較するとより一層惨めになってくる。
はあ……私……一体何の為に学校に来ているんだろう?
龍太に別れを告げてから天音の心境内では『もう一度やり直してみよう』と言う気概は確かに存在していた。もう一度ゼロから再スタートして見せようと思っていた。だがいざ停学を明けてから誰にも目を向けられない圧倒的な孤独に立たされると当初掲げた意志は摩耗して行く一方だった。
視線を下方へと俯かせると空っぽの弁当箱が目に入る。スカスカの容器をじっと見つめているとまるで今の自分の心の影を投影しているみたいだった。
しばらくぼーっと空っぽの箱を見つめていると水滴が容器の中に落下した。
もしかして雨が降ったのかと思い空を見上げるが今の自分の心境とは真逆の快晴だ。
「はは……何を泣いているんだろう私……」
落ちて来た雫の正体が雨粒でなく自分の涙だと気付くと何故か乾いた笑いが出ていた。
………苦しいよ。もう……独りぼっちは……嫌だよ……。
全てが自業自得と頭で理解しつつも彼女は胸の内で本心を吐露し続ける。だが頬を濡らしたところでその涙を拭ってくれる幼馴染は存在しない。
こうしてまたいつも通り天音は午後の授業が始まるまでひっそりと誰にも知られず涙を流し続けていた。




