月夜愛美 ①
メインヒロイン視点のお話になります。
今年から無事に受験も受かって自宅から近い真正高校に通う事になった月夜愛美は新しく始まるであろう高校生活に最初は胸をときめかせていた。新しくできる友人と青春を謳歌し煌びやかな高校生活を送ろうと意気込んでいた。
だが入学してから一ヶ月近く経って彼女は少し憂鬱気味な気分へとなっていた。
「はあ…いい加減にしてくれないかなアイツ。ここ最近さらに馴れ馴れしく絡んできて本当にうっとおしい……」
自宅まで下校する道中で愛美は今日1日の、いやもっと言えばここ数日の自分へ下心丸出しで絡んで来るある男子のついて悩んでいた。
「ほんとう、いい加減にしてほしいわね安藤の馬鹿には」
彼女のクラスには安藤大知と言う男子が居るのだがこの男は愛美にとって苦手な分野の存在であった。
その一番の理由としては女癖の悪さがやはり目につく。無駄に端正な顔立ちをして、更には気さくな性格からクラスの女子連中はあの男を相手に楽し気に話しているが愛美はその輪の中に加わる気にはなれなかった。
クラスの女子達はハッキリ言って男を見る目がないとしか言いようがないわ。あんな下心剥き出しの男のどこがいいんだか……。
安藤と言う人間は女子に対しては優しく接しているが男子にはどこか棘がある振る舞いを度々見せている。しかも女子と会話する際は相手の胸や脚などを盗み見ており本当に気持ちが悪いのだ。特に自分と話すときは胸部に何度も目が移りあの男には嫌悪感しかない。
「所詮は男なんて女を顔や体型で選んでいる証拠ね」
この月夜愛美はルックスの良さから中学時代にはもう二桁にも及ぶ男子から告白をされてきた。だがそのどれもを彼女は一刀両断で断り続けた。その理由は男性の持つ下心が原因であった。
中学時代に続いて高校でもこんな卑猥な視線を向けられながら過ごすと考えると憂鬱ね。
自分へと告白して来た男子達は誰も彼もが耳障りの良いセリフを並べていたが結局は〝中身〟でなく〝外見〟だけで判断していた。つまり自分の内面を知って好きになってくれた訳ではないのだ。顔立ちやスタイルを基準にした告白を何度も受けた彼女は次第に男性に対して嫌悪感すら抱くようになりつつあった。そのせいで性格まで若干ひねくれ始め天邪鬼な性格になってしまった。
気晴らしにゲーセンでも行って気分でも晴らそうかと考えていると前方に何やらガラの悪そうな二人組の青年が立っていた。
うわっなんかいかにもチャラそうな二人組。ああいう男って変に難癖付けて来そうだから少し離れて通りすぎよっと。
変に声を掛けられませんようにと祈りながら横を通り過ぎようとするがその願いはあっさり破られる。自分達の横を通り過ぎて行こうとする愛美を見るや否や二人組は馴れ馴れしく話し掛けて来たのだ。まるで顔見知りの間柄でも言わんばかりに。
「へえ…ねえ君さぁ良かったら俺達と少し遊ばない?」
もうどうしてこうなるのよ。普通は今しがた出会ったばかりの女性を遊びになんて誘わないでしょ。いい年齢して常識が欠如してんじゃないの?
「いや実はさ、本当は同じ大学の女の子と遊ぶ予定だったんだけど実は急用ができて来れなくなって暇なんだよね。男二人だけでカラオケと言うのも寂しくてさ、もちろん俺達の驕りだから付き合ってくれないかなぁ?」
知らないわよそんな都合なんて。その女の子達もアンタ等と遊ぶのが嫌だからドタキャンしたんじゃないの。
内心でそんな毒を吐きながら適当にあしらってその場から立ち去ろうとするが相手の方もしつこく絡んで来る。
「もういい加減にして!」
流石に苛立ちが募った愛美が軽く肩を押すと男の手に持っていた缶ジュースの中身が飛び跳ねて男の服にシミを作った。
「あーあ人の服を汚してさぁ。バツとして少し付き合ってくれる?」
そう言いながら男は愛美の腕に触れる。
自身の体を掴まれた嫌悪感から愛美は思わず男の腕を引っ掻き逃げ出そうとする。
「このアマ! 服汚すだけじゃなく引っ掻きやがって!!」
今までへらへら笑っていた男も腹が立ったのか急に態度が変化し怒りを露にする。
そのまま自分よりも体格の良い二人の男に囲まれ半ば強引に人気の無い場所に連れて行かれそうになり愛美の危機感は一気に跳ね上がる。
「や、やめてよ! 誰か助け……!!」
恐怖のあまり目尻に涙を溜めながら助けを求める愛美だが都合よく助けが来るとも思えず絶望していると1人の少年が割って入って来た。
自分と同じ真正学校の制服を着ている少年。だが高校生にはどこか幼さを感じる彼は失礼ながらとても非力に見える。助けに入って来てくれた事は嬉しいのだが下手をしたら彼の身が危険に晒されるのではないかと不安になる。
ど、どうしよう。私のせいで彼にまで迷惑を掛けて……!
横から話に入って来た相手が男と言う事で二人組も愛美の時とは違い脅すような口調で絡みだす。
二人組の目がこの少年に釘付けになっている今が逃げるチャンスなのかもしれないが無関係の人間を巻き込んで自分だけ逃げ出すと言う卑劣な手段を申し訳なさから実行する勇気もなく事の成り行きを見守る事しか出来ないでいた。
「さっさと消えろよこのチビがッ!!」
業を煮やして男の1人が蹴りを放つ。だがその少年はその蹴りをあっさりと避けて見せたのだ。そのせいで逆に男の方が体勢を崩して尻もちを付いてしまう。
恥をかかされて完全に怒り心頭となった男は少年を殴ろうとする。だが非力そうな見た目とは裏腹に少年は男達の拳をそれぞれ掴むと強力な握力で膝をつかせて見せた。
「まだやりますか?」
その問いに対して二人組は首を高速で左右に振りながら否定するとそのまま逃げ出した。
自分のピンチに颯爽と現れて窮地を救ってくれた少年の姿を気が付けば愛美は見とれてしまっていた。目の前の少年がまるで白馬に乗った王子様の様に見えてすぐにハッとなる。
な、何でぼーっと見とれてるのよ。いくら助けてもらったからってそれだけで意識するなんてどうかしているわ!!
これまで自分は一目惚れのような理由でなんども告白を断って来た身だ。それなのに自分が恋愛漫画の様に助けてもらっただけで意識するなどあるはずがない。
「別に感謝何てしていないんだからね!!」
気が付けば自分の口は勝手に動いて感謝などしていないと助けてくれた少年に言い放っていた。
しかし口調とは裏腹に気が付けば自分はこの少年をもっと知りたいと思い彼の名前を尋ねたり、逆に自分を知ってもらいたいと自己紹介までしていた。
どどどどうして私はこんなにドキドキしてんのよ!? ただ1回助けてもらっただけで好きになるなんて軽薄すぎるわ!!
結局はまともに助けてもらった礼すらも告げず愛美はその場から逃走してしまった。
違う違うこれは恋心なんかじゃないわ! 少し怖い思いをしたからドキドキしてるだけなんだからねっ!!
自分の胸の中の想いがただの勘違いだと必死に言い続ける愛美だがその頭の中は完全に自分を助けてくれた金木龍太と言う少年の事で埋め尽くされてしまっていたのだった。