少年と恋人の夏が始まります
ついに幼馴染との関係が完全決着しました。いやー予想以上に長くなりましたがようやくひと段落です。これにて第一部は終了、そして第二部からは龍太と愛美の二人の関係をさらに先に進めれたらと思っています。今後もこの作品を応援よろしくお願いします。あっ、天音の話の方もちょくちょく出して行こうと思っていますので。
長年続いていた幼馴染の関係を完全に断ち、そして自分がもっとも大切にすべき恋人である愛美の両親に結婚を前提として交際宣言、それに対しての正式な許可を貰うべく龍太は誠心誠意の気持ちと覚悟をもって頭を下げた。
結果から言うのであれば龍太は月夜家の家族に認めてもらえた。だが愛美の父は最後に龍太へとこう釘を刺して来た。
――『もし次に最愛の娘の気持ちを踏みにじる事をたとえ君が意図せずとも行った場合、その時には私は強引にでも君には愛美と別れてもらうよ。その覚悟はあるんだね?』
その言葉に対して龍太は真っ直ぐに見つめ返しながら頷いて見せた。もしまた同じ過ちを犯し最愛の人を追い詰めたのならば自分には彼女と共に人生を歩む資格などないと自覚していた。
それからの出来事をかいつまんで話すのであれば期末考査に関しては龍太は無論、彼に勉強を見てもらった愛美も好成績で無事に乗り切った。ついでに付け加えるのならば妹の涼美や愛美の弟の徹も無事に補習もなく夏休みを謳歌できそうだ。
そして停学の空けた天音については期末テストの間は停学だったために追試と言う形でテストを受けたらしい。彼女の場合は退学となってもおかしくない理由からの停学処分と言う事もありこのような形になったらしい。
無事にテストの方は赤点回避を果たした天音であるがそれ以上に問題なのはクラス内での彼女の立場の方だろう。何しろ停学明けの彼女はクラスの皆から白い目で見られ続けていた。彼女と仲良くしていた友人達が廊下で陰口を言い合っていた現場も偶然だが龍太も目撃している。
だが龍太はそんな彼女に救済の手を差し伸べはしない。そして天音もまた自分の不遇な境遇に対して彼に泣きつき助けを求める事もしなかった。いやそれ以前にもう二人はかつての幼馴染の関係ですらない。彼女と交わした会話だってクラスで目が合ったら軽い挨拶をする程度のものぐらいだ。当然だがもう互いに名前で呼び合う事もなくなった。
だがこれで良いのだ。もう天音は龍太に甘える事を止め自分の足で歩み続ける覚悟を持ったのだから。ここでまた手を貸せば天音だけでなく自分までもまた腐ってしまうのだから。何より今の龍太にとってなによりも優先する相手はもう決まっている。もう二度と間違えるつもりもない。
当然だがそれ以降の彼女の学校生活がどのようなものなのか龍太の知るところではない。同じクラスと言えども基本は会話も無い。ただクラス内での噂ではどうやら彼女は最近2年生の〝とある男子生徒〟と会話をしていた現場が何度か目撃されたそうだ。その人物が何者なのかも龍太は一切知らない。もう自分と彼女はそれぞれの道を歩み出したのだから知る必要もないのだ……。
そして時間はあっという間に流れ気が付けば今日はもう夏休み前日最後の登校日となった。この後の眠くなる終業式さえ終われば長期休みに入れると思うとクラス内はいつもより騒がしかった。
教室内のクラスメイト達はそれぞれが明日以降の予定を友達と話し合っている。
「ねえねえ明日からどうする? 実は私ちょっと行ってみたい所あってさ、よかったら一緒に行かない?」
「もちろん行く行くー!」
「これで宿題なんてなけりゃ文句なしなんだけどなぁ……」
「んなもん残り一週間ぐらいから始めりゃいいんだよ!」
明日から始まる長期の自由時間にクラス内は和気あいあいと言った感じで騒ぎ立てる。そんな中で龍太も皆の様にテンションを上げた姿を外に出す事は無かったがその内心は胸が弾んでいた。
明日からの夏休み、この休みは愛美といっぱい思い出を作るんだ!!
今年の夏休みは龍太にとって特別な夏になる予感をしていた。なにしろ今年の彼は恋人と一緒に休みを謳歌するのだ。これで胸が躍らない訳がないのだ。
既にこの休みの中で龍太と愛美は大まかな予定も立てている。まず明日は早速だが二人で買い物へと出かける予定だ。
『あ、明日から休みで暇なんだから買い物に付き合いなさい! その…一緒に海に行く約束していたでしょ。だから……私の水着選びに付き合いなさいよ……』
『み、水着……分かった……』
『な、なに顔赤くしてんのよバカ。でも……私もあんたに見てもらいたいから許してあげる』
恥じらいながらも自分の水着姿を恋人に見てもらいたいと口にした愛美を思い返すと顔が真っ赤になる。
これまで交際してからも愛美は照れ隠しで本心とは逆の事を口にする事は多々あった。しかし今回の幼馴染問題も巡った喧嘩、そして結婚を視野に入れて親から交際許可を正式にもらった事で彼女の心境にも変化が生じていた。
特別何かが大きく変わった訳でもないがあれ以降どういう訳か愛美は照れ隠しの否定をしなくなったのだ。いつもならば『別にあんたのためじゃないんだからね!!』などと言って否定的な口調が今はもう耳にすることがほとんどなくなった。それどころか自分の本音を隠さず素直に伝えて来る事が増えたのだ。
あくまで龍太の憶測に過ぎないが自分が偽りの甘さを捨てて変わろうとしているよう、彼女もまた自分を変えていこうとしているのかもしれない。
そんな事を考えていると騒がしかったクラス内が急に静かになった。視線を上げてみるといつの間にか担任の教師が教卓の前に立っていた。
こうして特に問題もなく体育館での終業式も終わると解散となり生徒たちは意気揚々と教室を出て行く。明日から休みと言う事もあり早速この後友人と遊びに出かけようとしている生徒もちらほら居た。
そして龍太も自分のクラスを出てそのまま玄関まで赴くと声を掛けてくる者が居た。
「さっ、帰るわよ龍太」
「うん、行こうか」
自分を健気に待ってくれていた愛美が微笑みながら手を刺し伸ばす。その差し出される手を握ると二人はそのまま仲良く学校を出る。
「約束は憶えているわよね。明日は私の買い物に付き合うのよ」
「分かってるよ」
「それからぁ、私を悲しませた罰ゲームとして〝指定した格好〟で買い物に付き合うのよぉ~」
「うぐっ……わ、分かっています」
明日の買い物は実は愛美から指定された〝ある格好〟をしなければいけないのだが負い目を感じている龍太はやむなく了承した。
明日の自分の恰好で外を歩く事を想像して憂鬱そうな顔になる龍太、そんな彼の背中をバシバシと空いている方の手で叩く愛美。そしてもう片方の手では龍太の手を強く握っている。もう決して…離れないように……。
こうして龍太と愛美の二人はこの特別な夏で一気に距離を縮める事になる。