高華天音 終
今回のタイトルに『終』とありますが今後も天音の話も投稿していく予定です。これはあくまで龍太の幼馴染であった高華天音の話が終わったと言う事であり、今後は主人公の手助けがなくかなりキツイ環境下での彼女の物語を投稿する予定です。当然ですが最初は少し彼女が追い込まれる描写も出す予定です。まあ自業自得なんですけどね……。
幼馴染から許しを得た天音の気分は決して晴れやかな物ではなかった。むしろその逆で彼の家に行く前より気分は沈み心の中は暗澹としていた。
自分の家に戻ると彼の家の前でのやり取りを繰り返し何度も思い返し苦悩していた。
私は許された……あれだけの最悪最低の鬼畜じみた行動を働いておいて彼に許されてしまった。
本来ならば天音にとってこの結果は大変喜ばしい結果だと言えただろう。だがそれは自らの行いに罪の意識が微塵もなかった頃の天音ならばの話だ。今の彼女は自身の罪深さを理解し己の行動に後悔できる人間ほどはまともになった。
だからこそ彼女は苦しむ。自分が許された事で結果として彼の周りの人間を苦しめた事実に。
そうまた苦しめた。私のせいで〝今の彼〟にとって大切な人達は憤りを感じこの結果に憤慨していた。冷静になって考えてみれば当然の道理だろう。彼の恋人も妹も一緒になって薄汚れていた幼馴染である自分の振る舞いに怒っていた。自分の過ちを許し元の幼馴染の関係へと戻る。それは龍太が認めても他の二人の気持ちを無下にする事には違いない。
その結果龍太の恋人は彼に泣きながら訴え、妹は悲しみと怒りを向けた。その時の困惑する龍太の表情がまたしても天音を苦しませる。
「これから先も私は龍太におんぶ抱っこで生きていく事が正解なのかなぁ?」
そんな甘ったれた選択が許される訳が無い。ここまで被害を与えておいて今更幼馴染面をする事なんて厚顔無恥と言う言葉の枠にすら収まらないだろう。
どうしようもないわね私は。謝って許された後になってからようやくこんな簡単な事に気付くなんて幼稚にも程があるわ。あはは…こんな未熟児のような精神しか持ち合わせていないから平然と龍太を裏切れたんだろうなぁ……。
思い返せば自分は小学生から中学生と階段を上る段階で道を踏み外していたのだろう。そう、もういじめられていた頃の自分に戻りたくない、その考えが間違った方向に作用していたのだろう。だから無駄に虚勢を張り龍太よりも自分の方が人間的に上なのだと無自覚に思うようになった。そのくせ何か自分が困れば龍太が最後は助けに来てくれるなどと幻想を抱いた。
そっかぁ……私は龍太の持つ優しさに酔っていたんだ。自分だけは幼馴染だから彼に特別にされる事に高揚感を持っていた事もある。そこにあったのは〝優越感〟であって〝愛情〟ではない。まだとるべき道を誤らなかった頃の自分は彼の愛を持っていた。だが気が付けば彼のお人好しの人間性ばかりに目が行って彼を愛さなくなった。
ようするに自分は本気で龍太に恋をしていなかったのだろう。だからあれだけ裏切りの連続を突きつけれた。そしてだからこそ停学の身でありながら彼に謝ると言う選択も取れた。もし彼を愛していたのならそもそも裏切らない。もし彼を好いていたのなら罪悪感が強すぎてもう彼の前に姿を出す事を渋っていたはずだった。
それからも天音は自分の部屋の中で考え続けた。夕食も取らず、入浴もせず、そして一睡もせずに今後の自分の進むべき道を見つめなおしていた。
そして彼女はついに今の自分にとって一番正解だと思う道を見つけ出す。しかしそのルートはとてつもない茨道だろう。もしかしたら自分は歩き切れずにその茨の痛みに泣き出し全てを投げ出して逃げる事も十分にあり得る。だがその場合はそれが自分の罪業の深さから仕方のない末路として受け入れる覚悟もできていた。
自身の胸の中のモヤモヤを取り払ったと同時だった。自宅のチャイムが鳴り響く。一体誰なのかと思いながら応対するとインターホン越しに聴こえてきた相手の声に思わず全速力で玄関まで行くと壊さんばかりの勢いで扉を開ける。
「りょ…龍太……どうして家に……?」
「昨日ぶりだね天音。実は話があって来たんだ。大事な話が……」
自分をずっと支え助け続けた幼馴染の登場に天音の心臓は破れんばかりに大きく心悸する。
だが彼がこの場にやって来た事は都合が良かったとも言えた。そのおかげで彼に自分が一番言わなければならない事を伝えられるから。
しかし天音が口を開くよりも先に龍太がこう言ったのだ。
「今日は君に言うべき事があるんだ。天音…いや高華さん、今日限りで僕たちは縁を切るべきだ」
なんと彼の言葉は自分が伝えようとしていたものと全く同じだったからだ。
そっかぁ……龍太も気が付いたんだ。ここで私を許しても決してお互いの為に良い方向には向かわない事に……。
天音の中には悲しみはあっても動揺は一切なかった。だって自分も眠ることなく一晩考えてたどり着いた結論なのだ。
私も龍太ももう気が付いているんだ。新たな1歩を踏み出す為には私達はもう幼馴染でいられない事に……。別々の方角を向いて踏み出さなければいけない事に……。
この帰着は龍太はともかくとして天音にはとても厳しい生き方となるだろう。学校には今の彼女に味方となってくれる人間は1人も居ない。停学明けの学校生活が地獄となるのは目に見えている。きっとクラスからは汚物でも見るかのような眼で見られるだろう。友達だってもう全員離れていくだろう。
でもそんな地獄に一度落ちなきゃ私はもう二度と戻れない。あの子供の時の汚れる前の人間らしさを持つ高華天音に戻れないんだ……。
今までの様に龍太の優しさに付け込む生き方では自分はきっと反省を憶えない。何も学ぼうとしない。だから彼との別れは必要なのだと理解して納得もした。
気が付けば自分も龍太もお互いに一筋の涙を零しながら同時に別れを告げていた。
「さようなら……高華さん」
「さようなら……金木君」
最後の別れは本当にあっさりとしていた。そしてお互いに背を向ける事で二人の関係は完全に終結してしまった。
仲の良かった幼馴染との決別、納得も理解もしてはいるが悲しみまでは奥底に隠して我慢する事はできなかった。
「うぐっ……ひっく……」
それからしばらくの間、彼女は玄関で溢れ出る涙を拭い続けた。しかしその涙が引っ込んだ頃には全てに吹っ切れて覚悟の固まった強い瞳をしていたのだった。
この日から高華天音にはもう自分を支え甘やかす人間は存在しなくなった。それでも彼女はどん底から這い上がる覚悟をその瞳に宿していた。