高華天音 ⑧
龍太から許しを得た天音視点の話となります。
心の底から自分の行いを悔いた私は居てもたってもいられず龍太の家へと訪れていた。まだ停学中の身でましてや被害を与えた張本人の家に押し掛けるなど常識知らずだとは理解している。だが自分を救ってくれた相手に恩を仇で返す、どころではすまない迷惑を掛けた事を誠心誠意謝りたかった。
だが残念ながら龍太はまだ帰宅しておらず先に帰って来た妹の涼美ちゃんが私を追い返そうとしてきた。
「久しぶりですね〝元幼馴染〟さん。それで、一体どのようなご用件でしょうか? まさかお兄ちゃんを裏切るだけじゃ飽き足らず盗みまで働いてよくこの付近まで足を運べましたね」
今すぐに帰れと言わんばかりの対応に天音はこの扱いも仕方がないと納得していた。だがそれでもちゃんと龍太に謝りたく粘っているとついに彼は帰って来てくれた。
自分の存在に気付いた龍太はとても複雑そうな顔を向けて来た。そんな彼の反応に今更ながら胸がズキリと痛む。
ああ……どうして私は幼馴染をここまで追いつめてしまったの?
安藤と共に居る時には彼の悲しそうな顔を見ても罪悪感など抱かなかった。だが今の自分は彼のこんな悲し気な表情を見るや否や勢い良く頭を下げながら必死に謝りたくて仕方が無かった。
自分の謝罪する姿を彼の恋人は不快そうに眺めていた。その嫌悪の視線がとても痛かったがそれでも龍太に謝り続けた。
「ねえ龍太、もう一度……昔の様に戻りたい。またあの幼馴染時代の私達に戻れないかなぁ……」
謝罪を終えた後に気が付けば自分の口から何とも都合の良い望みが漏れ出ていた。
何言ってるんだろう私は。こんな嘆願なんて聞き入れてもらえる訳がないのにさ……。
自分から頼んでおきながらも天音はこんな願いなど受け入れてもらえる訳がないと理解していた。じゃあ何で無駄と分かっているのにそんな事を口走ったのか? それは龍太の隣に居る愛美が羨ましかったからかもしれない。
もしも自分が道を間違えなければ今も自分は龍太の隣に居れたかもしれない、そんな醜い願望がつい口から零れ出てきてしまったのだろう。
でも龍太がこんな汚れ切った私とやり直してくれるわけがない。分かってる…ちゃんと分かってる……。
間違いなく龍太はもうやり直せないと言って自分との関係を断つだろう。でもそれでいい、今の自分にはもう彼の隣に立つ資格が無い事は理解しているから……。
だが天音の予想とは裏腹に自分の身勝手な望みに対して龍太はこう答えたのだ。
「天音が反省してくれるならもういいんだよ」
………え、今何て言ったの龍太?
彼の言った言葉が未だに信じられず自分から元の関係に戻りたいと言いながらも天音はもう一度龍太に問う。
「ほんとうに…私を許してくれるの? あんなに酷いことをしたのに……自分から縁を切ったのに……」
本来ならもう二度と顔を見せるなと追い返される事の方が普通だろう。だが彼は昔のいじめから自分を助けてくれた時の様な優しい笑みを向けながら言ってくれた。
「そうだね…正直僕もあの時は随分と苦しんだよ。だから君に更生の兆しが見えなければ許さなかったかもしれない。でも今の君はもう自分の罪を自覚できた。だから……許せるんだ……」
「ああ龍太。ありがとう……私もう一度あの頃の自分に戻れるように努力するから……」
この時の天音は喜びに満ち溢れていただろう。あの温かな幼馴染時代に戻れるんだと思わず口には笑みが浮かんでいた。
だがそんな決定に対して彼の恋人と妹は食って掛かった。
彼の恋人と妹は二人して龍太へとどうしてこんな判断をしたのか問い続けている。その光景を見て天音はある事に気付いた。
あれ……もしかして私はまた龍太に迷惑を掛けているの? 謝りに来ておいて私はまだ彼を苦しめているの?
よくよく考えれば例え龍太本人が元の関係に戻る事を納得してもその周りが同じように納得するとは限らないのだ。恋人と妹に責められるかのように詰め寄られて困っている龍太を見て天音は自分の口走った身勝手な願いを後悔した。
まただ…この期に及んでも私は龍太の人生の邪魔をしている。違う……私は龍太をまた苦しめたい訳じゃない……。
きっと自分の所業に後悔する前の自分なら龍太にまた幼馴染としてやり直そうと言われたらただラッキーとしか考えれなかったのだろう。だが自分の罪深さを理解した今は違う。自分の自己中心的なやり直し要求によって〝今の龍太〟の人生を振り回そうとしている。今の彼の大事な人や家族を悲しませている。
そう考えると一気に罪悪感が圧し掛かって来た。
本当に私は龍太とやり直して良いの? いや……むしろ私が彼の隣にもう一度立つことで彼を更に苦しめるんじゃないの?
そんな自問自答を繰り返していると彼の恋人である月夜愛美が駆け出して行ってしまった。走り去っていく恋人を追いかけようとする龍太の事を涼美が止めている。
「悪いんだけど今日はもう帰ってくれない? それぐらいは空気読めるよね?」
兄を引き留めながら帰りを促す涼美の言葉に天音は大人しくその場から立ち去って行く。
幼馴染から許しを得て、しかもまた小学生の頃のようにやり直せると言われたにも関わらず彼女の足取りは重く、そして無意識にこう口をついていた。
「そっかぁ…私はまた間違えたんだ……」
反省したとほざいていたにも関わらず自分が無意識にまた幼馴染を追い詰めていた事実を理解した天音は乾いた笑みを浮かべながら心の中で龍太に謝っていた。
ごめんなさい龍太。また性懲りもなく私はあなたを傷つけてしまった……。