妹は元幼馴染を追い返そうとしました
向き合う覚悟を固めて天音へと歩み寄る涼美だったがすぐに違和感を察知した。それは天音の浮かべる表情がどこか心苦しそうに見えたからだ。
はあ? 何でアイツったらあんな似つかわしくない顔してんのよ?
彼女の中の天音と言う人間は傲慢不遜で兄を見下す最低なイメージが定着していた。最後に直接顔を合わせた時だって入院中の兄に謝りもせず罵倒していたのだから悪印象が際立つのは当然の道理だろう。だからこそ彼女が申し訳なさそうな顔をしているのはむしろ不気味だ。
とは言えだ、自分の家の前でいつまでもウロチョロされるのも目障りこの上ない。
「久しぶりですね〝元幼馴染〟さん。それで、一体どのようなご用件でしょうか? まさかお兄ちゃんを裏切るだけじゃ飽き足らず盗みまで働いてよくこの付近まで足を運べましたね」
精一杯の嫌味を籠めて見下すような視線を向けてやる涼美。
自分や兄を盛大に裏切っておいてこの家に近づける面の顔の厚さを指摘してやると天音は黙り込んでしまう。
てっきりお門違いな言い訳でもしてくるかと思っていたが意外と大人しい反応に少し驚く。だが何も言い返してこないのならば何の為にここまでやって来たと言うのだろうか? 特に考えもなく能天気に足を延ばして来たと言うのならばハッキリ言って迷惑を通り越して害悪ですらある。
「ふ~ん言い返す気力も無いみたいね。それなら今すぐに回れ右して消えてくれる? その顔をこれ以上視界に留めたくないからさ」
そう言いながら野良犬でも追い払うかのようにしっしっと手を振って追い返そうとする。
そんな汚い物の様な扱われ方をされながらも未だに天音は言い返す様子はない。それどころか彼女は深々と頭を下げて謝罪をしてきたのだ。
「いきなり押しかけるような真似をしてごめんなさい涼美ちゃん。でもどうしても龍太に直接謝りたかったの」
「ふざけんな。そんな言葉に騙される訳ないでしょうが。何が涼美ちゃんよ」
天音の言葉に対して涼美が放ったのは一切温度が通っていない冷徹な否定だった。
何を勝手なことを、謝って済む次元なんてもうとっくに超えてんのよ!
今更謝りたいなどと言ってももう手遅れに決まっているのだ。いや、そもそも涼美の認識ではこの女は反省など辞書に記載されていないタイプだとしか思えなかった。これまでの行動を振り返れば一目瞭然だろう。わざわざ自宅まで訪れたのもただのパフォーマンス、つまりは自身の罪の減刑狙いにしか思えなかった。
自分の謝罪を受け付けようとしない涼美の対応に天音は自嘲気味に笑った。
「あはは…まあそれが普通の反応だよね。今更私の言う事なんて信じろって言う方がムリよね」
「良く分かってんじゃん。そうだよ…アンタのしでかしたことは安っぽい謝罪じゃもう取り返しがつかないのよ」
「そう…だよね……あれだけ一方的に龍太を傷つけておいて虫が良すぎるよね……」
何なのコイツ? さっきから黙って聞いていれば本気で反省しているかのような事を言っているけど、まさかこれで信用してくれると思っているのかしら?
ここに来て涼美は目の前の女に違和感を感じつつあった。
最初はこのいかにも自分の行いを悔いていると言った感じの振る舞いを演技だと思っていた。だがこれまでの様子から次第に目の前の女は本気で反省しているのではないかと感じつつあった。
だが例え心の底から申し訳なく思っていたとしても関係ない。先程口にしたように安い謝罪だけで解決する次元をもう超えているのだ。
「あの…龍太はそろそろ帰って来るのかしら? だとしたらもう少しここで彼の帰りを待っていていいかしら?」
そう言いながら天音は兄の帰りをここで待つ許可を自分に求める。だが自分の答えは考えるまでも無い。
「絶対にダメ。今すぐ帰ってちょうだい」
この幼馴染に酷い裏切りをされて苦しむ兄の姿を自分は何度も見たのだ。だがそんな絶望の底に沈んでいた兄に愛美の様な素敵な恋人ができたお陰で兄はようやく前に進み出せた。それなのにこの期に及んでまたこの女が兄の前に出るなど嫌な予感しかしない。下手をしたら兄の中のトラウマがぶり返しかねない。
「生憎だけどお兄ちゃんにとってアンタはもう〝終わった関係〟なの。もうお兄ちゃんに幼馴染はいらないのよ。今のお兄ちゃんにはアンタから与えられた傷を癒してくれる愛美姉が居るんだからもうお兄ちゃんの人生に入り込もうとしないで」
ここまで言えば流石に諦めるだろうと思ったが予想以上に天音はしつこかった。何度突っぱねても『お願い』だとか『謝らせて』と食い下がる。そのまま押し問答をしているとここで自宅に近づく二人の人影を涼美は発見した。
「うぅ……このタイミングで帰ってくるなんて……」
そう言いながら顔をしかめる涼美の視線の先に居たのは――仲睦まじげに手を繋いで歩く兄と恋人だった。




