月夜愛美 ⑤
遂にこれまで悪事を働き続けた高華天音は学校から重い処分を下された。
停学処分と言う事もあって龍太のクラスは勿論だが自分のクラスを含め他のクラスでもすでに彼女の話題が飛び交っている現状だ。
昼休みで過ごす昼食の時に龍太から話を聞いたがどうやら天音の停学した理由についてクラスメイト達から質問攻めをされたらしい。勿論だが龍太は天音が自分のノートを盗んでいた事実は隠している。だが彼女が教室内で龍太をこきおろしていた光景は何度も目撃されていた事、そして質問された龍太の反応から彼がらみで停学になったと言う事はもうバレていた。
「高華天音の停学はやっぱり騒ぎになっちゃったわね」
「……うん」
放課後に龍太の家で迫りくる期末考査に向けて勉強をしている中で愛美はおもむろに目の前で教科書に目を通している龍太へとそう話し掛けた。だが幼馴染の話題を出された彼の顔には憂愁が表れる。
本当なら今は彼女の話題を出す事はデリカシーが無いかもしれない。だが天音が停学してからと言うもの龍太は何度も自分の前で覇気のない顔を浮かべる。今だって教科書に目を通しているようだがどこか集中力を欠いている様に見える。このままでは今後の彼の日常にも影響が出るのではないかと憂いた愛美はあえて彼女の話題を出して彼を立ち直らせようと考えての発言だった。
ちょっと荒療治かもしれないけどアイツが停学してもう3日目、これは龍太にもいい加減に立ち直ってもらわないといけないわ。
目の前で溜息を吐きながら勉強に身が入っていた彼氏に向けて愛美は活を入れてやった。
「ねえ龍太、そうやっていつまでうじうじしているのかしら?」
「べ、べつにうじうじなんてしてないよ」
指摘されてそう取り繕っているが誰の目から見ても引きずっている事は明白だった。この質問をされたと同時に挙動もぎこちないし視線も泳いでいる。
「ねえ龍太、もしかしなくてもあんたさ、高華に罰を与えて逆に罪悪感を感じているんじゃないでしょうね?」
「……あはは、そんなことないよって言いたいけど……誤魔化せそうにないね」
目の前で穴が開く程に見つめられて言い訳が通用しないと悟った龍太は素直に観念して本音を吐き出した。
彼の口から出てくるのはこの選択で天音が立ち直れるか、更生できるかと言う心配であった。
「もう天音のしでかしたことは『ごめんなさい』だけで済む事じゃないのは僕も理解していたから彼女に『停学』と言う罰を与えた事は間違っているとは思わない。でもさ、その罰を受けて彼女が潰れないか不安なんだ」
彼がこのような心配を抱くのは過去のいじめを受けていた時代の天音の脆さを知っているからだ。自分が手を差し伸べるまでの彼女は今とは違いとても脆弱な精神の持ち主と言っても過言ではないだろう。自分が力になるまではいじめていた連中に屈していたのだから。
「今にして思えば天音は昔の弱い自分に戻りたくないあまりあんな風に変わっていった気もするんだ」
中学時代から天音は徐々に変わり出していった。あの頃の自分の中では天音の精神面が大人に成長していっているんだと決めつけ片づけていたが今にして思えば弱い自分に戻りたくない故に虚勢を張っていたようにも思えた。だからこそ自分にも傲慢な振る舞いを取るようになったのではないかと考えると少しやるせなさすら感じる。
「停学明けの天音があの頃の様に塞ぎ込んだ性格に戻らないか心配なんだ。僕はあくまで反省して出会ったばかりのあの優しい天音に戻ってくれればそれでいいんだけど……」
だが停学処分となった天音の噂は教室内で今も飛び交っている。不幸中の幸いと言える事は間近に迫るテストの方に集中する生徒が多いのでそちらに意識を向ける生徒が多いことだろう。だが停学明けの彼女が果たして挫けることなく学校生活を送れるか不安なのだ。
一通り自分の胸の内の悩みを打ち明けると愛美は即答でこう答えた。
「それはあんたが苦悩する事じゃないわ。高華が自分で解決すべきことよ」
「で、でも……」
「でも何かしら? 『自分が停学に追い込んだせいでもあるから無関係ではない』とでも言う気? だとしたらハッキリ言ってお門違いよ」
今回の停学の件で龍太が罪の意識を感じるのは愛美からすれば本当にお門違いと言える。彼女がこの悲惨な未来に到達したのは完全な自業自得でしかない。普通なら当然の報いだと相手に対してざまあみろとすら思うだろう。
まあでも龍太はそんな風に考えられないのよね。ほんと……底の見えないほどの優し過ぎる難儀な性格だわ。まあそんな部分に惹かれたんだけど……。
ここでもう幼馴染の事なんて綺麗さっぱり忘れてしまえばいいと言えれば愛美としても楽だった。だがそう言っても彼はきっと落ち込んだままだろう。
はぁ……本当はこんなセリフ言いたくないけど仕方ないわね。
「あんたの幼馴染は停学と言う罰を受けてケジメを付けたわ。だから……もし停学明けにクラスで困っていたら手助けしてあげたら?」
「あ、愛美……」
「言っておくけどちゃんと反省していたらの話よ。停学まで受けてもまだ心を入れ替えていないならクラスでどんな扱いされていようが無視しなさいな。もう龍太でも手の施しようがない末期なんだから」
「……その、愛美はそれで納得してくれる? 僕が困っている天音を手助けしても気にしない?」
普通に考えれば愛美は今口にしている己のセリフがとても馬鹿げているとは思う。だが自分と言う恋人ができても仲の良かった幼馴染との記憶が都合よく彼の中から消せるわけではない。これまでは罰も受けず好き放題していたからこそ天音に対して厳しい処断をすべきだと龍太にも忠告していた。だが罰を受けて反省したと言うなら多少の温情は向けてもヨシとする事にした。だが別に天音を不憫に思っているからこのような判断をしているのではない。
「勘違いしないでよね。私個人としては高華天音を許す気はないわ。でも……それじゃ龍太がいつまでも苦しみ続けるでしょ。だからあんたの為なんだからね……」
そう言うと今まで暗そうにしていた彼の表情に明るみが出て来た。その分かりやすい反応に思わず愛美からは小さい笑みが零れた。
だがこの時に愛美はこの自分の発言に少し嫌な予感を感じていた。だが久方ぶりに明るそうに笑う龍太の笑みに気を取られてその違和感を放置してしまった。