安藤大知 終
自分の働いているコンビニの店長を昏倒させ、その上にレジの金を持ち出した安藤は大急ぎでアパートから必要最低限の荷物を纏めると町を出ようと駅を目指していた。恐らくだがもう店長は目覚めて警察に連絡を取っている頃だろう。
「くそっ、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ……」
今までは大勢の女を魅了し順風満帆な学生生活を送っていたはずだ。それが今の自分はまるで真逆のハード人生、今後は警察にまでマークされて肩身の狭い生活を強いられる羽目になるだろう。
とにかく今はこの町から出て人目の付かない場所に潜伏しよう。当面の生活については身を隠してから考えればいい……。
たとえこの町から逃げたとしても警察のマークが外れる訳ではない。それにアパートを出てバイトまであんな形で逃げ出したのだ。レジから持ち出した手持ち金など極貧を覚悟して節約したとしても3週間もすれば無一文になるだろう。だが今の彼にはそんな先の事を考える余裕すらなかった。いや思考を放棄して町からだけでなく現実からも逃げようとしているのだろう。
だが残念ながら彼は町から逃げ出す事すらもできなかった。
「あっ、居たわ! アイツが私を力づくで誘惑した男よ!!」
間も無く駅に辿り着くと言う所で背後から女性の声が突き刺さった。
まさか警察の人間かと思い勢いよく振り返る安藤だが相手の姿を見て顔をしかめた。
な、何でアイツがこんな所に居るんだよ?
自分に指をさしている相手は警察関係の人間ではないが自分と関わりのある人物だった。いや正確に言えば関わりの〝あった〟人物だ。
少し離れた位置で自分を睨みつけている相手はまだ学校を退学する前まで自分がキープにしていた女性の1人だったのだ。その女性はキープの中でも二十代後半と言った大人の魅力にひかれて手にした女だったので印象が強かったから今でも彼女と過ごした時間は鮮明に憶えている。
ここで鉢合わせたのはただの偶然かと思って訝しんでいたが彼の顔はすぐに恐怖に染まる事になる。
「コイツが私を誑かしていた男だよボウ君!!」
「おー…よう坊主。俺様の女にちょっかい掛けてくれてタダで済むと思ってねぇよなぁ?」
女の背後から現れたのはいかにもガラの悪そうな筋骨隆々の男だったのだ。しかも彼に続いて同じくカタギとは思えない風体の男がぞろぞろと出て来る。
その中でも一際厳つい風貌をした男はゆっくりと距離を詰めながら話し掛けて来た。
「人の大事な女にちょっかい出すなんざいい度胸してんじゃねぇか兄ちゃんよぉ」
「え、いやあの!?」
今の自分の状況を安藤は瞬時に理解できた。どうやら自分の手を出した女性がこの厳つい男の女だったらしい。こんな強面の男の女にちょっかいを出せばタダでは済まないと一瞬で理解と共に後悔した安藤の顔面が一気に青くなる。
「ふ~ん……どうやらこの先の駅から電車にでも乗ってとんずらする気だったようだな。だがそうはいかねぇぞ。落とし前はキッチリとつけてもらうからな」
厳密には彼からではなく警察の目から逃れようとしていたが男には知る由もない。
「俺の大事な物に手を出して謝りもせず逃亡かぁ。随分と…舐め腐ってんなぁ……」
そう言う男は口元こそは笑っているが額から血管が浮き出て目は血走っている。その鬼のような形相を前にして安藤の頭の中にこの先の最悪の未来イメージが浮かんだ。そのイメージは目の前の男の手によって自分が口にすることもできないほどに無残な姿へと変えられてしまうものだ。
「ひいいいいいいい!?」
冗談抜きで命の危機を感じ取った安藤は情けない悲鳴を上げならこの場から逃げ出そうとする。
「おっとどこ行くんだ?」
だが振り返ればあの男の取り巻きと思われる人間が既に背後に回り通せんぼしていた。そのまま安藤は暴力のヤバい雰囲気を纏わせている男達に囲まれてしまう。
「とりあえずここじゃ人目が付きそうだからな。おいコイツ攫うぞ」
「「「うす」」」
周りの取り巻きは同時に返事をすると即座に行動を開始した。
本気で不味いと思った安藤は目立つことも構わず大声を出そうとする。最悪警察でもいいから来て欲しいと思った。だが口を開くよりも先に男達の手によって口を塞がれてしまう。しかも他の取り巻きも同時に目隠しや両手を縛ったりして安藤は完全に逃げる事も助けを求める事もできなくなる。
そして事前に近くで待機していたのか黒いワゴン車が2台やって来る。そのうちの1台に安藤はまるで廃棄品の様に無造作に放り込まれてしまう。
「よし誰も見てねぇな。おい出せ」
「んー! んんー!!」
テープで塞がれた口を懸命に動かそうと呻き声を出す安藤だがその声は誰にも届きはしない。そのままワゴン車のドアを閉められると彼はどこかに連れ去られてしまった。
この日以降から安藤大知は完全に消息不明となった。彼によって暴行を受けたコンビニ店長の通報により警察も彼の捜索を行ったが安藤大知の行方は不明のまま終わる事となるのだった。