安藤大知 ②
「きみねぇ、もっとハキハキと喋らないといけないよ? ボソボソとやる気なさそうに対応されるとお客様も腹が立つに決まってるじゃないの」
「……はい」
高校を退学となり親にまで見限られた安藤はバイト先の店長にバックヤードで頭を下げていた。
彼がこうして説教を受けている理由は簡単だ。レジで客と揉め事に発展したからだ。
『え~っと……330円になります』
『……ねえ君やる気あるのかな? 客商売なんだからもっと聴こえる声で話してくれる?』
彼が働いているコンビニの常連客が接客態度がまるでなっていない安藤にそう注意をした事が切っ掛けであった。
相手のサラリーマンは出来る限り穏やかな口調で注意をしてあげたつもりだった。何しろ彼がバイトとして入ってから何度もレジでやり取りしているがいつも気だるげな対応をされて流石に不愉快だったのだ。
『チッ、はいスンマセン…』
男性から軽く小言を言われた安藤は思わず舌打ちをしてから片言の様な謝罪を返す。
相手は親切心から注意をしてくれたかもしれないが安藤はそもそも今の自分の環境に不満を抱いている。やりたくもないアルバイトの中で更に説教までされれば苛立つなと言う方が彼の様な人間には不可能な芸当であった。
だがそんな彼の都合がまかり通る訳もなく安藤の反抗的な態度に男性が流石にキレてしまった。そうなれば我慢強くも無い安藤も一瞬で堪忍袋の緒が切れて激しい口論になったのだ。
その場は商品補充をしていた店長が駆けつけてきてどうにか対処できた。だが常連客が去った後は今度は店長が安藤に対して注意を始めたのだ。
「まったく、これ以上問題を起こしたらいよいよクビにしなきゃならなくなるよ? 本当に分かってるの?」
ああ……クソウゼェなぁ……俺様に説教すんじゃねぇ……。
立て続けにくどくどと叱られて安藤はいよいよ我慢の限界が来ていた。早く説教が終われと思いながら俯いて拳をブルブルと震わせているとその態度に店長からの叱責が圧力を増した。
「ちょっと真面目に聞いているの? 人と話すときは相手の目を見て話すなんて常識だよ!」
今まで穏やかな口調だった店長だったが、逆に苛立ちを見せ始める安藤に語気を強くして叱りつける。だが口調を厳しくされた事で安藤はついに我慢の限界が来てしまう。
「ああマジでうるせぇな! だったら辞めるわ!!」
「なっ、何だと!?」
「俺様はテメェみてぇな冴えないジジイに説教される為に働いてんじゃねぇ!! とっととくたばれハゲ親父が!!」
「お、おまえ!? クビだ! 今すぐ制服を脱いでこの店から消えろ!!」
ここまで言っても反省どころか逆切れを披露した安藤にどちらかと言えば温和な性格の店長も完全に見切りをつけた。
安藤としても言われずとも辞めるつもりであったがわざわざこんな追い出すような形で言われた事が癪だったのだろう。
「ウゼェんだよこの中年デブがッ!!」
罵声と共に安藤は近くにあったパイプ椅子を掴むとそのまま彼の頭部へと振り下ろしたのだ。
「ぐぎゃぁッ!?」
頭部にパイプ椅子を叩きつけられた店長は悲鳴を上げながらその場でぶっ倒れた。
「はぁ…はぁ……ザマ―ミロ」
今までの鬱憤を全て叩きつけて胸の中に爽快感が溢れる。
自分の眼下で倒れている店長はそのまま気を失って立ち上がる気配がなかった。
「……え…うそ……?」
激情に身を任せた安藤はすぐに自分の行いを後悔した。
倒れている店長はどうやら意識を失っているだけで死んだわけではない。だが椅子を叩きつけた箇所からは血が滲んでいる。
や…やばいぞこれ。コイツが警察に駆け込んだら……。
このバックヤードにも監視カメラはある。自分が殴った瞬間の映像はキッチリと納められているだろう。いや例えカメラをデータごと破壊したとしても店長が警察にこの事実を言えばもう終わりだ。
「ど、どうしよう。じゃあ……殺す……?」
いやムリムリムリ!! コロスなんて出来るわけねぇだろ!! で、でもこのまま何事もなくあのボロアパートに戻るなんて馬鹿すぎる……。
あの忌々しい金木龍太の時は被害届を出されずに済んだが今回は違うだろう。この今は眠っているオヤジは間違いなく警察にこの事実を話してしまうだろう。
「それじゃあ俺は警察行きか? い、いやだ、そんなの冗談じゃない」
だが根っこが小心者の自分にトドメを刺す度胸も無い。
「だったら逃げてやる。俺は捕まるなんて御免だ!!」
そう独り言を叫ぶと安藤はバックヤードを出てレジの金を全て抜き取った。そのまま彼はダッシュでコンビニを飛び出して行ってしまったのだ。
あろうことか彼は暴行だけじゃ飽き足らず金銭まで盗んで〝窃盗罪〟まで追加する事になってしまう。素直に警察に自首しに行くどころか自身の罪を更に大きくさせた。だが彼は手元の金を握りしめながらこんな浅はかな事を考えていた。
「と、とにかくこの町から逃げよう! くそっ、天音に復讐とか言ってる場合じゃねぇぞ!! 警察の目の届かない場所まで逃げねぇと!!」
何とも軽はずみな行動をしたものだ。警察の目の届かない場所など日本国内には存在しないだろう。だが結果から言えば彼は〝警察〟には捕まらなかった。
だがすぐに安藤は絶望と後悔を味わう。あの時に警察に捕まっていた方が幸せだったと思い知らされる事となるのだった。




