高華天音 ⑥
元幼馴染はまだ墜ち続けていく……。
「ね、ねえ、良かったら今日一緒にカラオケにでも……」
「あっ、ごめん。私この後用事があるからさ……」
一日の学業が終了した放課後に天音はクラスの友人と一緒に遊びにでも行こうと誘いをかける。だが声を掛けられた友人は気まずそうな笑みを浮かべながら自分の誘いをやんわりと断る。そして他の友人と一緒に教室を出て行ってしまう。
何よそんな露骨に避けてさ。どうして……どうして私ばかりがこんな悲惨な目に遭わなきゃならないのよ……!!
教室に誰も居ない事を良いことに苛立ちの任せて近くの席を思いっきり叩く。拳に残るジンジンとした熱と痛みですらも更に苛立ちを膨らませた。
あの安藤の起こした事件以降はもうずっとこんな調子だ。完全に腫れもの扱いをクラス内では受け、そしてクラスの外では頭の悪そうな男に気安く声を掛けられる。勘違いしている馬鹿な男共が寄って来るせいで近頃では教室の中で『高華天音は男なら誰でも良い』とまで陰口を言われる事すらある。
別に私は男遊びをしている訳でもないのに……こうなったのも全部バカ龍太のせいだ! アイツが私を許さなかったからこうなったんだ!!
同じクラスに在籍している以上は学校に登校すれば必ず龍太と顔を合わせる。もうあの病院以降は一切口をきいてすらいない。だが毎日あの男の幸せそうな顔を見る度に自分の胸の中でムカムカとした怒りが膨れ上がって仕方がないのだ。
私は学校でここまで不遇な思いをしてるってのにアンタは良いわよね。アンタには素敵な恋人が居て学校生活充実してますって? 仮にも小学生からの付き合いのある幼馴染の現状を放置して高校で知り合った女に鼻の下伸ばして幸せですか? どこまでウザいのよあの女顔は……!!
いつの間にか天音は龍太の席に歩み寄っていた。そして苛立ち気味に椅子を蹴り飛ばす。するとガシャンッと椅子の弾む音と共に彼の机が僅かにズレる。そして衝撃によって机から何かが零れ落ちる。
「あれ、これってアイツのノート……?」
机の中から出て来たのは数学のノートであった。
そのまま机の中に戻そうとする天音だがノートを手に取った瞬間に脳内には愛美と笑い合う龍太の姿が思い浮かんだ。
「……ハハっ」
すると彼女はとても醜悪な笑みを浮かべると教室内を見渡して人が居ない事を確認する。そして誰も見ていない事を確認すると彼女はそのノートを机の中ではなく自分の鞄の中へとしまい込みそそくさと教室を後にするのだった。
それから帰宅すると彼女は自室で持ち帰ったノートをカッターで幾度も切り裂き続けた。
「ひひっ、ひひひ…!」
狂気を露にしながら口角を歪に持ち上げ、口の端からは奇妙な笑い声を漏らしながら天音は楽しそうにノートをずたずたに引き裂いた。自分の勉強机の上は自らが切り裂いたノートの残骸が散らばり床の上にも切り裂いた紙が散りばめられている。
自分の手元のもはや書かれていた数式も分からないノートを見て天音は恍惚な顔でこうほざいた。
「はあぁぁ……スッキリしたぁ……」
これまで鬱積し続けた恨み辛みをノートを台無しにした事で少し晴れた気がした。だが落ち着きを取り戻すとしばし自分がかなり不味い事をしたと焦りや不安も覚える。
勢いのまま行動してしまったけどこれってかなり不味いんじゃ……。
相手のノートを刃物で切り裂く行為など誰の目から見てもアウトだ。いやそもそもノートを盗む事自体が論外だろう。
「……まぁ大丈夫でしょ。誰も見ていなかった訳だし…」
確かにかなり不味い行動ではあるが自分が犯人だと知られなければ大丈夫だろうと彼女は開き直った。別に教室内には監視カメラが設置されている訳でもない。目撃者だっていなかった訳だし大丈夫だろうと自分を強引に落ち着かせた。
その翌日はいつもよりも少し緊張しながら教室に足を運んだ。
そして真っ先に龍太の席の方を見てみるとそこには首を捻って困り顔をしている彼の姿が映った。
聞き耳を立てると彼とクラスメイトのこんな会話が耳に入って来た。
「さっきから自分の席で何をごそごそしてんだ金木?」
「うん…昨日机の中にノートを忘れたと思っていたんだけど見当たらなくて。やっぱり家のどこかに置いてしまったのかなって……」
やはりノートが紛失した事を疑問に思っているようだが会話の流れから〝盗難〟されたとは思っていないようだ。だがその事よりも天音は今の龍太の見せている表情がたまらなかった。
いい顔するじゃない龍太ぁ。これは私を見捨てたアンタに対する正当な報復よ。ああ、それにしても恨みがましい男が困る様は見ていて爽快だわ。
この時に彼女は自分の悪行がバレなかった事に対する安堵よりも忌々しい相手を苦しめられている事実に酔いしれていた。
ふふ……気を付けなさいよ龍太ぁ……油断しているとまた何かが無くなるかもよぉ……。
だがこの行為は彼女を更に破滅へと追いやる事になる。まだ腫物として扱われている今の環境がまだマシだったと思えるほどに……。




