女装少年は元幼馴染との過去を思い返しました
「はあ…はあ…はあ……」
僕はどうしてこんな馬鹿な行動を選んでしまったんだ!?
恋人と妹によっていくつもの女性用の衣服を着せ替え人形のように無理やり着替えさせられた。そして最後の最後にはあろうことかメイド服と言う男の尊厳を完全に砕く代物を着せられてしまった。だがあのメイド服で二人からの罰も最後、もう二人の玩具になるのも終了だったはず……だった……。
だが運命のいたずらか今日に限って母の仕事が早く終わり帰宅してしまった。そしてモロにヒラヒラのメイド服を着用している自分の屈辱的な姿を見られてしまった。
気が付けば龍太は涙目になりながら悲鳴を上げてダッシュで自宅を飛び出していた。
だが家を出てすぐに今の自分の恰好を思い出しすぐに引き返そうとしたのだ。だが神のいたずらか、家を出た直後にこの近所に住んでいる顔見知りの家族にこの姿を見られてしまったのだ。
自分達の知り合いの家からメイドが飛び出して来た事でそのご家族一行は目が丸くなっており、そんな中で一番高齢のおばあちゃんがこう言った。
「あらそれってメイド服っていうのよね? 可愛らしいねぇお嬢さん」
一切取り繕う事無く純粋に龍太の姿を見た老婆はそう褒める。
だがその誉め言葉は男である龍太にとっては喜べるはずもない。それどころか分かりやすく目を回してパニック状態に陥る。
「見ないでください~~~!!!」
あまりにも必死になっていたのか裏声を出しながら龍太は自宅に戻るどころかその家族から離れようと街中を駆け回る事になった。
普段の冷静な状態ならこんな暴挙に出なかっただろう。だが母親に続きご近所にまでこんな姿を見られて冷静でいられるわけもない。
ちなみに龍太自身は気付いていないだろうが女装している彼は完全に女にしか見えない為、不幸中の幸い彼のメイド姿を目撃したその家族はまさか彼女、いや彼が顔見知りのあの金木龍太だと気付かなかった。
人の視線を何とか掻い潜り彼は今近くの公園のドーム型の遊具の中で体育座りしている。
「うう~、どうして僕はこんな場所まで逃げて来たんだ。ここから人目に付かず家まで戻るなんて至難の業だよぉ……」
ちなみにこの公園に緊急避難するまでも休日と言う事もあって何人かの人間にこの痴態に塗れている姿を見られている。その時は完全なパニック状態だったので気にする余裕はなかったが冷静になった今は違う。とても素の精神状態でこの姿を多くの人間に見られるのは御免被る。
「と、とにかく早く家に戻らないと。いきなり飛び出したから愛美達だって今頃捜しているだろうし……」
あっ、そうだスマホがあるじゃないか! 自分の居場所を連絡して着替えを持ってきてもらえばいい!!
一筋の光明が下りたと思った龍太だがすぐに今の自分の恰好を思い出す項垂れる。
「慌てて飛び出して来たからスマホなんて持ってきてる訳ないじゃん。はぁ…ほんとバカだなぁ……」
今日は休日と言う事もあって外出している人間の割合も平日を上回るだろう。もういっそのことこのまま夜になるまでここに籠っていようかとも考えたが自分の行方が分からず不安そうな顔をする家族や恋人の姿が浮かび上がる。かと言ってここから家までかなり距離がある。いよいよ手詰まりかと諦めていた時だった。
「おーいこっちこっち!」
「あーん、まってよぉ!」
何やら幼い子供の声が聴こえてきたのでドームに空いている穴の1つからコッソリと顔半分を出して外の様子を伺う。
声の方に視線を向けるとそこにはまだ小学生低学年と思しき男女が楽しそうに追いかけっこをしていた。背丈から察するにはまだ6、7歳ぐらいと言った感じだ。
「はあはあ、つかまえたー!」
「うわっ、あいかわらずあしはやいなぁ!」
「えへへ~♪」
仲良く遊ぶ児童の姿を見てこんな状況だと言うのに微笑ましさから笑顔になってしまう。しかし次の二人の行動を見て龍太の心臓が大きく跳ねる。
「あっ、そうだ。ほらこれ、おまえにやるよ」
少年が何かを思い出したかのようにポケットから取り出したのは〝イヤリング〟だった。とは言え大人が身に着けるような高価な物でなくビーズなどでつくられた〝手作り品〟だ。
「きょうはおまえのたんじょうびだからな! これさ、てづくりなんだぜ!」
「わーありがと! いっしょうだいじにするね!」
男の子から渡されたイヤリングに女の子は嬉しそうにその場で軽く飛び跳ねる。その光景は普通ならばとてもほのぼのと癒されるだろう。だがこの時に龍太の表情はとても寂しそうだった。何故なら視線の先に居る二人はまだ仲睦まじくしていた頃の自分と天音とダブったからだ。
僕が初めてあげた〝手作りの指輪〟なんてもう天音の記憶にはないんだろうなぁ……。
――『ありがとう龍太君! この指輪は宝物にするから!!』
まるで太陽のような笑顔で自分の不格好な指輪を握りしめて喜ぶ幼馴染の顔と同時、病室で去り際に彼女の残した言葉を思い出していた。
――『小学生からの幼馴染を見捨てるなんて。どこまでも心が狭いわね……』
もう……あの子達みたいには戻れないんだろうなぁ……。
もう割り切ったつもりでも過去の綺麗な思い出は消せず引きずっているその時だった。
「いやああああああああッ!?」
喜びに満ちていた少女から恐怖に引き攣った声が公園内に響き渡ったのだ。




