安藤大知 ①
「クソがぁ!! どうして俺がこんな目に遭ってんだぁ!!」
古びている安いアパートの一室で食べ終わったコンビニ弁当の容器をゴミ箱目掛けて叩き込みながら安藤は激怒に駆られていた。
おかしいだろうこんなの! 俺様がどうしてこんなクソみたいな思いをしなきゃいけねぇんだよ!?
龍太を病院送りにしたその日からこの男の人生は一気に転落していった。
まず今まで家族の前では真面目な優等生を装っていた事が今回の一件でバレた。しかも犯行動機や相手を病院送りにしたことで学校側も重い制裁を加えざるを得ないとの事で学校は退学処分。挙句の果てには芋づる式で今までの女遊びについてまで露呈して家族をはじめ親類からは縁を切られた。当然キープの女達にも捨てられてしまった。
恥も外聞も捨てて必死に両親に見捨てないで欲しいと泣きながら訴えたが容赦なく荷物を纏められ勘当されてしまった。
「何で俺がこんな底辺みたいな生活を強いられなきゃならねぇんだよ……」
家を追い出されるまではアルバイト経験など一切ない。金が必要な時はキープの女に上手い事口を滑らせて色々と奢ってもらっていたからだ。言うまでもなく貯金などは1円もなく、両親から最後の情けとして端金と低家賃のこのボロいアパートの一室を勝手に契約してその部屋を渡された。そしてハッキリこう言われたのだ。『しばらく生活する金とこのアパートの数ヶ月分の家賃はくれてやる。だがこれでお前は完全な赤の他人だ。後は1人で生きていけ!!』それがあのクソ親父からの最後の言葉だった。それ以降は家を訪ねても電話を掛けても一切相手にされない。
「くそ…こんな幽霊でも出そうな部屋に押し込めやがって。しかももう一切援助もしない? 我が子にこんな仕打ち……ざッけんなぁ!!」
飲みかけのコーラのペットボトルを壁にぶち当てる。壁一面に炭酸飲料のシミが広がる光景にしまったと顔を歪ませる。
「ああ掃除しねぇと……何で……何で俺が……あああああああッ!?」
自分で汚した壁を掃除しながら発狂したように頭を掻き毟る。
こうなったのも全部あの3人のせいだ!! 金木龍太! 月夜愛美! 高華天音! あの3人のせいで俺の人生が何もかも台無しだ!! アイツ等のせいで折角交流を結んでいた他校の女共も俺から離れちまった! せめてキープの女の噂が流れなきゃ誰かのところに転がり込んでいられたかもしれねぇのに……!!
今の自分は無駄に歳喰った中年に説教されながら働くコンビニのアルバイト店員にまで成り下がってしまった。そして今までの女遊びもできなくなり今の自分は働く、寝る、その繰り返しの日々だ。
「テレビすらねぇこんな環境なんて刑務所と変わらねぇじゃねぇか。もうこれ以上は限界だ……!!」
渡された金も所詮は端金で贅沢などできない。もう以前の様に喫茶店で限定スイーツなど食べる余裕すらもないのだ……。
「俺がこんな目に遭っている間にあの3人は楽しく学園生活を充実ってか。はは……舐めてやがる……」
まだこの環境になってからそこまで日数も経過していないがもう安藤の精神は限界だった。昨日から掃除が増えると理解しつつも物に八つ当たりするようになるまで彼の心は追い込まれている。
そして限界まで追い込まれた人間の八つ当たりの対象は物だけでは発散できなくなり、ついに〝人間〟にまで発展する。
「俺を相手にしなかった愛美と俺から本命の女を横取りした金木も許せねぇが何より一番許せねぇのは天音だ。元々アイツと交際なんかしなけりゃ少なくともこんな劣悪な環境に放り捨てられる事もなかったはずなんだ……!!」
そう考えると天音に対する恨みが急激に膨れ上がり始める。
そうだ、アイツと付き合わなけりゃそもそもこんな事態になっちゃいねぇんだよ。元々金木の野郎は天音に好意を抱いていたんだ。だからあの尻軽女が俺の誘いを断ってりゃアイツとはそれまで。その後はアイツと金木が交際して終わっていたんだ! そうなれば俺の本命である愛美だって金木を好きにならず俺が今頃愛美と交際していた未来だってあったかもしれねぇんだ!!
もうここまでくると清々しい程の責任転嫁だ。彼が今の状況まで堕ちたのは他でもない女癖の悪いこの男の自業自得だ。天音が全ての元凶だと決めつけているがもっと言えば彼が一般的な倫理観を持ち複数の女性に手を出さなければ良かっただけの事なのだ。だが長年身勝手に生き続けた人間は何故かこの期に及んでも自分が悪いと思えないのだ。
「くそっ、許せねぇ。天音……あまねぇ、テメェと関係を持ったばかりに俺は……!!」
こんな男の口車に乗った天音にも非はあるだろう。だが少なくともこの男に誰かを責める資格はない。だが彼の中ではその認識ではなく完全に天音に対する憎悪の炎を燃え上がらせていた。
「今に見ていろよ天音ぇ。俺がこんな惨めな生活を送る事になった報いはしっかりと受けてもらうぞ」
そう言いながら彼の視線はキッチンの収納棚の方へと向いていたのだった。