妹が元幼馴染にガチギレしました
う~ん……シリアス続きで息抜きの話も入れようかと考えています。例えば女装した龍太と鼻血を出す愛美とか。
勢いよく開かれた扉の向こう側には怒り心頭であることが一目で見てわかる恋人と妹の二人が立っていた。
「なっ、アンタ等……」
乱入して来た二人の姿に天音の声が上擦った。
そんな戸惑う天音の事など無視して愛美はツカツカと彼女へと近付くと――そのまま前触れもなく平手打ちをかましたのだ。
病室内に響く乾いた音と驚きの光景に龍太は目が点になる。
「……なっ、なにしやがんのよ!!」
しばし状況が理解できなかった天音であったがすぐに我に返る。そしてお返しと言わんばかりに彼女も愛美に対して平手打ちをお見舞いする。再度病室内には皮膚を叩く音がこだまする。だが頬を強く叩かれた愛美は毅然とした態度で目の前の天音を見据えて口を開く。
「どこまでアンタは醜いのよ。もうこれ以上私の大事な人に纏わりつかないで頂戴。そもそもアンタが龍太を捨てた癖に今頃都合が良すぎると思わないの?」
「はあっ、何でアンタにそんな命令されて従わなきゃいけないのよ!! 私は龍太と幼馴染なのよ!! 彼と一緒に居る事がそんなにおかしな訳!?」
「おかしいに決まってるでしょ。アンタさ、これまで龍太に何をしてきたのかまさか忘れた訳じゃないでしようね」
「別にちょっと口喧嘩した程度でしょ。こんなありふれた事を根に持つ龍太も龍太よ。それに私はちゃんと謝ったんだからいいでしょ!!」
この期に及んでも自分は龍太の幼馴染だと主張する天音と言う人間に愛美は下唇を噛み締めた。それに厳密に言えば天音はこの病室に踏み込んでからまだ龍太に対して一言も謝罪はしていない。
どうしてこの女はここまで身勝手な戯言を吐けるのよ? 何が口喧嘩した程度よ。一方的に龍太を傷つけておいてどの口が……アンタは優しい幼馴染を散々貶してゴミの様にポイ捨てしたくせに……!!
聞くに堪えない戯言に彼を心から想っている1人の女性として我慢など出来るわけがない。そのまま感情を爆発させて言い返そうとした時、背後から涼美が低い声で呟いた。
「五月蠅いのよ。汚い雑音をこれ以上お兄ちゃんの耳に聴かせないで頂戴」
決して大声で怒鳴った訳でもないのに彼女の声は病室内の皆の耳にすっと入って来た。
「ねえ高華天音さん。アンタはどれだけお兄ちゃんの心を傷つけたか理解している?」
ゆっくりと距離を詰めながら天音に対して涼美が問う。
「な、何よいきなり? だから私は龍太にもう謝ったんだから掘り返さなくてもいいでしょ……」
「ふ~んもう謝った? じゃあさ、アンタは自分が何で謝ったのか理解しているの?」
な、何なのよこの迫力は? 本当にこれがいつも無邪気に笑っていた涼美なの……。
まだ龍太と縁切りをするまでは涼美とも仲の良い関係を築いていた。だがその中でただの1度も彼女のこんな絶対零度の瞳は自分に対して向けられた事も見たことすらも無かった。
「ねえ質問に答えてよ。アンタはお兄ちゃんに謝ったんだよね? なら自分のどんなところが悪かったのかちゃんと自覚あるんだよね?」
「と、当然よ。だからもういいでしょ!!」
「………はあ? ねえ、舐めてんの? まずは私の質問に答えてよ。アンタは何に対してお兄ちゃんに謝ったのかちゃんとその口で答えてよ」
「ぐっ……」
自分よりも年下の少女にまるで説教されているかのような空気に僅かだが苛立つ。だが込み上げてくる怒りを堪えて天音は必死に今自分が為すべきことを見つめ直す。
だ、駄目よここで感情的になったら。今は龍太と元の幼馴染に戻る事が優先事項。そうしなければ私の今後の学園生活が脅かされる事になるわ。
この状況でもまだ彼女の頭の中は我が身可愛さに支配されていた。
だからこそ涼美からの問いに対してもこんな的外れな答えを出して見せる。
「その、ほら私は龍太の事をフったでしょ? だからその事はちゃんと謝ったわよ、だからもう水に流してもいいじゃない」
事の成り行きを見守っていた龍太は怒りを通り越してもはや呆れてしまっていた。普通ならば一方的に縁切りした事、それからの暴言やありもしない悪評をクラスで嬉々として話したことを謝るべきではないだろうか? それなのに出て来た最初の言葉が『フった事が悪かった』なのだから彼が失望してしまうのも無理はないだろう。と言うよりもそもそも彼女は謝罪自体をまだ行っていない。この時点でもはやお話にならない。
天音の口から出て来たお門違いな謝罪理由には龍太を上回って涼美は呆れの果てに思わず失笑した。
「はん、やっぱりアンタは何も反省してないわね。アンタが真っ先に謝らなければならない事はお兄ちゃんを『裏切った事』でしょうが。一方的に縁を切り、更には何の非も無いお兄ちゃんを蔑み、挙句にはお兄ちゃんの手作りプレゼントを踏みつけた事こそアンタが最優先に頭を下げるべき事でしょうが。何が『フった』から謝ったよ」
冷静な口調で責め立てる様に言われ天音の表情が分かりやすく不機嫌そうに歪む。
「ああもうっ、黙って聞いていれば私だけが一方的に悪者みたいに言わないでよ!! だったらこっちも言わせてもらうけど龍太も龍太で悪い部分があったんじゃないの!!」
そう言うと彼女はベッドの上で話を聞いていた龍太を指差しながら理不尽な怒りを彼へとぶつけ始めた。