高華天音 ⑤
高華天音は自分の置かれている境遇に焦燥感を抱いていた。
彼女には安藤大知と言う彼氏が居る。長年一緒に居た幼馴染をも捨てて安藤と交際関係となった彼女は幸福だと自覚していた。だが今はあの男と交際関係に至った事を激しく後悔していた。
まさか大知君…いや安藤があそこまで救いようのない女の敵だったなんて……!!
彼女の恋人である安藤大知がこの学校で取り返しのつかないほどの問題行動を起こしてしまったのだ。彼の犯した罪の内容、それは自分の幼馴染である金木龍太の頭部を石で殴打し流血させるほどの暴行を働いたのだ。彼の暴力で傷ついた龍太は病院送りとなり今も入院中だ。しかもだ、彼が今回問題を起こした動機はどうやら怪我をさせた相手の同級生の恋人を奪い取ろうと言う最低極まりないもの。
どうしてよ……どうして私と言う恋人が居ながら龍太の恋人を我が物にしようなんて考えが頭の中にあった訳!? あんな女なんかよりも私の方が価値が低いとでも言うの!?
この時に天音の中では裏切られたショックよりもいけ好かないあの女の方が魅力があったと思われている事が女のプライドとして癪に障っていた。
自分の一切知らないところで安藤は平然と他の女に鼻の下を伸ばしていたのだ。その事実だけでも許しがたいものだ。しかもあろうことか安藤は他校の女子学生たちとも関係を持っていたのだから人としての倫理観を疑う。とは言え一般人の常識理論からすれば天音の人間性もまともではないのだが。
今回の事件を切っ掛けに退学となった安藤の女遊びの噂はどのような経緯を辿ったかは知らないがこの真正高校の人間全員に知れ渡った。とは言えもう退学となり学園を去った安藤本人には関係の無い事かもしれない。しかし安藤の悪評による影響は天音にも及んだのだ。
学園の廊下を歩いていると他のクラスや上の学年の男子に馴れ馴れしく話しかけられる事が多くなったのだ。
例えばこのような感じで――
「なあ良ければ俺と付き合ってみない?」
「嫌よ。どうして私がアンタと……」
「ええっ、だってお前ってあの〝最低男の安藤〟の彼女だった女だろ? あんな人間のクズを選ぶくらいなら男なんて誰でも良いんじゃないの?」
「ぐっ、そんな訳ないじゃない!!」
大勢の女を弄んでいた男と進んで恋人となった事実は天音と言う人間の価値を大いに下げてしまったのだ。つまりは『コイツは男なら誰でも良い』と言う不名誉なレッテルを貼られてしまったのだ。
それに影響はまだ他にもあった。それは教室内でのクラスメイトからの蔑みの目で見られる事が分かりやすく増えたのだ。
下らない男共に言い寄られるようになった事はともかくとして、クラス内で私がこんな酷い目に遭うのは全部龍太のせいだ!!
幼馴染の縁を切ってから天音は同じクラスの龍太を貶すような発言を連発していた。しかもありもしない龍太の悪評の事実をクラスの友人に嬉々として話もしていた。この行いは彼女にとって龍太は自分を利用していた最低な男、そう安藤に誘導されその言葉を鵜呑みにした結果による仕返しのつもりだった。だが龍太はクラス内ではどちらかと言えば日頃の行いや穏やかな人格から信頼されている。むしろ天音の性格の悪さの方がクラスメイト達には引かれ気味だったのだ。当の本人はそんな事実に気付きもしなかったが。
だが今回の安藤退学の1件、彼の暴行から身を挺して恋人を護った事実により龍太がやはり善人だったとクラス内の人間は悟った。となれば天音が友人に話していた龍太に関する悪評はやはり全て彼女の虚言だったと言う真実を確信したのだ。となれば当然だが龍太を貶めるような発言、いや暴言を吐き続けていた天音のクラス内の評価が一気に下降するのは当然の通りと言えた。
どうしたらいいのよ。このままじゃクラスで私の居場所が無い。いや、それどころかこの学校で私の評価はどんどん悪くなる一方じゃない。
この時に彼女の頭の中を占めている悩みは自分の今後の学校生活に関する心配事のみだった。仮にも交際していた愛する安藤が最低な女たらしだと知った途端に彼女の中の彼に対する〝愛情〟は霧散して消えた。そして自分の彼氏の振るった暴行のせいで今も病院に居る龍太に対する〝心配〟もなかった。
ただただ彼女の中にあったのは我が身の事だけだった……。
まだ高校1年生の私がこんな悪評を受けたまま残りの長い高校生活を憂鬱な気分で卒業まで過ごすなんてごめんよ。どうにか…どうにか私の悪いイメージを払拭する方法は……。
脳内で今の現状を脱却する方法を必死に考えて続け、そして1つの妙案が思い浮かんだ。
「そうだわ……龍太に頼ればいいじゃない」
彼女はあろうことか自分から縁切りした幼馴染に助けを求めると言う信じがたい方法を選んだのだ。
「今回の件で恋人を身を挺して護った龍太の評価はかなり好印象になっているわ。そんなアイツとまた元の幼馴染時代に戻ればきっと私を助けてくれるはず……」
この時に彼女は本気で龍太とまたやり直せ、そして彼なら自分を助けてくれると信じていた。
普通に考えればどこまでもおこがましい思考と言えるだろう。他の人間が聞けば本気なのかと正気すら疑うかもしれない。
だが天音にとって金木龍太は例え1度裏切られようが最後には自分を助けてくれる〝お人好し〟だと確信していた。そう、小学生時代の時のようにきっと自分を助けてくれると疑っていなかった。こんな思考ができるのは彼女が金木龍太と言う人間を自分より下と思っているからこそだった。
とにかく今日の放課後に龍太の居る病院にすぐ直行ね。なーに、頭を下げて2、3テキトーに謝れば許してくれるわよね。
だが彼女は現実を思い知る事になる。どれだけ心の優しい人間だろうが酷い裏切りをされれば〝怒り〟を抱き、そして自分の都合よく動いてくれない事もあると言う事に……。




