母と妹も駆けつけてくれました
恋人と涙交じりのしばしの抱擁によってようやく落ち着きを取り戻した龍太と愛美の二人。だがすぐに病室にやって来た新たな人物のお陰で場の空気は荒れていた。
「うわああああああお兄ちゃんのバカバカバカぁ!!!」
病室内に反響するほどの大声で泣き叫びながら妹の涼美は兄の胸をポカポカと叩き続ける。
「いたたっ、ごめんよ涼美。謝るから落ち着いて!!」
「知らない知らない知らない!!!」
学校内で流血しながら意識を失ったその後自分はすぐに病院に搬送された。当然と言えば当然だが家族である母と妹にも学校側から連絡があり二人は職場と学校を早退して病院へと駆けつけてくれたらしい。どうやら自分の寝ている間に何があったのか事の顛末は愛美の口から通して二人に説明してくれたそうだ。
しかし妹はともかく母親との初の顔合わせの場が病院になるとは予想もできなかったが。
「もうお兄ちゃんの考えなし! 脳みそ空っぽ男! 思考力ナシ男! 唐変木! えっと、あとついでに女顔!」
「いだだっ、もう勘弁してよ。しかも最後の悪口に至っては全然無関係のことだし」
未だに降り注ぐ妹からの折檻にもう許してほしいと訴える。とは言えやはり怪我人と言う事で気遣ってはくれているのだろう。先程から自分の胸をポカポカと叩いているがそこまで痛くはない。
「はいはいそこまでよ~。龍太ちゃんは怪我人なんだからね~」
駄々っ子の様に拳を叩きつける涼美を止めた人物は二人の母である金木陽抱であった。
茶髪のほわほわと柔らかそうな髪に柔和な笑みや態度と平均より小柄な体格。そして間延びした口調からとても穏やかな雰囲気の持ち主だと言う事を全身を通して表している。だがそれ以上に一番驚くべきことは彼女の容姿の方だろう。何しろとても外見だけで判断するならば彼女は高校生の息子と中学生の娘を持つ年齢とは思えないほどの若々しい外見をしている。息子の龍太の目からしても贔屓なしで判断してまだ二十代と言える見た目なのだから。実際この病院で初めて陽抱と顔合わせをした愛美はてっきり姉だと見間違えたほどだ。
うーん…やっぱりとてもこの人が龍太の〝お母さん〟とは思えないわね。だってどう考えても若すぎるでしょ……。
未だに陽抱の見た目に関して愛美が少し困惑していると彼女と目が合った。
「愛美ちゃんもごめんなさいねぇ。うちの龍太ちゃんが心配かけてぇ」
「い、いえ、むしろ私は謝らなければいけません。私のせいで龍太は怪我を……」
その言葉に『それは違う』と龍太が口を挟もうとするが先に否定したのは陽抱の方であった。
「それは違うわよ~。悪いのは愛美ちゃんに迫っていたその相手の子なんだから~」
間延びした口調だが陽抱はしっかりと愛美には非はないと庇ってくれた。そして彼女を安心させようとしたのか愛美の頭を撫ではじめる。
「それにしても龍太ちゃんも隅に置けないわね~。こーんな可愛い彼女さんを作っていただなんて~」
まだ愛美と交際している事実を龍太は母にはあえて伏せていた。その理由としては幼馴染である天音の存在が引っ掛かったからだ。当然だが陽抱にとっても天音とは関係が深い。そして妹と同様に彼女も自分の息子が幼馴染に好意を抱いている事を知っている。それが全く別の女性と交際していると知れば天音と何があったのか根掘り葉掘り聞かれると思ったからだ。
まさか小学生時代からの幼馴染に一方的に縁切りされたなんて言えないよなぁ。母さんにとっても天音はまるで娘の様に可愛がっていたし……。
女手一つで自分達を育ててくれた親に対してあまり心労を掛けたくはない。
すると陽抱が愛美と会話している隙を伺って涼美がこっそりと話しかけて来た。
「とりあえずお母さんにはあの裏切り幼馴染についてはやんわり説明しておいたから。あんな奴でもお母さんにとってはお兄ちゃんと仲良くしてくれた大事な幼馴染だからさ……」
どうやら自分が寝ている間に天音に傷つけられた事に関しては愛美を紹介する際に涼美の方から上手く誤魔化してくれたそうだ。
そして涼美が耳元から離れると同時に陽抱が改めて龍太にこう言った。
「それにしても大事にならなくて良かったわぁ。もう龍太ちゃん、あまりお母さんを心配させちゃめっですよ~。学校から龍太ちゃんが病院に運ばれたと聞いた時にはショックで倒れかけたわぁ」
そう言いながら龍太の鼻を突っついて少し怒ったような顔をする。とは言え相変わらずぽわぽわした雰囲気を醸し出しているのでまるで怖くはないのだが……。
だが穏やかな顔をしてはいるがよく見れば彼女の目元が少し赤く腫れていた事に今更ながら龍太は気付く。
ああ…本当に僕は身勝手な奴だな。恋人や妹やそして母親にまで心配かけてさ……。
もう二度と自分の大事な人達は泣かせない。3人の涙の跡を見て龍太は強く決心した。だが……この時の彼の思い浮かべる〝大事な人〟の中には元幼馴染である高華天音の姿は無かった事に彼自身気が付いていなかった……。