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妹がブチギレました


 憂鬱な気分のまま自宅へと戻ると彼を1人の少女が出迎えてくれた。


 「あ、おにーちゃんお帰り」


 玄関で靴を脱いでいると奥の部屋から現れたのは中学2年生の妹の金木涼美かなぎりょうみだった。

 彼女は帰宅して来た兄の姿を見るや否や悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら肘で突っついてきた。


 「それでそれでどうだったのお兄ちゃん? 無事に天音さんにマフラー渡して告白は出来た?」


 今日まで天音の為に兄がマフラー作りに専念していた事は知っている。それに小心者である兄もようやく幼馴染に告白する気になったようで妹として相談にも乗っていた。

 

 涼美にとっても天音はずっと仲良くして来た幼馴染なのだ。自分の兄との関係が上手く行ったかどうかの結果が知りたくなるのも無理はないだろう。


 まあでも間違いなく告白は成功して今日から付き合い出しているんだろうなぁ。これまでずっと仲良くしていた訳だし……。


 自分の前でもカップルかと思う程に仲睦まじかった二人のやり取りを何度も見ている涼美は二人が恋仲になった事を確信していた。だから彼女はあくまで兄をからかうつもりで結果を尋ねたつもりだった。だがここで兄が予想外の反応を見せる。


 「………」


 「え…何その低いテンション。もしかして……フラれちゃった……?」


 てっきり顔を真っ赤にして羞恥心からモジモジ身悶えでもするかと思っていたがその予想は完全に外れる。目の前の悲痛な兄の表情を見て戸惑っていると龍太はゆっくりと答えを聞かせてくれた。


 「あはは…フラれたんだ。それどころかもう幼馴染の縁まで切られてしまったよ……」


 口に出すとあの体育館裏での出来事がフラッシュバックして瞳が潤み涙を流すことが我慢できなかった。

 

 告白を受け入れてもらえない事も驚きであるがそれ以上に幼馴染の縁を切られたと言う部分が涼美には信じられなかった。


 どういうことなの? あの天音さんがお兄ちゃんと幼馴染の縁を切った? うそでしょ…だっていつだってあんなにお兄ちゃんと楽しそうにしていたくせに……!!


 決して兄が嘘つきだと言う訳ではないがにわかには信じられず何があったのか詳しく話を聞いてみた。


 どうやら既に天音は兄が告白するよりも前の昨日から別のクラスの男子生徒と付き合っていたらしい。相手の男子についてだが兄は一切面識のない人物らしい。つまり天音は小学生時代の仲の良かった兄よりも高校に入ってから知り合って間もない男の方を選んだらしい。

 だがそれ以上に話を聞いて怒りを覚えたのは天音が兄の想いを踏みにじり、そしてこれまで築いてきた幼馴染の関係を一方的に断ち切って来た事だ。


 何なのよそれ。お兄ちゃんのマフラーを踏みつけて、挙句の果てにはもう名前で呼ぶなですって? ふざけんな……ふざけんなアイツ!!


 自分の前で堪え切れず涙を拭っている兄の姿を見て涼美の頭の中でプツンと何かが切れる音が聴こえてきた気がした。

 気が付けば彼女は裸足のまま兄の横を通り過ぎ玄関のドアを開けて外に飛び出そうとしていた。


 「ちょっと待ってよ涼美! ……一体どこに行く気?」


 見たこともないような憤怒の形相を浮かべる妹に嫌な予感がした龍太はギリギリで外を出ようとする妹を引き留める。

 自分の腕を掴んで止めに入った兄を涙目で見つめながら涼美は感情を荒立てて叫んだ。


 「止めないでよお兄ちゃん! 許せない…今まであれだけ仲良くしていたお兄ちゃんにそんな最低な事をする天音さん、いや天音を私は許すことが出来ないの!! 今からあの女の家まで押しかけてどういうつもりなのか説明してもらわないと納得できないよ!!」


 「心配してくれてありがとう涼美。でも…もういいんだ……」


 何も良いことなど無いと強引に振り切って出て行こうとする涼美だったが目元を腫らした兄が見せる笑みを向けられて動きが止まってしまう。

 もう今にも壊れそうな兄の言葉を無視して力づくで突き放す事などとても出来なかったのだ。


 動きの止まった妹を見て龍太はまるで諭すかのようにゆっくりと口を開いた。


 「今更何を言っても決まってしまった現実は覆らないよ。きっと天音の立場からすれば恋人ができたのに幼馴染とはいえ自分が他の男子と親し気に話してくる事は不味いと思ったんだよ」


 実際彼氏であるあの安藤と言う男子の立場になって考えてみれば恋人の自分を差し置いて幼馴染の自分が親し気に天音に接する光景は面白くないはずだ。

 そうやって無理やり自分の心を含めて妹を説得する。だがそれでもまだ涼美は納得できないようで反論して来た。


 「で、でもさぁ恋人になれずとも幼馴染としての縁を切られるのはやっぱりおかしいよ。例え付き合えなくても今まで通り仲良くする事がそんなにおかしな事なの?」


 「多分だけど天音にとってはそうなんだろうね……」


 「そんなの……絶対おかしいよ。お兄ちゃんは本当にこれでいいの?」


 そんなものいいわけがない。だがあの心底蔑んだ眼で自分を見つめていた天音を思い出すと胸が痛むのだ。そしてもうこれまで通り彼女と接する事が怖くて仕方がない。これからあんな見下すような態度を向けられ続けると理解しつつも関わり合いを持つなど精神が持つとは思えない。


 だったらもう天音の事は忘れてしまった方が楽になれる。


 「僕の為に怒ってくれてありがとう。でも正直もう天音の事を考えるだけで辛いんだ。だから……これでいいんだよ……」


 完全に幼馴染の事を諦めてしまった兄を見てもまだ納得のできない涼美だが、今にも崩れてしまいそうな弱々しい兄を見ると天音との話題はもう出すべきではないと判断した。

 だから彼女も無理やり怒りを呑み込み兄の意思を尊重した。


 「辛かったねお兄ちゃん…私で良ければ肩ぐらいかしてあげよ―か?」

 

 今までとは急変してあえて無理やり明るく振る舞う妹の姿を見て龍太も笑う。


 だが兄妹が浮かべる互いの笑みは誰の目から見ても痛々しく映る事だろう。片方は無理やり怒りを収め、そしてもう片方は無理やり悲しみを呑み込んで浮かべる笑み。

 

 この日より金木兄妹の中では長年笑い合っていた高華天音はもう死んだ者と考える事にした。もう彼女がこの先の人生で自分達と一緒に揃って笑う機会は訪れる事はないと二人は思っていた。

 

 だがこの少し先の未来でこの天音がより一層醜さを増して二人へと付きまとう事になるなどこの時の裏切られた二人には想像もできなかった。



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