クズ男に校舎裏に呼び出されました
「おいテメェちょっとツラ貸せよ」
「……一体何かな?」
いつもの予定通り今から愛美と共に屋上で楽しく昼食を取ろうとクラスを出ようとしていた龍太はとある人物に呼び止められていた。その相手とはこの学校で元幼馴染に続いて顔を合わせたくない人物、安藤大知であった。
声を掛けられて振り返るといきなり彼は不機嫌をマックスで顔面に曝け出しており内心で龍太は『面倒だな』と零しつつも話ぐらいはしようと彼と向き合う。
「お前と大事な話がある。いいからちょっと付き合えよ」
「………」
場所を移すならやっぱり断ろうかとも考えたがこの男は愛美に対して異常に執着している。ここで拒否すれば今度は愛美に被害が及びかねない。そう思い彼は安藤と共に人気の少ない校舎裏まで来た。いや連れて来られた。
よりにもよってまたこの男とこの場所に足を運ぶだなんて……。
二人が今いる場所、そこは龍太にとってはこの高校、いやこれまで生きて来た人生の中でもっとも屈辱と悲しみを与えられた場所だ。この場所で自分は天音から縁を切られプレゼントを無下にされた。そして挙句には目の前の男に馬鹿にされながら幼馴染を連れていかれた。もしも自分に愛美と言う心から寄り添ってくれるパートナーが居なければこの場に足を運ぶなど不可能だっただろう。
苦い思い出を掘り起こされ僅かばかり渋面を浮かべているといきなり安藤が胸倉を掴んで来た。
「お前さぁ調子づきすぎだろ」
「……いきなりなんの話なの? 僕は別に君に何もしてないで……」
「何もしてない訳ないだろうがッ!!」
龍太が最後まで言い切る前に彼は胸倉を付かんだ状態で龍太を校舎の壁へと背中から押し付ける。その衝撃で僅かに苦悶の表情を浮かべる彼に向って安藤は理解しがたい要求を突き付けて来たのだ。
「おい、今すぐに愛美から手を引け。適当な理由を付けてあいつと別れやがれ」
まるで、いや完全に脅しの様に低い声で無茶苦茶な要求を目の前の男は突き付けて来たのだ。無論こんな要求など聞き入れるつもりも理由もない。
「そんなの絶対に嫌だよ。僕と彼女の関係に君は関係ないはずだ」
龍太の口から出て来た『関係ない』と言う言葉がどうやら彼に琴線に触れたらしい。
「関係ない訳ねぇだろうが! あいつは俺の狙っていた本命の女なんだぞ!! それをハイエナみたいに横からかっさらって行きやがって!!」
あまりにも自分勝手かつ理不尽な物言いに流石に龍太の顔にも不快感が滲みだす。
何だよその言い方。人の恋人を自分の所有物のように……。
身勝手な言い分に怒りを顔に滲ませる龍太を見て安藤の苛立ちがさらに増す。
「何でテメェがそんなイライラしてんだよ? 腹が立ってんのは俺様の方だわ!!」
そう言うと安藤は腕を引くと思いっきり龍太の顔面目掛けて拳を放ってきたのだ。
だが拳が顔面に突き刺さる直前に龍太は足払いをして拳の軌道をずらす。そのまま体勢を崩した彼の拳の軌道は見事に狙いからずれて校舎の壁に叩き込まれた。
「あぐっ!? こ、このチビ……!!」
誤って固い校舎の壁に拳を叩きつけて痛みに片目をつぶる安藤。そんな彼に対して龍太は完全に敵を見る目で彼を睨みながらこう告げる。
「君には高華天音って言う恋人が居るはずでしょ。それなのに人の恋人を我が物にしようとするなんて常識的に考えておかしいと思わないの?」
「俺様に説教すんじゃねぇぞ!!」
安藤にとって目の前で小言を口にする龍太は人間として遥か格下と言う認識だ。そんな自分よりランクが下と決めつけている人間に蔑みがこもった視線を向けられて更に安藤の怒りは爆発する。その激情に身を任せて彼は再度拳を握ると龍太の腹部に叩き込んだ。
だが拳を打ち込んだはずの安藤の方が思わず顔を引き攣らせてしまう。
か…かてぇ。なんだこのチビ、制服の上からじゃ分からねぇけどガタイ良くねぇか?
「それ以上手を出すなら僕も抵抗させてもらうよ?」
自分の腹部に埋まっている安藤の拳を掴むとそのまま万力の様な力で握り込む。
「い、いでえぇ!? 離せよテメェ!!」
あどけなさの残る少年からは想像もできないパワーに安藤の顔が苦痛に歪む。
脂汗を浮かべる彼に対して龍太は拳を握りしめたまま会話を続けた。
「悪いけど愛美は僕の大切な人なんだ。君だって自分の恋人である天音にちょっかいを掛けられたら嫌な気分にならないの?」
「ぐっ、なるわきゃねぇだろ!! 元々あの天音のヤツはただの遊びで付き合っているキープの1人なんだよ! もう飽きて来たからそろそろ捨てようと思っていたしなぁ!」
想像を絶するほどの醜い安藤の本性に龍太は下唇を無意識に噛み締めていた。その怒りに反応して安藤の拳を握り込む力も増大する。
「いでえええええ!? はなっ、離してくれぇ!?」
今にも本当に拳がぐしゃぐしゃに潰されるかと思う程の激痛に安藤がみっともなく大声で懇願する。
その汚い叫び声に反応して龍太は渋々と言った感じで苦虫を噛み潰したような表情のままようやく握っていた安藤の拳を解放してやった。
「ぐっ、痛ぇ……いつまでも掴みやがって人の痛みが分からねぇのか!!」
「それはこっちのセリフだよ。あろうことか恋人である天音はキープの1人? 君は自分のその行いでどれだけ相手の心を傷付けるか理解できているのか!? こんな事実を知って天音が何を思うか……!!」
いくら酷い裏切り方をされた龍太と言っても天音は幼馴染だった人物だ。それに少なくとも天音が心から目の前の安藤に好意を抱いている事は彼と一緒に居た時の彼女の態度から理解できる。だがこの男はそんな彼女との交際を〝遊び〟目的と言い放ち、挙句には『飽きたから捨てる』などと言っているのだ。怒りを感じない訳が無い。ましてやそんな最低男の毒牙が自分の愛する恋人にまで向いているのであれば猶の事。
だが目の前の女の敵は今でさえ怒りが限界点まで迎えている龍太に対して更にふざけた発言をしてきたのだ。
「はぁ…はぁ…そんなに天音の事が気掛かりかよ?」
「当たり前じゃ無いか!!」
「ははっ、そうかよ。だったらこうしようぜ。お互いの彼女を交換しようじゃないかよ。そうすればお前はまたあの幼馴染と一緒になれるぞ」
安藤の口から放たれたその言葉を耳にした瞬間――龍太の頭の中でプチっと糸が切れるような小さな音が響いた。




