高華天音 ④
「はあーつまんない。龍太ったら付き合い悪いんだから…」
学校帰りの放課後に天音は近くの喫茶店で時間を潰していた。
高校入学と同時に周辺の目ぼしい場所を事前に調べており、この店だけの限定スイーツを不満顔で頬ばっていた。
本来なら久しぶりに幼馴染二人の時間を過ごしたいと思って龍太も放課後に誘ったが断わられてしまったのだ。
『ごめんね天音。どうしても家に戻ってこなさなきゃならない作業があるんだ! 今度必ず埋め合わせするから勘弁して!!』
申し訳なさそうな顔をしながら自分の頼みを断る龍太を思い出すと少し不愉快な気分になった。
ちなみに彼が幼馴染の誘いを断ってまでこなさなきゃならない作業。それは数日後に控えて居る彼女の誕生日の為の手作りプレゼント作りの時間確保が理由だ。サプライズの意味も込めて龍太も理由をぼかしていたが天音の立場からしたら適当な理由を付けて断られたと言う印象が大きかった。中学時代は何度も適当な嘘を並べて彼を都合よく利用していた自分の立場を棚に上げて。
あーあ……何か最近は昔と比べて龍太に魅力が感じなくなってきたなぁ。折角の誘いも断られるなら今までのように幼馴染だからって理由であまり仲良くする必要もないのかな?
そんな薄情な事をぼーっと考えていると自分の座っている席に1人の人物が近寄って来た。
「ねえ君さ、俺と同じ真正高校の1年生でしょ? もしよかったら俺もここに座っていいかな?」
振り返ればそこには同じ高校と思われる顔立ちの整った男子が立っていた。初めて見る顔からして別クラスの男子なのだろう。普段であれば天音も初対面の男子の誘いなど断っているだろう、だが丁度誘おうと思っていた幼馴染も不在で暇を持て余していたので気まぐれでその男子と話をした。
「へえ、じゃあ安藤君もあの映画見たんだ? いやー私なんて3回も見に行ったよ」
「その気持ち分かる分かる。それよりも俺の事は大知って呼んでくれよ。その代わり俺も君の事を天音って呼ばせてもらうからさ」
適当な世間話でもしてすぐ解散する予定だった天音であるが気が付けば目の前の少年と意気投合していた。お互いの趣味や話題のアニメや映画などの話ですっかり打ち解けた。
何だかこんな風に龍太以外の男子と長時間話すの久しぶりね。少し新鮮で楽しいかも……。
そこから意気投合した二人は場所を移して近くにあるゲームセンターに移動していた。
「ほら取れたぞ。この人形が欲しかったんだろ?」
「わぁありがと。大知君上手いじゃん」
クレーンゲームで取れた景品のぬいぐるみを手渡されて満面の笑みを浮かべる天音に対して大知はキザな笑みを浮かべながらこう言った。
「やっぱり天音の笑った顔は可愛いな。元の素材が整っているから猶更だ」
「ちょ、やめてよ。そう言う大知君だってかなり端正な顔立ちじゃん。頼りがいのありそうな顔でほんと龍太とは大違い」
「ん、龍太? もしかして彼氏いる?」
「ああ違う違う。確かに付き合いは長いけど幼馴染でね……」
天音は自身の口から龍太の名前を出してしまった事に何故か焦りを覚えてただの幼馴染だと説明した。まるで目の前の安藤に自分が彼氏持ちだと思われるのを拒むかのように。
そこから幼馴染である龍太の話を一通り耳にした安藤はしかめっ面をしながらこう囁いた。
「それにしてもその龍太ってヤツは随分と酷い事をするもんだな」
「え…酷いって何が…?」
いまいち安藤の言葉の真意を読み取れず首を傾げる天音。
別段自分は彼に何か被害を受けたつもりはない。だから今の話を聞いて何故龍太に非難の言葉を向けるのかその訳を問う。すると彼は大袈裟な振る舞いをしながらとんでもない事を言い出す。
「今の天音の話を聞いて確信したよ。その龍太って幼馴染は君と言う人間を使って自分の評価を輝かせる道具として利用しているんだよ」
「それは……どういう事なの……?」
あまりにも的外れな安藤の言葉に対して天音は言葉が詰まってしまった。だが信じられない事に彼女が狼狽えているのは龍太にありもしない決めつけを持つ安藤に対する怒りではなく、幼馴染が自分を騙し続けていたと言う決めつけを信じかけているからの狼狽だった。
天音の動揺する理由、それはあまりにもあんまりなものだ。だって彼女は長年一緒に居た幼馴染よりも出会ってまだ2時間も経っていない男の言葉を信じたのだから。
「よく考えなよ天音。その幼馴染の龍太君さ、君とは小学生時代からの幼馴染なんだよね」
「そ、そうだけど…」
「普通はそんな長時間も継続された男女がただの友人で高校生まで居続けるなんて不自然だよ。もし俺がソイツの立場なら君を特別に感じて多分告白の1つはしているって。だって君はこんなに可愛いんだしさぁ」
「そ、そんな可愛いだなんて。で、でも私も思ってんだ。もうこんだけ一緒に居るのに龍太は告白の1つもしないなんてどうしてかなって? 毎年手作りプレゼントまで渡してくれるのに」
安藤に自分が可愛いと褒められ嬉しそうにする天音。もう彼女の中では優先順位は完全に隣で戯言をほざいている男の方が上となっていた。だから彼の偏見に満ちた穴だらけの言葉も素直に聞いて納得してしまっていた。
落ち着いて考えてみれば別に長い時間共に過ごした男女の幼馴染が恋仲に発展しない事など珍しくもないのにだ。
すっかり自分を信じ込んでいる事を確信した安藤は巧みに龍太に悪意が向くように誘導する。
「小学生の時に君を助けたのもきっと自分の学校内での評価を上げるためさ。話を聞く限り君の幼馴染って困っている人には手助けするお人好しそうじゃん。それって自分が出来た人間だってアピールする為だとしか思えないよ。そう――彼にとって君は自分を輝かせる〝飾り〟だと思っていたに決まっているよ」
「そうだったのね……最低だわ。何の打算もなく助けてくれたって信じていたのに……!!」
この時にはもう彼女の中で龍太は完全に自分を騙し続けた性根の腐った悪と言う認識だった。
少しずつ幼馴染を自分の都合の良い言いなりと思い始めていた彼女は信じられないほどにあっさり龍太を見限った。何の根拠もない中身の空っぽな男の言葉を信じて……。
「ねえ天音、もしよければ俺と付き合ってみない?」
「え…」
「俺は許せないんだ。君のような優しい女性を騙し続けたその男を。だから見せつけてやろうよ。私はもうお前なんかに利用されない、こうして本当に自分を愛してくれている人と結ばれて幸せになるんだってさ」
「……はい♡」
こうして天音はあっさりと安藤大地をパートナーとして選んだ。
だがこの選択は大きな間違いだったと彼女はすぐに思い知る。そして幼馴染を一方的に斬り捨てた後悔を背負い続ける事となるのだった。