高華天音 ③
中学に進学してからも龍太と天音の良好な関係は引き続き築かれていた。小学生時代のいじめ問題を切っ掛けにすっかり性格にも明るさが出て来た天音は中学時代では友人も大勢でき彼女に好意を抱く男子まで出て来るほどに別人に変わった。その中で龍太もまた共に居るうちに彼女に対して好意を密かに抱きつつあった。だが毎年彼女の誕生日に手作りプレゼントを渡す際に一緒に告白しようと思っていても最後の度胸が出せず結局は友人関係のまま1年が過ぎて行った。
だが時間が経過するとともに天音と言う人間は少しずつだが歪み始めていた。
「ああ龍太ごめん。悪いんだけどこのプリントの束、私の代わりに職員室に運んでおいてくれない?」
「う、うん。別に構わないけど何か急ぎの用事でもあるの?」
「あーそうそう。実はちょっとした予定があってさ。どうせ龍太は暇だろうし代わりによろしくね~」
クラス委員長である天音は担任の教師に頼まれた仕事を代わりに龍太に押し付ける。そのまま彼女は『用事がある』と言って龍太の言葉を最後まで聞かずにそのまま下校準備を終えるとクラスを出て行く。
自分に礼を述べる事なくクラスを出て行く彼女の背中を眺めながら龍太は少し悲しそうに顔を歪ませる。
何だがここ最近の天音、心なしか少し横暴な部分が目立つ気がするけど……。
中学に入って2年生辺りから天音は今の様に面倒ごとを自分に押し付ける事が増えた気がする。とは言え普段の態度が極端に酷く横暴になった訳でもなければ自分とは幼馴染として仲良くやれてもいる。だからこの時はまだ龍太も少し引っかかる程度でそこまで気にしていなかった。
「考え過ぎだよね。別に酷い事を言われた訳でもないんだし少し神経質になりすぎかな?」
面倒ごとを頼まれる回数が少し増えた程度で彼の天音に対する見方は変わらない。それは彼が自分の幼馴染がとても優しい心根を持っていると信じているからだ。
だが残念ながら龍太が思っている以上に天音の人格には問題が生じ始めていたのだ。
「まーた龍太に面倒ごと押し付けちゃった。反省反省っと……」
クラスを出てから彼女はスマホを操作しながら軽い口調で『反省』と連呼していた。だがその態度を見る限り心の底から申し訳ないと感じていない事は一目瞭然である。無論この後に用事があるなどと言うのも完全に嘘である。ただ自分が楽したいから幼馴染にやってもらう。本当にただそれだけの下らない理由で龍太に仕事を押し付けたのだ。
天音の人間性に変化が出た切っ掛けはありふれたものだった。今回の様に教師に頼まれた役割を以前に龍太が代わりに引き受けてくれた事があるのだ。その時にはまだ彼女の心情内にも『申し訳ない』と言う感情は存在していた。だがこの件を皮切りに彼女はちょいちょいと龍太に対して委員長として任せられる雑務などの面倒ごとを彼に押し付け始める。そして1回、また1回と彼が自分の言う事を聞いてくれるたびに彼女の中で自分は龍太よりも〝上〟なんだと無意識化で考え始めてしまったのだ。
「それにしてもクラス委員長なんて引き受けるんじゃなかったなぁ。ほんと龍太が幼馴染で助かったぁ……」
かつては誰よりも内気な性格の反動か、彼女の中には傲慢な考えが次第に膨らみ続けていた。そもそもクラス委員長に立候補したのも別にクラスをより良い方向に導きたいなどと高尚な考えからではない。ただ自分と言う人間を学校内で輝かせるためのオプション感覚だ。
ひねくれ始めていた彼女だがこの時点ならばまだ天音は元の純粋だった頃に引き返せたかもしれなかった。
幼馴染を杜撰気味に扱ってはいるが彼女もかつて救ってくれた龍太に恩義は感じており、そして少なからず異性として彼に好意を抱いていた。もしも龍太の方から自分に告白してくれたら正式に付き合ってもいいと思っているほどに。
たらればの話などいくらしても無意味かもしれない。だがもしも龍太が臆病風に吹かれず天音ともっと早い段階から恋仲になれていればもしかしたら彼女の未来も大分違ったのかもしれない。恋人同士と言う今よりも親密な関係になっていれば天音の悪い部分がもっと鮮明に見えたのかもしれない。
だが根本的な原因は結局のところ彼女の人格問題だ。いじめを受けていた頃の弱い自分に戻りたくない。その考えは間違っていないがだからと言って図に乗る事は正解ではない。ましてや本来であれば上も下もない対等な幼馴染の関係で自分の方が〝上〟だなんて格付けするなどもってのほかだ。
それから中学を卒業するまで彼女は龍太を心のどこかで都合の良い幼馴染と言う認識を修正せずに過ごし、その歪んだ思想を根付かせた状態で卒業して高校生となった。
そして高校入学してから間もない僅かな時間で彼女はついに完全に龍太を裏切ってしまう事になる。そう、あろうことか口先だけの下らない男の方を選んでしまって……。