ツンデレ美少女を助けました
体育館裏で幼馴染から縁切りをされてからはふらふらと当てもなく町の中を歩き回っていた。
別に向かう先がある訳でもないが今すぐ家に戻る気にもなれなかった。いや、もっと言うなら生きる気力すら今の彼には無かったのかもしれない。
どうしてなの天音……どうしてあんな極端に変わってしまったの?
つい数日前までは互いに名前で呼び合って笑い合っていた彼女の変貌に龍太はあの天音が同一人物と思えなかった。だがどれだけ別人のようだとしても彼女は間違いなく自分の幼馴染だ。いや…幼馴染だった人だ……。
もう何度目になるだろうか。込み上げて来る涙を拭いながらトボトボと町の中を徘徊し続ける。まるで幽鬼の様な足取りをしているからかすれ違う人は少し怪訝な眼を向けて来るがどうでも良い。
もう……死んじゃった方が楽になるのかなぁ……。
ついにはそんな取り返しのつかない考えまで持ち始めた龍太の耳に何やら言い争いの声が聴こえてきた。
「だからやめてって言ってるでしょ!!」
「このアマ、引っ掻きやがったな!!」
前方から聴こえてきた声に何となく顔を向けてみると3人の人物が言い争っていた。
1人は自分と同じ高校の女子の制服を着ているツインテールの少女、そして後の2人は見た目から推測して大学生ぐらいの年齢の青年だ。
橙色の髪をツインテールに両サイドで束ね、そして高校生にしては発育の良い体系をしている。ハッキリ言って間違いなく美少女と呼ばれる女の子だ。
別に盗み聞く気はなかったが3人のやり取りは大きかったので嫌でも話の内容は耳に入って来た。
「お前がぶつかったせいで服にジュースのシミができたじゃねぇかよ。バツとしてちょっと付き合えよ」
「何がぶつかったせいよ! アンタ等がいきなりウザいナンパして絡んで来たからちょっと突き飛ばしただけじゃない!!」
「だとしてもお前が服を汚したんだから責任取れよ!!」
どうやらあの青年達は嫌がる少女に因縁を付けて絡んでいるようだ。それにあのどこか下品な笑み、間違いなく服の弁償じゃなくて女の子の方が目的なのだろう。
別に僕には関係ないことだし……それに今は誰かを助ける気にもなれない……。
薄情な気はするが誰だって自分の身が一番かわいい。それを裏付けるかのように他の通行人たちも見て見ぬふりを貫いている。
「た、助けて! 誰かこの二人を……!!」
必死に助けを求める少女の声が耳に入った者は割って入るどころか小走りでその場から逃走する。
「たくっ、いい加減にしろよお前!! こーこーせいなら責任くらいとれよ。ほら、こっち来いよ!!」
「や、やめてぇ!!」
埒が明かないと思った青年達は強引に少女を連れて行こうとする。
いよいよ身の危険を感じた少女は目尻に涙を浮かべながら必死に声を出して抵抗する。
その悲痛な声を聴いて気が付けば龍太は少女と青年達の間に割って入っていた。
「あん? おいチビ、お前いきなりなんだ?」
「もうその辺で勘弁してあげてください。泣いてるじゃないです」
「ああん、いきなり横から入ってきて何ふざけてんの?」
相手が自分よりも背丈の低い高校生だからか青年達は怯えも一切見せず龍太を睨みつける。
「俺達はコイツに服を汚されてんの? わかる、こーゆーのって器物破損だからちょっと責任とってもらおうとしただけよ」
「分かりました。クリーニング代は僕が出すのでそれでもう彼女は許してあげて……」
「何がクリーニング代だコラァッ!! いいから消えろやチビ!!」
いつまでも邪魔をしてくる龍太に堪忍袋の緒が切れた青年の1人が不意打ちに蹴りを放って来た。
だがなんとその蹴りを龍太は軽く避けて見せたのだ。そのせいで勢い避く蹴りを突き出した青年はバランスを崩しその場で尻もちをついてしまう。
「こ、このチビがッ!!」
目の前で恥をかかされた青年は赤面したまま拳を握り龍太の顔面に拳を繰り出す。
だが龍太はその拳を掴むとそのまま渾身の力で男の拳を握り込む。
「いでっ、いでででででで!!」
「お願いだかやめてください。そちらが手を出すなら僕も黙っていられませんよ」
「こ、この野郎!!」
拳を掴まれている男は痛みのあまりその場で膝をついて苦悶の表情を浮かべる。
もう片方の男も殴りかかって来るがその拳もキャッチ、そして同じように渾身の握力で拳を握りつぶさんばかりに力を籠めて握る。
とある理由から彼は体を鍛えており、服の上からでは分からないが屈強な肉体と力を彼は兼ね備えているのだ。
完全に見た目で自分よりも遥かに格下と思っていた青年達は喧嘩を売る相手を間違えていた。
「いだっ、いだい!?」
「だ、だずげでぇ!?」
本当に拳が潰されるのではないかと思われるほどの激痛に悶える青年達。反対の拳が空いているにも関わらずそっちで攻撃しようと言う気力すら彼等の頭には湧いてこず情けない声と共にその場で膝をついて唸り続ける。
それから約1分間ほど経つとタイミングを見計らい解放してあげた。
「まだやりますか?」
幼い顔立ちのせいで睨みつける顔に威圧感はほとんどない。だがそのギャップと相反する得体のしれない強者感に青年達は大慌てでその場から逃げて行ってしまった。
「はあ……」
ようやく馬鹿馬鹿しい時間が終わったと思いそのまま立ち去ろうとする龍太だったが、急に背後から何者かに腕を掴まれて動きが止まった。
「そ、その…あの……」
振り向けば絡まれていた少女が引き留めていた。
もうてっきり逃げたものかと思っていたので少し驚いていると少女は何やらもにょもにょと口を小さく動かしている。
「えっと……何かな?」
「あ…え……べ………」
「べ?」
「別に感謝何てしていないんだからね!!」
いきなり声のボリュームが急上昇して叫ばれ思わず呆気に取られてしまう。
「そ、その…私は助け何て求めていなかったんだからね!!」
「え、でも助けてって言っていたよね?」
「そ、それは聞き間違いよ!! とにかく恩を売ろうと考えているなら無駄よ!!」
何なんだこの娘、ハッキリ言って情緒不安定なんじゃ……。
先程はてっきりこの少女が一方的に絡まれていると思っていたがこの様子だと彼女にも責任はあったのかもしれない。
まあでもどうでもいいや。実際目に入ったから助けただけだし……。
これ以上は話をする必要もないと思いその場から離れようとするが何故かまだ腕を掴まれてその場に引き留められる。
「なに、別に感謝しなくてもいいから手を放して……」
「な、名前……」
「え、名前?」
「だ、だからあんたの名前を教えなさいよ!」
「はあ……金木龍太だよ。……もういい?」
「そ、そう。わ、私の名前は月夜愛美よ。クラスは1年2組で好きな食べ物は苺大福。そ、その……別に憶えてもらわなくてもいいんだからねっ!!」
そう言うと彼女は顔を真っ赤にしながら脱兎のごとくその場から逃げるように走り去っていく。
「何なのもう。今日は本当に厄日だよ」
とは言えあの訳の分からぬ同級生のせいで自殺しようかと言う考えは消えた。その点だけは感謝しておくべきなのかもしれない。
だがこの時にまだ龍太は知らなかった。この少女との出会いが絶望の底に居る自分に希望を与えてくれ、彼女は自分を救ってくれた女神だったと言うことを。
偶然にも知り合ったこの二人、この翌日から失恋したての少年とどこか素直になれないツンデレ少女の甘酸っぱい高校生活が始まる。