クズ男が修羅場に陥りかけました
「いやーそれにしても今日は楽しかったね大知君♪」
「ああそうだな。偶にはカラオケも悪くないかもな」
ストレス発散の為にカラオケ店で時間が許す限り歌い続けた天音と安藤の二人。
店の外へと出ると外の景色はもう赤みを帯びておりすっかり夕方近くだ。
「本当は今日は大知君とお家デートの予定だったけどアイツ等のせいで結局はカラオケでストレス発散になっちゃったね。どうかな安藤君、よければ明日は私の家でのんびりしない?」
もっと互いに触れ合いたいと思いながら天音は腕にすり寄って来る。
そんな彼女に対して安藤は申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げる。
「いやごめんな天音。明日はちょっと家の都合があってさ……」
「そう、なら仕方ないかな…」
残念ではあるが用事があるのであれば仕方がない。そう諦めを見せる天音の様子に安藤が内心で安堵する。
ふうあぶねぇあぶねぇ。明日は別の女と遊ぶ予定があるんだってーの。
彼の口にしていた都合、その内容は信じがたく下種な理由であった。
学校の玄関先で愛実が言っていた通りこの安藤は女遊びが激しい。そしてその行動は同じ学園の人間相手にはとどまらない程に活発なのだ。他校の女子生徒や更には女子大生にまで手当たり次第に声を掛けてキープをいくつも作っている。しかも質の悪い事にこの男は同じ学園内では決して複数の人間と恋仲の関係を築かない。同じ学校内で複数人と恋仲関係を持っていれば簡単に勘付かれて悪評が大々的に広まってしまうからだ。だからそれぞれ別の学校から1人1人の気に入った女と偽りの恋人を演じて浮気に勤しんでいる。
明日はこの近くの大学に通っている女と遊ぶ予定だからな。その次の日は別の高校の女の家でデートもあるし、はんっ、モテる男は辛いってね。
隣で腕に抱き着きながら歩いている天音を内心で馬鹿にして舌打ちをする安藤。
くそっ、今恋人のフリをしてやっているコイツや他のキープの女みたいに本命の愛美も軽い性格だったら少し口説いて今頃デートできていただろうに。
彼にとっては天音をはじめ自分と交際関係を構築している女は全て自分の優越感を満たす道具でしかなかった。だが天網恢恢疎にして漏らさず、不思議なことにこの世の中は悪事を働く者をいつまでも見過ごすほどに優しくはない。
「あれ安藤君じゃん。おーいこんなところで奇遇だね!」
「え…なっ、何でお前が!?」
人を騙す者はどこかで必ず報いを受ける様に出来ているのだ。
「何を素っ頓狂な声出してんの? もう安藤君は相変わらず面白いねぇ」
「え…誰ですか…?」
背後から安藤に対して気さくに声を掛けて来たのは背の高くスタイルの整った年上と思われる1人の女性であった。
一切の面識のない天音は当然首を傾げるが、隣の安藤はこの女性の登場に一気に顔面が青ざめる。何故なら目の前の女性は安藤がキープとしていた女の1人なのだから。
「え…その娘って誰……? 何で腕組んで歩いているの?」
相手の大学生ぐらいの女性は安藤の隣でまるで〝仲の良いカップル〟の様に腕を組んでる天音の姿を見て眉を寄せる。
「ち、違うんだ。彼女は俺と同じ学校の友だ『私は大知君の彼女ですけど』…おまっ!?」
どうにかこの修羅場を切り抜けようと頭を回転させる大知だがその悪あがきを潰さんばかりに天音が自分こそが彼女だと言い張る。
「私はこの大知君と正式にお付き合いさせてもらっている高華天音と言います。あなたこそ私の大知君とどういう関係だと言うんですか?」
「ちょっとふざけないでよ! これはどういう事なの安藤君!?」
「……大知君? これはどういう事なの……」
やばいやばいやばいやばいどうにかしねぇと!?
必死に上手い言い逃れ方法を模索する安藤。
まさかこのタイミングでキープしている女の1人と遭遇するだなんて完全に計算外であった。
「ねえどういう事なの大知君!? あなたの彼女はこの私のはずだよね!?」
「まさか安藤君……私以外にも複数人の女性と関係持っていたの? 自分の好みはあなたのような年上の女性だなんて言っていたくせに……!!」
二人のセリフを聞き流しながら安藤は必死に頭の中を高速回転させる。そして自分が出来る限りダメージを受けない選択を弾き出そうとする。
考えろ……ここでどっちを取れば俺の傷は最小限なのか。どちらも遊び目的の女ではあるがやはり同じ学校に通っている天音の方が優先的だ。母校で俺の悪い噂なんて流れたらもう本命の愛美を手に入れるチャンスもねぇ。それに今後の学校生活にも多大な影響が出る。だったら俺が今取るべき選択は1つだ……!!
「たくっ、いつまでもしつこい女だぜ」
急にしかめっ面になりながら安藤は隣で狼狽えている天音を抱き寄せながら口を開く。
「もうお前とは終わった関係だろうが。いつまでも元カノが未練がましく付きまとうなよなこのストーカー女め」
「え…な、何を言っているの安藤君? ちょ、ちょっと待ってよ!?」
「生憎だが俺の今の恋人はここにいる天音だけだ。そして愛している女性もコイツだけだ」
「そ、そんな事急に言われても意味が分からないわ! ど、どうして……」
相手の女性からすれば理不尽極まりないだろう。彼女にとって安藤の恋人は自分なのだ。それなのに別の女と遊び、挙句には勝手に元カノ扱いされている。
混乱の極みに陥る女性を無視して安藤は冷酷に彼女を切り捨てる。
「俺とお前の関係は当の昔に終わっているはずだ。だからもう俺に付きまとうなよ。俺にとって大事な人は天音だけなんだから……」
そう言いながら彼はお前に心は無いんだと言わんばかりに天音の唇を女性の目の前で奪う。
眼前でその光景を見せつけられた相手の女性は呆然とした表情をしながらその場で力なく膝をつく。
「だ、大知君♡」
「心配しなくても俺の今の恋人はお前だよ。コイツはさっきも言った通り元カノに過ぎない。それも未練たらたらのな…」
「やっぱりそうなんだ。いい年上が年下の男の子に付きまとってみっともない…」
安藤のその言葉に安心したのか彼に対して向けていた疑いを解く天音。
強引に天音を黙らせ納得させると安藤は彼女と共に急いでその場を離れる。もうこれ以上この場に留まって自分の抱えている醜い真実を自棄になったあの女に暴露されない為にも。
一方的に裏切られた相手の女性はショックが大きすぎるあまり追いかける素振りも見せずその場で蹲って涙を零す。
「ひ、酷い。完全に私とは遊びだったんだ。うぐっ…うぁぁぁ……」
悲しみに暮れる女性の姿を離れながら見ていた天音は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて安藤に話しかける。
「未練がましい女って本当にみっともないよね。大知君はもう私の物なのにねー」
「ああそうだな。本当…勘違い女ってのは見ていて痛々しいな」
そのセリフを口にしながら安藤の視線は蹲る女性、ではなく隣でご機嫌状態の天音の方へと向いていたのだった。
はんっ、お前も所詮はただのキープだ。いずれあの馬鹿大学生と同じくポイしてやんよ。
今はまだ自分の幸せを疑っていない天音であるが、そう遠くない未来に彼女は思い知る。安藤大地と言う人間には自分を幸せにする気概など欠片もないと言う事に……。




