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君への愛を世界に叫ぶ

   5


 ――ヴァンが目覚めたときには、既にメディアは活動を始めていた。

 人工冬眠に就いていた部屋の端末を使って何か作業を行っているのを、彼女の姿を求めて施設を歩き回った彼は発見する。

 彼女の側らにはパガニーニの姿があり、彼も端末の鍵盤(キー)を忙しなく叩いていた。まるで一流のピアニストのような手つきだ。まばたきひとつせずに、モニターを見つめていた。

 部屋に入ると、彼女がこちらの気配を感じ取って視線を向けてきた。

「おはよう」素っ気ないが、愛想が悪いとは言えない程度の距離感の挨拶だ。

「おはよう。何してるの?」とヴァンは興味津々の顔で、彼女の近くに歩み寄った。

「他に似たような施設がないか探してるの」彼女の表情には意気込みが感じられる。

似たような施設――ヴァンは、胸のうちでその言葉を反芻(はんすう)した。

「人工冬眠装置のある施設を探してるってこと?」

 少し眉をひそめた顔で、導き出された仮説を口にする。

「そう、仲間を探すの」彼女は出来のいい生徒を見るような目を彼に向けた。

仲間か――ヴァンは難しい声を胸中で漏らす。

生き残った人間としては当然の行為なのかもしれない――チクリ、とヴァンの胸が痛んだ。そうせざるを得ない理由を作ったのは自分……そんな風に思う。

「あと、ホムンクルスとオートマータの戦争を止めるための魔法式(プログラム)を開発しているの」

 彼女は別段自慢する様子もなくそう言い放つ。

「戦争を止める!?」

 さらりと彼女が口にした言葉に、ヴァンは驚愕し目を(みは)る。

 そのために、危険な遺跡の探索を繰り返してきた。未だに少年と呼ばれる年頃の域を出ていないが、大仰な言い方をすれば生涯を捧げてきたのだ。

 目の前の少女は、それを実現させると言っているのだから、驚くなという方が無理だ。

 ――そう、少女という点も重要だった。

 彼にとって強大な魔法を行使し、自分たちを生み出した存在という事実から導き出される人類のイメージは、漠然としてはいるが「賢者」という言葉で表現される。

理知的な風貌をした中年から老年の人物を思い抱いていた。だから、実物との落差(ギャップ)に、正直なところ落胆した部分もある。

「だって、ホムンクルスとオートマータが戦争してたら、おちおち旅も出来ないでしょ? 仲間を探しに出て、戦闘に巻き込まれるなんて冗談じゃないわよ」

 メディアは唇を尖らして語る。まるで、買い物に出るのに雨が降っていたら嫌でしょ? と同意を求めるような口調だ。

「それは具体的にどうやるの?」彼は茫然とした思いを引きずりながらも尋ねる。

「魂に感染するウイルスを応用するの」説明を求めた途端、彼女の表情が得意げなものに変化した。

どうやら、彼女は学者肌にありがちな、自分の研究のこととなると饒舌になる性質(たち)らしい。

「魂に感染するウイルス?」得意げに語るメディアに、ヴァンは鸚鵡返(おうむがえ)しに問う。

「あなたたちは知らないかもしれないけど、人間だけじゃなくて、魔術によって生み出された生き物にも魂は宿るの。それはオートマータなんかも一緒よ」

 パガニーニを指さしながら、メディアは言葉を続ける。

「で、そこで出てくるのが魂に感染するウイルス。攻撃しようという意思に反応して魔力の流れを阻害するよう式を構築しておけば、ホムンクルスは魔法を(つか)えず、オートマータは機能が停止するって寸法よ」

 首都の大学でも聞いたこともない話を、彼女は料理のレシピを語るような調子で喋った。

「そ、それは一体どれくらいの時間で出来るの?」

 ヴァンは勢い込んで訊く。

「元となるデータはあるから、数週間ぐらいかしら?」

 彼女は小首を傾げながら応えた。

(数週間……)

 たった数週間で悲願が成就するのだ。

 嬉しさを感じるよりも、衝撃が大き過ぎて茫然となってしまう。

「だから、あなたも手伝いなさい」

 ヴァンの麻痺した思考を、メディアの高飛車な一言が現実に引き戻した。

 彼女の物の言いように、彼はカチンとくる。自然と眉間に力が入り、表情が不機嫌なものとなった。

「何よ、その表情は? ホムンクルスの癖に生意気よ」とメディアはこちらを睨みつけた。

「僕は君の(しもべ)でも、助手でもない。大体何だよ、『ホムンクルスの癖に』って」

 頭では、「彼女にとって、ホムンクルスは召使いも同然」と分かっていても、口調が刺々(とげとげ)しくなるのは止められなかった。昨日の食事のときは、「僕がこの娘を守らなければ――」という気分になったが、今はそんなことを思った自分が信じられない。

「……」「……」二人は、無言でしばし睨み合う。そして同時に、勢いよく顔を背けた。

 まったく可愛くない――憤然とそんな印象を抱く。

 と、そこで側に立っているパガニーニのことを思い出した。

(戦争を終わらせるかもしれない行動を取っているメディアに対して、何を思ってるんだ?)

 普通に考えれば戦争が終わることは喜ばしいことだが、彼がそうとは限らない。

 余りにも長い間、ホムンクルスとオートマータは没交渉できた。

 相手がどういった思想や信条を持っているのか、情報が少ない。だから、彼が何を考えているか判らなかった。それが不安だ。

「パガニーニ、君はどうするつもり?」ヴァンは率直に尋ねることにし、小さな声で話しかける。

「どうするとは?」パガニーニが平淡な声音で聞き返した。

「彼女が戦争を終わらせるかもしれない……それを妨害する意思はあるの?」

 婉曲や省略表現の通じない相手に、少し苛立ちながらも言い直す。

「それがオートマータに対し害をもたらすものでない限り、妨害する意図は持ち合わせていない」

 パガニーニははっきり「(いな)」と口にした。

「そう、か」ヴァンは安堵を覚え小さく肯く。口もとには淡い笑みが浮かんでいた。


      †


 少し遅い朝食をヴァンは用意した。勿論、それは料理と呼ぶほどの代物ではない。

 同じテーブルをメディアとパガニーニと囲んでいる。

 それでも、メディアは頬を弛めて美味しそうに口に運んでいた。

 その様子を、ヴァンは嬉しく思いながら横目で眺めている。

 ふと、彼女がその視線に気づいた。

 彼女の目線が動揺したように一瞬宙をさ迷う――その末にメディアが口にした台詞は、

「ふん、美味しく出来てるじゃない」というものだ。

 強気な笑みでの上からの発言に、ヴァンは少し腹が立つ。ムッと思わず顔をしかめた。

 その反応を見たメディアが、再び挙動不審な様子を見せた。眼を逸らして、口をもごもごさせた。

「あ、ありがと」と彼女はまるで言葉を覚えたての幼児のように、たとたどしく礼を言う。

 その言葉に、ヴァンは眼を丸くした。

 正直なところ、この少女のパーソナリティが理解できない。

 泣き出すかと思ったら人に命令したり……

 だが、不意にヴァンはある推測にたどり着いた。

(もしかして、もの凄く不器用――?)

 だとしたら、今までの彼女の態度にも説明がつく。

 ヴァンの口もとに自然と笑みが浮かんだ。

「な、何よ……?」そんな彼の表情に、メディアは動揺を見せる。

 その反応が面白くて、益々ヴァンの笑みは深くなった――

 食事が終わった後、メディアに「世界の現状について教えて」と請われ――実際には、「教えなさい」と命令された。正直気分が悪い……――ヴァンとパガニーニは説明を行った。

「つまり、ホムンクルスの国の政治制度は議院内閣制で、軍事を除くと文化や技術レベルは中世程度ってことね。ただし、都市部は例外的に近代化を遂げている」

 メディアが、聞いた話を元に状況を整理する。

「そして、オートマータの国は独裁制――というより、国家自体が純粋な意味でのシステムになっているのね。首都は工業都市から都市機能を差し引いた感じ、つまりは大きな工場と整備場になっていると」

 彼女の喋り方は常に上から目線で偉そうだ。

「そもそも、何でホムンクルスとオートマータが戦争してるの? 教えなさい」

 メディアがヴァンの方を見やって顎をしゃくる。

「そういう言い方はないだろ」ヴァンは、つい棘のある言い方をした。

「ほんと、ホムンクルスの癖に生意気ね」

 彼女はそんなヴァンを睨みつけた後、パガニーニに目線を移す。

「いいわ、あなたが答えなさい」

「残念だが、私は知らない」とメディアの問い掛けに、パガニーニは素直に応えた。

 ……――それが何となくヴァンは面白くない。

(なんでだろう?)

 正直、自分でも不思議だった。

「もうちょっと、ホムンクルスの魔術について聞きたいんだけど」

 答えるのが当然、という態度でメディアがパガニーニに言う。

円盤(ディスク)はそれぞれ属性があり、組み合わせによって発現する魔術が変わる。また、発動旋律(モーション・メロディー)の曲調はそれぞれの魔術を連想させるものだ。円盤(ディスク)回転数(ピッチ)も、発現する魔術の種類を決定する重要なファクターになっている」

 淡々とパガニーニが魔法盤騎手(ターン・ウィッチ)の魔術の原理を説明した。

 すらすらと彼の口から流れ出る言葉に対し、ヴァンは寒気に似たものを覚える。

 理由は判らないが、オートマータはホムンクルスに度々戦争を仕掛けてくる――そんな相手がこちらの重要な武器である魔術を熟知している……

 彼らが好奇心で情報を集めたとは思えない。ホムンクルスを殺すために研究したはずだ――改めて、ヴァンはその恐ろしさを感じた。

「で、パガニーニが言ってることは正しいの?」

 メディアが、ヴァンに目線を移して確認する。

「うん……」と彼は正直に肯いてしまった。パガニーニが喚起させた恐怖が、彼の思考を鈍らせている。

「ふーん、不便なものね」メディアは、先人たちが血と汗の滲む研鑚の果てに築き上げたものを、そんな風に評した。軽く眉に皺を寄せている。

「複数で協力して魔術を行使する場合はどうするの?」

 疑問を感じている表情で、彼女は言葉を続ける。

「二人から五人で遣う魔術には、連携魔術(ギグ)がある。魂の繋がり――(パス)を生むことで顕現させることができる。ただし、円盤(ディスク)の相性が悪いと、連携魔術(ギグ)は成立しない。六人以上のホムンクルスで顕現させる魔術は、楽団魔術(オーケストラ)と呼ぶ」

「へー、(パス)をホムンクルスも操れるのね」

 パガニーニの言葉に、メディアは感心した声を出す。そして、再びヴァンに顔を向けた。

「生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)には接続できるの?」

 と彼女は、ヴァンに尋ねる。

「生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)?」と彼は怪訝な表情を浮かべた。

 途端、メディアの顔つきが、こちらを小馬鹿にしたようなものに変化する。

「教えてあげましょうか?」わざと丁寧な言葉づかいで、彼女は訊いてきた。

 う……、とヴァンは胸の裡で唸る。相手が、「教えて下さい」とこちらが下手に出ることを欲しているのは理解していた。

 ただ、好奇心は抑え切れない。先程の、パガニーニに対し感じた薄ら寒ささえ、未知の知識に対する好奇心が打ち消していた。

「――教えて下さい」とヴァンは表情を屈辱に歪めながらも頼む。

「よくできました」勝ち誇った顔で、メディアは小さな子供を褒めるような台詞を口にした。

 正直、ヴァンは不愉快だったが、わざわざ下手に出たのをぶち壊しにするのは馬鹿らしいので、ぐっと我慢する。

「生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)は地球上に存在する魂を記憶&演算装置として利用したものよ。心理学の巨人ユングが、『人間の意識は根源で繋がっている』って提唱してたけど、厳密にはそれは間違いで魂が繋がっているの。で、それをネットワークとして繋げれば生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)の完成よ」

 メディアが得意げに語った。

 ヴァンは正直馬鹿にされているようで――というか、実際に見下されているだろう――悔しかったが、新たな技術の知識に触れる喜びも感じている。結果、微妙な表情を浮かべる羽目になった。

「ついでに教えてあげると、あなたたちの魔術に音が伴なうのは、本来は人間の技術の魔術をホムンクルスが不完全な形で遣ってるから、世界の法則から反発を受けて不協和音を発しているの」

 人さし指を立てて、上機嫌な顔でメディアは話す。

 不完全――自分たちの技術をそう評価されて嬉しいはずがない。

 ヴァンは癪に障って、「じゃあ、その完全な魔術っていうのを見せてよ」と喧嘩腰の口調で言い放った。

「いいわよ」余裕の表情で、メディアは首肯する。

 ――彼女の立てていた人さし指の先に、夜空の星の光のような物が生まれた。球形の白い光の塊だ。ただ、それだけだった。

「……それだけ?」ヴァンは目を点にして、思わず尋ねる。

「な、何よ、これじゃ足りないっていうの?」

 そんな反応は予想していなかったのか、彼女は動揺を見せた。

 ――正直なところ、地味だ。ヴァンは肩透かしを喰らった気分だった。

 伝説の存在が自慢げに「見せてやろう」とと言うのだから、もっと派手なもの――例えば、天地が引っくり返るような地震などの災害を自然と想像してしまった。冷静に考えれば、もしそういった魔術が実現可能だとして、実際に顕現させられたら大変なことになるが……

「貧弱だな」ヴァンが口に出して言えなかったことを、パガニーニがあっさりと口にし、メディアの魔術をバッサリと切り捨てた。

「……っ」メディアが小鼻を膨らまし、顔を紅潮させる。

「しょうがないでしょ、あたしは研究者で実技は苦手なの! 大体、軍人じゃないんだから、軍用魔術だって遣えないし――」

 自分で口にしていて言い訳くさい台詞だと思ったのか、彼女の言葉は後半勢いを失くした。

 そんなメディアを見ていると、ヴァンは彼女に対して感じた苛立ちを忘れてしまう。

 高飛車なところがあるが、なんというか可愛いところもある――

「ねえ、魔導兵器について教えて欲しいんだけど」

 そんな思いを抱いていたせいで、抵抗もなくヴァンは尋ねることができた。

 脳裡に、遺跡を探索している途中で襲ってきた食人鬼(オーグル)の姿が思い浮かぶ。ホムンクルスやオートマータが人間の従僕だったとして、彼らの役割は――?

「……何が聞きたいの?」

 恥をかいたばかりで居丈高な態度を取るのは無理があったのか、メディアは素直に応える姿勢を見せる。

「何というか、魔導兵器が何なのかということ自体――」

 対象となるものについての知識が不足し過ぎていて、質問の内容を絞りきれない。

 勿論、遺跡で集めたデータや資料から断片的に理解はしているが、恐らくメディアのそれには足もとにも及ばないだろう。

「魔導兵器っていうのは、名前の通り戦争のために生み出された魔術による兵器よ。あたしが人工冬眠に就く前、世界規模の戦争が起こっていたから、そういった物が求められていた。魔導兵器は、魂を定着させやすいように大半は肉体を備えているけど自我はない。魔法式(プログラム)に従って動く――」

 ここで、彼女は言葉を切った。表情が沈む。そして、「哀れな存在よ」と言葉を接いだ。

「魔導兵器に魂が……」

 ヴァンは大きな衝撃を受ける。

「驚くことじゃないわ。ホムンクルスやオートマータだって、自我を備えている点を除けば魔導兵器と同じ――魂を持ってるでしょ?」

 メディアは「何てことはないでしょ?」という調子で言った。ただその顔は、とても己の言葉に納得しているとは思えないものだ。苦悩が瞳の奥に宿っている。

 彼女は何か大きなものを背負っている――そんな気配をヴァンは感じ取り、気遣わしげな表情になる。

 が、そんなメディアを目覚めさせたのは自分だ……口を開きかけて、彼は言葉を呑み込んだ。


      †


 ――そして、ヴァンは後ろ髪引かれる思いを抱きながらも午前中に遺跡を後にした。

 メディアの鼻持ちならなさには正直苛立ちを覚えるが、それでも彼女を目覚めさせた責任を感じているのだ。

だが、パトリシア一家に今日までに帰ると言い残してきたから、顔を見せなければ彼らが心配する。

 そのことを告げたとき、メディアが留守を言い渡された子供のような心細そうな顔をした……それが、ヴァンの網膜に()きついていた。

 一応忠告として、「パガニーニがもしかしたら危害を加えるかもしれない」と彼女に耳打ちしたが、

「大丈夫よ。ホムンクルスやオートマータの魂には、聖書規定(バイブル・コード)っていうのが組み込まれていて、人間が死に至るような行為は出来ないようになってるの」

 彼女はどこか強がっている表情で言葉を返す。

 ――帰路についたヴァンの歩みは、普段とは比べ物にならないほど早かった。


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