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君への愛を世界に叫ぶ

   4


 人工冬眠から目覚めてすぐ――ヴァンとパガニーニを退出させ、メディアが最初にしたことは、端末を使ってネットワークに接続することだった。

他者を退出させたことで表情を取り繕う必要がなくなり、悲愴さが漂う。眉間に寄った皺はナイフで切りつけた傷のようだ。

 小は監視カメラから、大は報道カメラに至るまで、彼女が眠りについてからの情報を収集していた。

 そこに残っていたのは、悪夢の光景だ。観ているだけで濃い血臭(ちしゅう)が鼻腔に満ちていくようだった。

 人々が突然異形と化し、周囲の人間に襲いかかる。

 ――幼児が甲虫を思わせる怪物に変貌し、母親の頭部を音を立てて貪り食った。

 ――震えて恋人の胸板に抱きついていた若い女性が、猛獣じみた姿となり彼氏の(はらわた)を引きずり出す。

 ――警官に付き添われていた老人の全身が鱗に覆われ、鋭い牙の並んだ(あぎと)で胸部の肉を噛み千切る。

 スピーカーから、絶叫と悲鳴が冥府から聞こえる亡者の合唱の如く流れていた。

 ……メディアは画面を凝視している。

まばたき一つしない。痛いほどに心臓が強い鼓動を刻んでいた。

 心は「もういい、たくさん!」「いや、やめて!」と泣き叫んでいるのに、身体が硬直して動かない。

 それは一種の拷問だった。喉の奥、胃の腑から酸っぱさが込み上げてくる。

「う――」吐き気に襲われ、やっと彼女は端末の画面から目を逸らすことができた。氷に張り付いた手を離すみたいな痛みが心に走る。

 身体をくの字に折り、「オオ、ェ……」嘔吐した。

 だが、食べ物など口にしておらず、胃液さえもほぼ分泌されていない。

だから、ただただ苦しいだけだ。

吐いても楽にならない。まるで、呪いのようだった。

悪疫(エピデミネ)……――メディアは、映像の現象に心当たりがある。

 報道の人間は、謎のウイルスが流行しているのではないかと(わめ)いていたが、それは半分間違っていた。

 人間を化物に変えていたのは魂に感染するウイルスだ。

 科学の発展に行き詰まっていた頃、歴史の裏に埋もれていた魔術が台頭した。それが禁断の(はこ)だと知らぬに人間は、喜び勇み社会の隅々にまでその奇跡の技術を取り入れた。

 ――そして、繁栄の先に人類は大きな戦争に突入した。

 その末期、年少でありながらも優秀であった彼女は、ある研究機関で兵士の強化を目的とした研究に従事していた。

 メディアの属する国家側の連合は、優秀な魔術師をオリュンポスという組織に所属させ、互いに協力させる。

 非常時ということで、兵器を開発する研究には巨額の金が投じられ、人体実験も度々行われていた。

 彼女は人体実験に反対を表明していたし、戦争のための道具の開発など(いや)だった。だが、失業した両親や妹を養うには、研究を続けるしかない。

 そんな状況の中で、彼女が開発に携わったのが『悪疫(エピデミネ)』だ。魂に感染し、肉体を変異させる魔導兵器。

 メディアの意図としては、感染力を弱め特定の人物にのみ感染するよう調整するつもりだった。

 しかし、それは彼女の知らぬ間に使われてしまう。

 メディアが自分の研究室で端末に向かっていたところ、研究所の所長である年老いた男が許可も得ずに飛び込んできて、

「強力な兵器の使用が疑われる。君は、シェルターで人口冬眠に就きなさい」

 と厳しい表情で彼女に告げた。

 半ば強制的に警備の兵士に引きずられ、メディアは今いる施設に連れてこられた。

 所長は悪疫(エピデミネ)が使用されることを知っていたのだろう。だから、娘のように可愛がっていた自分を避難させた。

 ……気づけば、頬を止め処ない(なみだ)が流れている。

 その事実が、さらに罪悪感を増大させた。

原因の一端は間違いなく自分にある。それなのに泪を流して悲しむなんて卑怯ではないか?

(みんな死んじゃった……)

両親も、妹も、所長も、みんなみんな――

罪悪感の上に、孤独感が積み上げられる。淋しさに押し潰されそうだ。

彼女は声もなく、静か(トランクィーロ)に泣き続ける。


 フラッシュバック――そこで、突然記憶が飛躍する。


 年少ながら、魔術研究者として働いていたメディア――そんな彼女の精神衛生を鑑み、彼女のもとに一人のホムンクルスが派遣された。

 年齢にして二つほど歳が離れた男の子のホムンクルスだ。栗色の短い髪と鳶色のアーモンド型の眼と愛嬌のある顔立ちをしている。

 当時のホムンクルスには親などという存在はなく、彼――アルバートも孤独だった。最初は互いに人見知りしていたが、研究者と助手という関係で一緒に働くうちに段々打ち解けていった。

「お姉ちゃん」「何、アル?」とまるで本物の兄妹のように、研究中も、食事中も、余暇も、親しく過ごした。

 ある時、根を詰めすぎてメディアが倒れた。彼女を必死な表情で医務室まで連れていってくれたのもアルフレッドだ。

 医務室のベッドの中で目覚めたとき、「ああ、お姉ちゃんよかった」と温かい笑みを浮かべた表情は、常に脳裡に焼き付いている。


 茨が食い込むように胸が痛む。

そこでふと、脳裡のアルフレッドと例のホムンクルス、ヴァンの容姿が重なった。

そういえば似てる――そう思うと、更に胸が苦しくなった。その圧迫に負けたみたいに、嗚咽がどうしようもなく漏れる。


      †


 研究室にある端末の画面の中で、重機巨人(ゴーレム)怒涛(どとう)の勢いで街並みを破壊していた。

 重量感のある甲冑、その手足を心持ち短くしたようなフォルムの魔導兵器だ。全長十八メートルの巨体が悠々と、瓦礫を踏み潰しながら進む。

 地下資源の豊かな小国を巡り、大国がぶつかり合っていた。その結果が、目の前の光景だ。……そして、犠牲になっているのは罪のない市民だった。

 重機巨人(ゴーレム)の魔術「爆破(エクスプロージョン)」によって、瓦礫の山が生まれる。

 その残骸の中に、逃げ遅れた無数の人々が骸となって埋もれていた。

 一部が、血まみれの上半身をカメラの前に晒している。

 レポーターがヒステリックに戦場の悲惨さを訴えていた。歌劇(オペラ)の歌い手のように、大げさな表情と仕草だ。

だが、「死」という圧倒的なリアルの前では、そんな口上など安っぽい三文芝居にしか映らない。

「こんな悲劇は早く終わらせなくてはな」

 気づけば、背後に年老いた男が立っていた。知性的な顔つきで、伝説に出てくる賢者を連想させる。

「そのためには、メディア――君の力が必要だ」

 所長は期待に満ちた眼差しを彼女に向け、肩に手を置いた。手のひらの温かさが布地越しに伝わってくる。

 メディアの胸中では「戦争の道具なんて作りたくない」という思いと「でも、それで戦争終結に貢献できるのなら」という願いが束の間、ぶつかり合った。

だが、葛藤は段々弱くなる(クレッシェンド)。(かすみ)を食って生きる訳にはいかない……その現実が妥協を彼女に強いるのだ。

 結局、自分は最後には顔を背ける――諦念とも自嘲ともつかない感情が胸にわだかまる。

「うん」――メディアは無理に笑みを浮かべ首肯した。夫を健気に死地に送り出す妻女のような表情だ。

「君はいい子だ。ほら、そのお陰で――」

 所長の瞳に(かげ)が差す。――その瞬間、彼を含める周囲の景色が歪んだ。蜃気楼(しんきろう)に似た現象が収まった後には、異形が目の前に佇んでいる。

 寸前まで所長だった「モノ」は、キチン質の身体を持つ生物に変貌していた。複眼の視線がメディアを捉え、額から()えた触角が小刻みに震えている。

 彼女の肩に触れている手も、カーブを描く二本の爪が備わる前脚へと変貌を遂げていた。

「……!」メディアは、声も上げられず恐怖に凍りつく。心臓だけが、人の手を逃れようとする魚の如く暴れた。

「ホォォラぁ、君ノオ陰デェェェぇ、コ、コ、コンナ風ニナッテシマッタヨォォォォぉ!」

 ノイズが混じった機械音声のような声で、異形は叫んだ。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 彼女は、自分の悲鳴で飛び起きた。激しい動悸がし、呼吸が全力疾走の後のように乱れていた。

 小動物の如く怯えながら、視線を巡らせる。そこが、研究室ではなく居住区画の一室であることを確認し、やっと胸を撫で下ろす。

 ――そうだ。自分は人工冬眠から目覚め、ホムンクルスの作った料理を食べた後、眠りに就いた、その事実を認識した。

うう……、恐怖が去り落ち着くと、罪悪感が心に重くのしかかった。それに比例し、身体から力が抜ける。

 親しかった人間も、あんな風になってしまったかもしれない。そう考えると、胸が張り裂けそうだ。――メディアは、悲しげ(ドレンテ)に闇の中で嗚咽(おえつ)を漏らした。


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