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君への愛を世界に叫ぶ


   第二章 目覚めの魔女と一人と一機の騎士


   1


 町の子供が悪戯で開けてしまったという遺跡を、ヴァンは探索していた。

腰には愛用の、工業魔術(アルキミア)によって鋳造された単分子製の刃を備えた騎兵刀(サーベル)を下げている。

彼は基本的に銃を使わない。相手の命を奪う確かな手応えというのがない銃器を用いることで、両親の命を奪った者たちと同類になってしまう気がするからだ。

魔術や剣術も含め生き方の全てを学んだといっても過言ではない師、アンジェラから銃の使用方法も叩き込まれているが、それでも用いる気は欠片もない。

それにしても……――と彼は訝しむ。

 そうそう都合よくいくものなのか? 年端のいかない子供が偶然遺跡の扉のロックを解除できるのか、疑問に思っていた――。

 その遺跡は、『眠れる森の魔女』が眠っているという遺跡と同一の場所だ。滝の裏側などという人目につきにくい地点に入り口があった。

 そして、遺跡はヴァンが予想していたよりも遥かに広大だった。

 地図を作成し、ときおり壁に印を残しながら進んでいるが、一向に終着点にたどり着く様子がない。

 無機質な通路は、時間と方向の感覚を狂わせる。まるで樹海を進んでいるようだ。

ただ歩いているだけで、圧迫感に襲われた。ひらすら息を止めて水の中を泳いでいる気分になる。

(一度引き返した方がいいかな?)

 とりあえず、入り口付近に守衛(ガーディアン)の類がうろついていないことは確認されている。

 町の安全は確保されたといっていい。扉を閉じるなり塞ぐなりすれば、誤って子供が迷い込むということもないだろう。

(だけど……『眠れる森の魔女』を発見したい)

 数百年前の話だから、本人に巡り合えるとは思っていない。

しかし、ホムンクルスとオートマータの戦争が人間の命令に端を発するものであるという証拠を見つけることができるかもしれない。

 傾斜に従い下へ進むうちに、フロア数階分の距離を(くだ)った。

 ――二時間後、明らかに単なる通路とは違う区画へと足を踏み入れた。扉が幾つか等間隔に並んでいる。

 ヴァンはそのうちの一つを、キーに不正アクセスし開錠した。

「……ッ!」開け放たれた扉の中を目の当たりにして、彼は息を呑んだ。

 非常灯に照らされた、人の背丈よりも数倍高い円筒形のガラスケースが無数に並んでいる。

 そして、液体が満たされたその中には異形が窮屈そうに浮かんでいた。(からだ)には無数のチューブが刺さっている。

 眼を閉じてはいるが、その凶悪な容貌は少しも損なわれていない。鋭い犬歯が口もとからはみ出し、手足には(やいば)を思わせる鉤爪が備わっていた。体躯は身長、体重ともにヴァンの数倍はありそうだ。

食人鬼(オーグル)……――民話にある鬼を思い出す。

 どうしてそんなものがケースの中で眠っているのか?

「ここは魔導兵器の研究所――?」ヴァンは訝しさと戸惑いの入り混じる表情で独白する。

 ホムンクルスやオートマータも、人間によって生み出されたのだから、怪物を造ることだって可能だろう。その道徳的是非は別にして……。

突如、不快な音が耳朶(じだ)を叩く。警報だ。ヴァンの身体が一気に緊張する。

「侵入者を感知。施設職員は最寄りの部屋に退避して下さい」

 通路の天井から分厚い鋼鉄製の隔壁が降りてくる――が、それは途中で動きを止める。風化の結果、故障が生じているようだ。

 視線を走らせ状況を見極めていたヴァンの眼に、もっと厄介な事態が進行している光景が飛び込んでくる。

 食人鬼(オーグル)のケースから溶液が排出されていた。

 それが何を意味するのか?

まさか……――考えたくはないが、反射的に彼は導き出される答えを悟っていた。

 食人鬼(オーグル)の瞼が数度痙攣する。双眸が開けられ、縦に裂けた瞳孔がヴァンを捉える。

 ――本能的にその場から逃げ出す。背中に焼けつくような焦燥を感じた。

 背後から咆哮が聞こえ、廊下に身を屈めた食人鬼(オーグル)が飛び出してきた。明らかにこちらを追っている。

冗談じゃない! ――ヴァンは顔を引き攣らせながら、胸の裡で悲鳴を上げた。

 あの部屋には合計二十本ほどのガラスケースが設置されていた。イコール、二十体の食人鬼(オーグル)と命をかけた鬼ごっこをすることになるということだ。

 だが、逃亡劇はすぐに強制終了。食人鬼(オーグル)の脚力は、鋼鉄獣(ガーゴイル)の比ではなかった。瞬く間に距離を詰められる。

肉迫する相手の牙の鋭さを間近に見て、鳥肌が立つ。

 腰の位置に着けたポーチから、相手に適した円盤(ディスク)を取り出した。それを回転台機構(ターンテーブル)にセット、作動させる。荘厳(マエストーゾ)な、極寒を連想させる冷たい音色が流れた。

 が、魔法の発動は間に合わない。食人鬼(オーグル)の腕が振るわれる――ヴァンは抜剣と同時に騎兵刀(サーベル)一閃(いっせん)

「GOOOAAA……!」オーグルが身体を仰け反らせ悲鳴を上げる。

 その隙に、ヴァンは回転台機構(ターンテーブル)を操作、魔法式(プログラム)氷結立方体(アイスキューブ)」×「空を纏った(スカイクラッド)」の効果が発動――氷結(フリーズ)、敵の下半身を凍りつかせる。

 再度、オーグルが悲鳴を漏らし身体を捩る。怒りに任せた殴打が、ヴァンに襲いかかった。

 ヴァンはバックステップでそれを(かわ)した。そのまま後退して距離を置く。

 回転台機構(ターンテーブル)の上で指を躍らせ、「氷結(フリーズ)」をもう一発食人鬼(オーグル)に放った。

 氷結、全身が氷に包まれ激怒の(かお)のまま鬼は動きを止める。その様は氷河期に氷に閉じ込められた古代の動物を連想させた。

 例の部屋から他の食人鬼(オーグル)が姿を現すが、凍った個体が邪魔して一斉には襲いかかれない。

 一体の攻撃を回避、氷結(フリーズ)でもう一体の半身を凍らせる。冷酷な音色が、葬送曲のように流れ続けた。さらにサーベルの斬撃で牽制、三体目を氷結させる。完全に廊下が塞がった。

 恨めしげに、氷の向こうから食人鬼(オーグル)がヴァンのことを睨む。

 それを無視して、彼は早足に歩き出した。

(後で、入り口をきちんと閉じておかないと――)


 それからしばらく、探索は平穏無事に進んだ。

 そして、奥まった場所にある最重要であろう区画に行き当たる。

 ドアのキーの解除には時間がかかった。

 その分、中には重要な物や情報が眠っているのだろう――ヴァンの期待は膨らんだ。

 扉が開くと自動的に照明が点く。どうやら、この部屋は独立した電力供給源を持っているようだ。

 各種機材が部屋の四方にあり、中央付近のスペースはすっきりしている。中央には台座らしき物と天井からアームが吊り下がっていた。

 手術室とどこかの整備工房をかけあわせたような印象の部屋だ。台座の上には矩形(くけい)の箱が鎮座している。

 ヴァンは敬虔な気持ちで、部屋の中央へと歩を進めた。その感情はかつて自分たちを創った人類に対する畏怖からきている。

「……そんな」と彼は言葉を失う。夢遊病者に似た足取りで、ふらふらと台座へ近寄った。

 箱の上部は透明になっている。中に収められている「もの」が丸見えだった。――それは、一人の可憐な少女だ。

 貴金属を思わせる銀色の豊かな髪、陶磁器のような滑らかな肌、人形の如く整った目鼻立ち……彼が今まで目の当たりにした中で、一番美しい少女だった。

「眠れる、森の魔女……?」茫然とその正体についての推論を口にする。

(本当に『眠れる森の魔女』が安置されてるなんて……)

 まさか、実際に眠っているとは夢にも思わなかった。茫然とその姿を見下ろす。

 どれだけそうしていただろうか?

 ――ハッ、と我に返る。

「人工冬眠」の処置が施されたというのだから、生きているのかもしれない。

 そうなれば、ホムンクルスとオートマータの戦争の無意味さを証明する確固たる証拠となるはずだ。

 ヴァンは台座に埋め込まれている端末を操作する――首筋に針が打ち込まれたような感覚に襲われた。

 彼は横に跳躍。回転台機構(ターンテーブル)を作動させ、騎兵刀(サーベル)を抜く。

 ――耳もとで擦過音がした。直後、壁が陥没する。陥没箇所が激しい悲鳴を上げた。

「施設内で戦闘行為が発生。施設内で戦闘行為が発生」

 警報が鳴り、館内放送が流れた。

 ヴァンは恐怖を感じながら視線を走らせる――部屋の入り口に、戦闘服の姿の青年が佇んでいた。

 漆黒の髪にアイスブルーの瞳の彼は、手のひらを掲げていた。その中央には(あな)が空いている。恐らく発射口だ。

 ――甲虫の羽音に似た音が鳴る。

ヴァンは体勢を低くし、部屋の隅へ駆けた。機材の影に飛び込む。彼の疾駆を追う軌跡が、銃痕となって床に刻印される。

 背筋に震えが走った。施設の建材は、ホムンクルスの軍が使用する銃で撃っても孔など空かない。

(オートマータがなんでこんなところに――!?)

 だが、身体は感情を無視して冷静に動いている。

 円盤(ディスク)の操作が完了、魔法を発動――ヴァンが物陰から突き出した腕の先、その延長上に氷塊が出現する。

 ――が、その結晶にオートマータは捕えられていない。敵は直前に回避していた。

 さらに、驚異的な速度で接近。コマ送りの画像を観ているようだ。相手の手のひらが紫電を(まと)っている。

 突き出された腕を、ヴァンは騎兵刀(サーベル)の切っ先で突いて逸らす。肩口を僅かに貫かれ、相手の勢いが停まった。直後、反対の腕による拳打が放たれる。

 ヴァンは肘と膝でそれを挟んだ(ホールド)。生身の相手なら、それだけでしばらく腕が使えなくなる一撃――しかし、怪物じみた膂力(りょりょく)を前に、彼は軽く吹き飛ばされた。

 背中から壁に衝突。瞼の裏で火花が散った。

息が詰まるほどではないが、この相手を前にした状況では致命的だ。回転台機構(ターンテーブル)の操作も間に合わない。

 葬式の参列者の嘆きの如く、虚しく、寒々しい音色だけが空気を震わした。

(こんなところで僕は死ぬのか……!)

 悔しさに歯噛みしながらも、敵の攻撃に備え騎兵刀(サーベル)を上げようと腕に力を入れる。

 ――眼前に、一人の少女の姿が飛び込んできた。貴金属を思わせる銀色の豊かな髪が一瞬、天使の羽根のように宙に広がる。

「止めなさい!」と甲高い怒声が部屋に響いた。耳に心地いい、楽器みたいな声音だ。

 ――途端、『――聖書規定(バイブル・コード)に抵触、行動を凍結』

 ヴァンの脳裡に機械音声が流れた。全身麻酔でもかけられたように身体の自由が利かなくなる。

 それは彼だけでなくオートマータも同じようだ。手のひらの銃口をこちらに向けた姿勢のまま、硬直している。

(どうなってるんだ……?) 

ヴァンは忙しなくまばたきを繰り返しながら狼狽(うろた)える。

自分の身体が突如として動かなくなった事態を前に、頭の中で疑問符がバクテリアのように増殖した。

 緑玉石色(エメラルドグリーン)の瞳の少女――ケースの中で眠っていたはずの彼女が、ヴァンとオートマータを交互に睨みつけている。強気な表情だ。

え……――その事実をあらためて認識し、ヴァンの混乱は加速される。何故、人工冬眠していたはずの少女が元気に動き回っているのだ?

 生きていた、それ自体が驚きだった。

『――思考冷却期間終了、凍結解除』頭の中に先程の声が響く。

 いきなり身体の自由が戻った。抵抗を止めて力を抜いていたから、たたらを踏んでしまう。

 再度、オートマータがこちらに攻撃しようと動き出す――が、また硬直し彫像みたいになってしまった。

 ヴァンは状況を整理することにする。

(さっきまでは問題なく身体は動いた――)

 それが少女が現れた途端、

(身体の硬直して行動不能になった)

 ヴァンは手のひらを握ったり開いたりする。支障はない。

(ということは、攻撃しようとすると金縛りに()う?)

 釈然(しゃくぜん)としないが、現状を(かんが)みるとそういうことだ。

「あなたは反省したのね?」と少女がヴァンに向かって話しかけてくる。教師が生徒を(たしな)めるような口調だ。

「いや、あの――」ヴァンは咄嗟に言葉が出てこず、眼を白黒させる。

……反省? ヴァンは大きな戸惑いを覚えた。

殺し合いの最中だったというのに、何とも場違いな言葉だ。

「は・ん・せ・い・し・た・の・ね?」

 彼女はこちらと視線を真っ直ぐに合わせながら、一文字一文字区切るようにして喋る。断った次の瞬間、鉄拳制裁を加えられる――そんな気配があった。

「――する訳ないだろ」ヴァンは反発を覚えて、反射的にそんな言葉を口にする。

 その反応に、『眠れる森の魔女』の怒りの圧力が上がったのが、発散される熱から分かった。「ホムンクルスの癖に小生意気ね」そんな台詞を呟く。

「そもそも、あなたなんで魔術が遣えるの?」

 メディアは怒った表情のまま、訝しげな声を出した。

 先の「ホムンクルスの癖に小生意気ね」という台詞に反発を覚え、妙な対抗心がヴァンの心の中に湧いた。

「魔法陣の刻まれた魔法陣盤(ソーサリィ・サークル・ディスク)を操作、クラッチ――擦ることで音を区切り、モールス信号のように意味を持った音の連なり、メロディーを生み出して魔術を顕現させる。二枚のディスクを組み合わせることで様々なパターンの魔術が遣える。ディスクを嵌め込む回転台機構(ターンテーブル)を作動させると、発動旋律(モーション・メロディー)が流れる。発動旋律(モーション・メロディー)は使うディスクによって曲調が変化する」

 彼は、ホムンクルスの魔術の常識を意固地になった口調で羅列する。

「へー、面白いわね」と少し怒りの薄れた声音で、『眠れる森の魔女』は呟いた。

「で、なんで施設のホムンクルスとオートマータが戦うなんて事態に陥ってたの?」

 続けて、そんな台詞を彼女は口にする。

「……?」その発言に、ヴァンは違和感を覚えた。未知の言語で話しかけられたみたいな気分だ――何か大きな前提が食い違っている、そんな感触だ。

 そんな彼の視野の隅では、オートマータが攻撃を再開しようとして、また硬直していた。もの凄く(スパン)の長いパントマイムのような動作だ。

(彼女はもしかして知らない?)

 ホムンクルスとオートマータが戦争していることを。そもそも、ホムンクルスの魔術について知らなかったこともおかしい……

もしかして――と更にヴァンの頭の中で推測が進む。

人工冬眠の間、当然情報は入ってこない――人類が地上から姿を消していることさえ知らないのではないだろうか?

だとしたら、『眠れる森の魔女』は、戦争を止める切り札にはならないかもしれない、そんな不安と失望が胸のうちで渦巻いた。

「質問に答えなさい」と『眠れる森の魔女』は強い口調で命じる。さっきまでなら、そんな彼女の言い草に苛ついているところだが、今はそんな気持ちは微塵も湧かない。

どうすればいい? ヴァンは困惑顔で迷う。

 正直に告げるべきなのか?

 それとも、はぐらかして話を先延ばしにした方が得策なのか?

(どっちだ――?)

 二つの選択肢が脳裡で点滅を繰り返す。焦燥がジリジリと心を焦がしていた。一秒が一時間にも感じられる時が流れた。

 やがて一つの結論が導き出される。

……いずれ判ってしまうことだ、ヴァンは胸のうちの迷いをその言葉で断ち切る。

「どうか、落ち着いて聞いて」不機嫌な表情の相手に、彼は真剣な顔で告げた。

「何よ、あらたまった言い方をして」

 軽く眉をひそめ、魔女は戸惑った様子を見せる。

「争ってるのは施設のホムンクルスとオートマータじゃなくて、地上に存在する両種族のすべてなんだ」

「種族……?」ヴァンの科白(せりふ)に、彼女は眉間に深い皺を刻んだ。

 彼女の認識では、あくまでホムンクルスやオートマータは道具、あるいは人間のパートナーであって、地上で繁栄するような存在ではないのだろう。

「人類は大昔に戦争で滅んでしまっているんだ」

 その言葉を口にした瞬間、ヴァンの胸が疼痛を訴えた。不治の病を患者に告げる医者の気持ちが、今の彼には解る。

「何、つまらない冗談を言ってるのよ」と彼の言葉を、魔女は即座に切って捨てた。

 だが、ヴァンは彼女の表情に(わず)かな恐れが浮かんでいるのを見逃さない。そんな現実など可能性としてさえ考慮したくない、信じたくないのだ。

「冗談じゃないんだ」表情を強張らせ、罪悪感に胸を締め付けられながらも、魔女の言葉を否定する。

「……っ」

彼女は小鼻を膨らませながらこちらを睨みつけた。内心の葛藤が、微かに痙攣する眉から窺える。

 ――突如として、魔女は身を翻した。

 いい加減己の愚を悟り、攻撃の意思を捨てたオートマータの方へ向かう。

 慌てて、ヴァンは後を追った。

マズい――いきなり攻撃を加えてくるような相手だ。彼女に何を言い放つか分かったものではない。

「あなた、質問に答えなさい」両手を腰に当て、魔女は命じる。

虚勢が華奢な背中から透けて見えた。返答次第では宙に溶けて泡の如く消えてしまう――そんなイメージを、ヴァンは抱く。

「何だ?」オートマータは無表情だが、どこか戸惑いを感じさせる声音で応じた。

「人類が滅んだというのは本当なの?」声が震えそうになるのを抑えているのが判る硬い声で、魔女は問いかけた。

「本当だ。その質問を発するということは、お前は人間なのだな?」

 直球の質問に彼は即答し、尚且(なおか)つ問いを発する。

「そうよ……」表情を曇らせ、先程の勢いが嘘のように弱々しい声で魔女は肯定した。

現在の彼女の立場は、地面から引き抜かれた案山子(かかし)のように寄る()がないのだから当然だ。

……やっぱり人間なんだ、ヴァンは胸の裡で複雑な想いで呟いた。

 状況からしてまず間違いない事実だったが、本人の口からはっきりと肯定の言葉が出ると実感の度合いが違う。

 同時に、ヴァンの胸の痛みが増した。傷口を左右に押し開かれているような気分だ。

 自分は随分と残酷な所業を働いてしまったのではないか? そんな疑問が浮かんだ。

「ホムンクルスとオートマータの戦争を止める」その手段としておおいに期待できる発見をした――有頂天になってそう思っていた。

 地上でたった一人の生き残りかもしれない人間を呼び起こすこと、それがどれだけ(むご)い行為か考えていなかった。

 ヴァンは蒼褪(あおざ)めた魔女の横顔から視線が外せない。

「……あの」彼はとにかく口を開かずにはいられなかった。

 謝罪か、言い訳か――とにかく何かを伝えなければいけない気がする。

 だが、それを遮るようにオートマータが発言した。

「何故、お前は私とホムンクルスの間に割って入った? もしかしたら死んでいたかもしれないだろう」

 抑揚のない声でも、疑問に感じているのが伝わってくる。

「――同じ人間に仕える者同士なのに殺し合うなんて馬鹿らしいでしょ」

 魔女は気丈にもその質問に答える。

 茫然自失の(てい)に陥ったとしても不思議ではないというのに……

「そうか」その答えに満足したのか、オートマータは肯く。

「それより、出てって」と魔女は、少し涙の成分の溶け込んだ声音で指示した。

 微かに震える声に共鳴するみたいに、ヴァンの心も揺れる。

「分かった」オートマータは呆気なく了承した。即座に、部屋から出て行く。

「あなたもよ」彼女の視線がヴァンに向けられた。

「っ――……」口を開きそうになって、でも言葉が見つからなくて、彼は少し肩を落とし大人しく指示に従う。


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