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君への愛を世界に叫ぶ

   3


 今日中の遺跡への出立は控えることになった。

 単独での夜中の行軍は危険だ。思わぬ怪我を負ってもつまらない。

それに、ブルースに強く引きとめられた。

 そんな訳で、ヴァンはパトリシアの家の夕食に招待されている。焦げの臭気など欠片も感じられない。美味しそうな香りが部屋には漂っていた。

 テーブルや棚など家具のすべてが木製で素朴な内装だ。キャロラインお手製の赤と白のテーブルクロスなどが、彩りを加えている。

 パトリシアと彼女の母親のキャロラインは、顔立ちはそっくりだが、料理の腕前には天地の開きがある。

 ヴァンとパトリシアが並んで食卓につき、向かい側にブルースとキャロラインが座っていた。

 テーブルの上には、ポロネギのタルト、グリーンピースのポタージュ、サーモンのバジルソースと見た目が鮮やかな料理が並び食欲をそそる。

「朝は残飯みたいな物を食べさせられたでしょ? 遠慮なく食べてね」

 キャロラインは、柔和な顔立ちに似合わない毒舌の持ち主だ。娘のことを遠慮なく()()ろす。

「ええ、産業廃棄物みたいなのを食べさせられました」

 爽やかな笑顔で、ヴァンは応じた。両親の前だと、気恥ずかしさを覚えるらしくパトリシアは泣かない。だから遠慮なく料理の感想を口にできた。

「ひっどーい」パトリシアが頬を膨らませた。何とも子供っぽい仕草だ。

「事実でしょ。いつになったら、上達してくれるのかしら? そんなことだから、いつまでも恋人が出来ないのよ」

 キャロラインが、笑顔のまま瞳に冷たい光を宿す。

「う……」とパトリシアは本気の叱責に鼻白んだ。

「いいんだもんな。行き遅れてもヴァンがもらってくれるよなぁ?」

 前半は娘に、後半はヴァンに向けてブルースは告げる。半笑いの表情だ。

「……っ」真正面からの言葉に、ヴァンは返す言葉が見つからない。さ迷う視線がパトリシアとぶつかり、余計に頬が熱くなった。

確かにパトリシアの事は嫌いではない。

だけど、恋人として意識するには小さなころから親しく付き合い過ぎた。

 ところが、ヴァンが首都の大学に在籍するなどしてしばらく故郷を空けたところ、パトリシアの方の心情は変わってしまっていたのだ。

 帰郷したところ、彼女の視線には恋慕の情がのぞくようになっていた。

 だから、不快ではないのに居心地が悪い。居たたまれない気持ちになる。

「お父さん、ヴァンをからかって困らせないの! さあ、食べましょ」

 キャロラインがそれをとりなした。大皿のタルトを切り分け、小皿に盛って配る。それを合図に食事が始まった。

 ヴァンはタルトをフォークで刺し口に運ぶ。口内にネギの芳醇な甘みとベーコンの脂の旨みが広がった。

「美味しい」彼は無意識のうちに感想を口にしていた。味覚が喜びを感じ舌が熱くなる。

「あたしのときは、訊かないと『美味しい』って言ってくれない癖に」

 隣で顔をしかめて、パトリシアが(ひが)んでいた。

「そんなこと言うぐらいなら、料理の腕を上げなさい。結局、料理が下手なんていうのは作る過程で不精するのが原因なんだから」

 彼女の発言から、先の話が蒸し返された。

 ヴァンはそんなやり取りに口角を弛ませる。いつも通りのやり取りだ。平凡だけれど、平穏な団欒。……そこで、脳裡(のうり)に赤い舌――炎がチラついた。

 彼は知っている。――平和というのは、享受するだけではダメだと。守らなければならない。

何か悲劇が起きたときに、「知らなかった」「そんなつもりはなかった」と被害者になってはいけない。

 だから、ホムンクルスとオートマータの戦争を止めるための方法を探している。両親が復讐を望んでいないことを知っているから……

「そういえば、何か大発見をしたんだってな?」

 ブルースが不意にヴァンに話しかけてきた。

「え、ああ、うん」物思いに沈んでいたため、束の間ヴァンの返事が遅れる。

「……『眠れる森の魔女』の伝承は知ってるよね?」

「ああ、『薔薇(ばら)の如き唇を持った魔女目覚める時、世界に平和の福音が訪れるだろう』っていうやつだろ」

 ブルースが少し遠い目をして応える。懐かしげな色が顔に浮かんだ。

「懐かしいなぁ。よく婆ちゃんにその話をせがんだっけ――それがどうかしたのか?」

 不思議そうな顔で尋ねるブルースに、

「実は、『眠れる森の魔女』が眠りに就いている場所が分かったかもしれない」

 とヴァンは自慢げな笑みを浮かべ告げる。

「っな……!?」ブルースは目を剥いた。

 キャロラインとパトリシアの反応も右に同じだ。

「スゴイじゃない!」とパトリシアは、抱きつかんばかりの勢いで「発見」の功績を褒める。

「伝説じゃないのか?」ブルースは、さすがに娘のように手放しで認めることはしない。疑わしそうな顔をした。

しょうがないよな――信じてもらえないことに対し一抹の淋しさを覚えながらも、ヴァンはそういう感想を抱く。

 自分でも、遺跡の探索に繰り出す前は眉唾物だと思っていた。

「本当かどうかは実際に探索してみないと分からないけど、少なくとも発掘した資料は実在を裏付けてた」 

 ヴァンは少し難しい顔で応える。

「これで、平和に一歩近づいたわね」パトリシアが胸の前で手をグッと握ってみせた。

 彼女は自分の話を一切の疑いを持たずに信じてくれる数少ない人物の一人だ。正直、嬉しかった。

「でも、『眠れる森の魔女』の伝承には、『大いなる魔女目覚めるとき、()の者を狙う魔性の者共も深き眠りから目覚めるであろう』ってあるわよね」

 キャロラインが不安そうな顔で伝説の一説をそらんじる。彼女の告げた内容もまた真実だ。

幾つものパターンの話が伝承として残っている。魔女の存在が真実なら、それ以外の部分についても考慮した方がいい。

「そのことも含め、調査しようと思ってて」とヴァンは笑みを浮かべて告げる。考えてみれば、途方もない話だ。

「それにしても凄いな……」ヴァンの言葉に、ブルースは感嘆してみせる。ただ、心なしか顔色が悪くなっている気がした。

(魔性のものを恐れているのかな?)

 魔女の実在を疑うのに魔物の復活を恐れるなど矛盾しているが、それ以外の理由が見当たらない。

 ――ノックの音が鳴った。

 ブルースが立ち上がって玄関の扉を開ける。

 そこには、彫りの深い顔立ちの赤髪の男が佇んでいた。野性的な風貌で、獅子を思わせる。服装は円形の帽子バレットに外套(マント)と旅暮らしの者然とした格好だ。

「よお、ブルース」来客が白い歯を剥き出しにして笑いながら、腕を広げ前に一歩出る。

「おお、イグネイシャス」それにブルースも応じ、満面の笑みで両手を左右に開いた。――二人は大仰に抱き合った。

 来客の名前はイグネイシャス。行商をしている男で、よくこの町に立ち寄っている。そして馬が合うのか、ブルースとしょっちゅうパブに飲みに行く仲だ。

「すまない、キャリー」とブルースは妻の愛称を呼んで謝罪する。それが後ろめたいことがあるときの彼の癖だ。

あーあ――彼女の(まなじり)(わず)かに持ち上がるのを視界の端に収め、ヴァンは胸のうちで軽く首を(すく)める。

 食事の最中に飲みに出かけることを、勿論キャロラインは快く思っていない。

 そして、おっとりとした外見に似合わず、怒ったときの彼女は手がつけられなかった。武器としてフライパンを使う彼女の腕前はまるで武術の達人だ。

 以前、夫婦喧嘩の間に割って入って、ヴァンは大きなコブをこさえるハメに陥ったことがある。

「どうぞ、ご自由に」と若干低くなった声で、キャロラインは許可を出した。言い終わった途端、唇は真一文字に引き結ばれる。

(絶対、おじさんが帰ってきた場面には立ち会わないようにしよう)

 ヴァンは心に強く誓った。

 そして、ブルースとイグネイシャスが連れ立って出て行く。

 それから、食事の間中、キャロラインから憤懣遣(ふんまんや)(かた)ないという空気が発されていて、食事の美味しさがだいぶ損なわれた。


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