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君への愛を世界に叫ぶ

   2


昼、ヴァンは携帯食糧や備品を町で補充して廻っていた。

町は常に喧騒(けんそう)に満ちている。荷車が軋む音、赤ん坊が泣く声や小売商人の口上、家畜の鳴き声――いつも通り、田舎特有の平穏な時間が流れている。

切妻屋根(きりづまやね)漆喰塗(しっくいぬ)りや石造りの二階から三階建ての建物が町には並んでいる。

気の緩むような陽気だ――ヴァンは転がるようにして駆け回る小さな子供を眼を細めて眺める。

 ――突如、その空気を破砕音と悲鳴が切り裂いた。それは、町を取り囲む壁に設けられた門の方から聞こえてきた。

 ヴァンは反射的にその方向に駆ける。――半壊した門とそこで暴れる異形の姿が視界に入った。四体の鋼鉄獣(ガーゴイル)が、門を破壊し周囲の人々に襲いかかかろうとしている。

近隣の遺跡からやって来たのか? 状況をそう推測した。

 ヴァンは駆け寄りながら、回転台機構(ターンテーブル)を作動させた。入浴と睡眠時以外、彼は常にこれを装着している。

 攻撃的なサウンドが空気を震わせた。その音色に鋼鉄獣(ガーゴイル)たちが反応し、猛スピードで接近してくる。

曲目(ナンバー)は「空を纏った(スカイクラッド)」×「放電(ディスチャージ)」。ヴァンは攻撃を狙っている――が、四体を破壊しようと思うと発動まで時間がかかる。

 咄嗟(とっさ)に、彼は爪先を急転換させた。狙いどおりに、鋼鉄獣(ガーゴイル)たちはこちらを追いかけてくる。町を囲う壁沿いに、ヴァンと異形の追跡劇が繰り広げられた。

 だが、圧倒的に鋼鉄獣(ガーゴイル)の方が足は速い。

 背中に風を感じ、ヴァンは真横に跳躍。服の一部を鋼鉄獣(ガーゴイル)の鉤爪が引き千切る。

 直後、二体目三体目の攻撃が繰り出された。

 それを前後左右に彼は避ける。その間も、円盤(ディスク)に対する操作を続行。

「ヴァン、退()いて!」とパトリシアの大声が聞こえる。

 無意識のうちに、彼はその声に従っていた。大きく距離を開ける。

 同時に、甲高い音が鋼鉄獣(ガーゴイル)から上がった。銃弾が直撃したのだ。指がもげ、ガラス製の眼球が破壊される。――銃声は二つだ。

「――ッ!」鋼鉄獣(ガーゴイル)が苛立たしげな絶叫を上げた。

 その瞬間ヴァンの魔法が発動、落雷が鋼鉄獣(ガーゴイル)たちを襲った。――落雷(サンダーボルト)

 同じ円盤(ディスク)を使用しても、操作によって現れる魔術は違う。

閃光が網膜を灼き、轟音が地面を揺らす。……光が収まったときには、煙を上げ鋼鉄獣(ガーゴイル)たちは動かなくなっていた。

「ふぅ……」ヴァンは小さく溜息をつく。

 そんな彼のもとに「大丈夫!?」と心配そうな声を上げながら、パトリシアが慌てて近寄ってきた。胸にボルトアクション式のライフルを抱えている。

「なんとか」ヴァンは緊張から解放されて、弛緩した声で応える。

「よかった……」と呟き彼女が安堵の表情を浮かべた。

 その後ろに、髭をたくわえた壮年で屈強な体格の男が立つ。獣毛で裏打ちされたチュニックの下に普通の物を重ね着し、騎馬民族がかつて用いたズボンに革靴、と狩人(かりうど)風の格好でライフル銃を手に()げていた。

「おじさん」ヴァンは親近感の(にじ)む声で呼びかける。彼は名前をブルースといい、パトリシアの父親だ。ヴァンは親しみを込めて「おじさん」と呼んでいる。パトリシアと彼女の父は、町でも猟が上手いことで有名だ。今、銃を携帯しているのもその帰りだからだろう。

「よお、危ないところだったな」と男くさい笑みを浮かべ、彼は言った。小さな子供なら泣いてしまいそうな、迫力のある笑顔だ。

「この町は周囲に遺跡が多いから、こういうこともたまにあるが――さすがに多いな」

 ブルースは鋼鉄獣(ガーゴイル)の残骸を見つめ、ぽつりと漏らす。

「誰かが間違って遺跡の出入り口を開けてしまったのかも」

 ヴァンは自分の考えを口にした。渋い表情だ。

「そうだとしたら、遺跡に潜ってもらうことになるな」

 ブルースが申し訳なさそうな顔をする。

 彼はヴァンの父親と幼なじみとして育った。だから、友人の息子に危険な仕事をさせることに罪悪感を覚えるのだ。

「そんな顔しないでよ。半分は趣味みたいなものだから」

 ヴァンは冗談めかした声で彼に言う。

「立派なもんだ。政府から委託されてるんだから」

 ブルースは手放しでこちらのことを褒めた。

 ヴァンは苦笑いでそれを受け流す。

 両親を亡くした彼は、しばらく首都の叔父夫婦のもとに預けられた。そのとき、学業に対する頭角をメキメキとあらわし、飛び級を繰り返し一〇代にして博士号を取得した。

 そして、国の研究機関での職を蹴って、故郷で周辺の遺跡を探索する道を選んだ。

 彼の才能を惜しんだ国は、それを「委託」という形で支援している。周囲の人間はそれを「本当に偉い」と褒め称えるのだ。

(僕は好きでやってるんだから……)

 ヴァンは内心、それがちょっと気恥ずかしかった。


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