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君への愛を世界に叫ぶ

   3


 ヴァンと釣りに出かけた日――昨日、夕食を終えたメディアは、一心不乱に端末のキーの上で指を躍らせていた。

 あと少しで、魔法式(プログラム)妨害(ジャミング)」が完成する。

 釣りの誘いに受けたのも、完成が間近だからその息抜きだ。

 ホムンクルスとオートマータの戦争を終わらせれば、安全が確保できる。そうすれば、自分と同じように人工冬眠している人間の探索に、堂々と出発が可能になるのだ。

――出発、そのことを連想した途端、脳裡をヴァンとパガニーニのことが()ぎる。

 彼らは、心細かった自分を支えてくれた。

 もし、目覚めたときに一人だったら、こんな風に目的に向かって邁進(まいしん)することはできなかったかもしれない。

 あるいは、研究対象としてホムンクルスかオートマータの研究施設に閉じ込められていた可能性もある。

(楽しかったな――)

 食事のときのお喋りや食後のカードゲームに興じる場面、釣りを楽しんだ記憶が甦る。

 世界がこんな風になってしまう前、メディアは遊びに時間を割く余裕はなかった。周囲に剣呑な雰囲気が漂っていた上、家庭の事情がそれを許さなかったのだ。

 ……こんな日々がずっと続いたら、そんな思いが心の奥から湧き上がる。針で指先を刺したときの血のようにジワリと、それでいて確かに。

「――っ」気づけばキーを叩く手が止まっていた。

 頭を振り、その許されざる願いを脳裡から追い払う。

 良くも悪くも、メディアは義務感が強い。だから、人工冬眠から目覚めて、自分だけが新しい人生を謳歌するというマネが出来なかった。

 ――他の人間も眠りから目覚めさせたい。

 世界滅亡の理由の一端が自分にあるという意識が、義務感に拍車をかけ拘束衣のように彼女を捕えていた。

 楽しいという感想を抱くこと自体が、罪に感じられる。

 だが、そんな後ろめたさすら暢気な感傷であることが、明らかになったのだ。

 真夜中、ホムンクルスたちの発信するラジオ番組の情報から異常事態に気づいた。

 各地で魔導兵器が出現し、町や村々を破壊しながら一つの方向に向かって移動している。

 ……その方向は、メディアの寝起きする施設のある方向だった。

 まず間違いなく、原因は自分だ――彼女はそう推察する。

 わたしのせいで多くの命が失われている――その事実は針を千本呑み込んだような痛みとなって胸を襲った。

 だが、どうして……?

 ただ、茫然としていても何も事態は解決しない。

 もう、自分だけが部外者のような位置に立つのは嫌だ。所長に命じられるままに人工冬眠に就き、一人安全な場所で嵐が過ぎ去るのを待った事実が、彼女にそんな思いを抱かせている。

 メディアは感情に突き動かされ、生命の樹通信網(セフィロト・ネットワーク)で原因を必死に捜索、諸悪の根源が衛星にあることを突き止めた。


 悪戦苦闘の末、メディアは単眼巨人(サイクロプス)を停止させることに成功する。

 抗悪疫魔法式(アンチ・エピデミネ・プログラム)は既に魂に投与してあるから、感染の心配はなかった。これが悲劇が起こる前に完成していれば……――そう思うが、今悔やんだところで仕方がない。

 徹夜の作業だった。彼女は肩で息をしながら、体重をキャスター付きの椅子に預ける。椅子が軋む音の大きさが、彼女の疲労の度合いを(あらわ)していた。

 疲労が全身の細胞に蓄積されている。身体(からだ)が重くて、言うことを聞かない。

 ――突如、耳障(みみざわ)りな警報が鳴った。それは、未登録の人物が施設に足を踏み入れた(あかし)だ。

端末を操作、メディアは廊下の監視カメラの映像を表示させる。

そこには、葬儀の参加者のように無表情な戦闘服姿の男たちの姿があった。機械的な、人間離れした速度で廊下を移動している。

「何が起こっている?」パガニーニが部屋に飛び込んできた。

「侵入者よ……でも、なんで」自分のことが露見したのか? と彼女は疑問に思う。視線がすぐに(かたわ)らにいる彼に向けられた。

 映像の中で迎撃に向かった鋼鉄獣(ガーゴイル)(またた)()に解体されている。その人間離れした動きは、間違いなくオートマータのものだ。

「そんな……」とメディアは信じられない思いでそれを凝視する。

「驚いている場合ではない。逃げるぞ」パガニーニは、彼女の手を引いた。

「あなたが呼んだんじゃないの? 仲間でしょ」

 メディアは猜疑の眼でパガニーニを見遣(みや)った。

「違う。呼んでいない。それに、仲間ではなく同類だ」

 彼は彼女の言葉をきっぱりと否定する。そして「さあ」と彼は起立を促した。

「うん」パガニーニの真摯な態度を信じ、メディアは戸惑いながらも立ち上がる。


 ――敵はメディアの眠っていた施設の内部構造を熟知していた。

 二人一組に分かれ、狩りを行うように彼女とパガニーニを追い詰める。廊下の一角で、二体のオートマータと衝突した。

 パガニーニは、メディアを近くの部屋に避難させる。――通路の角を曲がり、二体のオートマータが出現した。

 奴らは、容赦なくアサルトライフルを発砲。

 銃口火(マズルフラッシュ)が、生者を死に誘う鬼火(ウィスプ)の如く生まれた。

 パガニーニは軽い跳躍でその軌道から逸れ、壁に足の裏を着ける。そのまま、全力で駆けた。敵へ接近、懐に飛び込んだ。

 一体のオートマータを、紫電を纏った手のひらで打ち据える。回線をショートさせられ、敵は瞬時に機能を停止した。

 残る敵が、ナイフで切りつけてくる。その一撃を、パガニーニは腕の円の動きで受けた。軌道を逸らし、巻き込んだ。

電撃を帯びた拳を叩き込む。それで片はついた――が、彼は宙へ舞った。

もと居た場所を銃弾が()ぐ。他の通路を通ったオートマータが、パガニーニとメディアへ追いついたのだ。

 パガニーニは、電磁加速銃(レールガン)の弾丸を見舞う。

 電力の消費が電撃拳打(スタン・ブロウ)より激しいが仕方がなかった。避ける間を与えず、銃弾はオートマータの頭部を粉砕。

背後の敵は、攻撃の予兆を察知し横に身体をずらしていた。それでも弾が肩を掠り、腕をもぎ取られる。

 眼前の敵だけに構っていることはできない。通路の角から残りのオートマータ二体が姿を現す。一体がナイフを構え突進。

(とにかく、メディアを守る)

 刃の軌道を逸らした――瞬間、その相棒が銃をフルオートで発射。オートマータの膂力はアサルトライフルの反動を完璧に押さえ込んだ。

 目の前で敵が蜂の巣になる。が、パガニーニの掲げた手のひらの前で銃弾はあさっての方向へ軌道を変えた。

 不可視の(インヴィジュブル・シールド)、電磁場を発生させ盾にしたのだ。

 だが、その効果範囲は手のひら(だい)でしかない。

 パガニーニは銃撃を加える敵へ突撃。ほぼ一瞬で十数メートルの距離を詰め、ハイキックで頭部を捉えた。頸がへし折れ機能を停止する。

 跳躍、手負いの敵が放った弾丸を避け、壁を更に蹴る。三角跳びで移動、至近距離へ。

 敵の腕の関節を極め、銃口の向きを変えた。弾丸を吐き出す孔が、相手の顔面と対面。数十の銃弾の直撃を受け、頭があっという間に鉄屑と化した。

 ……――なぜか、心が荒涼とした気持ちに囚われる。以前は、何をどれだけ壊したところで、殺したところで、心が痛むことはなかった。

 だが、今は同族のオートマータを破壊したことで罪悪感を覚えている。

 パガニーニはその思いを無理やり振り払い「出てきても大丈夫だ」とメディアに告げた。

 彼女はそっと通路に姿を現す。その表情は蒼褪(あおざ)めていた。身体が震えているのを、パガニーニの高機能なセンサーは捉えている。

「怯えているのか?」彼は率直に尋ねた。彼女を気遣っての発言だ。

「う、うるさいわね」メディアは怒った顔になって怒鳴る。

「大丈夫だ」パガニーニは彼女の肩に手を置き、語調を強めて(なだ)める。

 その動作が相手を鼓舞するものだとは知っていたが、具体的にどうしてそれが励ますことになるのかは解らなかった。

 しかし、今はそうするべきだと、存在することさえ自覚していなかった直感が告げている。

「さあ、行こう」パガニーニは彼女の震えが収まったことを確認し、脱出を促した。


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