君への愛を世界に叫ぶ
2
カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しが、山狩りで犯罪者を追い詰める灯明のうようにヴァンを苛んでいる。
彼は自宅で新聞を広げていた。見出しには、各地に怪物が現れたという文字が躍っていた。像がボヤけているが、幾つか写真が掲載されている。
なるほど、そこにはホムンクルスでもオートマータでもない、異形たちが写っていた。
――人面の頭部に巨大な蛇の身体を備えた怪物。
――半人半牛の姿の怪物。
――蜘蛛の身体に人間、猫、蛙の頭がはえた怪物。
記事によると、彼らは町を破壊し住民を喰らっているらしい。点けっぱなしにしたラジオからも、続々と怪物出現の報や現地の情報が流れてくる。
……彼はテーブルに新聞を投げ出し、顔を手で覆った。メディアだ……――恐らく原因は彼女だ。それ以外に考えられない。
多分、各地に現れている怪物は魔導兵器だ。ヴァン自身も一度、食人鬼と遭遇している。理屈は解らないが、それらがメディアの目覚めに反応し覚醒したのだ。
長いこと、彼は同じ姿勢を取っていた。
一本一本、指を引き剥がすように、ヴァンは顔を覆う手を外す。
そして、テーブルの上に放ってあった洒落た装飾の封筒を手に取った。ぞんざいな手つきでその封を解く。
中から一枚の便箋が出てきた。文面は「遊びにいくから、よろしく頼むわ」の一文のみだ。それと、署名としてアンジェラと名が記されている。
いつ頃町に着くのかなど、大事なことがごっそり抜け落ちていた。
あの人も相変わらずだな、ヴァンは力なく笑う。
昔から適当な人だった、と師のことを思い出す。アンジェラは両親の友人で、彼ら亡き後、魔術や剣術、遺跡に関する知識を授けてくれた人物だ。
もっとも、彼女が杜撰な仕事しかしないせいで、遺跡のセキュリティが作動――悲鳴を上げて逃げ出す羽目に陥ったことも一度や二度ではない。
しかも、彼女の逃げ足は天下一品、いつも弟子を置いて真っ先に逃げ出すのだ。
「ヴァン、ニュース聞いた!?」玄関の扉を蹴破らんばかりの勢いで開け、パトリシアが飛び込んできた。
ヴァンは、無理やり回想から引き戻される。それは現実逃避に過ぎなかったから、彼にも都合がよかった。
「もう、カーテンも開けないで何してるの」
パトリシアが部屋に二つある窓のカーテンを乱暴に開ける。そして、ヴァンに近寄ってきた。
「ニュースは聞いてるみたいね」彼女は緊急事態をがなり立てるラジオに目線を向けながら言う。
「ねえ、この町に怪物が来たらどうするの?」
パトリシアは不安そうな顔で尋ねる。「どうしよう」ではなく、「どうする」だ。
そう、術はここにある。魔法盤騎手――ヴァン自身だ。
しかし、パトリシアは彼に戦ってほしくないようだ。彼女の気遣わしげな表情が、何より雄弁にその心情を物語っていた。
「……僕がどうにかする」とヴァンは声を掠れさせながらも応える。
この町が襲われた場合だけでなく、今、この世界で起きていること事態に対する姿勢の表明だった。
「……」彼の瞳に宿る光の強さの前に、パトリシアは目元を歪め口を閉ざす。